東京優駿。日本ダービー。昨年は私が三冠の街道の途中に見事、手に入れることが出来た称号の一つだ。今年はルドルフが出場する。ただ、本来は皐月賞と同じ様に、見に来るつもりも無かったんだけど。
『昨年の覇者である君が、来ない、なんていうことは、無いよな?特別席を、用意しているから、か、な、ら、ず。来るんだぞ?ミスターシービー』
凄みのある笑みで、ルドルフからそう言われてしまっては、来る他の選択肢は無かった。全く、皇帝様は怖いなぁ。と、いうことで、私は今、府中レース場の貴賓室に一人、突っ立っている。
「暇だなぁ」
エースは宝塚に向けて練習中だし、マルゼンも安田記念に向けて左に同じ。トレーナーには安田記念の打ち合わせをしてもらっている。本来は、ジャグでもやりながら、トレーナーと一緒に見たかったんだけどさ。仕方ないよねー。
「さて、ルドルフの様子は、と」
既に時間は15時を回って、本馬場入場と言った時間だ。窓から、下を覗いてみれば。…いたいた、緑の勝負服。遠くから見ても、あの雰囲気はじりじりと私の肌を焼いてくる。
「気合十分、どころか。気合十二分、敵はなしって具合かな」
本来であれば、もっと他のウマ娘も見なきゃいけないんだろう。でも、今日のこのターフは間違いなく、ルドルフの物だ。もちろん、気迫は他のウマ娘も十分なんだけどね。
「あの目、だよねぇ」
そう呟くと同時に、ルドルフがじろりとこちらを見た。遠く、本来なら目線など会うはずのない私とルドルフなのだが、明らかに、お互いの目があった。
「おお…怖い怖い」
絶対の自信。勝つ、その道筋が既に見えている。お前の背中など、すぐに追いつくぞ。そう言わんばかりの殺気のようなものを叩きつけられる。いやはや、一般人にはなかなかきっついね。
「ま、でも今はまだ、私が先を走るよ、ルドルフ」
呟いて、笑みを浮かべてその目を見返してみる。と、どうだ、殺気は霧散し、ルドルフはさっさとウォーミングアップにいってしまった。なんだ、ちょっと寂しいじゃないか。
「発走は…と」
あと10分程度。下の観客席で、応援がてら見ようかとも考えたけれど、私が観客席に行くと、それだけで人だかりが出来てしまう。それは迷惑だからね。大人しく、此処で見よう。幸い、飲み物は自由だし、軽食もあるし、ルドルフの走りは、部屋に設置されている多くのモニターで追えるからね。
■
発走を待ちながら椅子に座る。頭には、数日前に学園長から伝えられた、オープニングライブについての話が思い出された。あの日、理事長からの提案を承認をしたあと、実は、安田記念でプレステージをやらせてほしい、とお願いしていたりする。
「たださ、いきなりのぶっつけはキツイよ。理事長。だから、安田記念前に一曲歌ってみてもいいかな?」
「うむ。構わないとも」
もちろん、歌う曲はレックレスファイア。この世界での、私の代名詞とも言えるものになっている。借り物だから、あまり調子には乗れないけどね。なお、今回は私一人のステージだ。本番直前とは流石に行かないので、昼、午後のレースが始まる前に一曲を歌ってみる形だ。
「やってみて、キツいならジャパンカップのステージは無し、でもいい?」
「承知。全く問題ないとも!何よりまずは、君たちウマ娘の事が第一なのだからな!」
さてさて、どういう事になるかな。一曲を本気で歌う。きっと盛り上がる事は間違いないだろうけど、私の体力、モチベーション、そして回りの反応。まだまだ、この世界のトゥインクルレースは発展途上。例えば、ダービーで最大の観客を記録したはずのアイネスフウジンは、まだ学園には居ない。トウカイテイオーやナイスネイチャもこどもだ。
「やれることは全部やりたい。だって、私はウマ娘が好きだからねー」
しっかりと、ゲームのように色々な催しがある世界に。今、出来ることは全てやっておきたい。そして、将来は、ゲームの世界よりもより楽しい世界に。みんなが、幸せな世界に。
「…って、気負っても仕方ないんだけどさ」
それでも、無敗三冠を成し遂げた私の責任だと思ってる。本来のシービーなら、きっと、こんな葛藤は無いだろう。
「でも、ここにいるのは私だし」
葛藤があるからこそ、私だ。…そう言えば、本来のこのシービーは本当にどこにいったのだろう?ま、想像でしか無いけど、もし、私の世界に飛んでいたとしたら。
「そうだなー。多分、私よりも速く、相棒を走らせていそうだな」
何者にも縛られず。自分のマシンを手足のように操って。今頃、もしかしたらMotoGPあたりにも出ているのかもしれないな。
「借金とかもすぐに返してそうだ」
実際、この体は借金なんかも無い。私と、同じものを持っているのにね。…っと、今日はちょっと一人になるとセンチになっちゃうっぽい。やめだやめだ、変なことは頭の隅に置いておこう。
「それはともかく、今日は、ルドルフだ」
気づけば、ファンファーレがレース場に響き渡り、ルドルフがゲートに収まっていた。
「さてさて、どうなるかな。勝つか、負けるか」
私はこう言ったけど、頭の中では私も確信を覚えていたりするんだ。
「きっと、今日はさ。この東京レース場に」
飛び切りデカい雷鳴が鳴り響き、新たな時代の幕開けになることだろうね。