上半期、マイル戦線の締めくくり、安田記念。今年のソレは、いつもと違う。
なぜか? あの二人が走るからだ。
1人はスーパーカーと名高いウマ娘、マルゼンスキー。マイルとなればお手の物で、本来の彼女のレースが見れることだろう。
1人は無敗を続ける三冠娘、ミスターシービー。昨年のジャパンカップにてマルゼンスキーを下した彼女ではあるが、マイルの強者ひしめくこの安田記念で、どこまで食い込めるのかが見どころの一つ。
大方の予想は、マルゼンスキーが勝利するとの見方が多い。それはそう。ミスターシービーは中距離以上のウマ娘、マイル、短距離は走れない。この前の京王杯は偶然、という声も聞こえてくる。
「ま、大方合ってるけど」
インタビューを申し込んだ際、ミスターシービーはそう言って、カラカラと笑っていた。
「うん、多分不利だろう。マルゼンのほうがスタートも良いし、速いのは間違いないよ」
コーヒーを啜り、しかし、ほんのりと笑みを崩さないミスターシービー。言葉とは裏腹に、絶対の自信が見て取れる。
「でも、勝負は時の運、って言うでしょ?楽しみにしててよ」
ミスターシービーはそう言って、インタビューを締めくくった。最後まで、余裕な態度は崩れることもなく、流石の無敗のウマ娘の貫禄を見せつけられた気分だ。
「そうねぇ。マイルなら、シービーちゃん相手なら負けないと思うわよ?」
マルゼンスキーもまた、余裕の態度でインタビューに答えてくれていた。
「ただ、シービーちゃんはそう云う常識は通じないの」
そう言って、マルゼンスキーは口角を上げていた。
「だって、強いんですもの。きっと、今回も並んでくると思うわ」
負けない、と言っておきながら、並んでくるとも言う。その気持は、一体何なのであろうか。
「ふふ、判らないかもね。でもね、だから、楽しみなのよ」
マルゼンスキー。もうそろそろドリームトロフィーにと言われていたウマ娘であったが、まだまだトゥインクルで走る気であるらしい。個人的な意見としては、マルゼンスキーの走りはG1ウマ娘どころか、無敗の三冠であっただろうと確信するところがあるので、ぜひ、この安田記念では良い勝負をしていただきたいと願っている。
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「ふう」
軽くランニングをしながら、朝の府中の町中を巡る。他のウマ娘もチラホラと見え、普通の人間も同じように走っている。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
時折、そんな人達と挨拶を交わしながら、景色を楽しんで走る。安田記念が近いけれど、ここで追い込みをかけても仕方がない。なんせ、今は回復期。最高潮の調子で安田記念を迎えないとね。
「お、ミスターシービー!安田記念、応援してるよー!がんばってー!」
「ありがとう!頑張るから、応援しにきてねー!」
「おう!レックレスファイア期待してるよー!」
もちろん、朝のランニングの時もファンは居る。こんな風に声を掛けられるのも悪い気はしない。時折気づくと、最近はポスターにウマ娘のものも増えている。私、エース、そしてルドルフにマルゼン。
名ウマ娘達と言って良いポスターには、例えば、マルゼンスキーと私の安田記念の煽り文句だとか。ルドルフは無敗三冠に!だとか。エースはウマ娘のエースになれるのか!刮目せよ!ジャパンカップ!だとか、様々なものが見て取れた。
「いいね、盛り上がってる、かな」
ウマ娘界隈が盛り上がっている事は、非常に好ましいからね。…うーん、ミスターシービーの重圧っていうか、そういうの、やっぱりあるからなぁ。それにさ。
「負けたくないからねー」
史実ではルドルフにも負けたしね?いや、個人的なアレなんだけどさ。ミスターシービーのファンなわけだ、私は。だから、なんていうか。
「…負けたく、ないからねぇ」
史実を変える。既に変えている。これは、勝者が変わるという責任を喰らうことに他ならない。たださ、それでもさ。
「負けないからね」
シンボリルドルフ。初めて当たるのはジャパンカップ。そして有馬記念に続く事だろう。はは、だけどねぇ。負ける気なんて無いのよ。こっちには。
「自分の脚で、ぶっちぎる」
少し足に力が入る。口角が上がる。やっぱり、それ以上に。
「楽しくて仕方ないね。今!」
ドン!と脚を蹴り出して、一気に制限一杯ぐらいまで速度を上げる。町並みが吹っ飛んでいく。頬を風が撫でる。と、見慣れた背中が見えた。
「おはよーエースー!」
「うおっ!おはようシービー!張り切ってんなぁ!」
「まーねー!」
「気を付けて走れよー!」
「もっちろーん!」
追い越しながら、軽く挨拶を投げると、元気の良い声が返ってくる。だけど、今日は追いかけてこないみたいだ。声はあっというまに後ろに消えた。彼女も宝塚に向けて追い込みの次期だからね。きっと、調子を整えているんだろう。
「ふふ。みんな本気だ。本気で競い合える。やっぱり、最高だね。ウマ娘って」
赤信号。反動を殺しながら足を止めて、腰に軽く手を当てて息を整える。と、お店の窓に自分の顔が写った。結構走ったせいだろう、汗だくで、髪の毛も張り付いている。でも。
「随分楽しそうだね」
口角も上がり、目も笑っている。どこか他人事のようにそれを見る私が居る。さて、じゃあこの後は学園に戻って、シャワーを浴びて、軽く一服しようかな。そのあとは朝ごはんと…。