安田記念となると、私の知る物は上半期のマイルレースの締めくくりと言った所が大きい。もちろん、このウマ娘の世界であってもそれは変わらないようで。
『ミスターシービー!頑張ってえー!』
『無敗記録更新楽しみにしてるぞー!』
お披露目のステージで受ける声援の声もかなり大きく、横断幕やら、またファンなのか旗やら、色々と振られている。それに手を振り返していると、今度は別の声も聞こえてきた。
『マイルでやれんのかぁ!ミスターシービー!?』
『プログレス!ミスターシービーなんかに負けるなよ!』
『マルゼンスキー!今度こそミスターシービーから逃げ切れー!』
それは、ブーイングに近い声援。そりゃあそうだ。私は今まで中距離戦線、そして今はマイル戦線。私は急に紛れ込んだウマ娘にすぎない。だけどまぁ、それと同時に心地も良いんだよね。
「ふふ」
「あら、楽しそうね、シービーちゃん?」
「や、マルゼン。調子はどう?」
「最高よ。練習中にシービーちゃんが会いに来てくれなかったからちょーっと、寂しかったんだけどね?」
「それはごめん。私も、本気でマイラーに調整してたからさ」
私がそうやって誤魔化して微笑みを浮かべると、マルゼンは仕方ないなぁという感じに口角を上げてくれたていた。
「ま、シービーちゃんらしいけど。でも、その本気っぷりは伝わってきたわよ?」
「そう?」
「ええ。バイクも乗ってないし、タバコの頻度も落ちてたもの。それに、いつものシービーちゃんらしくない、その目もね。でも、だからビリビリきちゃってる」
「そっか。じゃあ、今日は楽しみにしててよマルゼン」
そう言って、右手を差し出してみると、マルゼンはその手を握り返していた。しかも、なかなかの強さでだ。
「マルゼンも気合入ってるね?」
「そりゃあもちろんよ。貴女ほどのウマ娘がマイルに挑みに来てくれたんですもの」
ぐ、と更に力が籠もるマルゼンの手。負けないように、こちらも力を込め返す。いやぁ、随分と燃え上がってるね。
「無敗三冠。そして、世代最強のウマ娘、ミスターシービー。相手にとって不足は無いわ」
「ふふ。そういう君は無冠の最速、マルゼンスキー。私にとっても、同じかな、それは」
ぱ、と握手を解いて、お互いに軽く笑い合う。でも、きっと私の目も笑っていない。ここから先は真剣勝負。白と黒がはっきりと別れる世界。
「じゃ、あとはターフの上でね、ミスターシービー。そろそろ、その重たそうな無敗の冠、私が貰っちゃうわね?」
ウインクを飛ばしてくるマルゼンスキー。満面の笑みだ。きっと、自信が有り余っているんだろうね。じゃあ、私は王としてこう返しておこうか。
「あはは、冗談キツイなぁ、マルゼンスキー。まだ君に、戴冠式は似合わないさ」
■
マルゼンの背中を送ってから、全員が地下バ道に移る背中を傍目に、私もステージを一度降りる。一度メイク直しがあるからね。
「行けるか、シービー」
「うん、大丈夫だよトレーナー。あ、メイク大丈夫?」
「ちょっとまて…少しコンシーラーを…あとリップも付けておくぞ」
「ん」
トレーナーに顔を弄られながら、目をつむる。ここ数ヶ月、マイル戦に向けての鍛錬は本当に体に効いた。筋肉痛にはなるし、息も絶えになることもあったしね。でも、ま。
「良し、これでいいだろう」
「ありがと」
トレーナーとの二人三脚で過ごしたわけだから、まず、間違いはないだろう。
『さあ、全員のお披露目が終わったところで、今日のオープニングステージ!ミスターシービーのレックレスファイアが上演されます!ぜひ、御覧ください!』
アナウンスの通り、今日はまずはこのままお披露目のステージで一曲を歌う。そして、それから本バ場入場、そしてメインレースの発送だ。
「じゃあ、俺は観客席から見てるぞ。頑張れよ、ミスターシービー」
「うん。楽しんでくるね、トレーナー」
ぐりん、と首を回して、気合を入れ直す。そして、出番まで少しの間ぼうっとしていると。
「本当に歌うんだ。シービー」
「ん?うん。そのほうが盛り上がるでしょ?」
気づけば、プログレスが近くに立っていた。どうやら、何か言いたいことがあるようで、こちらを鋭い目で見つめている。
「でも、貴女が不利になる」
「そうかな?」
「うん。体力を使って、私達とレースをする。無謀」
なるほどね。忠告をしに来たって事かな。確かに常識じゃあそうだろう。私もこのステージ、手を抜く気なんてないからさ。でも、プログレスは1つ勘違いをしているよ。
「無謀かなぁ」
「無謀。絶対」
言い切るね。それに、ちょっと怒りも見えている。全力の私と当たれないから?それとも、舐めていると思われているかな?
「プログレス。勘違いしているよ」
「何が」
「私は、勝つよ。全員を引っこ抜いて、勝つよ」
「それでも、無謀。勝てない。ミスターシービーは負ける」
ふふ。真っ直ぐな言葉に、思わず笑みが零れてしまった。良いね。こういう言葉を真っ直ぐに言ってくるウマ娘っていうのも。
「プログレス。じゃあ、君、私に負けたらどうする?」
「…考えてない」
「でしょう?私も君と同じだよ。負けることなんて考えてない。今日、私はステージを踊り尽くして、それでもなお、勝てるだけの練習を積んできてる。なんていうか、確かに、常識から言うと無謀なんだろうけどさー」
一歩、歩み寄って、プログレスの目を覗き込んだ。
「常識なんて、私に通用すると思う?」
互いの息が掛かる距離で、そう自信満々に告げてやる。私はすべて万全だと。お前はどうだ?ハッピープログレス。
「…ふ、ふふ」
すると、プログレスの口からは漏れるように笑いが溢れていた。
「ふふふ、あはは。そう、そうね。ミスターシービーは、常識なんて無い。忘れてた」
「でしょ?だから、安心してターフを走るといいよ。そして、安心して、全力の私に捲くられると良い、なんてね」
パッと顔を離して、背を向ける。スタッフが私を呼んでいる姿が見えたからだ。そろそろステージに上がらないと発走時間がズレちゃうからね。
「…では、満を持して、貴女を迎え撃ちましょう」
「ふふ、楽しみにしてるよ?プログレス」
背中に感じた闘気に、右手を上げてステージへの階段を登る。いつもとは違う、昼間のステージ。太陽が照り、そして、お披露目のパドックの観客席は超満員。そしてカメラも何台も設置されている。どうやら、最近設置されたターフのメインスクリーンでも映されるのだとか。
「さて、盛り上がるかな、本当に」
そこだけだ。不安なのは。そして、指定されたステージの真ん中に立ち、深く息を吸った。
『さあ、お待ちかね、ミスターシービーのステージです!ここまで無敗、そして初のマイル戦に挑む、彼女の魂の声を聞けー!』
煽るようなスタッフの言葉に、観客席からは大きな声援が飛んだ。いい掴みだね。用意されたマイクをスタンドから抜くと、右手拳を上げて、人差し指を立ててみせた。
■
聞き慣れた音楽がレース場を埋め尽くし、手拍子や歓声も大きく上がる。その中には、のちの未来の名ウマ娘、ナイスネイチャの姿もあった。メインスクリーンに映し出されたミスターシービーの映像を食い入るように見る彼女も、歓声を上げるその一人だ。
「うわぁ、やっぱりかっこいい!ミスターシービーさん!」
一緒に来ているであろう親御さんらしき人物を無視して、ナイスネイチャは大興奮でその画面を食い入るように見つめていた。そして、画面の中では、ついに、ミスターシービーの口元にマイクが触れる。
『奪え!すべて!この手で!たとえ心傷つけたとしても 目覚めた本能 体を駆け巡る』
おお!と歓声が更に沸いた。中には、同じように口ずさむ者すらいる。サイリウムはまだ無いが、しかし、それでも手を振り、声を張り上げて盛り上がりを見せる観客席。ふと、ナイスネイチャは、何処かで聞いたことのある声を聞いた。首を振って目を凝らせば、シガーグレイドもその中にいることに気がついた。
「わ、あの子も来てたんだ」
ミスターシービーの楽曲に乗るように、シガーグレイドもジャンプをしながら声を張り上げている。と、その時、画面から流れる映像に、ナイスネイチャは違和感に気づく。
「…あれ?歌詞が」
ミスターシービーが歌うレックレスファイア。その歌詞が飛んだと、ナイスネイチャは思ったのだが、しかし。
「ううん、違う…そうじゃない。これは
BGMの纏まり、そして、ミスターシービーの表情。全く違和感が無いどころか、自信満々に歌う彼女から感じ取れる気迫は、全力で歌い、伝えたいという気迫だけ。
『リスクやマイナスならば起爆剤さ 沸き立つ確信の矢を 未来へと解き放つ!』
歌が短くなった分、そのメッセージは強烈に伝わってくるように感じていた。熱さ、そして、その本気さか。
『Reckless fire そう大胆に命の術を磨け この世はサバイバル 白か黒か行く道は1つだけ』
鋭い視線が、画面越しに伝わる。ナイスネイチャは、ゾクリとしていた。普段、あんなに親しみやすい人柄なのに、やっぱり、レースとなると全く人が変わる、と。
『Reckless fire そう大胆に魂に火をつけろ』
レックレスファイア、と観客も歌う。そして、画面の中で胸を強く叩きながら、大きく歌う。
『逃げ場なんてないさ 嘘も矛盾も飲み干す 強さと共に』
汗が舞い散る。そして、笑みを浮かべたミスターシービー。君たちもこっちに来なよ、そう言われているような気がする。
『絶やすわけがない この胸の焔火は 揺るぎない本能と意志 貫くように』
大きく上がる歓声。その中に、ナイスネイチャの声も自然と混じっていた。
『じゃ、今日もみんなで精一杯走るからさ。ファンのみんな!応援、よろしくね!』
そして、その映像が途切れると同時に。
『おまたせ致しました!いよいよ、安田記念、本バ場入場です!』
そのアナウンスに、更に爆発する歓声。
『さあ、まずターフに現れたのは1枠1番!赤い勝負服のスーパーカー!リベンジレースは最速の逃げが見れるのか!マルゼンスキー!』
続々とウマ娘たちがウォーミングアップにとターフに舞い降りる。
『5番、ハッピープログレス!前走京王杯はミスターシービーに惜しくも破れて2着!しかし、マイルでは今ノリに乗っている一人!今日はその手で幸運を掴み取れるのか!』
『そして、
手を大きく振りながらターフに現れたウマ娘。ライブを終えたはずのミスターシービーであったが、その顔に疲れは見えない。むしろ、その逆だ。2、3、他のウマ娘と会話をしながら、余裕の笑みを零さない。軽く地面を確かめるようにダッシュを掛けてみれば、その地面の芝が見事に抉れ、その脚力の高さを物語っている。
『スターターが今、スタート台に立ちました。G1、安田記念、ファンファーレが鳴り響きます!―東京11レース。安田記念。G1。上半期のマイルレース総決算。18人のウマ娘により争われる、芝、1600メートルのG1競走です。今日は10万人近い観客が押し寄せるこの東京レース場。果たして、どのウマ娘がセンターの栄誉に輝くのか!』
いよいよ、選ばれしウマ娘による、マイルの祭典が始まる。
■
「いいねー、シービーは。こんな大舞台に立てて。でも、最近の彼女、らしくないんだよなぁ、もっとさ、こう、自由に走ってたほうが彼女らしいのに」
ジャラ、と手に持った
「ま、でも、強いやつをばっさりと、って気持ちは良いよね。見てて。うん…そうだなぁ。今年はちょっと遅いけど、来年ぐらいに、そうだねぇ、シンボリルドルフあたりに向けて、ちょーっとだけ本気を出して見ようかな」