私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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 駆け抜けろ、駆け抜けろ。府中のこのターフを。

 駆け抜けろ、駆け抜けろ。己の脚を信じて。

 駆け抜けろ、駆け抜けろ。誰よりも、己が一番速いと、そう叫びながら。


安田記念

 スターティングゲートに収まると、不思議と落ち着く。ライブでの興奮冷めやらぬまま、と言いたいところだけど、私の心は今凪いでいる。

 

「いいかもね」

 

 大外枠に収まりながら、横を見る。全員が全員、気合十分といった面持ち、お、マルゼンなんかは首を左右の揺らしてるね。軽くほぐしている感じ。

 

「さ、今日はどうしようか」

 

 トレーナーからは前目に付けて行くのが良い。と一言だけ言われている。でも、同時に、好きに行けよ。とも言われている。ふふ、信頼されている感じがして、悪くないかもね。

 

「自由にやれるってのはいいけど」

 

 さ、でもどうしようか。そうだなぁ。気持ちいいのはきっと先頭だろう。一番でターフをかける感覚は何事よりも気持ち良い。

 

「でも、集団もいい」

 

 ウマ娘の呼吸を感じながら、ラインの駆け引きを行っていく。行くのか?それとも、行かないのか。内に外に、ライン取りの駆け引きなんかも堪らないね。

 

「ふふ」

 

 でもでも、後ろからいくのもいい。全員が、気持ちよく走っていくその背中を追いかけて。そして、4コーナー手前ぐらいから一気に、大外をぶん回していく。

 

「ふふふ、あはは」

 

 笑いが止まらないね。どういっても、きっと楽しいから。と、その時、全員のゲートインが終わった。いよいよ、スタートの瞬間だ、と。頭の片隅に、エンジン音が響き渡る。

 

「…ふふ」

 

 今日のバイクのイメージは、いつものCBRじゃあない。CBR、あのレース用エンジンは、高回転に上がるまでにラグが有る。今日、この日のために私が鍛えた脚は、トップスピードというよりは、トルク重視、加速重視のパワー重視。

 

 ズォン。と重く、しかしパワーがある音が、頭に響き渡る。いいね。

 

「あはは」

 

 ぐっと、体を鎮めて、左の足をずーっと後ろに引く。上半身は少し前傾に、そして、今までとは違って、腕はだらんと。少しだけ、左の手を前に出しておく。

 

『なんだあの体勢、ミスターシービー、どうしたんだ?』

 

 観客席から聞こえた声に、にやりと口角が上がる。他のウマ娘がしっかりと顔の前に手を持っていく中で、私だけだろう、きっと、こんな変な構えは。でも、今日はこれでいいんだ、これで。今日は、スタートは気にしないからね。ただ、その代わりに力を最後まで残しておく。

 

 ズォン、ズォン。重い、しかし、なめらかな音を響かせて、いよいよ、その時が来る。

 

 

『ゲートが開きました!安田記念スタートです!さあ、いいスタートだマルゼンスキー!一気に先頭を取っていく!続くのは…』

 

 シンボリルドルフは、来賓席でその様子を伺っていた。大方の予想通り、マルゼンスキーが先頭を行く。対して、今日の注目のウマ娘であるハッピープログレス、アサカシルバー、そしてミスターシービー、シンボリヨークあたりは、後ろからのレースのようだ。

 

『さあそして注目の一番人気、ミスターシービーは最後方からのレースと成っております。マルゼンスキー飛ばしていく、あっという間に後方との差が5バ身ほど。1600メートルの旅路、スロットルは全開だ!そのすぐ後ろにシャダイソフィアが…』

 

 実況を聞きながらも、シンボリルドルフの眉間にはシワが寄り、そして、耳は絞られている。

 

「さあ、どうする。ミスターシービー」

 

 マイルレースは短い、1分少々の旅路だ。悠然と後方を行くミスターシービーの姿に、シンボリルドルフはどことなく苛立ちを覚えているようだ。

 

「お前ならば、マルゼンスキーと共に全力で駆け抜けられるだろうに。何を悠長に」

 

 ぎり、と拳が握られる。と、その時だ。

 

「ま、落ち着きなさい。ルドルフ。焦り過ぎだよ。まだ始まったばかりでしょう?」

 

 隣でルドルフの様子を伺っていたトレーナーが、そう言いながら温かい紅茶を差し出していた。

 

「…すまない。トレーナー。一人で盛り上がってしまっていたようだ」

「あはは。仕方ないよ、ルドルフ。君の気持ちも判るさ。あの無敗を、自分の手で倒したい。そうでしょ?」

「ああ。無論だ。こんなところで負けて良いはずがない。…本来なら、オープニングステージなんていうもの、取り下げて欲しかった」

 

 紅茶を煽り、苛立ちを隠さずにルドルフはそう告げていた。トレーナーは1つため息を吐くと、ターフに視線を戻していた。

 

「ま、そこはさ。彼女がミスターシービーってことで、諦めるしか無いんじゃないの?あの自由奔放さが、彼女の強みだし。そんな彼女に、勝ちたいんでしょ?」

「無論、無論だよ。トレーナー。そう、そうだ。彼女は本当の意味で自由。外野が、口を出せるものじゃない」

 

 苛立ちを隠さず、しかし、冷静にレースを眺めるルドルフ。負けるかもしれない、ミスターシービーが、と考える彼女の頭と、いや、負けないな。という彼女の直感がせめぎ合う。

 

『さあ3コーナーに緩やかに入っていくウマ娘たち、未だに先頭はマルゼンスキー。後方のウマ娘に未だ動きはありません!』

 

 じり、じりと後方で位置取りを変えていくミスターシービーの姿。それに反応してか、ハッピープログレスもにじりと、ラインを変えていく。と、その時だ。ルドルフの耳に、確かに、一つの音が聞こえてきていた。

 

『第四コーナーをカーブ、直線に向かいます!各ウマ娘が一気に動いてまいりました!後方から外をついて来たぞミスターシービー、そしてハッピープログレス!一気に駆け上がるか!』

 

 絞っていた耳が、ピンと立つ。そして、鼻から息を吐くと。

 

「こんなところで、負けてくれるなよ。君に土を着けるのは、私なのだからな」

 

 ルドルフは、どこか確信めいた、余裕のある笑みを浮かべていた。

 

 

―違う

 

 マルゼンスキーは思わず後ろを見た。そこにいたのはハッピープログレスとミスターシービーの2人。2人共トップギアなのだろうか、いや、違う。一人、違うのが居る。

 

―さあ、やろうか

 

 ミスターシービーのイメージが、一瞬切り替わる。それは、マルゼンスキーが一瞬、自らをスーパーカーと重ねたときのように。

 

―あの時と、同じ…!?

 

 有マ記念の時も、同じようにイメージを浮かべた。あれは、見たことのないバイク。流線型のカウルに包まれ、甲高いエキゾーストノーズを高らかに謳っていた、あのバイク。

 

 しかし。

 

―違う、今日は、違う!?

 

 今日のイメージは違った。漆黒の、丸目一灯。どでかいフィンが目立つエンジンを腹に抱え、両方にマフラーを出して、野太いエキゾーストノーズと、エンジンのメカノイズを響かせながら。それをまるで手足のように扱い、追いすがるミスターシービーの姿が浮かぶ。ああ、そうか。CBRは最高速重視。しかし、このマイルは短距離加速重視!体を、作り替えてきたのかと、マルゼンスキーは口角が上がる。

 

―…冗談!

 

 ハッピープログレスは、ズドンとミスターシービーの足元が爆ぜた瞬間を見た。そして、漆黒の鉄が、自身の脇を追い抜く姿を幻視した。ああ、これが、これがミスターシービーの本気かと!何が、体力が無い、だ。何が無理、だ。無理なんて言葉、やっぱりミスターシービーに通用しなかった!ハッピープログレスは頭の中で愚痴る。そして、自身も更に、最後の力を振り絞るように、地面を蹴り上げる。

 

―まだ、まだぁ!

 

 スーパーカーとロードスポーツ、2台の後ろをぴったりと、離れないように全力で付いていく。だが。

 

―なっ!?

 

 ハッピープログレスの目が見開かれた。2人のギアが、明らかに上がったからだ。どんどんど離れる2人の背中。まだ、底があった。とんでもない、とんでもない!悔しい、悔しい、悔しい!けれど、けれど、けれどぉ!

 

―楽しい、楽しいね!最高に!

 

 負けることは判った。でも、だから諦める理由にはならない。ああ、まだ脚は動くんだ!少しでも、少しでも前に、前に!

 

―勝負、マルゼンスキー!

 

 そして、ミスターシービーは全てを出し切るように、ターフを抉っていく。逃げ、最高速を叩き出すマルゼンスキーに対して、野太いトルクで追いすがる。頭を低く、腕を振り、脚を掻き上げ、地面を這うように、そして、肺から吸う酸素は、全て脚に!

 

―まだ、まだよ!

 

 対するマルゼンスキーは既にトップスピード。だが、その先を更に絞り出す。レッドゾーンなんてとうに回っている。その先、その先に。その先にきっと、勝機がある。口から自然と雄叫びが漏れる。1600メートルが、酷く遠く感じる。先頭の景色のはずなのに、視線が灰色に成っていく。

 

『マルゼンスキー!走れええええええええええ!』

 

 長年連れ添ったトレーナーの声。聞き間違えない。ぐっと前を向き直して、ゴールを睨む。あと300メートル。坂は登りきった!後は、逃げ切る、全力で!

 

『シービー!負けるなぁ!頑張れぇ!』

『ミスターシービー!!!』

 

 聞き慣れた声と、聞き慣れない声。ああ、きっと、ナイスネイチャか、そして、トレーナーだ。ここにきてミスターシービーの頭は、ひとつ冷静になっていた。届くか、届かないか。時間がゆっくりと進む。200メートルの標識がすっ飛んでいく。

 

―あと1バ身。これが、なかなか!流石だなぁ、マルゼン!

 

 悪態を付きながら、その背中を臨む。体力はまだ十分、肺もまだまだ大丈夫。まだ、行ける、行ける。行けると心の中で唱えながら、地面を蹴り上げる。あとはエンジンの勝負。全力で、どちらが最後まで持つか、伸びるか。それだけの勝負。視界がどんどん狭まっていく。観客席も、ラチも見えなくなっていく。

 

 そして、全てが風の向こう側に消えそうに成った時。

 

『………ォオオオオオオオオオル!』

 

 バタリ。バタリ、バタリ。3つの影が、ターフに倒れ込んだ。大きく巻き上がる歓声。どうやら決着がついたらしい。

 

『安田記念を』

 

 倒れ込んだ3つの影が、上半身を無理やり起こしていた。マルゼンスキーも、ミスターシービーも、そしてハッピープログレスも、汗だくで、息も絶え絶えだ。そして、次々にゴールしてくるウマ娘たちも、汗だくで、そして息を上げている。全員が全員、全力を出して走った証拠だ。

 

『上半期のマイルレースを』

 

 さあ、誰だ。誰が、このマイルの王に成ったのか。マイルレースで調子を上げてきたハッピープログレスか、それとも、マイル最強と名高いマルゼンスキーか、それとも、無敗を引っ提げてマイルに殴り込んできたミスターシービーか。この3人の内の誰かで有ることは、全員が判っている。

 

『制したのは!』

 

 しかし、その差は僅か。ターフで走っていたウマ娘たちも、見ていた観客たちも、全員の目が掲示板に釘付けだ。そして、少しの間の後。

 

『マイルの王に輝いたのは!やはり、ここでも、このマイルでも強かった!』

 

 確定の文字が踊り、観客たちが爆発する。その掲示板のテッペンに輝いた星の名は。

 

『18番!ミスターシービー!クビ差でマルゼンスキーを下して、無敗記録を伸ばし!そして、名実ともに最強となりました、ミスターシービー!2着はマルゼンスキー!そして3着は半バ身まで2人を追い詰めたハッピープログレス!タイムは1分35秒9!』

 

 17人。同じくターフを走っていたウマ娘たちの視線がミスターシービーに集まった。悔しい、おめでとう。さすが。次は負けない。色々な感情を湛えながら。そして、当のミスターシービーはと言えば。

 

「しゃああああ!」

 

 らしくない。ミスターシービーは両手に拳を作りながら、そんな雄叫びを上げていた。

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