エヒトの雄叫びが神域に木霊する。
先程までとは人が変わったように、その表情に狂気的な笑みを浮かべ、目の前の少女に殺意をぶつける。
「私のこと、覚えてたんだ」
「当たり前だ! 貴様を殺す、ただそれだけのために私は生きてきた!!」
「……それで自分がボロボロになっても?」
「そんなこと知ったことか! 貴様を殺すことが私の本分! そのためならば、この命くれてやる!!」
「……ああ、やっぱりもう君は」
「私はついに至ったのだ!! 貴様の世界に、貴様と同じ領域に!!」
エヒトの視界には、今までまともに認識することも出来なかった極彩色の景色が広がっていた。何もせずとも、世界の全てを識ることができる極地。
エヒトの幾星霜にも及ぶ執念は、持たざるものが辿り着くことは出来ない領域へと足を踏み入れた。
しかし……
(……魂が継ぎ接ぎだらけ。まるで一度バラバラにしてから、適当に繋ぎ合わせたみたい)
シリウスのいる領域は、努力すれば辿り着けるというレベルではない。二次元の存在が三次元の存在に干渉できないように、生まれたときからそこに居ることを義務付けられた、運命とも言うべき絶対の摂理。
そこにエヒトは手をかけた。死を引き伸ばし、肉体を最適な状態に再構築し、魂をそれに耐えうる域まで昇華させた。
それは、人でありながら鳥に憧れる子供のように。
鳥の羽根を蜜蝋で固めて翼を作ったイカロスのように。
地上で掻き集めた“
その代償は高く、近づけば近づく程、輝く太陽がエヒトの身体を焼き焦がし、“翼“を羽ばたかせれば、その度に、羽が零れ落ちていく。
シリウスと同じ領域に踏み入れたエヒトの命は、今この瞬間も刻一刻と死へのカウントダウンを刻んでいた。
それでもエヒトは止まらない。
幸せな思い出も、それを尊いと感じる感情も、既にエヒトには無い。
長い年月はエヒトから汎ゆる物を奪っていったが、それでも、エヒトが最後まで捨てずに必死に抱き続けたモノ。
手も足も出せずに人生始めての完敗を喫した、始まりの日。
あの日から常に忘れることの無かった唯一無二の誓い。
──
ただその誓いを果たすために……
「私は貴様を超えるぞ、シリウス!!」
エヒトから吹き出した膨大な魔力は神域を歪め、大気を侵していく。
「ぐっ……!!」
「息が……!?」
それを浴びたハジメとユエは血を吐き出し、その場に蹲る。
息を吸うだけで肺が締め付けられ、血液を通して全身が崩壊するような痛みが襲いかかる。
(なんだよ、これ……!?)
これこそが超越者が放つ魔力の深淵。
現代に満ちる魔力、現代の存在が持ちうる魔力とは桁が違う濃度の魔力を含んだ空気は、現代を生きる生物にとってはそれだけで劇毒となる。
超越者の世界では、凡人は立ち上がるどころか、息を吸うことすら許されない。
しかし、痛みに表情が歪んではいるが、ハジメとユエが絶命する様子は無い。
原因は、今も二人の前に立つシリウスの存在だ。
大気中に含まれる魔力を取り込みはしたが、シリウスが風よけとなったおかげか、エヒトから流れ出す、魔力の源流を受けずに済んだ。もしシリウスが居なければ、とっくに二人の命は無かっただろう。
背後の様子をチラリと確認したシリウスは、パチンッと指を鳴らした。
その瞬間、シリウスとハジメ達を分かつような巨大な障壁が展開される。
それだけで、ハジメ達を襲っていた痛みが急激に和らいでいった。
「……お前、誰だ?」
「悪いんだけど、ゆっくり話してる時間は無いんだ。そこで大人しくしててくれる?」
「……何で私達を助けてくれるの?」
「……助けた、とは少し違う。私が助けに来たのは君達じゃなくて、エヒトルジュエだから……」
何で助けに来た奴に殺されそうになってんだとか、そもそもあんたは誰なんだとか、聞きたいことは山程ある。
それでも、こちらを見ずに淡々と返す少女の背中に、何故か言葉が喉に詰まり出てこない。
「私が死なない限り、その障壁は壊れないから。そこから出てこないで」
それだけ告げて歩み始める少女を止める言葉を、二人は持っていなかった。
トコトコとエヒトの前まで歩み寄ったシリウスは、じっとエヒトの顔を見る。
あれから一万年以上の年月が経った。それでも、自身の記憶のままの姿。しかし、その中身は目を逸らしたくなるまで傷つき、ボロボロに朽ちてしまっている。
そのまま数秒が経過した後、シリウスはゆっくりと目を閉じる。
世界が黄金に輝いた。
そう勘違いしそうになるほどの光り輝く魔力の本流がエヒトの魔力を押し返す。
その光景に……シリウスが魔力を解放したことに、エヒトは笑みを深める。
シリウスの瞼がゆっくりと開かれる。
その瞳は黒翡翠のような黒から、常に変化し続ける虹に変化していた。
「いいよ、
この日、この場所で。
少女は初めて力を引き出した。
◇
緩やかな踏み込みからの駆け出し。
振り上げられる両者の拳。
衝突。衝撃。相殺。遅れて轟音。
超越者の二人の初撃は、正面からのステゴロから始まった。
反動で吹き飛ぶシリウスは器用に空中で体勢を整え、
「はっ、やはり防ぐか!」
「
「だが……
「……」
そこに攻撃が来ることを知っていた上で、シリウスは障壁を張った。そうせざるを得なかった。
つまり、肉体に当たればダメージを食らうと判断されたということ。
「それが知れただけでも価値があるというもの!!」
「……生意気」
エヒトはすぐさまシリウスとの距離を詰めていく。自らの肉体を行使することで、相手の体勢を崩し、隙をつくように魔法を放つ。
魔法を扱う者同士の戦いとしては、あまりにも見栄えの無い戦闘。
爆炎が吐かれることもなければ、稲妻が降ることもない。だが、間違いなくこれが最善。
そもそも敵を殺すのに、肉体を消し炭にする必要など無いのだ。背後を取り、心臓をナイフで突き刺す。これだけで敵は死ぬ。視界を埋め尽くす巨大な魔法は、視野を狭める邪魔な存在でしか無い。
超越した肉体と、理を見通す力を持つシリウス相手に、物量で攻めても意味がない。
絶対に防げないタイミングで、最速最強の矛を叩き込む。それが、エヒトが理を読み解き、導き出した結論だ。
(分かる! 分かるぞ!! 貴様の動きが!!)
踏み込みからの蹴り上げ──いなすように受け流す。
背後に回ってからの肘鉄──カチ上げるように蹴り上げる。
突き刺すような正拳突き──衝撃に逆らわずに後ろに跳ぶ。
かつては何をされたかも分からず転がされていた攻撃が、今では手に取るように分かる。
その視線が、その体勢が、全てを伝えてくる。
(ッ後ろ!!)
エヒトの目の前まで急接近したシリウスは、直前のステップでエヒトの視線を誘導し、外れた一瞬の隙に背後に回る……エヒトの読み通りに。
(獲った!!)
振り向きざまに突き出したエヒトの貫手がシリウスの鳩尾を貫いた。
そのまま追撃を撃ち出そうとした瞬間、違和感に気付く。
(手応えが……?──横ッ!!)
瞬間、まるで宙に溶けるようにシリウスの身体が霧散した。
それを認識した瞬間、反射的に身を守るように魔力を張り巡らせ──途轍もない衝撃に、エヒトの身体が真横に吹き飛ぶ。
(誘われた……!!)
シリウスには、エヒトが理を通して自身の行動を予測してくることは分かっていた。
だからこそ、周囲の情報の中にダミーを拡散。数多の選択肢の中に、本命の一撃を紛れ込ませた。
(──マズイッ!!)
間髪入れずにエヒトの脳裏に浮かび上がった一秒先の光景。
30メートル以上を蹴り飛ばされたエヒトは、咄嗟に5枚の障壁を展開。
──ズドドドドドドドドドドッ!!
直後、大気が震えるような連鎖的な衝撃がエヒトに襲いかかった。
人の感覚には認識不可能なまで最小化された暴風が、ドリルのように螺旋を描きながら障壁を削り取っていく。
しかし、削られた障壁が、暴風に絡みつき、徐々にその勢いを殺していく。
防げないことは知っていた。逸らせないことも知っていた。故に、絡め取る。
「くはっ、やるな!」
「……」
障壁ごと暴風を投げ捨たエヒトが、パンッと両手を合わせる。
シリウスの両脇の地面がせり上がり、対象を圧殺しようと迫るが、シリウスはそれを魔力を衝撃に変換することで吹き飛ばす。しかし、その一瞬の隙をつき、エヒトが肉薄する。
「吹き飛べ!!」
「──くっ!!」
勢いを殺さず、突き出した掌から発生した魔力が炸裂し、シリウスに突き刺さる。
腕をクロスして防いだシリウスだったが、その衝撃までは防ぎきれず、紙切れのように吹き飛ばされる。
地面を転がりながらも体勢を整え、膝をついたシリウスがエヒトを睨みつける。その口の端から血が垂れている光景を、エヒトが愉快そうに眺める。
「壮観だな。かつて、私は貴様を見上げることしか出来なかったが……今は違う」
「もう勝ったつもり?」
「勝つさ。そのために全てを捧げたのだからな」
「……もう私の言葉を忘れたの? 戦闘中は油断するなって」
「強がりを──ッ!?」
そのまま一歩踏み出したエヒトだったが、突然足に力が入らなくなり、その場に膝をつく。
まるで脳を揺らされたような不快感に、思わず頭を抑える。
「やっぱり忘れてる」
「……なるほど。あの瞬間、反撃を喰らっていたか」
そう呟くエヒトの顎には僅かに引っ掻かれたような傷があった。
エヒトに殴り飛ばされた瞬間、シリウスはエヒトの顎にカウンターを決めていた。薄皮一枚削る程度の小さなものだが、精密機械のように的確に計算し尽くされた一撃は、エヒト本人にも気付かれない衝撃を脳に与えた。
事実、エヒトも動き出すまで気づきもしなかった。
「油断しすぎ」
「……はは、ははは」
あの日と同じ言葉をかけるシリウスに、エヒトから乾いた笑いが溢れる。
「ははははははははははははっ!!」
乾いていたはずの言葉は、次第に熱を帯びていき、神域全域に届くほどの大きさに膨れ上がった。
「そうだ! そうでなくては困る!!」
待ち望んだ頂が容易く手に入るとは思っていない。そんな軽い椅子ではないことは奴に挑み続けた私が誰よりも知っている。
だからこそ……
「今証明する! 私が貴様を超えたことを!!」
「やれるものならやってみると良い」
シリウスが掌を合わせると、彼女の背後に30mを越える巨大な虚像が現れる。
「”
まるで天井から糸で吊られた人形のような不気味な女型の千の手腕から放たれたレーザーが、空に多角的な軌道を描きながらエヒトに迫る。
(物量にかまけた面制圧……ではないな! 一発一発が理によって計算され尽くした、私を殺すべく放たれた必殺の一撃……!! だが……!)
「その程度で私を止められると思うな!!──”
エヒトを中心に大小様々な魔剣が展開される。それを確認したエヒトは、そのままレーザーの嵐に突っ込んだ。
斬る。逸らす。受ける。弾き返す。
まるで剣が舞うようにレーザーを撃ち落としていく。
その動きにシリウスは覚えがあった。
(あれは、私の……)
かつて、肉弾戦では歯が立たないと距離を取って魔法を放つエヒトに対してシリウスの対処方法。
その身で、潰し、逸し、受け、弾く。魔法を使うという点は違うが、その動きは間違いなく、シリウスの動きそのものだった。
(……でも、私の真似事じゃ私は超えられない)
シリウスの生み出した虚像から放たれたレーザーの総数は文字通り1000発。
果たして、それだけのレーザーが空に軌跡を描く中、お互いの姿を視認できるスペースがあるだろうか?
「……ッ!?」
瞬間、エヒトの足元の床がひび割れ、そこから無数のレーザーが姿を現した。
完全に虚を突かれたエヒトの身体にレーザーが迫り──
「──ぎ、いィイイイイイイ!!」
「なッ!?」
無理矢理身体を捻ることで初弾を躱し、同時に地面ごと斬り裂いて誘爆させる。
(うそッ!? 間違いなく当たるはずだったのに……ッ、読まれた!? そんなまさか……!!)
タイミングはバッチリだった。今ので決まるはずだった。貫かれるエヒトの姿を確かに視た。それなのに……
(……成長してる! 私の予測を超える速さで……今この瞬間も!!)
ミックスアップという言葉がある。
主にボクシングで使われる用語で『相手との戦いの中でいつも以上の実力を発揮したり、劇的な成長を遂げること』を指す言葉だ。
エヒトは確かにシリウスと同じ領域に踏み込んだ。しかし、彼は言うならばまだ
それが普通だったシリウスと違い、理の扱いに慣れていない。だからこそ、認識と発動までに僅かな誤差がある。
だが、そんな
「”
エヒトの両脇から射出された大剣が人形の千手を肩から斬り飛ばし、天から振り下ろされた大刀が頭から両断する。
「”
さらに幾つもの炎雷を纏った魔剣が弧を描きながら迫る。
大地を斬り裂きながら迫る刃を、シリウスは腕の一振りで砕き落としていく。
軌跡を残しながら突き進む刃の速度は、音速を優に超えるのだが、それを物ともせず、的確に刃の芯を狙い撃つ。
全てを撃ち落としたシリウスは、十指に稲妻を纏わせる。
対して、エヒトも周囲に魔槍を展開する。刃渡りが4尺を超える大身槍だ。
「”
「”
撃ち出された雷の矢と魔槍が轟音と共に衝突する。
周囲をスパークが奔り、余波だけで空間を荒く軋ませる。
「いいぞ! もっとだ! もっと貴様を見せてみろ!!」
「……ホント、嫌になるね」
既に戦いが始まって5分が経過した。シリウスの予測では、この時点で決着が着いているはずだった。しかし、エヒトは未だ顕在。ダメージはあるが、戦闘不能には程遠い。
つまり、それだけのズレが生じるほどにエヒトの動きが洗練されているということだ。
その事実に、シリウスの表情に僅かな焦燥感が漂う。
(早くしないと
シリウスの頬に一滴の汗が伝う。
一秒にも満たない焦り。その焦りが、戦局を左右する程の致命的な隙を生んだ。
「──ッ!!」
シリウスの足元。影から漆黒の刃が突き出し、シリウスの足を地面に縫い付ける。
「”
僅かな失望を含んだ呟きと共に、エヒトがシリウスの鼻先まで接近した。
「しまっ──!!」
自身の失態に気付いたシリウスがすぐにエヒトから距離を取ろうとするが、エヒトの方が一歩早い。
後退しようとしたシリウスの肩を掴むと、そのまま無理矢理引き寄せ──
──腕を回してシリウスを抱きしめた。
まるで、二度と離さないと言わんばかりに強く、強く抱きしめる。場所と状況さえ違っていれば、恋人同士の逢引の一幕に見えるだろう。
しかし、忘れることなかれ。ここは戦場。
命を奪い合う場だ。
「──”
直後、エヒトの背後から飛来した魔剣がエヒトごとシリウスの身体を貫いた。
◇ ◇ ◇
「強くなる理由?」
「うん、何で君はそこまで強さにこだわるの?」
それはもう思い出せない程の過去の記憶。
二人で過ごした五百年足らずの中の一幕。
「昔からずっと私に挑んでは返り討ちにされてきたでしょ? よく飽きないね」
「私が好きで返り討ちにあっているような言い方は止めろ」
「でも事実」
「……ちっ」
私の言葉に返す言葉なかったのか、視線をそらして舌打ちをするエヒト。
エヒトすぐ舌打ちするよね。そのクセ直した方が良いぞ? 人生の先輩からのアドバイス。
「私の肉体の保持のためだろう?」
「それは
「貴様が言うと嫌味にしか聞こえんな」
「まあ、私エヒトルジュエより強いしね」
「喧嘩か? 喧嘩を売っているのか?」
「ふっ、払えないくせによく言う」
エヒトルジュエの攻撃
しかし 躱されてしまった
シリウスの攻撃
エヒトルジュエに 9999のダメージ
エヒトルジュエは 倒れた
「で? 何でそんなに強くなりたいの?」
「この状態で会話を続けるのか貴様は」
「言わないと最高神の立場を利用してエヒトルジュエは女装趣味って広めるよ?」
「悪魔か、貴様!?」
ふふん! 恨むなら私を最高神なんぞに仕立て上げた奴らを恨むがいい! 凄いぞ、最高神の影響力は。私の言葉=世界の真理だ。白を黒にすることなど容易いことよ!!
ほれほれ〜、観念して答えたほうが身のためだよ?
頑なに口を閉ざしていたエヒトだったが、私の
「……………目的を果たすためだ」
「目的?」
「そのためには力がいる。力が無くてはアレに相応しくない」
「アレって?」
「……そこまで貴様に言う理由はない」
「むっ……」
そう言われると逆に気になるんだよなぁ。こうなったら
(…………ん?)
じーっとエヒトの横顔を眺めていた私だったが、そこであることに気づく。
(よくよく見れば、エヒトって綺麗な顔立ちしてるし、結構モテるよね? この前も女の人からキャーキャー言われてたし。あれだけ居るなら一人くらい好みの娘が居てもおかしくないんじゃないか? つまり……)
「──女か」
「は?」
私の的確な指摘にエヒトは目を丸くする。
ふふふ、こやつ当てられて動揺しておるわ!!
男の子なら好きな娘の前では強くありたいものだもんね!!
「で? どんな娘? 私も知ってる娘?」
「貴様は何を言って……」
「……ん? 何?」
「いや、そうだな。確かに女だ」
「おおっ!!」
やっぱりな! そうじゃないかと思ったんだよ!!
いやぁ、ついにあのエヒトに好きな娘が出来るなんて、お姉ちゃん感激だよ!!
「見た目は? 年は? 性格は?」
「見た目は幼いが、年はそれなりだ。性格は、そうだな……常に誰かのことを一番に考えてるお人好し馬鹿といったところだ」
「ふむふむ……つまり……」
(……………合法ロリか?)
シリウスが声に出さずに内心に留めていて良かった。出していたらエヒトは悪鬼羅刹のごとく限界を突破して襲いかかってきていたことだろう。
(ロリババアとしては少し親近感が湧くな)
マジで声に出して無くて良かった。
「自分のことなど常に二の次。誰かのためにあっさりと自分を犠牲にするような奴だ」
「へぇ、そんな娘が居るんだ」
「ああ、危なっかしくて見てられんがな」
そう良いながらも、薄っすらと笑みを浮かべるエヒトの姿に、本当にその娘のことが好きなんだなと嫌でも伝わる。
(……原作でもそういう娘は居たのかな?)
原作でのエヒトの過去は、最終決戦でエヒトが語った内容以外はほとんど謎に包まれている。家族はいたのか。他の到達者がどんな人達だったのか。恋人は居たのか。全てが分からない。
そもそも、私というイレギュラーが居る時点で、もう原作とはかけ離れてる可能性もある。それでも……
(私が居なくなってから、ひとりぼっちになるエヒトのことが心配だったけど……そこまで大切に想える人が居るのなら少しは安心かな)
その娘が人間である以上、必ず別れはやってくる。延命措置をしたとしても、ただの人間じゃいつかは限界が来る。それでも……せめてその短くも儚い時間だけは……
「……エヒト、その娘のこと、今度思いっきり抱きしめてあげて」
「何だ急に?」
「いいから、約束。女の子は好きな男の子に抱きしめられるだけで幸せなんだから」
「……ふん。貴様に言われるまでもない。まあ、この私に抱きしめられるのだ。幸福に心臓が止まりかねないがな」
「あはは、なにそれ!」
普段は冗談を言うタイプじゃないのに。と、珍しいエヒトの姿に私は思わず笑いがこみ上げてきた。
自分の選択が間違っているとは思わない。それでも、他に良い方法があるんじゃないか。焦りすぎじゃないのかと不安に思わない日は無かった。
でも、きっと大丈夫だ。エヒトは私が居なくても大丈夫。きっと、私よりも女の子らしくて、誰かに寄り添える優しい子がついてくれる。
だから、安心して
「ところで、貴様の色恋の噂は聞いたことがないのだが……まさかその年で処zy──」
「──死ね」
それは儚くも、暖かかった淡い記憶の断片。
少女にとっては当たり前で、男にとっては初めての日常。
されど、約束は果たされることは無く、二人の繋がりはある日を堺に断たれた。
そこに居るのに触れられない。声を掛けても返事はない。
どれだけ待ち続けただろうか。どれだけ孤独に苛まれただろうか。
失って初めて気づくことがあることを知った。この心のざわめきが誰かを好きになることだと知った。
幼い時から手に入らないものは無かった。求めた答えに辿り着けないことなど無かった。
そんな自分が、たった一人の少女にここまで心を掻き乱されることになるとは思ってもみなかった。
それでもそれは決して嫌なものでは無く、手に入らないことも、思い通りにいかないことも……その全てが男にとって新鮮で、抱きしめたくなるほどの暖かい思い出だった。
強さしか興味の無かった男が、初めてそれ以外に興味を持った。
隣に並びたい。自分を見て欲しい。離れないで欲しい。気づけば願望ばかりが先行する。
だが、そのためにも為さねばならないことがある。
それを達成し、再び再会することが出来た暁には、約束通り、力いっぱい抱きしめよう。
──あの馬鹿は、それくらいしなければどうせ気付かない。
◇ ◇ ◇
先程の激闘が嘘のように感じられる程の静寂。
ぴちゃり、ぴちゃりと水が垂れる音だけが響き渡り、真っ白な空間が赤く塗り替えられていく。
──ズリュッ……ドチャッ
二人を固く繋ぎ合わせていた
その光景を、血まみれの男が感情の読み取れない表情で見下ろしていた。
なぜ
──その本質を、
エヒトが何か某正義の味方みたいな戦法になってる件について。
気付いたらそうなってた。マジで。