「……あっけない幕切れだったな」
感情の灯らない平坦な声がシリウスの鼓膜を震わせる。
油断の許されない切迫した状況での一瞬の気の迷い。
途方もない年月を費やすことで、シリウスと同じ領域へと足を踏み入れたエヒトだったが、同じ理を扱う二人には決定的に違う点が一つだけ存在した。
それは
エヒトは出来る。そうしなければ干渉することさえ不可能だったから。
シリウスは出来ない。する必要がなかったから。
戦闘において、全ての情報が必要か? と言われれば否という他ならない。
それらをシリウスは自動で受信してしまう。例えば、背後に居るハジメとユエを。例えば、遠く離れた場所にいるミレディと香織を。
この神域の全てを。トータスの全てを把握してしまう。
反対にエヒトは不必要な情報は全てシャットダウンした。
必要なものはこの場の戦況と状況、そしてシリウスの動きのみ。世界の情報全てを取り込めるほどの演算能力を、たった一人の少女を殺すことにだけ当てた。
故に、余計な思考は切り捨てられる。エヒトの中に存在するものはシリウスを殺す算段と、かつて願った、シリウスを殺す誓いのみ。
戦闘の邪魔になりかねないかつての感情は存在しなかった。
「……この世界で最も人が死ぬ原因は何だと思う?」
血溜まりに沈んだまま動かないシリウスに向けて、エヒトは語りかける。
もし、ここが地球ならば、きっと老衰や病死と答える人が多いだろう。
しかし、トータスでは違う。
「人が最も死ぬ原因は、同じ人に殺されることだ」
戦争中なのだから当たり前だ。そう思うかも知れないが、それは少し違う。
地球のように法の整備が行き届いていない点も上げられるが、一番の要因は個人で持つことの出来る武力の大きさだ。
この世界の人間は、才能次第では簡単に人一人殺せてしまう力を持ててしまう。何の信念も覚悟も持たずに力を身に着けてしまった人間は、内から湧き上がる欲望に耐えきれず、力に溺れてしまう。
ムカつくから。邪魔だから。それだけの理由で殺人を犯す異常者というのは多く存在する。
そして、図らずとも、そういった人種に限って戦争で武功を上げるものだ。
だって、
自分の欲望も満たせて、贅沢な生活も約束される。
「かつてこのような言葉を残した人間が居た。『一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が殺人を神聖化する』と。全く、上手く言ったものだと思わないか?」
殺しは悪だ。多くの世界ではこれが共通認識だ。
しかし、悪の果てに辿り着くのが英雄、引いては神などと謳われるとは、皮肉だと言わざるを得ない。
「だから、
斬殺。殴殺。刺殺。薬殺。射殺。轢殺。暗殺。毒殺。焼殺。屠殺。圧殺。絞殺。塵殺。惨殺。爆殺。
殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
『『『……ああ、
「
人類のエヒトへの負の感情を力へと変換する秘技は、対象がエヒトではなくては意味がない。
そんな憎悪の塊を、エヒトが見逃すはずがなかった。
「”殺仭”──
概念魔法 【おまえなんか死ねばいいのに】
それは、ハジメ達が生み出した概念魔法【撒き散らした苦痛をあなたの元へ】と似て非なるもの。
唯一の制約は、対象が”人”であること。
シリウスを殺すには生半可な力では不可能だ。故にエヒトは決断した……
人が人に向ける憎悪を糧とし、エヒトがシリウスに向ける
シリウスの知る原作のエヒトでは考えられない行動。
自分よりも劣る弱者の力に縋るなど、エヒトのプライドに反すると思っていた。
しかし、違った。違ったのだ。
既に、
エヒトは自分が絶対者ではないことを知っている。
自分が
故に、それを使うことに一切の躊躇いは無かった。
人類の
「この刃に宿っているのは”人”を殺す概念のみ。”神”たる我には効果はない」
エヒトの身体に飛び散っている血は、全てシリウスのものだ。
自身の思考からも弾き出し、懐に隠し続けた、最凶の一手。
それを
「……本来は”人”がこの刃に触れるだけで魂ごと消滅するのだがな……心臓を貫かれて尚、まだ息があるか」
エヒトの言う通り、シリウスの胸はまだ小さく上下している。瞼も薄っすらと開き、その虹色の瞳をエヒトに向ける。
その光景に、エヒトは引き抜いた刃を逆手に持ち替えて振りかぶる。
「貴様のことだ。放っておけば、この概念にすら対応しかねん。だが、そんな暇は与えない」
そのまま振り上げた刃を、再びシリウスの胸に目掛けて……
「──死ね……ッ!?」
振り……下ろせなかった。
──カタカタカタッ
エヒトの刃を握る手が細かく震えている。
肉体が自身の意志に反した動きをすることに、エヒトは眉を寄せる。
「何だ? まだ肉体と魂の定着が不完全だったとでも言うのか?」
今更動きに齟齬が出始めた肉体に違和感を覚えるが、既に戦いは終わった。後は腕を振り下ろすうだけで済む。その後に、ゆっくりと調整をすればいいと意識切り替えるが、さらに違和感は続く。
今度は自らの頬に妙な感触を覚えたエヒトは、刃を握る手とは反対の手で頬に触れる。
指先に付着していたのは水滴だった。
いや、水滴なんてレベルではない。エヒトの瞳からはボロボロと涙が止め処なく流れていた。
「何が起こって……!?」
明らかな異常事態に……まるで、シリウスを殺すことを忌避しているような肉体の状態に困惑する。
(どういうことだ!? これが私の願い、私の野望のはず。なぜこんな時に……!?)
誓ったではないか。あの時、あの場所で。あと一歩で成し遂げられる。
何も難しいことではない。腕を振り下ろすだけでいいのだ。それだけで終わらせられる。
(こんなところで躓いていられるか!? 思い出せ!! あの時の言葉を!!)
『貴様を
「……………なん、だ?」
しかし、思い出したはずの誓いは、まるでノイズが奔ったかのように不明瞭で聞き取りづらい。
そうだ、シリウスの姿を視界に捉えた時もそうだった。
まるで自身の誓いの言葉に被さるような雑音がエヒトを苛立たせる。
「ふざけるな!! 私の誓いに泥を塗る気か!!」
『貴様を
「私は奴を殺すために今まで生きてきたのだ!!」
『貴様を
「奴を超えて私が頂きに立つ! それだけのために!!」
『貴様を
「それ以外がどうなろうと知ったことか!!」
『貴様を
「私の覇道を邪魔する存在は、全て滅ぼして──」
『貴様を
「──────は?」
呼吸が詰まる。
身体が震え、怯えたように一歩下がる。
思い出す。思い出してしまった。
誓いに隠された本質を。
願いに紛れ込ませた本心を。
何のために、シリウスを殺そうとしたのか……その理由を。
「違う!!」
その真実が受け入れられず、エヒトは叫ぶ。
「そんなはずが無い!! 馬鹿馬鹿しい!! 私は! 私は──……」
力を求めた──誰のために?
理想を掲げた──何のために?
全ては……シリウスを助けるためだったのではないか?
友との約束を果たすため。唯一の最愛を守るため。
他の全てを犠牲にしてでも、助けると誓ったはずだった。
「……エ、ヒト」
「ッ!?」
「ごめ……んね」
「あ、あああ、ああああああ……!!」
この日を待ち望んでいた。
今度は背中を眺めるだけじゃない。
少女の隣に立ち、その小さな身体を支えたかった。
その前に立ち、汎ゆる障害から守りたかった。
その望みを、あろうことか自分で壊してしまった。
「あ、ああぁ、ああァアアアアアアアア!!」
何も考えられない。まともな思考が働かない。
何も考えたくない。まともに思考を働かせたくない。
「アアアア、アァアアアアア、アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
目の前の事実を認めたくないと言わんばかりに、エヒトはその手に握った刃を振り下ろした。
(……ごめんね)
涙を流しながら刃を振りおろそうとするエヒトの姿に、シリウスは心の中で謝罪する。
こんなつもりじゃなかった。そんな顔をさせるつもりじゃなかった。
ただ、エヒトが生きていてさえくれれば、それで良かった。
これが私のエゴなんだってことは痛いくらい分かってる。
でも、全てを無くす前に、何も感じられなくなる前に、残しておきたかった。
私が”人”として存在した証を。私が、最後まで大切に想うことが出来た仲間を。
ノワール達は去ってしまった。私も一緒には居られない。
”人”という生き物は、なんて軟弱で、脆弱なのだろうか。
”世界”とは、どうしてこんなに悲しみに溢れているのだろうか。
世界を創り上げる力を持っていても、自身の安寧すら約束することが出来ない。目の前で泣いている子の涙さえ拭ってあげられない。
それでも……それでも、私達がここに確かにいた事を証明して欲しかった。
暗くも、輝かしい未来に、エヒトだけでも残っていて欲しかった。
(私がもっと上手く立ち回れていれば、エヒトに辛い思いをさせることも無かった。私にもっと力があれば、ノワール達も助けることが出来た……せめて、最後くらいちゃんと終わらせてあげたかった。でも……)
我武者羅に振り下ろされた刃が、シリウスの脳天へと吸い込まれていき──
(──
シリウスの視界が真っ赤に染まった。
────エヒトから吹き出した鮮血によって。
「……な、んだこれはっ、ウッ!? ゲホゲホ、ゴホ!!」
ボタボタと口から血がこぼれ落ちる。視界が歪み、目や鼻からも血が流れ、肉体の至るところが裂け、鮮血が撒き散らされる。
「何なのだ、これは!?」
「……時間切れ、だよ」
「ッ!?」
体中が痙攣するかのように痺れが伝染し、思わずその場に膝をつくエヒトと対称に、シリウスがその身をゆらりと持ち上げた。
「貴様、なぜ!?」
シリウスの胸の傷は未だに治る気配は無く、今この瞬間もダラダラと血が流れ続けている。それでもシリウスは何事も無かったかのように立ち上がる。
(馬鹿な、いくらなんでも早すぎる!?)
シリウスならば、自身の概念すら打ち消して対応される可能性はあった。しかし、いくらシリウスといえど、この数秒で対応するのは無理なはずだ。そのはずだった。
「治したわけじゃない。生命活動は停止してない。五体も満足。なら、動くのに問題はない」
「化け、物が……!!」
腕があるなら戦える。足があるなら立ち上がれる。脳が無事なら思考できる。心臓が止まらなければ生きられる。
貫かれた心臓を魔力で覆い、人工的に鼓動を続行させる。
エヒトが集めた概念は、確かにシリウスの肉体を突破し、魂までも貫いた。
だが、理を読み解くシリウスにとって、自身の身体に突き刺さった魔法を即時解析することは容易だ。実行に少し時間は掛かるが、既にその対抗策も見つけ出している。
しかし、シリウスはあえて応急措置しか行わず、完全な回復を行うつもりは無かった。
(どのみち、ここで終わるつもりだった。わざわざ治す必要はない)
少しの間保てば問題はない。
エヒトの最後を見送り、全てに清算をつけるだけの時間があれば十分だった。
だが、この結末は決してシリウスの望んだものでは無かった。
今、エヒトの身体に起こっている現象は、単純明快……ただの自滅だ。
エヒトは一万年の年月を掛けることで、シリウスと同じ領域へと足を踏み入れた。
しかし、そこは決して努力では辿り着けない、生まれながらの超越者だけが存在できる至高の領域。
人為的な改造に改造を重ねたエヒトが座り続けることは出来ない領域だった。
もちろん、エヒトもそのことは承知の上だ。しかし、エヒトは未だにシリウスの居る高みを理解しきれていなかった。一万年掛けて積み上げてきたものが、ほんの数分で燃え尽きるなど予想もしていなかった。そして……
「君は私を殺すことだけに注力し、それ以外は全てシャットダウンした。その中には自身の状態すら含まれている」
「ッ!?」
『そんなこと知ったことか! 貴様を殺すことが私の本分! そのためならば、この命くれてやる!!』
開戦前シリウスに放ったエヒトの言葉だ。
シリウスを殺せるのなら自分がどうなったって構わない。一秒でも長くシリウスよりも立ち続けることが出来れば構わなかった。
そうして省いた。省いてしまった。何度も警告を鳴らす自身の身体からのSOSを。
「ごめんね。そうなる前に終わらせたかった。戦いの中で決着をつけることが、私がエヒトルジュエに出来る最善だと思ってた」
その結果がエヒトルジュエの敗北だろうと、自身の敗北だろうと構わない。
ただ、自分との戦いを望んでいたエヒトの願いを叶えてあげたかった。その戦いによって終わらせたかった。
自滅なんて決着は、誰も望んでいなかったから。
「こんな、はず、では……私は、ゴホッ、ゲホゲホッ!!」
「……苦しいよね。辛いよね。待ってて、すぐに終わらせるから」
さらに流血が酷くなるエヒトの姿に、シリウスは悲痛な表情を浮かべながらも手を翳す。
掌に光が集まり、それが収まると、そこには一丁の黒光りする銃が握られていた。
ハジメが使う大型のリボルバーとは似ても似つかない、小柄なシリウスの手にも収まるほどの小さな拳銃だ。
エヒトをこれ以上苦しませずに、一瞬で命を奪える方法。
理すら利用し、シリウスが導き出した答えは、国ごと消し去る魔法ではなく、空間ごと打ち砕く拳でもなく……
「……バイバイ、エヒト」
──パンッ
止めの一撃にしては小さく、乾いた銃声が響き渡る。
額を正確に撃ち抜かれたエヒトの体は、その衝撃に逆らうこと無くゆっくりと後ろ向きに倒れていった。
「…………」
身体に突き刺さるような静寂が辺りを支配する。
終わった。全部終わった。
これで、私の大切な存在は一人も居なくなかった。もう、誰も居ない。どこにも居ない。
同時に、この世界に対する拒絶感が沸々と込み上げてくるが、それを律してエヒトの遺体に背を向け、空を見上げる。
もし、この世界に本当の”神”と呼べる存在がいるのなら……
この光景を見て、ただただ眺めているだけなのならば……
「地獄に堕ちろ。クソッタレ」
「─────マダ、ダ」
聞こえるはずの無い声が聞こえた。
目を見開いたシリウスが、ばっと後ろを振り向くと、そこには全身から血を滴り落とし、元の神聖な外見は微塵も感じさせない
「……………あり得ない」
生きてるはずが無い。そんなわけが無い。ちゃんと死ぬように撃った。
苦痛も無く、苦しみも無く、安らかに死ねるようにしたはずだ。
シリウスが受信する情報は、今この瞬間も、ハッキリとエヒトの死を告げてくる。
そう、今目の前に居るエヒトは
心臓も動いていない。脳も働いていない。
なのに、なぜ動いている。なぜ言葉を発した。
「……コ、ロス……コロス、コロ……ス」
ノロノロとシリウスに近づいて来たエヒトは右腕を振りかぶり、呆然としたまま動けないシリウスの左頬を殴りつけた。
ぺちっという音と共に、ぐしゃっという音が響いた。
前者はシリウスの頬が殴りつけられた……いや、全く力の込められていないそれは、触れられたと表現するほうが正しいだろう。無論、シリウスにダメージは無く、反動でエヒトの拳がぐしゃぐしゃに潰れる。
反対の左手を持ち上げ、薙ぐように左から右へ振るう。
腕がシリウスの首に触れた瞬間、肉が弾け飛び、骨が飛び出す。
一方後ろに下がったシリウスとの距離を詰めようと、両足に力を込める。
太ももの筋肉が破裂し、そのままシリウスを押し倒す形で倒れ込む。その衝撃で、ボキボキと幾つもの骨が折れる音が響き渡る。
ぐぐっと上体を持ち上げたエヒトが、シリウスに馬乗りのまま、ぐちゃぐちゃに潰れた両腕を振り下ろす。
──ぺちっ、ぐしゃ。
──ぺちっ、ぼきっ。
──ぺちっ、くちゃ。
──ぺちっ、めきっ。
振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。
肉が潰れようと、骨が折れようと、肉が弾けようと、骨が飛び出そうと──エヒトが止まる気配はない。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
まるで壊れた機械のように淡々と言葉を繰り返すエヒトだったが、シリウスにはその言葉の裏に隠された本心がはっきりと伝わっていた。
「(助ケル、必ズ、助ケル。私ガ……!)」
「エ……ヒ、ト」
このままじゃ、シリウスはひとりになってしまう。寂しい最後を迎えさせてしまう。そんなことは許されない。私が許さない。
だから、
エヒトを動かすのはたった一つの感情だった。
シリウスをひとりにしない。ただそれだけのために、エヒトは動く。
心臓が止まっていようが、脳が機能してなくとも関係ない。
惚れた女を助ける。
ただそれだけのために、限界を越える。
人はそれを”愛情”と呼ぶ。
その想いだけで、エヒトはこの時、この瞬間、シリウスすら超えた領域──理の外へと足を踏み入れた。
ブチブチッという音と共に、エヒトの右腕が千切れる。左腕は皮だけで繋がっているだけの有様だ。
それでもエヒトは止まらない。今度は頭を振り下ろし──
──ぎゅっとシリウスに抱きとめられた。
小さな衝撃で自壊していたエヒトの肉体は、不思議と悲鳴を上げることは無かった。
「──私の負け」
「……ッ!!」
「強くなったね、エヒトルジュエ」
そのままゆっくりと頭を撫でる。優しく、愛おしさを覚えながら。
無理と分かっていても、どこにも行かないように、消えて無くならないように、強く抱きしめながら。
「……………もう、大丈夫か?」
エヒトの言葉に熱が戻る。
「うん、大丈夫」
「もう、寂しくないか?」
「うん、寂しくない」
「……もう、私は必要ないか?」
「そんなわけないでしょ? すぐに追いかける。先に待ってて」
「……あまりにも遅いと置いていくぞ?」
「ふふ、そんなこと言って、ちゃんと待っててくれるくせに」
シリウスの軽口にエヒトは目を逸らす。それでも、否定の言葉は出てこなかった。
エヒトの身体が、光に包まれて形を失っていく。
「先に逝っている」
「うん、すぐに逝くから」
身体を重ねたままの二人にお互いの表情は見えない。
それでも、シリウスの顔のすぐ横で、エヒトはこれ以上無い、満足げな笑顔を浮かべた。
シリウスはエヒトの身体が完全に消えてなくなるまで、そのままじっと動かなかった。
「ふざけるな……!!」
地獄の底から這い出てくるような声だった。
一人の不器用な男がこの世界から姿を消し、神域を静寂が満たす中、その怨嗟の声はその場にいる全員の鼓膜を不気味に震わせた。
ゆっくりと身体を起こしたシリウスが顔を向けると、そこには一体の小さなゴーレムの姿。
「はは、ははははは。なにそれ? 何なのそれ? 何でそんな感動的な最後迎えてんの?」
ゆらゆらと幽鬼のように一歩、また一歩と近づいてくるゴーレムは、悍ましい程の憎悪をまとい……
「もっと、もっともっともっともっともっと!!」
人類の解放者にして敗北者。
ミレディ・ライセンが、
「もっと惨たらしく死ねよ!!」
エヒトの幸せな結末なんて、彼女は許せないよね。
次で最終話です。