【完結】転生者で到達者で超越者   作:羽織の夢

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最終話です。


12.一万年越しの再会

 突如目の前で繰り広げられた異次元の戦い。

 そして、その激戦が嘘のような穏やかな決着。

 

 死という概念を越えてまで立ち上がったエヒトの信念を、ハジメは嫌と言うほど理解できてしまった。

 

 シリウスと呼ばれた少女とエヒトがどういう関係だったのかはハジメには知る由も無い。それでも、あの戦いから、あの表情から、あの少女が自分にとってのユエと同じ存在だったことを感じ取ることは容易だった。

 

 概念魔法を撃ち込む前に感じたエヒトに対する共感は何も間違っていなかった。

 ユエを奪われたとき、世界の全てを壊そうと思った。ユエが居ないのなら、この世の全てがどうでも良かった。

 エヒトも同じだったのだ。世界と少女を天秤にかけ、少女を選んだ。他の何を犠牲にしようとも、たった一人の存在があればどうでも良かった。

 

 

 南雲ハジメ(主人公)エヒトルジュエ(ラスボス)

 対極に位置する二人の本質は、これ以上ないくらいそっくりだった。

 

 

 故に、本来なら喜ぶべきエヒトの死を、ハジメは何とも言い難い表情で見つめていた。

 

 

 

 そんな時だった。

 心臓を鷲掴みにされたような寒気のする声が聞こえたのは。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 ミレディの息遣いだけが聞こえるほどの静寂。

 ゴーレムの体は肉体的な疲れとは無縁のはずだが、怨嗟を撒き散らしたミレディの肩は僅かに上下しているようにも見える。

 

「ミ、ミレディ!? お前なんでここに……!?」

「……その女と一緒に来たんだよ。香織ちゃんと一緒にね」

「香織も?」

「シアちゃんや他の子達と先に脱出させたから大丈夫」

 

 シリウスに置いていかれたミレディと香織は、そのまま神域を探索し、ハジメ以外の神域突入メンバーと合流。

 香織は彼らと共に先に神域を脱出させた。香織を含めて何人かは残りたがっていたが、ハッキリ言って今の彼らでは足手まといでしか無い。

 何よりも、最悪、神域ごとエヒトを道連れにするつもりだったミレディからすれば、犠牲は少しでも少ない方が良い。

 

「それで? 何なの今の茶番」

「……茶番?」

「しらばっくれるな!! あいつは! あのクソ野郎は私達の全てをめちゃくちゃにしたんだぞ!!」

「だから?」

「苦しめて苦しめて苦しめて、この世のありとあらゆる苦痛を与えた無様な死こそが、あいつにふさわしいはずだったのに!!」

 

 エヒトにどんな思惑があったのかなど、犠牲者からすれば何の言い訳にもならない。

 ハジメがエヒトに対して共感に近い感覚を覚えられているのも、ひとえに周りの誰も犠牲にならなかった前提がある故だ。

 奪われたユエも無事取り返した。結果良ければ全て良しと言うわけではないが、死に方にまで執着する理由はハジメには無かった。

 

 だが、ミレディは別だ。

 エヒトに全てを奪われた彼女からすれば、穏やかな死を迎える仇の姿を認めることは出来なかった。

 

 

 だが、シリウスからすれば心底どうでもいいことだった。

 

「そんなの知らないよ」

「……は?」

「そもそも、エヒトを殺したかったのなら自分で殺せばよかったのに、君はそれを他者に託した。その時点で、君は結果をどうこう言える立場じゃないよ」

「それが出来たら苦労は──」

「想いを託す。聞こえは良いけど、それって結局子供に責任を押し付けてるだけでしょ?」

 

 自分達の世代では倒すことが出来ない。

 だから力を伝える。情報を残す。想いを託す。

 人間の一生は儚くも短い。だからこそ、次代に託すという方法によって、少しずつ発展を遂げてきた。

 

 だが、個によって完結した存在のシリウスからすれば、それはただの責任の擦り付けにしか感じられなくなっていた。

 確かに、エヒトによって世界中の人間が悲劇に見舞われた。その中にはただその日を必死に生き抜いていただけの者も多く含まれている。善か悪かで分けるのなら、間違いなく悪に該当する行為なのは間違いない。

 しかし、結局それは、ただの個人の価値観と認識の違いでしか無いとシリウスは思う。

 

 過去の人間にとっては許しがたい()()も。現代を生きる人々にとってはただの()()でしかない。

 

「その上、自分の願望までも押し付けたら、それはもうただの我儘だよ」

「うるさいッ!!──”壊劫”!」

 

 シリウスの言葉をかき消すかのような怒声を上げたミレディは、シリウス目掛けて魔法を放った。

 シリウスの周囲の地面が陥没するが、肝心のシリウス本人は全く動じた様子はない。

 そのことに表情を歪めたミレディは、一つの切り札を切る。

 

「”黒天窮”!!」

 

 ミレディの奥の手。全てを呑み込む黒き球体を展開させる魔法。ミレディの奥義といえる魔法だが、一度発動すると自身ですら止められないという決定的な欠陥を秘めている。

 本来なら味方がいる場所で安易に使うものではないのだが、怒りに染まったミレディは止まることが出来ない。

 

「……………は?」

 

 しかし、それが通用するのか言うと、首を横に振らざるを得ないだろう。

 ”黒天窮”は全てを呑み込む。人も、魔力も、全てだ。

 シリウスのそばで展開した黒球は、シリウスとエヒトの戦いにより、流れ出た血液と周囲に漂う魔力の残照。それだけを呑み込んだだけで許容量の限界を迎えた。

 擬似的なブラックホールといえる黒球だが、人が魔力で生み出したものである以上、必ず限界はある。

 

「……何だよ、何なんだよソレ!? 私の今までは……! みんなのこれまでは……!!」

 

 人間の身体を捨てて待ち続けた。世界から反逆者として疎まれようとも関係なかった。自分達の功績が後世に伝わらなくとも構わなかった。

 自身の、今までを賭けた一撃は、エヒトとシリウスの残りカスを消し去るだけで精一杯だった。

 その事実に俯き、拳を震わせるミレディは、ただただ己の無力さに苛まされるしかなかった。

 

 そんな時だった。

 声を震わせるミレディの元に、カラカラと何かが地面を滑りながらミレディの視界に写り込んだ。

 

「……こ、れ」

 

 ミレディの小さな手でも問題なく持てる小ささの黒光りする一丁の銃。それは、シリウスがエヒトに止めを指したものだった。

 

「言ったでしょ。私を殺すトリガーを引かせてあげるって。銃弾はあと一発だけ残ってる」

 

 それなら、私を殺せるよ? そう続けるシリウスに、ミレディが内心で目を見開く。

 ワナワナと肩を震わせるミレディをシリウスは無感動に見つめる。

 

 ハッキリ言おう。今のシリウスにハジメやユエ、ミレディ達がどうなろうと知ったことではない。

 封印されている間に感情の欠落が進んでいないとはいえ、元々到達者以外への感情をほとんど失っていたのだ。今更彼らが不憫だとか、憐れなどと感じる心は残っていない。

 

 エヒトがこの世界を去った今、この世界に留まる理由も無い。

 彼らが居ない世界など壊してしまえばいいではないか、という感情が頭の片隅に浮かび上がるが、この世界はいわば、到達者(私達)の遺作だ。自分達の痕跡が一つも無くとも、それを自身の手で壊すのは憚れた。

 

 だからこその選択。

 エヒト(ラスボス)を背後から操っていたシリウス(裏ボス)ハジメやミレディ(主人公達)の手で葬り去る。

 

 これが、この物語の終幕だ。

 

 

「さあ、どうしたの? 使い方は分かるでしょ?」

「……」

 

 シリウスの言葉にミレディは震えながらそれを手に持つ。

 

「まっすぐ(ここ)に狙いをつけて引き金を引く。それだけで全部終わるよ」

「う、あああ……」

「おめでとう。()()()()()()()()()()

「あああああああああッ!!」

 

 激情に身を任せ、シリウスに銃口を向けたミレディは、指を掛けた引き金を──

 

「ちょっと待て」

「ぐえっ!?」

 

 引けなかった。

 

 ミレディの襟首を掴んで止めたハジメが不機嫌な様子でミレディを持ち上げる。

 

「何勝手に終わらせようとしてんだ。元々は俺達の戦いだぞ」

「……いい加減、蚊帳の外は勘弁」

 

 シリウスが間に入り込む前までは立ち上がることすら出来なかったハジメとユエだったが、この時間の間で最低限動けるだけは回復したようだ。

 

「ちょっ、普通今の空気に割り込んでくる!?」

「よく言うわ。完全に呑み込まれてたろうが。寄越せ、(こいつ)は俺の領分だ」

「あっ!?──いたっ!」

 

 そのまま空いた手で銃を取り上げたハジメは、ミレディをぞんざいに後ろに放り投げる。

 

「いきなり何するん──」

「俺は託された覚えはないからな」

「……え?」

「俺がいつお前達の想いを継ぐなんて言ったよ。俺は俺の敵を殺すために動いていただけだ」

「ハジメはただ私を助けに来てくれただけだもんね」

「ああ、世界がどうなろうと知ったことか」

 

──だから、勝手に背負い込んでんじゃねぇよ。

 

 それは、ハジメなりのミレディへの気遣い…………などでは無く、ただの事実。

 もし、エヒトがユエに手を出さず、自分の邪魔もせず、地球に干渉してくることも無ければ、ハジメは何の憂いもなくこの世界を去っていただろう。

 直接エヒトと対峙することになった原因は、エヒトが自分の敵だったからに過ぎない。

 

「この戦いを始めたのは俺だ。だから邪魔するんじゃねえ」

「……南雲ハジメくん」

「どうせ任せるのなら、最後まで私達に任せて」

「……ユエちゃん」

「それに、てめぇのキャラじゃねぇだろ。似合わねぇよ」

「……」

 

 振り返らずに淡々と語るハジメの後ろ姿に、ミレディは肩の力が抜けるような感覚を感じた。

 

「…………酷いなぁ。私だって締める時はちゃんと締めるんだよ?」

「はっ、想像出来ねぇな」

「これでも解放者のリーダーやってたんだけど……」

「じゃあここではハジメがリーダー」

「はいはい、分かったよ……後は二人に任せる」

 

「任せろ」

「任せて」

 

 二人からの返答を受け取ったミレディは、その場にストンと腰を下ろした。

 そうだ。私は既に敗北した身だ。弱者が死に方を選べないように、強者でなければ、殺し方を選べない。

 そもそも、これは彼らが始めた戦いだ。私が出来るのは精々がそのサポートくらい。

 

 ならば後は見守ろう。例え、これが神の思惑だったとしても、今を生きる子供達の選択を。

 

 

 

 

 

「もう相談は終わった?」

 

 そのやり取りを黙って見守っていたシリウスが覇気のない声で語りかけた。

 

「待たせたな。役者を交代させてもらったが、構わないか?」

「うん、別にどっちでもいいよ」

「んじゃ、早速……」

 

 そう言いながらハジメは徐ろに銃口を手にし……

 

「ふんっ」

 

 バチッ、と紅い魔力光が弾けると同時に、拳銃がバラバラに砕け散った。

 その光景を事前に察知していたシリウスは動揺すること無く問いかける。

 

「……何のつもり?」

「撃つかどうかは俺の自由だろ?」

「私達を殺したくないの?」

「俺の邪魔をするなら殺すが、自殺幇助をするつもりはない。死にたいなら勝手に死ね。そもそも……」

 

 ハジメは未だに状態を起こしたまま、その場から動く気配の無いシリウスを睨みつけて突きつける。

 

「泣いてる女をどうこうする趣味はない」

「…………え?」

 

 ハジメの指摘に、シリウスは無意識に自らの頬に触れる。

 指先に付着した水滴を見て、初めて自身が涙を流していることに気付いた。

 

「涙……何で?」

「悲しいからでしょ?」

 

 首を傾げるシリウスに、ユエが語りかける。

 

「貴女にとってエヒトは大切な人だった。そんな人が亡くなれば悲しいのは当然」

「悲しい……」

「私はずっと一人ぼっちだった。苦しくて辛くて、もう死にたいって何度も思った。今の貴女はあの日の私にそっくり」

 

 ハジメがエヒトに共感の思いを感じていたように、ユエもまた、シリウスに通ずるところがあった。

 だからこそ、このまま一方的に殺して終わりにしたくなかった。

 

「貴方達がどんな人生を歩んできたのかは知らない。それでも、たくさん苦しんできたことは分かる。でも、他人に……私の大切な人達に介錯を望むのは止めて」

「──ッ!」

「眼を見れば分かる。てめぇは誰かに殺されたがってるだけだろ。誰かに殺されて終わることで何かを清算しようとしてる。てめぇのもんくらい、てめぇで背負え」

 

 シリウスには、もうこの世界で生き続ける意味は無くなった。

 だが、それならば自身で命を断てばいいだけの話だ。それをしない理由はただ一つ。

 

 ()()()

 

 この世界をめちゃくちゃにしてしまった償いでは無い。

 エヒトを救えなかった償い。到達者を救えなかった償い。それをエヒトへの恨みを利用し、ハジメ達に殺させることで自身への罰とすることにした。

 それを、ハジメとユエは理由も無しに見抜いていた。

 

「……君達が出会ったのも、エヒトが仕組んだことだ。仕返したいと思わないの?」

「出会いが仕組まれたものだったとしても、そこから愛情を育むようになったのは俺達の意志だ」

「……それすらも、誘導されていたことだったとしたら?」

「それなら、今からはこれまで以上に愛し合うから問題ない」

「…………はあ、何で昔からこう上手くいかないかなぁ」

 

 ハジメとユエの意志が固いことを感じ取ったシリウスは大きくため息をつく。昔から何一つ自分の思い通りになった経験が無いことに、最後くらい上手くいってもいいじゃんか、と内心で愚痴をこぼす。

 

(いや、だからこそ、この二人は物語の主人公とヒロインなんだろうな)

 

 原作でも、ハジメ達とエヒトの力の差は圧倒的だった。

 だからこそ、エヒトの舐めプが勝機に繋がったわけだが、それでも最終局面でキスが勝利の鍵に繋がる奴なんて中々いない。

 もし、自分がハジメと同じ立場だった場合、エヒトが暴走を始めた段階で諦める自信がある。

 ノワール達を助けられないと気付いた時も、自分の未来を確信した時も、私はすぐに諦め、まだ間に合う可能性のあるエヒトの未来だけでも救おうとした。

 

 可能性が無いと知って”最善”を求めた私と、可能性を信じて”最高”を求めたハジメ。

 

 どれだけ圧倒的な力を持とうとも、中身が一般人な私には決して選べない選択肢。

 あくまで、それを成し遂げるだけの力を持っていると自覚しているから行動できる自分とは比較にもならない

 

(ズルいよなぁ。可能性は1%も無いのに、それを引き寄せるんだもん。これだから主人公ってやつは……)

 

 俯いたまま、僅かに苦笑を浮かべたシリウスは、ハジメ達の背後のミレディに視線を向ける。

 

「ごめんね、ミレディ・ライセン。少し意地悪を言った」

「……へ?」

「君の生き様を否定するつもりはない。きっと、君のそれは人間として正しい感情なんだろう」

「……」

「少し、君が羨ましい。私には、もうそう思える感情は存在しないから」

「お前……」

 

 まるで眩しいものを見るように目を細めるシリウスの姿に、ミレディが何かを言いかける──その時だった。

 

 

──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

 

 まるで神域全体が震えるような地響きに、ハジメとユエがバランスを崩してその場に倒れる。

 

「何だ急に!?」

「……そろそろ限界か」

 

 真っ白な空間に亀裂が入り、景色がぐにゃぐにゃに歪み始める。その光景は、明らかに神域が不安定になりつつあることを示唆していた。

 だが、それは何も不思議なことでは無かった。

 

 ハジメ達とエヒトの戦い。そこからシリウスとエヒトの戦いが重ねて繰り広げられた神域は、既に限界を超えていた。今まで形を保っていたのは、シリウスが結界で補強していただけに過ぎない。

 だが、そのシリウスの死が近づいていることで、結界も消失しかけている。あと5分も保たないだろう。

 

 一人そのことを感じ取ったシリウスは、神域に突入したときのように空間を斬り裂いて、脱出用のゲートを開く。

 

「もうここは保たない。下界への直通のゲートを作った。早く入って」

「アンタは……」

「野暮なことは聞かない」

 

 その言葉に全てを悟ったハジメはユエとミレディと視線を合わせた後、一つ頷いた。

 

「……アンタが来なかったら俺もユエも殺されてた。助けてくれたことには感謝してる」

「どういたしまして」

「あっちで会えるといいね」

「……うん。会うよ、絶対」

 

 最後に一言言葉を交わし、ハジメとユエはゲートに姿を消した。

 

「君も早く」

「……」

「? どうしたの?」

 

 最後の一人、小さなゴーレムがゲートの前で佇んだまま動かない様子に、シリウスが首を傾げる。

 しばらくそのまま時間が過ぎていき、もう無理矢理放り込むかと考え始めたシリウスだったが、ふと脳裏を過ぎった未来の光景に、それを受け止めるべく、ミレディの方に体ごと向ける。

 

「──シッ!」

 

 突然その場を跳び上がったミレディは、振り上げた脚でシリウスの顎を蹴り上げた。

 たたらを踏むシリウスだが、ダメージは一切無い。シリウスの肉体スペックの影響もあるだろうが、そもそもミレディ自身も魔力を纏っていない、ただの蹴りだった。

 

「……別にお前達のことを許したわけじゃないからな」

「……うん」

「それでも……それでも……」

「……」

「お前が来てくれたお陰で最悪は免れた。それは礼を言う」

「……ううん、私が居たから最悪になりかけたんだ。私が居なかったら、もっと綺麗なハッピーエンドだったと思うよ」

「〜〜ッ!! ふんっ!!」

 

 何かを言いかけるも、仮面のニコちゃんマークをこれ以上無いくらいまで歪めながら、ミレディは神域を後にした。

 

 

 

「…………」

 

 誰も居なくなった神域にて、シリウスは一人佇む。

 周囲の景色がボロボロと崩壊を始め、真っ白な空間を闇に染めていく。

 

「みんな……今、いくよ」

 

 空に、地面に亀裂が奔り、次第にシリウスの足場も形を崩し、重力に身を任せ落ちていく。

 

 一抹の閃光と共に、神の居住は消滅した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 どこまでも落ちていく。あるいは昇っていく。そんな判然としない浮遊感を味わいながら、私はその流れに身を任せていた。

 

(前世じゃ気付いたら転生してたけど、これが死ぬって感覚なのかな?)

 

 もし、天国と地獄があるなら自分は地獄かなぁ。でも直接悪いことしたわけじゃないし……あ、でもエヒトは地獄だよね。それなら地獄でもいいかな。

 そんなことを呑気に考えていた私の思考は、唐突に終わりを迎えた。

 

──ゴンッ

 

「痛ったァアアアアアアアアアア!?」

 

 突然頭に走った鋭い痛みに、私は頭を抱えてゴロゴロ転げまわる。

 痛った!? 割れた!? 頭割れたんじゃない!? 落ちてるのか昇ってるのか分からなかったけど、絶対これ落ちてたわ!? 頭から着地したわ!?

 ああああああああああああああッ!?

 

「……何をしているのだ貴様は」

 

 地面を転げまわることで痛みを紛らわせていた私の上から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 半泣きで顔を上げると、そこには呆れたような表情を浮かべるエヒトの姿があった。

 

「エ、エヒトルジュエ? てことはここ地獄?」

「寝ぼけてるのか貴様は」

「え? だってエヒトルジュエは性格的に地獄でしょ?」

「……貴様の中の私の印象がどうなっているのかがよく分かった」

 

 私の言葉にこめかみに青筋を浮かべるエヒトだったけど、私の感性は間違ってないと断言する。エヒトのやったこと考えれば絶対地獄でしょ。

 と、問いかけると「私が誰かの指図に従うわけないだろうが」とのこと。まあ、エヒトなら地獄行きって決まっても、自分の好きなように行きたいとこ行きそうな気もする。

 とりあえず、ここがどこなのかを聞こうとした瞬間。

 

「相変わらずだな、シリウスさん」

「……え?」

 

 不意に聞こえた懐かしい声。

 その声を知っている。その空気の揺らぎを覚えている。

 何を忘れようとも、感情が欠落していこうとも、最後まで覚え続けていた思い出の一欠片。

 

「……ノワール?」

「ああ、久しぶりだな」

「ッ!?──ノワール!!」

 

 感情の高ぶりに身を任せ、そのままノワールの胸に飛び込む。

 

「おっと……何だ? 妙に情熱的だな」

「だ、だって……また会えるなんて思ってもなくて……!」

 

 本物? 夢じゃないよね? 本物だよね!?

 そう畳み掛ける私の姿に、ノワールは笑みを浮かべながら後ろを指差した。その先に視線を向けると、そこには到達者のみんなの姿が。その光景にボロボロと涙が溢れてくる。

 

「うぅうううっ!!」

「おい、泣かなくてもいいだろう」

「だって、またみんなで揃えるなんて思ってもみなかったから……!!」

 

 そのまま力任せにノワールにぎゅっと抱きつく。

 ちゃんと居る。私が助けられなかったみんなが、ちゃんとここに居る。その事実に涙が止まらなくても仕方がないだろう。

 

「まあ、俺としては惚れた女性にこうして抱きつかれるのは役得なんだけどな」

「……正面からそういうこと言われるのは流石に恥ずかしいんだけど」

「アンタにはこれくらいじゃなければ伝わらないだろう?」

「…………ふんっ」

「何だ、エヒトルジュエ。羨ましいのか?」

「はあ!? そんなわけがないだろうが!? 張り倒すぞ貴様!!」

 

 ノワールが私に好意を抱いてくれているのは知っているんだけど、改めてそういうこと言われるのは流石にドキッとする。ていうか……

 

「何でエヒトルジュエが羨ましがるの?」

「……あー」

「……」

 

 私の言葉にノワールは何故か天を仰ぎ、エヒトは眉間のシワが増える……え、何?

 

「シリウスさん、やっぱり気付いてなかったのか」

「何が?」

「こいつもアンタに好意を持ってるぞ」

「…………………え?」

 

 こうい……好意? え? あの好意? 好きって意味だよね? エヒトが私に? まっさか〜

 

「あのエヒトルジュエがそんなわけ……」

「……………」

「……………まじ?」

「……………悪いか」

 

 そんな思いでエヒトを振り返った私の視界に入り込んできたのは、見たこと無いくらい顔を真っ赤に染めたエヒトの姿。

 ……いやいやいや、だってエヒト好きな娘居るって言ってたじゃん。確か、見た目が幼くて、年はそれなりで、誰かのことを一番に考えてるお人好し馬鹿って……

 

(……え? もしかしてあれって私のこと?)

 

 自分で言うのもあれだけど、性格終わってるよ!? 基本的に自分のことしか考えてない自己中女なんだけど、エヒトの中でどんだけ美化されてるの!?

 

「……………」

「何だ、何とか言え」

「どうした、シリウスさん?」

 

 固まる私に、腕を組むエヒトと顔を覗き込んでくるノワール。

 当たり前だが、二人共前世では見たこともないくらいの美形だ。そんな二人に好意を持たれて言い寄られるという、どこかの少女漫画のような展開に、元一般人の私が耐えられるわけもなく……

 

「こ、こ、こ……このロリコン共がぁあああああ!!」

 

 

 シリウスは 逃げ出した

 

 

 

「はぁあああ!? 待て貴様ッ!!」

「……そう来たか」

 

 その後ろを追いかけるエヒトの姿を見送りながら、ノワールは苦笑を浮かべた。

 

 今のシリウスの言動は、自身の記憶にある姿よりも感情が豊かになっている気がする。

 シリウスが来る前にエヒトルジュエに聞いた、シリウスの感情欠落の現象。きっとそれは自分達がシリウスに会う以前よりも少しずつ進行していたのだろう。

 元々感情を強く表に出さなかったのはそれが原因で、本来の彼女は今のような明るい性格だったのかもしれない。

 

 少し面食らったが、その程度で熱が覚めるような中途半端な想いは抱いていない。それどころか、惚れた女性の新しい一面が見れたようで満足感すらある。

 

(俺は心底あの人に惚れてるようだ)

 

 視線の先では、シリウスが到達者の面々を盾にエヒトルジュエから距離を取っている姿が見える。

 

「こっち来んな、ロリコンジュエ!!」

「誰がロリコンジュエだ!? 貴様ら、そいつを捕まえろ!!」

 

 エヒトルジュエが到達者の面々に命令するが、残念ながら彼らは全員シリウスの味方だ。シリウスが本気で嫌がっているわけでは無いと分かっているため、無理やりエヒトルジュエを遠ざけることはしないが、わざわざ手を貸すこともしない。

 

「おい、ノワール!! 貴様も手を貸せ!!」

「仲間を呼ぶなんてズルいぞ、ロリコン神が!!」

「ぶっ殺すぞ!?」

 

 ギャーギャーと喚き散らす二人の姿に笑みを浮かべながら、ノワールも足を進める。

 

「俺はロリコンだからシリウスさんが好きなわけじゃない。好きな人がロリだっただけだ。ロリコンジュエと一緒にしないでくれ」

「だ〜か〜ら〜ッ!! そういうことを堂々と言うのは止めてってば!?」

「黙れ貴様ら!? そもそも見た目はともかく中身は行き遅れババア──ぐはっ!?」

「誰が行き遅れババアだ、くたばれッ!!」

 

 到達者達の笑い声が響き渡る。

 

 家族同然の硬い絆が断ち切られ、幾星霜。

 多くの涙が流れた。多くの悲劇が訪れた。

 

 それでも、彼らの望んだ光景が、今ここにある。

 

 

 

 




短い内容になりますが、これにて完結です。

本編はこれで終わりですが、番外編でシリウスが封印されなかった世界線の話を書きたいなと思ってます。主人公のラスボス化は完全に作者の趣味です。ちなみに本編に出た夢の内容とはまた違った設定です。

年末年始に向けて色々とプライベートが忙しくなってきてますが、年内には出せるようにしたいと思ってますので、良ければ覗いてみて下さい。

ここまで読んでくださってありがとうございます。
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