どうしてこうなった?
命を奪うことに嫌悪したことはあるか?
─無い。
命を粗末に扱うことは許されないことだと思うか?
──思わない
他者よりも自分を優先して考えることは間違っているか?
───間違っていない。
それが自分よりも大切な存在だとしてもか?
────…………。
答えろ。
─────うるさい。
約束しただろうが。
──────うるさい。
何故あの時彼女を殺さなかった?
───────黙れ。
あの時、少し力を入れるだけで終わったはずだ。
────────黙れよ。
約束を違える気か、
─────────黙れよ、
男達の約束は、終ぞ果たされることは無かった。
分かっている。
そんなことは私自身が誰よりも理解している。
間違えた。私は完璧に間違えた。
選択を間違えた。行動を間違えた。思想を間違えた。
誰よりも強さを求めた男は、誰よりも弱い存在だった。
『エヒトルジュエ、お願い』
『もう君にしか頼めない。もうじき私は私じゃなくなる』
『判断が遅れた。もう自分でも止められない。自害すら出来ない』
『もう、君以外の存在全てに何も感じない。いや、時折君にすら……このままじゃ、私は私以外の全てを壊し尽くす』
『
『そうなる前に……私を殺して』
『辛かった。苦しかった。怖かった。でも、もうそんな気持ちは欠片も無い。それが一番嫌だ』
『到達者として……君達の家族だった私のままで終わらせて欲しい』
『お願い、エヒトルジュエ。私を
私の手で掴み上げてしまえる程の細い首。
少し力を加えるだけで、終わらせることが出来た。
実際、過去には何度も殺そうとしたことがある。訓練の最中に命を狙った経験も一度や二度ではない。
それなのに、それなのに……
崩れ落ちる私を見て、■■■■が微笑んだ気がした。
『…………ごめんね』
それは何に対しての謝罪だったのか。
顔を上げたとき、すでに奴は居なくなっていた。
次に会った時には、奴は■■■■ではなくなっていた。
私は、誰よりも脆弱で惰弱で……無抵抗の女一人殺せない……
───ちっぽけな存在だった。
◇ ◇ ◇
命の危機が突如去ったミレディは、まるで足りない酸素を補うかのように、荒く呼吸を繰り返す。
そんな様子のミレディを一瞥したエヒトは、オスカーに視線を向ける。
「オスカー、そこの馬鹿者共々撤退しろ」
「ですがッ!」
「既に
「それはそうですが……!」
それでも、エヒト一人残して撤退することにオスカーは判断に迷う。
例え
判断を下せないオスカーの姿に、エヒトは一つため息をつき……
「ハッキリと言わなければ分からないか? 邪魔だ、失せろ」
「「「──ッ!?」」」
ズシリと全身にのしかかるプレッシャーに、味方だと分かっていてもオスカー達の身体が恐怖に固まる。
同時に改めて理解する。
ここからは自分達の立ち入れる領域ではない、と。
「……ご武運を」
顔を伏せた後、それだけ告げると、ミレディを引っ張り、部隊の生き残りを引き連れて撤退した。
向かう先はエヒトが飛び出した時に出来た地下への大穴だ。状況が状況だったために仕方がないとはいえ、【アヴァロン】に続く道が”ウロボロス”の前に堂々と現れてしまっている。
「君、凄いね!!」
しかし、既に少女の興味はエヒトに移り変わっていた。
「吹き飛ばされるなんて生まれて始めてだよ!!」
「馬鹿言え。既に何百回と経験している」
「私、君と会うの初めてだよ?」
「貴様の中ではそうなのだろうな」
頭に疑問符を浮かべる少女だったが、すぐに嬉しそうに再度笑みを浮かべた。
「ねえねえ、私と遊ぼうよ!!」
虹色の瞳がキラリと光を放つ。
それが開戦の合図だった。
刹那の間に距離を詰めた”ウロボロス”が腕を振りかぶるが、それよりも速くエヒトが生み出した魔剣が少女の首を斬り落とさんと迫り──そのまま透過した。
(ちっ、”超速再生”か)
”超速再生”──とある少女の持つ”自動再生”の上位互換に該当する技能。
首を切り落とされても再生する点は同じだが、目を瞠るのはその再生速度。
一見首を透過したかと見間違える現象は、刃が首を完全に通り過ぎる前に再生が始まっているからに過ぎない。
「効かなーい!!──ッ!!」
そのまま腕を振り下ろそうとした”ウロボロス”だったが、突然全身に魔力を纏って身体を丸める。
「消し飛べ」
直後、周囲から出現した魔法陣から撃ち出されたレーザーが少女に殺到する。
初撃を魔力で防ぐが、さらに追い詰めるように多角的な軌道を描きながら、1000発にも及ぶレーザーの雨が襲いかかる。
「あはははは! いいねいいね!!」
しかし、空を舞う無数の軌跡を”ウロボロス”は腕の一振りで消し飛ばす。
そのまま両手を頭の上に翳すと、周囲の崩れたビル群がふわりと浮かび──
「潰れちゃえ!!」
「”
流星のごとく落下してくるそれを、幾つもの炎雷を纏った大槍が粉砕する。
轟音と共に、世界が光に包まれる。
「凄いよ! これを防がれるなんて初めて! 他の子達は皆ぺちゃんこになるのに!! 次は!? もっと見せてよ!!」
「いちいち騒がしいな。そんなに欲しいならとっておきをくれてやる」
エヒトの掲げた魔剣が黒い光を天に放つ。
空に突き刺さったエネルギーが枝分かれし、廃墟の各地に注ぎ込まれる。
「万が一に備え、用意しておいて正解だったな」
地上に注ぎ込まれた魔力に反応し、各地に魔法陣が出現。それらが元々存在していた
「悉くを無へと帰せ──”
顕現するは、炎の柱。
地上から空へと立ち上る真紅の炎。
「わぁ!!」
その壮大な光景に、強大な迫力に……少女は思わず見惚れた。
東京の街一つを軽く呑み込む規模の炎柱が”ウロボロス”を呑み込んだ。
廃墟としてギリギリ形を残していた街並みは、一瞬で蒸発し、余波で海の水位まで減少する。
炎が消え去った時、そこには灰一つ残ってはいなかった。
『肉体の消滅を確認』
エヒトの鼓膜を冷たい機会音声に似た何かが震わせた。
『簡易再生──不可。超速再生──不可』
まるで脳を直接揺らされているような不快感に、エヒトは動揺すること無くそちらを振り向く。
『──理限、解放』
何も無かったはずの空間に、ポツンと出現した透明な球体。
ぐにゃぐにゃと胎動、増殖。その形がヒトのそれに近づいていく。
骨で外格が形成された。皮膚が内蔵を覆い隠した。濡羽のような黒髪。幼くも目を引かざるを得ない流動美。そして、色鮮やかな虹色の瞳がキラリと煌いた。
「……再誕、完了」
”ウロボロス”が傷一つ無い柔肌を晒して、そこに顕れた。
”超速転生”──形式的にそう呼称された、”ウロボロス”独自の
技能保持者が死亡した瞬間、魂と記憶を継承した状態で新たな肉体と共に蘇る能力。
”ウロボロス”の名付けにも繋がった、最強最悪の技能だ。この力がある限り、例え星が壊れようとも、世界が滅びようとも、少女は永遠に存在し続ける。
少女の瞳がギョロリとエヒトに向けられる。
「対象を敵性存在に仮定。学習形態を中断し、撃滅形態に移行」
世界が幾度炸裂する。
少女を起点に溢れ出す光の奔流が、青空を白く塗りつぶしていく。
「私の息吹きは世界の鼓動。私の願いは世界の救済」
その口から紡がれる詠唱は、それまでの幼稚な発言から一変。
まるで、何かに乗っ取られたかのような不気味さを感じさせるような不可思議な言葉の羅列。
「私は完全にて壱なる機構。零から離別せし世界の倫理」
少女が両手で何かを構え、大きく振りかぶる。
無作為に吹き荒れていたエネルギーが、指向性を得て、少女の両手から天高く立ち昇っていく。
大地が鳴動し、重力に逆らうように、瓦礫が空へと落ちていく。
「悪よ回れ。円よ舞われ。始原よ周れ。無限よ廻れ」
少女の両手に、光の柄が顕れ、それを掴んだ瞬間、星が悲鳴を上げた。
「回転しろ。回天しろ。廻転しろ。廻天しろ」
光の奔流は、一筋の刃と成りて。
「終わり無き始まりの環よ──巡れ」
光が瞬いだ。
「”
振り下ろされるは、森羅万象の一撃。
その大きさは、東京どころか日本列島をも呑み込み兼ねない大きさだ。
間違いなく、一人の人間に使われていい規模ではないそれを見たエヒトは、動じること無く、ただただ目を細めた。
「……悪いな。今は貴様を討つだけの術を私は持たない」
その瞬間、地中から強烈な光が漏れ出す。
『転移術式、起動します!!』
エヒトに届く一報。目的は果たした。
「約束する。もう私は逃げない。必ず、貴様を
──待っていろ、
「対象の消失を確認。撃滅形態を終了し、学習形態を続行する」
その言葉と同時に、少女の身体を淡く包み込んでいた光が霧散した。
「……………あれ?」
誰も居なくなった空で、少女は一人首を傾げた。
「一人だけ?」
少女が振り下ろした刃は、本来なら地下深くに存在する都市ごと薙ぎ払う規模のものだった。
しかし、エヒトの肉体を呑み込んだ感触はあれど、それ以上の命の消滅を感じなかった。
「いや、あの子の感触も少し変だったかも」
エヒトだけでも間違いなく殺したはずだが、振り下ろした刃が命を燃やす感覚を感じなかった。まるでただ地面を抉り取っただけのような感触だ。
「転移した? 街ごと? へぇ、そんな大勢で転移できるんだ!」
瞼を閉じて周囲の情報を観測するが、少なくとも周囲数十キロ圏内には影も形もない。
「……ま、いっか! どうせ最後には皆殺すんだし!!」
でもあの子とはまた遊びたいなぁ、と嬉しそうに語る少女の眼下には、底の見えない大穴が地平線の彼方まで広がっていた。
この日、この瞬間……世界から日本という国が完全に消滅した。
◇ ◇ ◇
──ピッ、ピッ、ピッ
機械的な音が一定間隔でなり続ける。薬液で満たされた、幾つもの円柱のカプセルのようなものが並ぶ不気味な一室。人が一人も居ないにも関わらず24時間体制で稼働し続けるここは、【アヴァロン】の最重要施設に分類される。
鼻をつく薬品の匂いが充満する部屋の一角に設置されたカプセルの一つが、空気を吐き出す音と同時に開かれた。
ペタペタと足音を鳴らしながら出てきた男は、何かを確かめるように拳を何度か握りしめる。
「……問題はないな」
男──エヒトルジュエは一人納得するように頷いた。
”偽・超速転生”──秘密裏に採取した”ウロボロス”の細胞を元に、エヒトが生み出した独自の転生システムだ。
自らの肉体が死亡した瞬間、魂と記憶を【アヴァロン】の中枢機関に強制アップロードし、予め用意しておいた肉体にインストールする。
周囲に並ぶカプセルには、中身の宿っていないエヒトの予備の肉体が液体に浸された状態で鎮座していた。
肉体の動きに問題が無いことを確認したエヒトがパチンッと指を鳴らすと、それまで着ていた衣服がその身を隠す。そのまま何を思うこと無く、部屋の中心へと足を踏み入れる。
所狭しと並ぶ機械設備の最奥。一際大きなカプセル。
そこには、小さな脳みそが幾つもの管に繋がれ、プカプカと浮かんでいた。
「……いつ見ても憐れだな。これがかつて神と呼ばれた者の成れの果てか」
自嘲するようにエヒトは笑みを浮かべる。
時間とは残酷にも、人を変えてしまう。
”ウロボロス”と呼ばれるようになってしまった少女がそうであったように、エヒトにも限界が訪れるのは必然だった。
いくら擬似的な転生システムを作ったところで、記憶はいつか薄れてしまう。
あの少女のことも忘れてしまう。それだけは防がなくてはならなかった。
忘れてしまうのなら、いつまでも思い出に浸り続けていればいい。
自らの脳を抽出し、神代魔法でかつての記憶を再現。それを永遠に疑似体験させる。
そうすることで、無理やり過去の記憶を植え付けた。もはや狂気の域だが、エヒトには記憶を保持できればどうでも良かった。
その時、エヒトに”念話”が届いた
『エヒトルジュエ様。アヴァロンの転移、無事完了しました』
「問題は?」
『ありません。ですが……』
「? 何だ?」
『”
「ハァ、耳の早い奴らだな……繋げ」
接敵してからまだ十数分しか経っていないというのに、もう連絡を寄越してきた連中にため息をつきながら自身と繋ぐように許可を出す。
数秒後、空中に幾つものディスプレイが浮かび上がった。
『壮健そうだな、エヒトルジュエ殿』
◇
異世界からの脅威に対して、国の垣根を越えて創設された地球最後の防衛組織。
未知なる力を前にして浮足立つ人類を尻目に、最悪の可能性を考え、地道に準備を整えたある男によって創設された。
その上位陣の面々が、薄暗い部屋で円卓を囲い、大きなモニターを注視していた。
『面倒な前置きはいらん。私も暇ではないんだ。要件を言え』
そこに写る一人の男──エヒトルジュエは多くの視線に晒されながらも、淡々と言葉を返す。
「……ならば、本題に入ろう。つい先程、旧・日本上空でとてつもないエネルギー反応を検知した。我々はこれを”ウロボロス”によるものと断定している。奴がアレ程の力を振るうなど余程のことがなければありえない。確か、貴方達は日本に潜伏していたはずだが……」
『そのとおりだ。”ウロボロス”からの奇襲を受けた』
「なんと……! そちらの被害は?」
『人的被害が100人弱。物的被害は軽微だ』
「ほう? アレを相手に奇襲を受けてその程度とは……アヴァロンの防衛能力は流石の一言ですな」
『……もう一度だけ言う。要件は何だ』
僅かにエヒトの視線が鋭くなる。肌を突き刺すような感覚に、エヒトが苛立っているのを感じた面々は薄っすらと頬を汗が伝うのを感じた。
「君達の衝突で、日本列島が消滅した。あそこにはまだ避難が済んでいない民間人が居たはずだ」
『”ウロボロス”との戦いに巻き込まれれば、助からないのは火を見るよりも明らかだろう』
「確かに、日本そのものが消えたのは”ウロボロス”によるものだろう。だが、観測班によると、奴の力の増大を検知する前に、別の力を検知したそうだ……貴方のものだ、エヒトルジュエ殿」
『……だから?』
「──ッ!! 貴方は罪もない民間人を殺したのだぞ!!」
エヒトの淡白な反応に、一人の若い男がダンッと机を強く叩きながら立ち上がる。
彼らはエヒトの力を知っている。その力があれば、救助とまではいかなくとも、戦場を人の居ない海上に移すことくらいは出来たはずだ。
しかし、あろうことか、かの人物は”ウロボロス”と都市上空で戦いを始めただけに飽き足らず、その余波ではなく、自分の意志で発動した力で地上の全てを薙ぎ払った。
「貴方ほどの力を地上に向ければどうなるかは明白だ! 何故あのような──」
『勘違いするなよ、小僧』
更に言葉を続けようとした男だったが、背中に氷柱を突っ込まれたような寒気に襲われる。
『何故だと? ”ウロボロス”を相手に手を抜くことがどれだけ愚かな行為か分からない貴様らではないだろう』
「それは……!?」
『そもそも、私はこの世界の救世主でもなければ、神でもない。”ウロボロス”を殺すために少しでも有用になると判断した故に、貴様らに情報と技術を与えただけに過ぎん。忘れるな……』
──邪魔をするのなら、貴様らも殺す。
部屋全体に充満する死の気配に、彼らは口を開くことすら出来ない。今までの人生で体験したことのないような寒気──殺意に身をすくませ、歯が噛み合わずにガチガチと音を鳴らすことしか出来なかった。
「その辺りで勘弁してもらえないだろうか」
部屋の上座に位置する椅子に深く腰掛けた大柄の男。
もみあげと髭を繋げたワイルドな印象を感じさせる50代程の見た目の男は、ニヒルな笑みを浮かべながら会話に入り込んだ。
『アレグサンダー・ヘルワルズ』
集まっている面々の中で、初めてエヒトが名を呼んだ。
アレグサンダー・ヘルワルズ。
元アメリカ合衆国大統領を務めたこともある、政治会の大御所であり、【
同時に、エヒトと初めて接触を図ったこの世界初の人間でもある。
「すまない、彼らも突然の凶報に混乱してるんだ。君のスタイルは十二分に理解しているつもりだ」
『……部下の手綱くらいしっかりと握っていることだな』
「ハハハ、耳が痛いな」
『……まあいい。用はそれだけか?』
「ああ、詳細をいち早く確認したかったんだ。君が対処したというのなら問題はない。これからもよしなに頼むよ」
『…………チッ』
笑みを浮かべて対応するアレグサンダーの姿に、忌々しそうに舌打ちをした後、ブツリと映像が途切れた。
それを確認したあと、アレグサンダー以外の面々が大きく息を吐いて椅子に深く座り込んだ。
その様子を見たアレグサンダーが呆れながら声をかける
「まったく、怖ぇくらいなら下手に突っかかるなよ」
「そうは言いますが、流石に見逃すわけにはいきません!!」
「奴は私達の世界の人間を殺したようなものですよ!!」
「だが、それ以上に彼らのお陰で助かった命があることも事実」
「それは、そうですが……」
エヒトがこの世界の人間を殺したことは事実だが、エヒトがもたらした情報と技術が無ければ、こうして身を隠すことすら出来ず、とうにこの世界の人類は絶滅していたかもしれない。
さらに言えば、”ウロボロス”という敵がいる状態で、エヒト達異世界人とも敵対するのは得策ではない。
「敵の敵は味方っていうだろ?」
「しかし、仮に”ウロボロス”の討伐に成功したとして、奴らの矛先がこちらに向かないとも限りません」
”ウロボロス”の出現と同時期に現れた異世界人。
目的は”ウロボロス”の討伐という話だが、それだけが真実とは限らない。
”ウロボロス”という前例が既にある以上、安易に異世界人を信用することは出来ないのだ。
「お前達の気持ちも分かる。俺もこう見えて政治の世界に揉まれてきた人間だからな。言葉そのままで信じられているわけではないさ」
──だからこそ、この計画が生まれたんだ。
アレグサンダーがそばに立つ秘書官の女性に目配せをすると、意図を察した女性が手元のタブレットを操作する。
すると、消えたはずのモニターが再び起動した。
「戦力差は甚大だ。”ウロボロス”にも、”エヒトルジュエ”にも、俺達は全てにおいて劣っている」
国を一つ滅ぼす。
出来ないわけではない。しかし、それを実行するには数多の時間と準備が必要になる。
個人の意志で街一つを焦土にすることなど不可能だし、物理的に消滅させるなど以ての外だ。
「だが、人類が生存競争において弱者に該当するなど百も承知。そんな俺達が数多の生物の抑え、食物連鎖の頂点に君臨できたのは何故か?」
その答えは、これまでの歴史が物語っている。
「
敵はまさに神話に登場するようなバケモノだ。
だが、バケモノとは最後に神や英雄に打倒されるのが相場と決まっている。
「せいぜい奴らには”ウロボロス”の名の如く、互いを喰らい合ってもらおう」
──最後に笑うのは、俺達現地人だ。
薄く笑みを浮かべるアレグサンダーの視線の先。
淡く光を浮かべるモニターに写るのは、ガラス張りの2メートルを越す巨大なカプセル。
そのカプセル内に浮かぶ、ツギハギだらけの首無しの人間の身体。
肉体的な特徴から、12〜13歳程度の少女と想定される。
カプセルの上部にはこう刻まれていた。
──
◇
「いい加減、機嫌直してくださいよ」
「そうですよ、別に仲間はずれにされたわけじゃないですって」
「……」
場所は代わり、ここはアヴァロンに存在する部屋の一室。
そこにはソファに不機嫌な様子を隠すこと無く、うつ伏せで寝転がる少女と、なんとか機嫌を直してもらおうと四苦八苦する少年と少女の姿があった。
「師匠やミレディさんも言ってたじゃないですか。期待しているからこそ、最悪を想定して都市内に留まってもらったんだって」
「私達としてもありがたいですし、いつも助かってるんですよ、アレーティアさん」
「……むぅ」
そこでようやく少女──アレーティアはむくりと身体を起こした。
まだ納得したわけではないが、いつまでも駄々をこねて、それを年下の子達に慰められることに流石に年長者として恥ずかしく思い始めたからである。
「……ごめん、迷惑掛けた。ありがとう……ハジメ、シア」
薄く笑みを浮かべて感謝の言葉を告げるアレーティアに、ハジメは照れくさそうに視線を逸し、シアは満足そうに頷く。
「まあ、気持ちはなんとなく分かります。私なんてまだ地上に出るのすら許されてないですし……」
「シアはしょうがない。戦いの訓練を初めてばっかりだから……まだ危険」
「私だってもう戦えますよ! 訓練だって3歳のころから始めてますし!!」
「それでも13年ってことでしょ? そりゃあ、アレーティアさんや師匠達と比べたらしょうがないんじゃないかな」
「ハジメさんはズルいです!! 私だって外の世界を見てみたいんです!!」
「いやいやいや……僕は外が出身なだけだから」
アヴァロンには”ウロボロス”打倒のために様々な人材が受け入れられている。
その全てにエヒトの了承が必要だが、創設して軽く千年を越えたこの都市に住まう人の数は軽く万を越えている。
そのため、都市内で結ばれ、アヴァロン出身として生まれる子供も少なくない。というか、今となってはほとんどがそうだ。ここに居る二人、アレーティアとシアもそれに該当する。
そして、アヴァロンの創設理念が”ウロボロス”の打倒。そのため、世界を越えてまで”ウロボロス”の後を追う使命のためか、万が一を想定して、非戦闘員が単独でアヴァロンの外に出ることを禁止している。
地球出身のハジメや、既に戦線に加わったことがあるアレーティアと違い、シアは生まれてこの方、映像越し以外でアヴァロンの外を見たことが無いのだ。
うがぁああああっ、とわめき出す妹分をアレーティアが慰めるという、先程とは真逆の光景にハジメが苦笑するが、ある程度落ち着いたことで、自分がここを訪れた目的を思い出した。
「あの、アレーティアさん……少し聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいこと?」
「なんです? 言っておきますけど、アレーティアさんの腕の中はハジメさんでも譲りませんよ?」
「ち、違うって!?」
シアからの横やりに、ハジメの頬が僅かに赤く染まるが、首を降って邪念を払う。
「”ウロボロス”って本当に感情がないんですか?」
「「……?」」
ハジメの言葉に首を傾げる二人に、言葉が足りなかったかと話を続ける。
「今日、改めて”ウロボロス”の姿を映像越しでみたんですが……無邪気というか何と言うか……感情が無いようには思えなかったんです」
そもそも、テレビで見たときもそうだった。明るく誰にでも対応する姿に、その身に宿す力が無ければ、ただの元気な少女にしか見えなかった。それが感情が無いと言われても、ハジメにはいまいち信じられなかった。
「ああ、そういうこと」
「確かに私も最初は疑問に思いましたね」
そんなハジメの疑問を聞いたアレーティアは納得したように頷いた。
シアもその隣でうんうんと頷いている姿に、ハジメは二人が何か理由を知っていることを察する。
何となく姿勢を正したハジメの姿に、アレーティアは一つ、コホンと咳払いをする。
「まず、”ウロボロス”に感情が無いのは間違いない。あれはただ
「……
「ん、人の感情や想い。それは目に見えず、不確かなものだけど、そこに確かに存在する。そして同時に、私達の原動力でもある」
例えば魔法一つ放つには、魔法に対する知識と、それを扱うだけの魔力があれば発動できる。しかし、術者のモチベーションも大きく関わり合いがあることは否めない。
ハジメに分かりやすく説明するのは、火事場の馬鹿力という言葉が最適だろう。その時の感情の昂りで、実力以上の力を発揮することもある。
それ以前に、感情を持つからこそ、人は何かをしようという意欲を持つ。
「それが”ウロボロス”には不思議なんだと思う」
もう戦えるはずないのに、立ち上がってくる人間が居た。
逃げれば助かったのに、向かってきた人間が居た。
道端の石ころ程度の認識だったのに、喉元まで辿り着いた人間が居た。
分からなかった。彼らにそんなことが出来るはず無いのに。やる意味など無いはず無いのに。不可能だったはずなのに。
「だから、
適当な人間の行動パターンを見て、それを自らで実践する。
”ウロボロス”は無邪気な性格でも無ければ、楽観的な性格でもない。
ただ、そういう人間の真似をしていただけなのだ。
「エヒトルジュエ様の攻撃で消し飛ばされた後、口調が変わったでしょ? あれがあいつの素」
「あれが……」
「皮肉だよね。完全に至るために不必要と切り捨てたものを、学んでまで理解しようとしてるんだから」
その事実に、ハジメはようやく疑問がストンッと腑に落ちた気がした。
一切の抑揚も無く、淡々と紡がれる言葉の羅列。
昔観たSF映画に出てくる人工知能とかあんな感じの話し方だったなぁと納得した。
その時、シアがふと疑問に思ったことを口にする。
「でも、もしそれで”ウロボロス”が感情を持ったらどうなるんですかね?」
”ウロボロス”が元々エヒトルジュエと同郷で、同じ人間だったことはアヴァロンの民ならば誰でも知っていることだ。そのころの”ウロボロス”は今と違い、人々を守護し導く、尊い存在だったらしい。
自分達の祖先が住んでいた世界では”最高神”として崇められていたこともあるという。
「もし、その優しかったころに戻るなら、もう戦わなく済むんじゃないですか……ってどうしたんですか?」
そうすれば、これ以上犠牲者も出ないし、自分も大手を振って外を歩ける。そう考えたシアの表情は喜色に染まる。
純粋で純情なシアらしい考えだ。しかし、アレーティアとハジメの何とも言えない表情を見たシアは何かおかしなことでも言っただろうかと首を傾げる。
「シア、ハジメは両親を”ウロボロス”に殺されてる」
「あっ!? す、すみません!!」
「いや、シアが謝ることじゃないよ」
例え、それで”ウロボロス”が元の温厚な性格を取り戻したとしても、彼女が奪った命が返ってくることはない。
もう誰も殺さないなら仲良くしよう。とは出来ようもない。
「それに、取り戻した感情が元の感情とは限らない。それこそ、今度は悪意を持って襲いかかってくる可能性もある」
そうなれば最悪だ。今でこそギリギリで渡り合っているというのに、そこに悪意が混じってくればどんな手を使ってくるか、想像もしたくない。
「そう上手くはいきませんよねぇ」
その後、肩を落として落ち込むシアを慰めながら、その場は解散となった。
工房に向かうハジメと鍛練に戻るシアの姿を見送り、アレーティアは一人思いにふける。
実はシアの口にした可能性は、エヒトを含めた上層部で一度吟味されたことがあるのだ。
アレーティアはミレディから又聞きしたことだが、内容は先ほどと変わらない。
しかし、一つだけ話さなかったことがある。まだ確証の無い話だし、何よりも二人をいたずらに不安にさせたくなかった。
(”ウロボロス”が悪意を持った時の危険性は計り知れない。でも……対処が出来ないわけじゃない)
悪意を持つということは、行動に何かしらの理由が伴うということだ。
今までの”ウロボロス”は感情を持たない分、行動に規則性が無く、次の動きを読むことすら困難だった。
正直言えば、理由ある行動をしてくれた方がこちらとしても対応がしやすいのだ。
(エヒトルジュエ様が予期した可能性は三つ)
一つ、元の温厚な感情を取り戻し、自責感から自ら命を断つ可能性。
二つ、悪意を持ち、自らの欲望のままに暴れだす可能性。
そして、三つ。予期した中で最低最悪の可能性。それが──
(
目的を持たずに暴れるだけだったバケモノが、理由なく、人の感情を逆手にとって暗躍しだす。
それが、今考えられる最悪の未来だ。
◇ ◇ ◇
「……狸ジジイが」
【
奴らが何かを企んでいることなど、とっくにエヒトにはお見通しだった。
しかし、既に”ウロボロス”は通常の手段を持って滅ぼせる相手では無い。
ならば、エヒトの持ち得ない盤外の策すらも呑み込み、”ウロボロス”打倒の糧にしようと思った。
──それが例え、自らを蝕む毒だったとしても。
「……あれから随分と経ったな」
最後の幸せな記憶は一万年前。
今でも昨日のように思い出せるのは、常に疑似体験し続ける脳からの信号によるものなのか。
それとも……
エヒトの視線の先。そこには機械で埋め尽くされる部屋に似合わない一枚の写真が飾られていた。
今は存在しない、トータスと呼ばれた世界に転移して千年目に開いたパーティの記念に撮った一枚。
特殊な加工が施され、万年の時を風化すること無く保ち続けている思い出の欠片。
和気あいあいと肩を組む到達者の面々。
何となく気乗りしなくてしかめっ面の自分。
そんな自分を無理やり輪の中に引っ張るノワール。
そして、全員の中心で笑みを浮かべる
二度と戻ることの無い、幸せな一幕がそこには残されていた。
「我ながら女々しいな。いつまでも過去の記憶に縋るなど」
何度も捨てようとした。
記憶の再現を止め、全てを消去してしまおうとしたことも、取り戻すために築き上げてきたものを全て壊そうともした。
それでも、実行しようとした瞬間、どうしても最後の一歩が踏み出せなかった。
あの時、シリウスを
もし、最後まで残ったのが私ではなく、ノワール達ならば止められていたのだろうか。
何度考えても、答えは出なかった。
だから決めた。最後まで戦うことを。
私は他の奴らのように、シリウスを見守るなんてことは出来ない。
ノワールのように、シリウスを支えることなんて出来ない。
いつだって私が出来たのは、あいつと正面からぶつかることだけだった。
この戦いの果てに何が待っているのかは分からない。
未来は破滅に向かっているかもしれない。人類に生存する価値は無いのかも知れない。
だが、そんなことはもうどうでもいい。
「シリウスを”ウロボロス”から引きずり落とす」
それが、今度こそ違えることのない……
──私の誓いだ。
>番外編が本編を越える規模の戦いを始めようとしている件について
書いてる内に妄想が爆発して気づいたらこうなってた。これで終わらすつもりだったのに、完全に”俺達の戦いはこれからだ”じゃん。
書き直そうか、番外編まるごと消そうかなとも考えたんですけど、もういっちゃえってしました。
設定集
>”ウロボロス”
言わずも知れた本編の主人公シリウス。
感情を失い、本質は機械のような思考回路だが、表面上は様々な人の真似をした言動を取る。
死なないわけでないが、死んでも生き返る一人輪廻転生状態。スマホゲーで石を使うと体力全快で戦いの続きから始められるアレの無限ver。
>エヒトルジュエ
番外編の主人公。
都市を設立し、その過程で様々な人を救っているが、本人に救っている自覚は無く、ただ利用できるから連れているだけ。個人でシリウスに対抗できて居たら誰もそばに置いていない。
>ハジメ
番外編の裏主人公。
エヒトにシリウスとの関係性を疑われているが、本人に自覚は無い。というか、マジで知らない。シリウスのエヒトだけでも守らなくてはという意志の残照に反応しただけ。でもそのおかげで生き残れた。
>ミレディ、オスカー、アレーティア、シア
エヒトを恨んでいない彼らとか珍しくない?
シアはエヒトを皆を守ってくれる優しい人と思っているが、他の三人はエヒトの思惑に気付いている……が、助けてくれていることには変わりないので、感謝もしてるし、助力も惜しまない。そもそもシリウス何とかしないとどっちみちやばいし。
>ウォルペン
原作からのゲスト出演。
ハジメの足ペロペロしてた人。
>
書き終わってからマジで後悔した。
二話完結のつもりだったのに何故こんなオリジナル出したし。通称【
>アレグサンダー・ヘルワルズ
同上。
名前にサンダー入れよっかなって考えたらバチっと出てきた。
>
気付いてるかと思いますが、名前の由来は神話の雷神トールから。
ウロボロス=ヨルムンガンドと仮定し、そのヨルムンガンドをミョルニルで打ち倒すが、最後に毒を吹きかけられてトールも命を落とす。
ちなみに首なしの正体はシリウスの身体。あの子基本はいわゆる舐めプ状態だから、エヒトクラスじゃないと、再生能力すぐ使わないから腕とか足とかよく千切れるからそれを回収して繋げた。
エヒトがシリウスを封印、もしくは殺害をしなかった場合の世界線でした。
最後の最後にやりたい放題やってしまった……