とても励みになります。
あれから数時間、私は悩みに悩んだ。
1、この世界の存続について。
2、トータスに私も行くのかどうか。
3、トータスに行った場合の私の立ち位置。
今考えるべきは主にこの三つだ。
まず一つ目、この世界は滅びる。原作でエヒトは、理への干渉技術の発展がキッカケで世界が滅んだと言っていた。つまり、私がその技術を抹消させる、もしくは独占すればこの世界は壊れないのではないか?
いや、ダメだ。恐らくだが、世界の崩壊は既に始まっている。
『星喰い』
あれは恐らく、理の干渉によって世界に歪みが生じ、その反動で起こってるのだろう。一度ヒビが入ってしまった星を修復することは私でも難しい。出来ても死ぬ。世界を救えても私が死ぬ。
きっと物語の主人公なら命を落とすことになっても世界を救うんだろうけど、私はそんな人間じゃない。
そもそも理の干渉なんてものを始めた奴が悪い。そいつに責任を取らせれば……
(……あれ? 私じゃね?)
…………うん、しょうがない。原作でも滅んでたし、そういう運命だったんだよ。私は悪くない。
次、二つ目はトータスに私も転移するかどうかだ。
トータスに転移した到達者達は、現地人に叡智を与え、その後、神と呼ばれる存在になった。確か人々の信仰集めて、魂を昇華させてどうとか言ってたっけ?
単刀直入に言うと興味ない。神なんて何で皆なりたがるんだよ。碌なもんじゃないよ、きっと。
それにこれは三つ目になるが、神になった場合、私はどうするべきか。エヒト以外の到達者は原作が始まるずっと前に自ら命を断っている。確か最後の人の遺言は『もう十分だ』だったかな。
私も彼らに倣って死ぬべき? そのまま生き続けたらどうなるのかな? 別に私は人を壊して愉悦に浸るなんてクソみたいな性癖ないしなぁ。
そう考えると、一緒にトータスに転移するという選択自体あまり有益じゃない気がする。
(……ん? ちょっと待って? 別に世界はこことトータスだけじゃないんだよね?)
【ありふれた職業で世界最強】の世界には様々な世界が存在する。この世界。トータス。地球。アフターを含めればさらに増える。
つまり、何も逃亡先にトータスを選ぶ必要はないのだ。原作の戦いは見てみたいから、地球とトータスの動きにだけ注意して、時期が来るまでのんびりしてればいいんじゃない?
(うん! 我ながら良い考えじゃないかな!)
つまり、この世界で私のやることは、世界終末の日までにトータス以外の世界を特定し(出来ればトータスと地球も)到達者の皆には世界と運命を共にするってことにして、原作が始まるまで一人で隠居生活をする。
(完璧!! 穴のない計画とはまさにこのことだね!!)
計画実行日に、その計画が木っ端微塵に瓦解することになることを、彼女はまだ知らない。
◇ ◇ ◇
──一週間後。
「おい、あの女はまだか」
「予定の時間までまだある。それと、シリウスさんと呼べ」
「フン」
「貴様……」
とある修練場にて、二人の男が佇んでいた。漂う空気はお世辞にも決して良くない。それどころか、今にも殺し合いを始めてもおかしくはない雰囲気だ。
修練場の真ん中に佇む白髪の男。名をエヒトルジュエ。類まれなる魔法の才能が認められ、この度、到達者の末席に加わることになった一人だ。
その男を睨みつけるのは金髪を後ろに流した男。名をノワール。同じく到達者の一人で、一週間前にシリウスに“念話“を送った人物だ。
「シリウスさんは俺達のトップだ。それを侮辱することは到達者全員を侮辱することと同義。分かっているんだろうな?」
「女の下についている腰抜けなど知ったことか。それに、今日から私が上に立つのだ。言葉遣いには気をつけろよ?」
「先に俺が半殺しにしてやろうか、後輩?」
「よく喋るな、弱く見えるぞ、先輩?」
瞬間、修練場に途轍もない魔力の暴風が吹き荒れた。
離れた場所から成り行きを見守っていた修練場の管理人や従業員らは、吹き飛ばされないように周りの柱にしがみつきながら必死に耐えている。
「先輩! どうするんすかアレ!? 今にも殺り合いそうなんすけど!?」
「んなこと俺に言ってもどうしようもねぇだろうが!? 祈れ!!」
「神頼みっすか!?」
「迷惑かけてごめん。すぐ止めるから」
「「え?」」
最悪の状況に、先輩と呼ばれた男が神に祈り始めると、そのそばを一条の風が通り過ぎた。
そのまま、常人ならば入り込む余地すら無い嵐の発生源へと踏み入った。
「お待たせ」
「ッ!?」
「ッ! いや、時間通りだ。わざわざすまない、シリウスさん」
「んーん、問題ない」
突然現れた私の姿に、呆気に取られていた二人だったが、落ち着きを取り戻すノワールと違い、エヒトはその表情をさらに歪める。
わーお、めちゃくちゃ嫌われてるよ。
「貴様がシリウスだな」
「うん、君がエヒトルジュエだね?」
「貴様ごときが気安く名を呼ぶな」
「じゃあ、エヒト」
「殺されたいのか……!」
殺気が増した気がする。だってエヒトルジュエって長いじゃん。
「私は自分より劣った女如きに従うために到達者になったわけではない。その地位は今日から私のものだ」
「別に到達者に上下関係はないけど?」
「貴様には無くとも周りの人間はそうは思わん。私が貴様の下だと思われる。それが我慢ならん」
「……」
うわぁ、メンドクセー。原作でも色々やばい奴だったけど、この時からこんな性格かよ。勘弁してくれ。
「それじゃあ、君はどうすれば納得するの?」
「私と戦え。それで全てがはっきりする」
「一応言っておくけど、私は国内での全力戦闘が禁止されている」
「上でふんぞり返るだけの豚共のことなど知ったことか」
「……はあ、何言っても無駄みたいだね。ノワール、一応周囲に退避指示を」
「やるのか?」
「少し遊ぶだけだよ」
私の言葉を聞いたノワールは少し悩む素振りを見せたものの、一つ頷いた後、その場を後にした。
しばらくすると、周囲を結界が覆う。間違いなくノワールのものだろう。
「さて、これである程度までは大丈夫かな。じゃあ、早速──」
「死ね」
私の言葉を遮り、人一人を簡単に炭に変えるレベルの爆炎が放たれた。
◇
エヒトルジュエにとって、到達者という地位に就くことは至極当たり前のことだった。
しかし、幼い頃よりその類まれなる才能を発揮し、天才という言葉を欲しいままにしてきたエヒトにとって、目の前の女の存在はとても容認することは出来ないものだった。
『君の才は素晴らしい。きっとシリウス様に次ぐ存在になれるだろう』
『論文を見たよ。まるでシリウス様の再来だ』
『彼女の研究成果は見たかい? 君の成長に繋がるはずだ』
『シリウス様が──』『シリウス様なら──』『シリウス様と──』『シリウス様に──』
ふざけるなよ。どいつもこいつも、二言目にはシリウスシリウス。うんざりだ。何故私が奴の下だと思われている。偶然私よりも先に生まれただけだろう。
年功序列? 反吐が出る。実力こそ全てだ。無駄に年だけ食ったババアが。私が貴様の人生の幕を下ろしてくれる。
それなのに……そのはずだったのに……
「なんだ……!」
骨ごと燃やし尽くす業火は、手を振るうだけで消し飛んだ。
空間ごと凍てつかせる冷気は、踏み降ろした足に砕かれた。
天を斬り裂くほどの稲妻は、首を反らすだけで躱された。
放たれた魔法に対抗するにはこちらも魔法を放つ。小さな子供ですら知っている一般常識だ。それがこの女には通用しない。魔力を四肢に纏うことで身体能力を向上させる技術は確かにある。
魔力の保有量が少なく、高等魔法が発動できない出来損ないでも簡単に使用可能な技術だ。
「なんなんだ……!」
魔力の保有量が高い者が扱えば、それだけ身体能力の向上も凄まじいものになる。しかし、人の身体には限界がある。あくまで最低限の魔力を纏い、後は発動させる魔法へ魔力を注入するのが基本だ。
それくらいだったら納得は出来た。しかし……
「なんなんだ、貴様は!?」
目の前の女は魔力を一切纏っていない。信じられないことに素の身体能力だけで私に対抗している。
ありえない。なぜ素手で炎を消し飛ばせる。
ありえない。どこに大地を割るほどの力を持っている。
ありえない。音速を超える稲妻をどうやって避ける。
ありえない。ありえない。ありえない。
「このっ、化け物が!!」
もはや先程までの威厳はどこへやら。悲鳴にも似た声を上げながら放たれた光の流星群がシリウスに襲いかかるが、まるで未来を見ているかのように僅かに身体をずらすだけであっさりと躱す。
「何を今更喚いている後輩?」
「ッ!?」
そんなエヒトルジュエの様子を、頬杖をつきながらつまらなそうに見ていたノワールが口を開く。
「あの人を超えたいのなら、それまでの常識は捨てろ。それは凡人の考えだ」
「何を……!」
「貴様の力が通用しない? 貴様の考えが通用しない? 当たり前だろうが、俺達を誰だと思っている」
エヒトルジュエは確かに天才だ。しかし、それはあくまで世間一般からの評価に当てはめただけに過ぎない。
ここにいるのはその天才の中から選び抜かれた真の天才の集まり。
奇人変人当たり前。求められるのは魔法の才能ただひとつのみ。
凡人達が定めた一般常識など、ここでは通用しない。
「お前が喧嘩を売ったのは、その中でも最高峰の
思い出すは千年前の淡い記憶。全てを知ったつもりだった自分の愚かな時代。
「全ての始まり。魔の深淵を覗きし者。最古にして最強の到達者」
思い知らされた。所詮自分など世界の一欠片に過ぎなかったのだと。どれだけ喚こうと、どれだけ足掻こうとも、世界そのものには敵わない。いや、彼女は既に世界を超越している。
「それこそが、人類の超越者──シリウスだ」
「ッ!?」
エヒトが最後に見た光景は、視界一面を覆い尽くす程の闇そのものだった。
◇
「お疲れ、シリウスさん」
「……うん、お疲れ様」
「……何やら元気が無いが?」
「ううん、こっちのことだから気にしないで」
何やら神妙な表情を浮かべるノワールだったが、今の手合わせで私が傷を負っていないことは知っているため、早々に切り替え、気絶しているエヒトルジュエの様子を確認している。
そんなことよりも、私は外野からの精神攻撃のダメージが大きすぎた。
(ううぅ、ノワールめ。エヒトにも私のイタイ二つ名を言いふらすなんて……!)
思い出すのは、ノワールの口から語られた、中二病全開のイタイ二つ名の数々。
“最古にして最強の到達者“とかはまだ良い。最初に到達者って呼ばれるようになったのは事実だし、一番強いのも私だから。
でもさ、“魔の深淵を覗きし者“って何? カッコ良さげに言ってるけどよくよく考えたら、覗き魔みたいなんだけど!? 深淵なんて覗いたこと無いし、そもそも深淵って何!?
今ノワールの口から語られたのはほんの序の口だ。言葉に出すのも恥ずかしい二つ名が私にはいくつもある。しかもそれが歴史書や教材にも記載されていると知った時は思わず世界まるごと滅ぼしかけた。
(くそう、そんなに私が嫌いか! 文句あるなら正面から掛かって来いよ! ボコボコにしてやるからよ!)
はぁ、まあいいや。学園に通っていれば誰だって知ってるし、今更か。今は一先ずエヒトのことを考えよう。
性格は私の記憶どおりだったな。これで昔はめちゃくちゃ純粋だったりしたらどうしようかと思ったけど、杞憂だったね。
でも実力はやっぱり到達者に推薦されるだけのことはある。性根はそもそも最初から当てにしてないし問題はない。
というか、今の私ってどのくらいの強さなんだろうか。
原作時点のエヒトが今のエヒトよりも強いのは当たり前だけど、神になることでどのくらい成長するんだろう?
私はやろうと思えば星ごと木っ端微塵に出来るけど、神を名乗るくらいだし、きっとエヒトもそのくらい出来て当たり前だよね?
ていうか、肉体を捨てるくらいなら、肉体を維持したまま進化し続けた方が効率良いのでは?
生まれつき身体が弱いとかなら話は別だけどさ。アレーティアの肉体を奪うよりも、エヒト自身の肉体を強化し続けた方が良いと思う。それとも魂を昇華させることにそこまでの利点があるのか?
(んー、やっぱり私はいいかな。強くなるって言っても人の身体よりも自分の身体の方が良いし。とりあえず……やっぱり魔法を素の身体能力だけで翻弄する展開はカッコいいね! 敵が動揺してくれる点も素晴らしい!)
エヒトも想像できなかっただろう。魔法の世界で身体能力凄かったらカッコ良くない? というアホみたいな考えで身につけた技術に自分の今までが全て否定されることになるなど……
「到達者としては問題ないね。後のことは任せていい?」
「ああ、任せてくれ」
「それじゃあ、よろしくね」
さて、後のことはノワールに任せて、私は異世界探しでも始めますか。
◇
シリウスが立ち去った後、ノワールは修練場の人間に一言詫びを入れた後、気絶したエヒトを背負い、その場を後にした。
(こいつを医務室に放り込んだ後は、軍に報告だな。奴らに伝えておけば、勝手に伝わるだろ)
これからの自分のやるべきことを思い浮かべたノワールは、小さくため息をついた。
別に軍の人間を捕まえて報告するくらいなんてこと無い。エヒトの性格も変人ばかりが集まる到達者で見慣れている彼にはそこまで気にすることでもない。
彼の悩みの種は、つい先程まで一緒だったシリウスのことだ。
(あからさまに落ち込んでたな)
エヒトとの手合わせが終わった途端、付き合いの短い奴には分からないほど小さく落胆した様子を見せた。
(何だかんだ言って、期待してたのか)
“到達者“──政府直属の研究者という位置づけになる彼らは、基本的には国家に服従することと引き換えに、その魔法の才能を、存分に活かすために国からは国家予算とも言える程の研究費を与えられている。
その代価として、年に一度の研究成果を軍に報告する義務があり、成果を残せないものはその肩書を剥奪されることになる……のだが、到達者に至る人材は、通常の人間よりも優れた能力を持っており、そんな彼らが暇つぶしで書いた論文でさえ学会で取り上げられる。それこそ意図的に肩書を捨てるような真似をしない限り、剥奪されることはないだろう。
故に彼らはいつだって孤独だった。豊かな才能を共有することも出来ず、何世代も進んだ技術は凡人達に理解されることもない。
そんな彼らを救ったのが、到達者を創立した彼女──シリウスさんだった。
卓越しすぎた能力を持つ人間を纏め上げ、その技術を活かす場を作った。
もちろん、最初から彼女に従った者など一人もいない。卓越した技術や知識を持つ者は、それ相応の信念とプライドを持ち合わせている。いきなりスカウトに来た小娘に、あっさり首を縦に振る者などいるはずもなかった。
しかし、彼女は誰よりも博識で、誰よりも強かった。見た目が幼い少女だったのも原因の一因だろうが、舐めた態度を取った実力主義者をボコボコに叩き潰し、捻くれた理論派一派はあっさりと論破された。
それからも彼女に絡む輩は居たが、そこに悪感情は存在せず、彼らの胸には、孤独だと思っていた人生に初めて目標が出来たことによる喜びが溢れていた。
自分の理論に理解を示してくれるどころか、改善点を教えてくれた。国一つ滅ぼせるレベルの魔法を見せれば、それをあっさりと超える規模の魔法を見せつけられた。
彼らは半ば諦めていた生き甲斐と共感を得ることが出来た。
ならば、彼女は?
誰よりも前を歩き、常に頂きに立ち続ける彼女のそばには誰が寄り添えるだろうか。
俺達じゃ彼女の後ろを歩けても、隣は歩けない。前など以ての外だ。
だからこそ、態々新人の手合わせなどに付き合ったのだろう。
もしかしたら、自分の隣に並べる存在が現れるかもしれない。今は無理でも、遠い未来にそこに至れる存在かもしれない……と。
彼女が到達者という存在を生み出したのも、自分の同類を探していただけなのかもしれない。結果、俺達の孤独が消えただけで、未だに彼女は一人だ。
彼女がいつの時代から生きているのかは知らない。本人は三千年を過ぎた辺りから数えていないと笑いながら語っていたが、その気が遠くなる時間の間に彼女は一体何回落胆した? 何回絶望した?
「アンタに貰ったこの恩、どうやったら返せる……?」
ノワールの呟きは誰の耳にも入ること無く、宙に溶けて消えていった。
シリウス「私のイタイ二つ名が!?」
ノワール「やはり期待して……」