皆さん、お久しぶりです。シリウスです。
時が経つのも早いもので、エヒトが到達者になってから千年の年月が過ぎました。
到達者として青かった彼もかなり様になってきて、お姉さんも感無量です。
毎日充実した日々を送っていた私ですが、今、人生最大とも言えるピンチに陥っています。
「で? 言いたいことはそれだけか?」
「……」
「えっ……と」
めちゃくちゃ不機嫌な様子のエヒトにすっごい睨まれてます。その後ろには仏頂面のノワールの姿も。
私の心情を表すように空は真っ赤に染まり、大地は捲れ上がる。まるで、世界の終末のような光景です。
はい、もうすぐこの世界パーンてなります。
◇ ◇ ◇
遡ること数分前。
今日も天候は最悪。人類の生存圏も段々と範囲を縮め、止めと言わんばかりに全てを呑み込む“星喰い“が四方八方に出現。まるでこちらの恐怖を煽るようにゆっくりと迫ってきています。
人類のために、獅子奮闘の勢いで国の人間を守護してきた私だが、流石にもう限界だ。
うわぁああ、もうおしまいだぁ(棒)
と、言うわけでそろそろ脱出の準備に入ります。
転移先の世界は既に発見済み。特に争いもない平和な世界が見つかった。そこで私は隠居スローライフを始めるんだ。
到達者の皆も、私の記憶どおり転移の準備を進めているらしい。行き先は多分トータスだろう。まさか私も誘われるとは思ってもみなかった。次の世界では友達出来るって? やかましいわ!?(被害妄想)
まあ、誘ってくれるのは嬉しいけど、トータスに行くのだけは勘弁してもらいたい。私はドパンされたくないんだ。皆には私はこの世界と運命を共にするって伝えた。世界が崩壊する原因の理の干渉に手を出したのは私だ。だから、救えない人達を置いて逃げるわけにはいかない……と。
我ながらひどい嘘つき野郎だなと思うが、数千年も生きてるのだ。付き合いの長い到達者の子達は流石に生きていて欲しいと思うけど、百年やそこらの周期で入れ替わる人達にはそこまで愛着はない。
後は彼らの転移を見送った後、騒ぎに乗じてトンズラする計画だった。抜かりは一切ない。
そう……目の前にエヒトとノワールが現れるまでは。
◇ ◇ ◇
回想終了。
「で? 言いたいことはそれだけか?」
「……」
「えっ……と」
助けて。この人私が何言っても同じ返答しか言わないんだけど。え? 何? 何を求められてるの? エヒト私のこと嫌いだったじゃん!? ことあるごとに突っかかってきたじゃん!?
確かにエヒトには言ってなかったかもしれないけどさ!? ノワールには伝えてたじゃん!?
そんな意味も込めてノワールに助けを求める視線を向けていたら、それが通じたのか、エヒトを押しのけて私の前にしゃがみこんできた。
「シリウスさん、この世界に残るという意志に変わりはないか?」
「……ごめん、これは私の責任だから」
「……そうか」
痛い!? 心が痛いよ!? そんな顔しないでよ!? 僅かに残ってる罪悪感がザクザクと胸に突き刺さるんだが!? 大丈夫だよ! 死なないから! それどころか一人で逃げようとしてるんだから!
「シリウスさん」
「ん?」
「俺はアンタに返しきれない恩がある」
「……ん?」
恩? え、そんなのあるの? 私知らないよ? あ、もしかしてあれ? アイスの当たり棒あげたこと? いいよそんなの。引き換えに行くのが面倒だっただけだから。
「だから……すまない」
「へ?……あれ?」
謝罪されたことに首を傾げた瞬間、突然頭にモヤがかかったような違和感を感じ、そのまま何をする暇もなく、私は意識を失った。唯一最後に見た光景は、眉を下げたノワールと眉間にシワが寄ったエヒトの姿だった。
◇
「ようやく
「ああ、お前が時間を稼いでくれたおかげだ」
「これだけ用意に用意を重ねてようやくか」
「それも、俺達だから隙をつけたようなものだ」
この人からの信頼を利用するようで気は引けるがな。そう続けながら、優しい手付きでシリウスの身体を持ち上げるノワールの後ろ姿を見ながら、エヒトは鼻を鳴らした。
人類の超越者たるシリウスの隙をつくのは容易ではない。その気になれば、理を介して、相手の思考から記憶まで読み取る彼女を前にすれば、後ろ暗い企みなど最初から丸裸にされているようなものだ。俺達と違い、自然体でも情報を受信してしまう彼女だが、その対策ももちろんしてある。
シリウスさんの全自動受信体質は厄介だが、穴が無いわけではない。彼女が意図的に覗こうとしない限り、人の深層心理までは読み取れない。それでも悪意や殺意といったものには敏感みたいだが、俺達にその意志は無いため問題はない。
実際に本人にも試してその効力は確認済みだ。本人はちょっとした実験の一環と思っていただろうが、まさか自分を欺くための予習だとは思いもしなかっただろう。
これらは全て、俺とエヒトルジュエのことを信頼できると判断されていたからこそ通用した。
「到達者全員の知識と技術を集結させ、彼女の俺達への信頼を利用してようやくだ」
「相変わらずの化け物っぷりだな」
だが、そうでもしなければ責任感の強い彼女はこの世界から絶対に離れないだろう。多少荒事になろうとも無理矢理連れていくしかない。
「それにしても、意外だったな」
「……何がだ」
「お前がシリウスさんを連れて行くことに協力的だったことがだ」
「フン、今までやられた分をやり返さないまま死なれるのが気に入らないだけだ」
「……ふっ、そうか」
「何だその顔は? 私は貴様らのようにソイツがどうなろうと知ったことではないぞ!?」
「分かった分かった」
「喧嘩を売っているのか貴様!?」
素直じゃない後輩は置いておいて、シリウスさんを抱き上げて建物を出る。今すぐ目を覚ますようなことは無いと思うが、早いに越したことはない。
そして目の前に広がるのは、見渡す限りの人の波。人数にして約五十万人。この世界の最後の生き残りだ。
「では、俺達は行く」
「はい、どうかお気をつけて」
「……責めないのだな。俺達はお前達を見捨てるのだぞ?」
世界が滅びるのは、理の干渉による星の崩壊が原因だ。彼らからすれば、世界が壊れる原因を作った俺達が自分達だけで逃げ出すことに憤りを感じてもおかしくないというのに……
「皆様のお力を求めたのは我々も同じ。その恩寵を受け続けたのです。責任の一端は我々にもあります。それに、我らは連れていけないのでしょう?」
「ああ、お前達では転移に耐えられない」
「そうでしょうね。でなければ、シリウス様がお残りになるなど言うはずがありませんから」
この世界の住民を助けられないと気付いているからこそ、彼女は残る選択をしたのだろう。彼女がそう判断したのなら、きっとそれは覆らない真実だ。
「数世紀に渡り、我々はシリウス様に導いて頂きました。最後くらい、彼女には自由に生きて欲しいのです」
──ですのでどうか、シリウス様のためにお逃げ下さい。
そう言ってその場に集まった五十万の生存者は一人残らず頭を下げた。
誰もがその決定に一抹の不安も抱いていない。はるか先祖から助けてもらい続けた。最後の最後まで見捨てずに抗い続けてくれた。もう十分だ。十分過ぎるくらいたくさんのモノを貰った。
だから、我らの分まで、どうか幸せに生きて欲しい。誰のためでもない。貴女自身のために。
「……アンタ達の想いは必ず本人に伝えよう」
「新たな世界でも、ご武運を」
ノワールは彼らに敬意を払いながらも、振り返ること無くその場を後にする。同情は彼らの覚悟に泥を塗る行為だと分かっていたから。エヒトも黙ってその後に続く。その無表情の仮面からは、何の感情も読み取れなかった。
こうして一つの世界が終わりを迎えた。しかし、その世界と運命を共にした彼らの心には、一切の恐怖も絶望も存在しなかった。彼らの胸にあったのはただひとつ。誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも脆い少女の未来の行方。
誰よりもこの世界を愛していた彼女はきっと悲しむだろう。もしかしたら自らを責めるかもしれない。それでも生きていて欲しい。今度は誰かのためじゃない、自分自身の幸せのために……
そうして多くの想いを背負った彼女は世界を渡る。
本人の意志には全くそぐわないことに気付かれないまま……
◇ ◇ ◇
──コトッ
「食事はここに置いておく。腹が減ったら食べてくれ」
返事はない。
「……はあ」
一つため息をついたノワールはくるりと反転し、その場を後にする。
特殊な鉱石で作られた廊下を歩いていると、壁を背にしたエヒトルジュエの姿が見えた。
「どうだ?」
「ダメだ、まるで出てくる気配がない」
「……ちっ」
世界の転移を行い、既に一週間の月日が経過した。
シリウスは未だに部屋に引きこもったまま出てこない。
「やはり無理矢理はマズかったか?」
「なら説得してどうにかなるとでも?」
「……無理だろうな。だからこそ強引にでも連れてきたんだ」
「分かっているのなら今更後悔などするな」
「……他の奴らは?」
「原住民との交流を図っている」
「そうか……」
エヒトの対面に位置する壁に背を預けたノワールは、そのままズルズルと腰を下ろす。
思い出すのは一週間前の光景。流石に世界を転移したことで彼女はすぐさま意識を覚醒させた。そして、すぐに表情が真っ青に変わった。
恐らく、誰に説明されるまでもなく理解したのだろう。世界を越えたことを。そして、元の世界が滅んだことを。
彼女と初めて知り合ってからどれくらい経っただろうか。それなりに長い付き合いだが、その光景を俺は初めて見た。いや、周りの反応を見るに、誰もが初めてだったのかもしれない。
──彼女が周りの目も気にせずに大泣きする姿など。
大粒の涙をこぼし、わんわんと泣くなど誰が想像できるか。
あの時は大変だった。誰もが彼女を泣き止ませようとあの手この手を尽くしたが、一向に状況は良くならなかった。あのエヒトルジュエですら動揺で硬直するぐらいだ。どれくらいの衝撃だったかは語るまでも無いだろう。
とりあえず、彼女に必要なのは時間だろうという意見に決まり、魔法でそれなりの建築物を作り、部屋の一室で休ませることにした。
それから一週間、状況は全く進展しない。
「面倒だ! やはり私が無理矢理にでも……!」
「止めておけ、既に他の奴がやったが、世界の反対までぶっ飛ばされた」
「……」
2日前に建物に不自然な大穴があったのはそれか。と、エヒトは一人納得する。
「ではこのまま放置か?」
「今の俺達の声はシリウスさんには届かん。もう少し待ってみよう」
「あの女め、世話をかけてくれる」
悪態をつくエヒトをノワールは横目で確認する。
苛立たしげにしてはいるが、その視線は未だに開かれない扉に向けられている。
(コイツ、何だかんだシリウスさんに懐いてるよな)
シリウスさんを一人には出来ないため、必ず誰かは留守を預かることになるのだが、意外にもエヒトルジュエが自分から受け持つことが多い。本人は知らないことだが、転移前からエヒトルジュエをシリウスさんの犬みたいだと比喩する到達者もいるくらいだ。
(部屋の近くで立ち続ける姿は完全に番犬だな)
本人に言ったら殺しにかかってきそうだから絶対に言わないが……
(シリウスさん……)
二人の視線を一身に受ける扉は、今日も開くことは無かった。
◇ ◇ ◇
(うわぁあああああああああああああん!!)
私は泣いた。人前で? いい年して? そんなの気にしてられるか! これが泣かずにいられるかってんだ!
完璧な計画だった。危険のない隠居スローライフはすぐそこだった。それなのに……
──気を失ったら異世界に拉致されていた件について。
なぜ、なぜ邪魔をしたァアアアア!!
いつも言ってるだろう! 嫌いなら正面から来いってぇええええ!!
くそう、油断した。こんなことなら最後の最後まで気を抜かずに戦闘態勢でいるべきだった。
誰だ、最後だから少しくらいゆっくり話すのもいいでしょとか思った奴。出てこい、八つ裂きにしてやる。
ああああ、来ちゃったよ。ホントに来ちゃったよ。ここって多分トータスだよね? 原作キャラなんて生まれてもないから分からないけど絶対そうだよね? 到達者揃っちゃってるからね!
え? どうするの?
いや、落ち着け私。まだだ、まだ手は残されている。思い出すんだ。到達者はこの後トータスの人間を救って、彼らに神と崇められるようになる。でも、その後にエヒト以外の到達者は自分から命を断つはずだ。
私もそれに便乗すればいい。彼らが原作でどう去ったかは知らないが、死を偽装するくらい私には朝飯前だ。だが、彼らの目を誤魔化すのは私でも至難だ。一時的なものなら容易だが、死んだと思わせ続けるのは難しい。
……そうだ、エヒトが一人になるまで待ち続けよう。他の到達者がいるよりもエヒト一人の方が誤魔化しやすい。
というか、エヒトなら『この世界の神は一人で十分だ』とか言いそうだし。偽装するまでも無く殺しに来るんじゃないか? いや、でもエヒト素直じゃないだけで根は良い子だしな。私にはなんか当たり強いけど。そこまで嫌われる心当たり無いんだけど。
あんな子が将来、人の命や歴史を壊すのに愉悦するようになるんでしょ? 人ってどうなるか分かんないねぇ。
ま、来ちゃったものはしょうがない。だが、到達者最強は伊達じゃないぞ! この程度で私の計画を打ち砕けると思うなよ!
とりあえず今は千年温め続けた計画がぶっ壊されたことが悲しいので思いっきり泣いておこう。
千年は結構くるよ?
(うわぁあああああああああああああん!!)
シリウス「私の隠居スローライフがぁあああ!!」
到達者「やはり元の世界のことが……」