「ご機嫌いかがですか、最高神様?」
「殴るよ、ノワール」
美しい光沢を放つ滑らかな白い鉱石で作られた神殿。その最奥の玉座にて、シリウスは不機嫌にそう返した。
トータスに転移して大体千年くらい。私達到達者は原住民の生活を脅かしていた怪物を駆除し、彼らに叡智を与えた。最初は小さな村々だった彼らのコミュニティは日々拡大していき、今では国にまで至る進化を遂げた。
彼らは
“神“と言えば一つ報告がある。この度、私を除く到達者は漏れなく全員“神“になりました。
いや、比喩とかでは無くまじで。理の秘技を使い、信仰力を力に変え、魂魄の強化・昇華を行ったらしい。原作通りだね。
私? 私はやってないよ? 別に神とか興味ないし。今のままでも不便はないしさ……あれ? そもそも魂魄を昇華したらそれは神なのか? まあ、いいか。
ちなみに皆に何で神になりたいのって聞いたら、辿り着きたい場所があるんだって。どこだろう?
そんなわけで、絶賛人間継続中の私なのだが、この世界の人達は私のことを“最高神“と呼び、崇め讃えてくるのだ。
何度も言うが、到達者に上下関係はない。一応創設者という立ち位置からまとめ役と見られることは多かったが、私から彼らに何か命令を下すとかそういうのは一切無い。
到達者とは政府直属の特殊機関だ。彼らに司令を下すのは基本政府のお偉いさんになる。簡単に言うことを聞く連中でもないから毎回私が間に挟まれることになり、何か私が指示してるみたいになっていただけだ。
しかし、この世界に政府の人間はいない。自ずと私達の扱いも平等になるものと思っていたのだが、他の到達者達の私への態度が原因でそうはならなかった。
砕けた口調ながらも、必ず敬称を付けて私の名前を呼ぶノワール。よく勝負を仕掛けてきて、その度にボコボコにしているエヒト。他のメンバーも個性的ながらも、私が年長者だからなのか、私を上に立たせるような態度をとってくる。
それを見ていたトータスの人達が、自然と私達の上下関係を誤認してしまうのは仕方がなかったのかもしれない。
きっと神の中でも上位に立つ存在──最高神なんだ……と。
最高神どころか、一人だけ人間なんですが? そもそも最高神ってなんだよ。ゼウスか? ゼウスなのか、私は。せめて女神にしろよ。雷落とすぞ?
「はあ……」
「ため息をつくと幸せが逃げるらしいぞ?」
「逃げても地の果まで追いかけて捕まえるから問題ないよ」
「疲れているのなら少し休んだらどうだ? 先程の者達で今日の謁見は終わりだ」
「……そうだね。今日はこれで休ませてもらうよ」
「夕飯になったら呼ぼう」
「お願い」
この場をノワールに任せて私は自室に続く道を歩く。
ふと、道中に設置された窓から外の様子を見下ろすと、ここからでも人々の活気に湧いた雰囲気が伝わってくる。魔法という叡智を得た彼らは、それらを活用し、利便性に優れた生活を謳歌していた。自分で言うのもあれだが、本当に見違えるほど発展したものだ。
転移して間もない頃は、トータスの人間達の文明の低さに顎が外れそうだった。原作のエヒトの話では原始的な世界と聞いていたが、まさか比喩でも何でも無く、本当にThe・原始人が出てくるとは思わなかった。まさに石斧持ってマンモス追いかけてるアレだ。
そんなホモサピエンスな彼らだったが、意外にも脳は発達していたようで、交流を持つこと自体はそこまで難しいものではなかったらしい。(部屋をようやく出た頃にノワールに聞いた)
最初は何も無いところから火や水を出す到達者達に警戒していた彼らだったが、それがもたらす恩恵に気付いてからはあっという間だった。彼らの命を脅かしていた怪物を駆逐してからは、救いの神としてまたたく間に祭り上げられた。
彼らが魔力を扱える種族だと気付いてからは(私は原作知識で知ってたが)魔法の知識を彼らに広め、それまでの生き方を一変させていった。
あれから千年。縄文時代だった彼らの生活様式は、中世のヨーロッパ風にまで発展を遂げた。
(この世界に転移してもう千年……いや、まだ千年? 時間感覚狂ってるな)
元日本人としての感覚なら、千年なんて途方もない年月だが、この身に転生して過ごした時間を考えれば千年などあっという間に過ぎているという感覚しか無い。
(三千年から数えるのも面倒になってたけど、今って私いくつなんだろう?……え? まさか一万超えてないよね!?)
気付けば私、とんでもない年齢になっているのでは? いやいや、流石に……いやでも……
(……うん、今日は疲れてるな。少し寝よう)
別に一万超えてるからってどうなるわけでもないし? 私が最年長だから他の到達者にバレることもないし? いや、別にバレたくないわけじゃないよ? 皆何だかんだいい子ばっかだし。でも、私をババア呼ばわりするエヒト。お前だけは許さん。
◇ ◇ ◇
「……あれ?」
ふと気がつくと、シリウスは人一人見当たらない瓦礫の山にて、一人佇んでいた。
「ここは? 私は一体何を……?」
頭に疑問符を浮かべながら、シリウスがキョロキョロと辺りを見渡すと、ここがトータスの人間達との謁見などに使うために建設された神殿があった場所であることに気づく。
そのことに更に首を傾げていると、視線の先で瓦礫が崩れるのが見えた。
「……シ、シリウス……!」
「…………誰?」
「ふ、ざけるなよ、貴様……!!」
瓦礫の下から現れたのは、白髪を肩まで伸ばした中性的な青年だ。記憶にない男にシリウスは首を傾げるが、男は歯を食いしばったまま拳を地面に叩きつける。
「……………………あ、エヒトルジュエか」
顎に手を当てて、じっと男を見つめていたシリウスだったが、長い沈黙を経て、男の名前を口にする。そこには何の感情の抑揚も感じられない。
「思い出したよ、エヒトルジュエ。私の後輩で、弟子? みたいな人だったよね。ごめんごめん、わざとじゃないんだ」
「なぜだ……! なぜこんなことをした!?」
「なにが?」
「この惨状のことだ!?」
エヒトが周囲を指差しながら、怒鳴りつける。元の地面が見えないほどの瓦礫が積み上がった人工の大地。その隙間から見え隠れする、人だった者達の無惨な姿。
「なぜ、この世界の人間を滅ぼした!?」
そう、この世界にはもう、シリウスとエヒト以外に生きている者はいない。シリウスが皆殺しにした。ただの人間である彼らが超越者たるシリウスから逃げ切れるわけがない。
「なぜって……邪魔してきたから?」
「……は?」
「私が他の世界に行ってみたいなぁって言ったら、皆して行かないでって止めてきてさ。面倒だから殺しちゃおうって思ったの!」
「貴様は……! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「? うん。もしかしてエヒト、私が言葉喋れないと思ってるの?」
「──ッ!!」
腰に手を当てて「心外だぁ!」と頬を膨らませながら抗議してくるシリウスの姿に、エヒトは血の気が引くのを感じた。
ああ、ダメだ。これはもうダメだ。至ってしまった。理解の範疇を越えてしまった。もう
「シリウ──」
「それはダメだよエヒトルジュエ」
スパッ、と肉が断たれる音がした。
ぼてっ、と間抜けな音をたてながら落下したエヒトの首はグシャリとシリウスに踏み潰された。
戦闘において、彼女の前で思考するということは自殺行為に等しい。特に殺意を抱くなど以ての外だ。
「殺気を向けられたら、殺すしかないじゃん」
滅びた世界から転移し、最後までそばに居続けた同胞を殺めたというのに、シリウスの感情は一切揺らがない。
今の彼女からすれば、殺されそうになったから殺したという認識でしか無い。
「殺して良いのは殺される覚悟を持つ者だけって前世で習っ……前世って何だっけ? ま、いいか」
崩れ落ちるエヒトの身体には目もくれず、シリウスはふらふらと歩き出す。
彼女が一体どこに向かおうとしているのか……それは、本人にすら分からない。
◇ ◇ ◇
「──ッッッ!!!???」
声にならない悲鳴をあげながら、シリウスはベッドから飛び起きた。
まるで全力で戦闘を繰り広げた後のように息を荒げ、その瞳には涙すら浮かびつつある。
「……夢? 何今の……」
びびった。まじでびびった。リアルすぎでしょ!? 首を斬り落とした感覚とかはっきり残ってるんだけど!?
そもそも、私がトータスの人やエヒトを殺すとかあり得ないし。しかももっとマシな殺す理由なかったんか!?
はぁあああ、夢で良かった……
「夢……だよね?」
ただ夢見が悪かっただけ。そう結論づけられたらどんなに楽だったことか。
普段からポンコツ振りを発揮するシリウスだが、別に頭が悪いわけでは無い。どちらかと言えば、世界一と言ってもいいほどの演算能力を持ち合わせる彼女の頭脳が、僅かな可能性のから一つの結論を導き出す。導き出してしまう。
──アレは、私の未来の姿ではないのか、と。
もちろん、今の彼女にそんなことをする気は一切無い。しかし、一つだけ引っかかりを覚えてしまった。
ショックで引きこもっていた私が部屋から出てきた時にノワールから聞いた前の世界の人達の願い。
どうしてそうなったのかは知らないが、彼らが彼らなりに私のことを想って行動したことはよくわかった。
それを聞いた私の胸中は、たった一つ。
──余計なことを……!
彼らに対する苛立ちだけだった。
今思い返せばおかしな点がいくつもある。私は到達者の皆のことは大切に思っているが、数十年の周期で入れ替わる普通の人達に対しては、そこまでの情を抱いていなかった。
そりゃあ、百年や千年に比べれば印象に差が出来てもしょうがないだろう。しかし、私は元々は日本人で、百年どころか、数年……長くても十数年の付き合いの友人を大切にしていたはずだ。
私はここまで人の命に対して淡白だっただろうか……? まるで、だんだん感情が希薄になってきているような……
「……──ッ!?」
その事実に辿り着いた瞬間、途轍もない恐怖が内から湧き上がってきた。もし、この仮説が正しかった場合、いずれ私は善悪の区別もない、あの夢のような残酷なまでの無垢な存在に成り果てるかもしれない。
(いや、まだそうと決まったわけじゃない! 精神がすり減っているのならそれを防護する結界を……! いや、それじゃ内側からの崩壊に耐えられない! それなら、それなら……!)
『シリウスさん』
「ッ!?」
これからの対策を躍起になって練っていたシリウスの脳裏にノワールからの“念話“が届いた。
思わず声が出そうになったが、ギリギリでそれを呑み込む。
「ど、どうしたの、ノワール?」
『夕食の用意が出来たぞ?』
「そ、そう……」
『? 何かあったか?』
「……ごめん、ノワール。私は今日……」
夕食はいらない。そう続けようとしたシリウスだったが、既のところで口を噤む。
正直、呑気に食事をする気分ではない。しかし、多少無理を通してでも、今は彼らのそばに居た方が良い気がした。
「……ううん、何でも無い。すぐ行くよ」
『ああ、分かった』
“念話“を切った後、魔法で汗だくの身体と衣服を清潔なものに変え、憂鬱な気分を引きずったまま部屋を出る。
フラフラと目的地に向かう足取りは傍目に見てもとても重い。
今までこんなこと気にもしなかったのに、いざ気付いてしまうと、それがとても恐ろしい。昨日まで親しかった人のことを次の日にはどうでも良くなってしまうかもしれない。
(しっかりしろ、私! こんな表情で皆の前に出たら変な勘違いさせちゃう。大丈夫……私はきっと大丈夫……)
そんなことを考えていると、目的の部屋の前に辿り着いてしまう。
どうしよう、この扉を開けた先に居るであろう人達に何も感じなかったら。ふとしたキッカケで殺してしまおうなんて考えが浮かんでしまったら。
恐怖に身体が震えるが、いつまでもここで立っているわけにはいかない。
(ええい! 女は度胸!!)
意を決して扉を開いた。
「ふざけてるのか、お前は!?」
「それは私のセリフだ!?」
瞬間、響き渡る怒号の嵐。
なにやら、ノワールとエヒトが激しく言い争いをしており、その光景を他の到達者の皆が呆れた様子で見守っている……というか、全員揃ってる?
別に私達の間に食事を一緒にとるなどといったルールはない。複数人でとる者もいれば、部屋に籠もってとる者もいる。全員揃っている光景など、千年の間に数える程度しかないのではないだろうか。
そんな彼らが勢揃いしているという光景に、私は首を傾げつつも近づいていく。
「……何してるの、二人共?」
「ッ! シリウスさん、もう来てたのか」
「どうもこうもない! コイツが折角の記念日のメイン料理に牛肉など使いおったのだ!?」
「こういうときのメインは牛に決まってんだろうが!?」
「誰が好き好んであんな乳臭いものを食うか!? 豚に決まっている!!」
「それはてめぇの好みだろうが!?」
なんつーくだらんことで喧嘩してんだ、コイツら。馬鹿か? ああ、馬鹿だったな……ていうか、記念日?
「記念日って何のこと?」
「「ッ!? あ、いや、その……」」
私の問い掛けに対し、何故か言葉に詰まる男二人を他所に、他の到達者らが教えてくれた。
何でも、今日でトータスに転移してちょうど千年目になるらしい。大体そのくらいかなとは体感で気付いてたけど、ホントに今日でちょうど千年なんだ。
「じゃあ、トータス転移記念みたいな感じ?」
「いや、それもあるんだが……」
「……日頃、シリウスさんには世話になってきたからな。少しでも恩返し出来ないかと思って……」
「……私の……為……?」
私の呟きに、皆恥ずかしそうに首を縦に振る。
そんなことのためにわざわざ集まってくれたの?
「貴女が居てくれたから、今の私達がいる」
「本当に感謝してるわ」
「幾つになってもこういうのって改めて言いづらいしね」
「それでこの機会にって皆で話し合ったんだ」
到達者の皆の言葉に、私の胸に温かいものが溢れてくるのを感じる。
「アンタは救ったつもりなんか無いかもしれないけどな。それでも、俺達に取っては間違いなく救いだったんだ」
「……それは」
「ありがとうシリウスさん。俺達を見つけてくれて」
「あっ……」
「おい、お前も何か言え」
「……」
ノワールに促されたエヒトが他の到達者に前に押される形で出てくる。
「まあ、何だ……」
「……」
「貴様は良い踏み台になってくれている。褒めてやろう」
「「「死ね!」」」
エヒトの身体に魔力で構成された剣やら槍やらが突き刺さる。先端を丸くしてあるようで、身体を貫くことはないが、あれはかなり痛いだろう。一本の槍が股下から上に突き出された瞬間を目撃した私は思わず両手を合わせた。
「ふぐぅううううう!? な、何をする……!?」
「何をする、じゃねえよ。シリウスさんが来る前に何度も練習しただろうが」
「貴様……!? それは言わない約束だと……!!」
え、なにそれ? エヒト、私にお礼を言う練習してたの? 凄い見たいんだけど。エヒトって案外可愛いところあるよね。
「その年になって礼の一つもまともに口に出来ないとは……」
「黙れ!? 貴様とて感謝を伝えたいのに口に出来ないと他の奴らに酔って愚痴っていたからこの企画が出来たんだろうが!?」
「なッ!? 余計な事を喋るな、万年ガキ大将が!!」
「何だと!? この、年中シリウス馬鹿が!!」
「…………………ふふっ」
「「ッ!?」」
二人のアホみたいに争いに思わず笑みが溢れる。
二人共、それ狙ってないよね。前から思ってたけど、何だかんだ仲いいよね。口では言い争ってても、戦いになれば兄弟みたいな息の合い方するし。
はぁああ、何か悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。そうだよ、未来なんて誰にも分からないんだ。今イジイジしてもどうしようもない。
私は私。それは変わらない。
「皆……ありがとう。嬉しい」
だから、今は笑おう。彼らと一緒に、この世界で。
◇ ◇ ◇
──数千年後。
「……今、何と言った?」
エヒトは心なしか、自分の声が震えているような気がした。
「はぁ、何度も言わせるな」
対するノワールは淡々とその事実を再びエヒトに叩きつける。
「俺達は
彼女の想いとは裏腹に、残酷にも
なんと シリアスが うごきだし
なかまに なりたそうに シリウスをみている!