ありがとうございます!
ご期待に応えられるように、一層頑張ります。
地獄のような時間だった。
今思い返すと、この言葉がこれ以上似合う瞬間は、あの時を置いて他には無かった。
この世に生まれた赤子が初めて抱く感情は何だろうか?
母親を視界に捉えたことによる喜び? 真っ黒な世界から光り輝く世界に出てきたことによる恐怖?
大体の赤子がそんなところだと思う。私はそんな生まれ方をした子供達が羨ましい。
生まれついての超越者。誕生と同時に全てを与えられた私の人生は、始まりと同時に閉ざされることになった。
息を吸うだけで身体に激痛が伴い、身体を動かすことすらまともに出来ない。
身体の穴という穴から血を流し、うめき声を上げながら芋虫のように這い回るしか出来ない私のことを、誰しもが気味悪がった。
誰も私を理解してくれなかった。相手の心は理解できても、言葉を発する方法すら知らなかった私は、それを伝える術を知らなかった。
そんな地獄の日々を過ごす私の視界に偶然、
──その瞬間、世界を理解した。
そうか、そういう意味だったのか。
術式を視る。感情を聴く。元素を識る。人を見る。表情を感じる。心を聞く。
自然と読み分けることが出来るようになった。
私は、ようやく私を認識することが出来た。
同時に前世を思い出した私の世界は色鮮やかに咲き乱れた。知識は勝手に流れ込んできた。私はそれを好きなように組み立てるだけ。それだけで炎が舞い、雷が弾けた。
それだけで楽しかった。想像通りのことが再現できるのが嬉しかった。
今まではただそれだけだった。昔は苦しかったけど、その分、こんなにも世界は楽しいことで溢れてる。きっとあの時の苦痛は今この時のためにあったんだと思った。
……でも、今は違う。
これまでの人生は、今この瞬間のためにあったんだ。私のこれまでは、確実にエヒトの力になる。
きっと君は全部忘れちゃうだろう。私のことも、ノワール達のことも。知識として残るかもしれないが、思い出は無くなっちゃう。
それでも生きていてくれるならそれで良い。肉体は原作同様、捨てることになるかもしれないが、君という存在が残ってさえくれればそれでいい。
だから……だからね……
──その機会を、私から奪わないで……!
◇ ◇ ◇
「貴様、死ぬつもりだろう?」
「……え?」
始まりは、エヒトからの一言だった。
ノワール達が亡くなってから五百年。着々とエヒトの鍛練も進み、そろそろ潮時かもしれないと、シリウスが思い始めていた時に告げられた一言。
思わず言葉に詰まってしまったシリウスを、エヒトは見逃さない。
「やはりな。どうせそんなことだろうと思っていた」
「な、何言ってるの? 私が死ぬわけないよ」
「あの馬鹿と……ノワールと同じ眼をしているぞ」
「──ッ!!」
動揺するシリウスに、エヒトは眼を吊り上げ、睨みつける。
「その眼……勝手に託して、勝手に満足していく馬鹿共と同じだ」
──ああ、不愉快だ。
全身に針を突き刺されたかのような濃厚な殺気と共に、足元から光の槍が突き出された。
事前に察知していたシリウスは、身体を僅かに反らすことでそれを躱す。
「……何のつもり?」
「ふん、貴様はどうせ死ぬつもりなのだろう?」
「だから違うって──」
「なら、私が直々に殺してやる」
シリウスの言葉を遮り、エヒトが振るった手に沿うように、不可視の斬撃が打ち出される。
避ける隙間が無いことを理解したシリウスはすぐさまその場を飛び退き、躱しきれないものはその腕で叩き落とす。
「エヒトルジュエ、今なら冗談で済ましてあげる」
「冗談? 馬鹿を言え。私の目的は今も昔も変わらん。それに、
「……」
「貴様を殺して、私が頂点に君臨する」
シリウスを包囲するかのように、無数の魔法陣が展開された。
「光栄に思いながら……死ね」
直後、閃光が周囲を覆い尽くした。
辺り一体ごと殲滅する広範囲爆撃。さらにエヒトの追撃がシリウスに襲いかかる。
息つく間もなく繰り出される魔法の嵐は、並大抵の者ならば、苦痛を感じる間もなく、塵となる猛攻だ。
だが、シリウスはそれをあっさりと対処する。
針の穴を通すような動きで嵐の隙間を縫うように躱し、躱しきれない魔法は素手で撫でるように受け流す。
(ちっ、やはりこの程度じゃ足止めにすらならんか。ならば……!)
(……これは)
次の手を実行しようと考えた瞬間、シリウスはその思考を汲み取る。だが、汲み取ったところで
「エヒトルジュエの名において命ずるッ! “停滞せよ“!」
その瞬間、シリウスの身体がピタリと止まった。
(……もう“神言“が使えるんだ)
シリウスの記憶では、今までエヒトが原作で使った技能を使うことはなかった。原作を辿るならば、いずれ身につけるだろうとは思っていたが……
「来ると分かっていても、これは避けられないだろう? 魂魄魔法を起点に作り出した新たな魔法だ」
固まったまま動けないシリウスにエヒトがゆっくりと近づいていく。いくらシリウスがエヒトの思考を読もうとも、動けなければ意味はない。
エヒトの突き出された掌に光が収束し……
「油断しすぎ」
「──ガッ!?」
シリウスの回し蹴りがエヒトの腹部に突き刺さった。
そのままエヒトの身体は激しくバウンドしながら、背後の壁に叩きつけられる。
「何度も言ったはず。戦闘中はどれだけ優位な状況になっても油断しないようにって」
「な、なぜ動ける!?」
「言葉に魔力を乗せ、相手の魂魄の中枢に叩き込むことで強制的に命令を実行させる魔法ってとこかな? 良い魔法ではあるけど……それ、同格以上の相手には通用しないよ」
魂魄に影響を与えるならば、その干渉力を書き換える干渉力によって塗り替えてしまえばいい。
だが、シリウスの技術はさらにその先を行く。
「君のそれは、魂魄に影響を与えているだけで、肉体を直接抑えつけているわけではない。なら、魂魄を介さずに肉体を動かせばいいだけ」
考える前に身体が動いた、という状況を体験したことはあるだろうか? 例えば、自分、または家族や友人の身に危険が迫った瞬間はどうだろうか。
目の前の危機的状況を打破するために、考える前に身体が動き出す状態。思考せずとも身体を動かしている、アスリートで言うところの“ゾーン“に入った状態。
シリウスの卓越した才能は、偶発的に発生する状態すら意図的に発動させる。
例えるならば、“超越した本能“とでも呼べばいいだろうか。
思考を止めたわけではない。思考しながらも肉体が本能的に判断し、行動する絶技。
「この、化け物が……!!」
エヒトの憎まれ口を気にせず、シリウスが駆け出した。
音一つしない、滑らかなスタート。しかしその正体は、音すら置き去りにした神速の踏み込み。
(集中しろ! 少しでも気を緩めれば、一瞬で持っていかれるぞ!!)
今までの立ち会いとは比べ物にならない程の気炎。眼前に迫りくる闘気を前に、全てを諦めて受け入れてしまえばどんなに楽だろうか。
(コイツは頑なに私に対して魔法を使わん! 舐めているのかは知らんが、絶対に懐に入れるわけにはいかん!!)
エヒトはシリウスから距離を離すために、進行方向に光弾を目くらましを兼ねてばら撒く。
「壱」
しかし、エヒトの思惑は一瞬で粉々に打ち砕かれた。
神速の踏み込みから、さらに加速したシリウスは、エヒトから見れば姿が消えたように錯覚するだろう。
一瞬で間合いをゼロにしたシリウスの突き出された掌底が、エヒトの鼻面に叩き込まれる。
「弐」
痛みで視界が明暗し、エヒトの意識が一瞬途切れた瞬間、その場に飛び上がり、鞭のようにしなりを加えた回し蹴りがエヒトの身体を吹き飛ばす。
シリウスの猛追は尚も止まらない。
「くっ!?」
体勢を崩しながらも、パンッと掌を合わせたエヒトの前に光の膜のような障壁が展開される。障壁の中心からは、波打つように魔力が外に流れている。
(受け止めようとは思うな! 受け流──)
「参」
そんな事知ったことかと言わんばかりに、障壁ごと殴り飛ばされた。
血反吐を吐きながら、エヒトはゴロゴロと無様に地面を転がっていく。
血と一緒に胃の内容物も一緒に吐き出すが、エヒトにそれが何なのかを認識する余裕は残っていない。
すぐに立ち上がり、追撃を予想し、正面を睨みつけたエヒトだったが、そこには既にシリウスはいない。
「肆」
いつの間に飛び上がったのか、エヒトの頭上から落下してきたシリウスがエヒトを踏み潰す。
仰向けの状態で地面に押し潰されたエヒトを中心に、地面が轟音と共に蜘蛛の巣状にひび割れる。
「四回。これが何の数字か分かる?」
「ゴフッ……何を……!?」
「私がその気なら、君はもう四回は死んでる。そんな体たらくで、本当に私を殺せると思ってるの?」
エヒトを見下ろすシリウスは淡々と、されど、どこか困惑したように事実を告げる。
そんなこと、言われなくともエヒトなら分かっているはず。それなのに、なぜこんな無駄なことをしたのかが分からない。
「いい加減、現実を──」
「“神焔“!!」
シリウスの言葉を遮り、エヒトから放たれた蒼白い焔がシリウスを呑み込んだ。
たたらを踏んだシリウスの拘束が緩んだ瞬間、エヒトはシリウスを突き飛ばして体勢を立て直す。
“神焔“──術者が対象に選んだ者のみを焼き尽くす裁きの焔。透過能力を付与された焔は、汎ゆる防御をすり抜ける。例え、シリウスが直前に障壁を展開したとしても意味はない。
「ハア、ハア……ハア……どうだ? 流石の貴様も、魔法の直撃を喰らえば……」
息を荒げながらも、自身の攻撃が初めて直撃したことに、唇の端を僅かに吊り上げたエヒトだったが、すぐに言葉を失った。
「はぁ、しまったな。言い出しっぺの私がこんなんじゃ偉そうに説教できないね」
まるで羽虫を追い払うように蒼炎を手で払いながら、シリウスが何事も無かったかのように姿を現す。
「馬鹿な……」
「ん? ああ、この服? 凄いでしょ? 耐刃耐火耐雷、汎ゆることを想定して私が作った──」
「違う!! なぜ、あれを喰らって貴様は傷一つないのだ!?」
「……まあ、ちょっとひりっとはしたかな」
この時まで、エヒト大きな勘違いをしていた。
シリウスの身体能力が化け物染みているのはよく知っている。だが、それでも人間の肉体に変わりはない。エヒトの繰り出す魔法にも回避や迎撃を選んでいたことから、隙をついて直撃を当てることが出来れば、殺すまではいかなくとも、確実なダメージは入るだろうと踏んでいた。
それが、根本から覆された。
(こいつの肉体スペックは、私の魔法の直撃にも耐えるというのか……!!)
どんな冗談だ。今まで手加減されていたことは私が一番よく分かっている。だが、奴の動きに適切に対処し、魔法を使えなければ被弾する状況を作ることさえ出来れば、奴の
(こんなにも遠いのか……!!)
少しは近づけていると思っていた。亀のような歩みでも、少しずつ縮められているのではないかと期待した。
だが、実際は少しも縮まってなどいなかった。それどころか、自分の想像していたよりも、頂きは高く、距離は離れ続けていた。
「……今の君は弱い。それは変わることのない現実。でも、千年後、二千年後は違うかもしれない。遠い未来では私なんか足元にも及ばないかもしれない。だから……」
「その未来に、貴様はいるのか?」
「……」
「私は貴様に勝利することでそれを証明できるのか? 答えろ、シリウス!!」
当たり前だよ。そう答えようとしたシリウスだったが、エヒトの目を見て言葉を飲み込む。
(ああ、無理だね。もうバレバレみたい。なんでこういうことだけは察しがいいのかなぁ)
気付かずに居てくれればそれが最善だったのに。原作のように、傲慢不遜な態度で用意した玉座に座ってくれたら良かったのに。変なところで真面目なんだから。
「……そうだよ。私はいずれ君の元を去る」
「……なぜだ」
「ノワール達と同じだよ。私も限界みたい」
私はエヒトに全てを白状する。自分の“精神“の変化と、時々夢に見るようになった悪夢のことを。
原作知識のことは伏せ、私が私である内に、エヒトに自分の知識と技術を受け継いでもらいたかったと。
「だからね、エヒトルジュエ。君には──」
「貴様らはいつもそうだ」
「え?」
シリウスの言葉を遮り、エヒトが口を開く。
「どいつもこいつも勝手に決めて、勝手に託して、勝手に死んでいく」
その表情は俯いていてよく見えない。
「いつ私が了承した。いつ私が受け取った。いつ私が許した」
「エヒトルジュエ……」
「貴様が私の前から去ることを、いつ私が認めた!!」
顔を上げたエヒトの表情は怒ってるようにも、泣いているようにも見えた。
そんな表情のエヒトにシリウスは思わず顔を背ける。
「……ごめん、エヒトルジュエ。でも、私は君を殺したくは──」
「貴様もッ!!」
一際声を張り上げたエヒトにつられ、シリウスは視線を戻す。
「貴様も、私を置いていくのか……!?」
「ッ!?」
今度こそ、シリウスは完全に言葉を失った。
エヒトは原作に登場する物語のラスボスだ。性格は最低最悪で、実は元々良い奴でしたというような過去も無い。正真正銘の“悪役“だ。
だからだろう。心のどこかで楽観視していた。元々一人で生きていたんだから、きっとエヒトなら大丈夫って思い込んでいた。
(そんなはずがないだろう。馬鹿か私は……! 一人の寂しさはよく知っているだろうに……!!)
自分だって、エヒト達を殺して一人になるのが怖かったくせに、何でエヒトなら大丈夫だと勝手に判断したんだ。
この子は確かに物語の中のキャラクターなのかもしれない。でも、今ここで確かに生きているんだ。
楽しいことがあれば笑って、うまくいかないことがあれば悔しがる。見たことないけど、涙だって流したこともあるかもしれない。
フィクションなんかじゃない。この世界に生きる、一人の人間なんだ。
今私がやるべきことは、エヒトを鍛えることでも、一人残して去ることでもない。ちゃんと正面から話し合うことだったんだ。
「……ごめん、エヒトルジュエ。本当にごめん。これからはちゃんと──」
しかし、シリウスが最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
シリウスを中心に巨大な魔法陣が展開されたからだ。
「ッ!! これは……!?」
シリウスがすぐさま魔法陣の中から脱出しようとするも、バチンッと稲妻が弾け、退路を塞ぐ。
「何のつもり、エヒトルジュエ!!」
「貴様が何を考えてるのかは知らん。だが、どうせ自分を犠牲にするようなことを考えていることくらい分かっていた」
「だから、この
シリウスは理を通して、汎ゆる事象を見通す。この魔法陣が封印魔法の類のものだということもすぐに気付いた。
だが、その術式は見たこともないくらい複雑で、シリウスですら簡単に突破できないレベルのものだった。
(力技で無理矢理破壊する……? いやダメだ。私の魔法は威力が高すぎる。このレベルを吹き飛ばすとなると、エヒトも巻き込みかねない!! でも、どういう事!? この魔法陣は明らかにここに仕掛けられていた。私との戦いの中でここに来るよう誘導されていた? でも、私に
仮にこの封印魔法をこの場所に予め仕掛け、私をここに誘導するのが目的だったとしても、思考した瞬間、私には全て筒抜けになってしまう。いや、それどころか記憶を覗けば一発だ。それなのに……
(エヒトからは一切そういった情報は流れてこなかった! 私が読み違えた!? そんなはずが……!!)
「不思議そうだな。なぜ気付かなかったのかと」
「──っ!」
「簡単なことだ。私はこの封印魔法を仕掛けた後、この封印魔法に関する自身の記憶を封じ込めた。それだけだ」
「……は? いや、それじゃあ、どうやって……!」
「私が毎日意味もなく貴様に殴り飛ばされているとでも思ったか? 貴様の思考パターンと戦闘技術を分析し、動きを予測することなど造作もない」
まあ、殴り飛ばされることには変わりないがな。そう続けるエヒトに私は呆然とするしか無かった。
つまり、今までの私との戦闘から、自分がどこに吹き飛ばされるかを予測し、その到達地点に罠を張ったらしい。後は戦っていれば自然とその地点に辿り着く。
恐らく封じ込めた記憶も、発動と同時に解除されるように術式が組まれていたのだろう。
(いやいやいや!? 理屈は分かったけど、思いついても普通そんなことやる!?)
思考や記憶を読まれてしまうのなら、最初から無くしてしまえばいい。確かに有効だ。本人さえ知らないことを私が知れるわけがない。それでも、それを実際にやってみせたエヒトに驚愕する。
「それに、その封印術式……貴様なら気づくだろう?」
「?……これ、まさかッ!!」
「その封印術式には死んでいった
「なんでッ……!!」
「貴様の考えることなど、全員お見通しだということだ」
『エヒト、死ぬ前に、俺達の技術と魔力をお前に託す』
『何のために……』
『お前なら言うまでもなく、気付いてるんだろ?』
『……』
『あの人が馬鹿なことやりだしたら、お前が止めてくれ』
「……無駄話もここまでだ。ではな、シリウス」
「待って、エヒトルジュエ!! 私にはまだやらないといけないことが──」
「もう遅い──“
エヒトが魔法を唱えた瞬間、シリウスの周囲に現れた魔法陣から、千を越える鎖が飛び出し、シリウスの身体を拘束する。捕らえられた部位からは、まるで水晶のような青白い結晶が身体を覆うように纏わりついていく。
「エヒト!! 私は──」
シリウスが必死に手を伸ばすも、その手がエヒトに届くことはなく、辺りを光が覆った後、シリウスの身体は完全に水晶に覆われた。
そのまま結晶は巨大な六角柱のクリスタルへと姿を変え、外界との空間が遮断される。
クリスタル内に封じ込められた
「見ているか、馬鹿共。貴様らの力が、初めて奴に届いたぞ」
まあ、ほとんどは使用した私の功績だがな。と、誰に聞かせるわけでもなく、一人エヒトは呟いた。
エヒトを含む、到達者全員の力と知識を結集させて生み出した封印魔法──“封到・嶄蓋晶“。
外界との境界を遮断し、クリスタル内部の時を完全に止めることで、対象を封印する魔法。
この中に囚われている限り、シリウスの言った感情の消失も起こらない。しかし、エヒトにはそんなことはどうでも良かった。
正確には、そんなことを気にする必要がなかった。
(……“精神“の限界だと? 相変わらず自分のこととなると、何も分からないのだな)
シリウスの語った自らの身に起こっている異変。シリウスはそれを“精神“の限界による感情の消失と捉えていたが、エヒトには全く違う現象に思えてならなかった。
(これは“劣化“などではない。“進化“だ)
人間としての次なる領域に上がる準備段階。それが今のシリウスに起こっている現象の正体だ。
生き物は一人では生きていけない。
それは神だろうとも変わらない。神は世界を生みだすために人を必要とする。人は生きるために人を必要とする。
一人で完結する者など、この世に存在しない。感情という枷を持つ限り、本当に一人で居られるものなど存在しないのだ。
その法則から、シリウスは抜け出そうとしている。
感情が消失しつつあるのは、心が壊れることを防ぐため。記憶が消えつつあるのは、単独での生存を可能にするため。
新たなステージに立つために、存在を作り変えている過程に起こっている現象だ。
生まれながらに人類を超越していた少女は、今まさに、さらなる進化の時を迎えていた。
(今の私では貴様の足元にも及ばん。それは私が一番分かっている)
同時に、シリウスがきっと
(力がいる。圧倒的なまでの力が……!!)
シリウスを超える力がいる。進化を食い止める力がいる。それを得るためならば手段を選ばない。誰が犠牲になろうと知ったことか。世界が壊れようとも構わない。必要ならば、異世界すら食い散らかしてやる。
恨まれようが、憎まれようが関係ない。それすらも、自らの血肉としてやろう。私の目的のために、全てを捧げてやる。
私が私じゃなくなるかもしれない。肉体も保つか分からない。到達者達のことも忘れるかもしれない。だが、この願いだけは忘れない。
「待っていろ、私は強くなる。誰よりも、貴様よりも……」
そしていつの日か、私の求めるモノが手に入った時……
その時こそ……
「貴様を
瞳を閉じたまま眠ったように動かない少女に向けて、エヒトは一人呟いた。
Q.敵味方問わずチート能力を持ってる奴の対処法。
A.封印。