この度、婚約破棄された悪役令息の妻になりました 作:柴野いずみ
「ワタクシは愛のない結婚は嫌。これからはフランツと生きていくって決めたの。だから、貴方との婚約は破棄よ!」
王立学園の卒業パーティーの真っ最中、突然響いた高らかな声に、会場にいた全員がどよめいた。
その声を上げたのはこの国の第二王女ギャデッテだ。金髪を撫で付けピンク色の瞳を爛々と輝かせている。そんな彼女のすぐそばには、高身長かつ顔のいいいかにもなハンサム男が立っていた。
しかし彼は王女の婚約者ではなく、おそらく浮気相手。
本来正式な夫になるはずの人物は現在王女に指を突きつけられている青年だろうということはすぐにわかった。
何か騒動が始まる。それを嫌でも感じた卒業生の一人――子爵令嬢のノーマ・プレンディスは、早速野次馬の一人となって人混みをかき分け、今から幕を開けるであろう
人間というのは当事者になっては面倒なことであっても、第三者という立場になったら面白いと感じるものである。卒業パーティーという祝いの席でこんなものが見られるなんて思ってもみなかったので興味津々だった。
「……なぜですかギャデッテ殿下。あなたは王族。定められた婚約を反故にはできないはずです」
指を向けられた青年があくまでも静かな声音で答える。
すると王女は「ふん」と鼻を鳴らし、
「貴方の父親がどうしてもっておねだりするから、父上が認めたまでのこと。父上だってワタクシの幸せを望んでいるはずだわ。ワタクシは貴方といても幸せになれない、だから婚約破棄する。当然のことでしょう? ――それに貴方が口だけのろくでなしだっていうことはバレているのよ」
「ろくでなしとはどういう?」
「貴方のこの学園での成績が全て偽りだということよ。証拠はたくさんあるわ!」
ギャデッテ王女はそれから、婚約者もとい元婚約者である青年――ハンス・ガイダー辺境伯令息の犯した罪というのを列挙し始めた。
学園で常にトップの成績を収めていたハンスの功績は実は全部フランツというハンサム男のものだというのだ。
ちなみにフランツは公爵令息でありながら成績は中の下といったところ。子爵令嬢のノーマと同等だったのだが、それは本来ハンスの成績だった……らしい。
証拠だという資料もたくさんあった。
(え……あのハンス様が!? まさか)
ノーマは仰天した。ハンスは頭が切れる令息として学園に通う貴族令嬢の大多数にかなりの人気があったからだ。もっとも、『でしゃばらない・目立たない・夢を追い求めない』をモットーにしている堅実なノーマは彼と言葉を交わしたことすらなかったけれど。
「冤罪です! でっちあげではないですか」
「このワタクシにそんな口を利くの? これ以上何か言ったら不敬罪で首を斬るわよ。土臭い田舎っぺな上に嘘つきな愚か者が。……ということで婚約は破棄。衛兵、そこの男を連れて行きなさい」
ハンス令息が暴れる。しかしすぐに彼を衛兵が取り囲んでしまい、パーティー会場から引きずり出してしまった。
後に残されたギャデッテ王女とフランツ令息はうっとりしたようなムードで「愛している」と囁き合いながら、と口づけを交わしている。
まだ国が正式に婚約破棄を認めていない以上歴とした浮気行為なのだが、ノーマも含めて誰一人としてそんなことを口にしなかった。
王女の婚約破棄。これは随分と珍しいものを見たと思いながら、ノーマはまるで何事もなかったかのようにもといた場所へ戻る。
「まあ所詮、私とは関係のない話ですね」
ただの貧乏子爵令嬢であるノーマにとっては王女の婚約破棄という醜聞などちょっとした演劇のようなものである。
強引に退場させられたハンス令息のことは不憫に思うものの、王女の言う通り実際に彼は不正を犯したのかも知れない。どちらにせよ、王女が国王に罰せられようが先ほどのハンス令息が謹慎になろうがノーマの知ったことではないのだ。
学園での日々を懐かしみ合うような友人のいなかったノーマはちょうどこのパーティーで手持ち無沙汰だったので、少しばかり面白い事件を目撃できて良かったとさえと思っていた。
そのまま卒業パーティーはお開きとなって各々が会場を出ていく。
ノーマもその人の波に呑まれるようにして会場を後にし、自分の家の馬車に乗り込んだのだった。