この度、婚約破棄された悪役令息の妻になりました   作:柴野いずみ

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19:お飾りの妻のはずなのに

『貴方が口だけのろくでなしだっていうことはバレているのよ」

 

 ――あの日、言われた言葉を何度も思い返しては憂鬱な気持ちになる。

 ギャデッテ王女が言っていたことはきっと正しいのだろう。今のハンスはろくでなし以外の何者でもないのだから。

 

 

 ハンス・ガイダーは辺境伯家の長男として生を受けた。頭脳明晰、容姿端麗。そう称され、誰もに羨まれる男だった彼がどうしてそんな風に己を卑下するかといえば、婚約者だった女性――ギャデッテ第二王女のせいである。

 

 ハンスと同い歳であり、婚約者として幼い頃から共に過ごしていた彼女は、どうにもハンスと気が合わなかった。

 何かにつけ彼女を怒らせた。不快だと罵られ、顔を歪められる度、ギャデッテのことが嫌いになっていく自分にハンスは罪悪感を抱いていたのだ。

 

 ――腐っても婚約者だ。愛さなければ失礼だというものだろうに。

 

 でもどうしても理解し合うことができなかったので、ハンスは何年も何年も悩み続けることになる。

 ハンスとの冷め切った関係とは対照的に、ギャデッテ王女はフランツ・エルプリス公爵令息と仲良くなり、その結果があの婚約破棄というわけだ。

 

 つまりは結局、ハンスは『第二王女の婚約者』という務めを果たせなかったわけだ。

 王女の力があってこそガイダー領は栄える。そのはずだったのに、自分のせいで計画が全ておじゃんになってしまった。負い目を感じて当然だった。

 

 ――『君を愛することはない』と言ったのも、新たな婚約者であり妻であるノーマに期待を抱いてほしくなかったがためである。

 浮気でも何でもしろ、と思った。俺のようなろくでなしに彼女を縛りつけたくない。ノーマは実質、金で売られただけの可哀想な少女であり、これ以上苦しめたくなかった。

 

 嫌われるのはわかっていたし、両親やネリーから反感を買われることは承知の上。

 それでも罪のないノーマが不幸になるよりよほどマシだとそう思っていたのに――。

 

 

「何だ、これは」

 

「花束です。ハンス様にプレゼントしたいと思って、作ったんです」

 

 ハンスの部屋へ押しかけて来たノーマは、そんなことを言いながら美しい花束を手渡して来たのだ。

 それはとても希少だと噂の花で作られたものだった。香りが良く、見る者の心を虜にする。

 

 だが贈り物自体はどうでもいい。

 どうしてノーマがこうしてハンスの部屋を訪れ、プレゼントなどと言って花束を渡して来たのか――その意味の方が何倍も大事なことだ。

 

「どういうつもりだと訊いている」

 

「ああ、それは、ええと。私、今日ガイダー領を見て回っていまして。その途中で綺麗な花畑があったので、ハンス様に差し上げたいなと。お気に召しませんでしたらすみません」

 

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに言う彼女に、嫌味は全く感じられない。

 でもなぜだ……? ハンスは困惑した。たった数日前にあんなにも気を落としていたばかりだというのに、俺に贈り物を渡そうと思うなんて普通じゃないだろう、と。

 

「花束はありがたく受け取っておく。が、お前はあくまで仮の妻だろう? 別に俺を気遣う必要はないんだぞ」

 

「わかっています。でも、仮だとしても夫婦は夫婦ですから」

 

 ニコッと笑うノーマの内心が、本気でわからない。

 こいつの心は鋼でできているのか……? そう思ってしまうほど、ノーマの立ち直りが早すぎたのである。そしてそれはハンスにとってあまりに予想外だった。

 

 ――お飾りの妻のはずなのに、どうしてこんなことをしようとする? もしや憐みの気持ちからか?

 

 彼女が帰った後、部屋に飾った花束を見つめながら、ハンスは考え込んだ。

 しかし結局答えは得られず、はぁとため息を吐く。

 

「明日、侍女のヘラにでも訊いてみるか。ノーマは一応は俺の妻なわけだし、ある程度のことを知っておくのも必要か。何か裏があるかも知れないからな。……おそらくは何もないだろうが」

 

 ボソリと呟く彼は、まだ気づいていない。

 自分が彼女――ノーマに興味を惹かれ始めているのだということを。

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