この度、婚約破棄された悪役令息の妻になりました   作:柴野いずみ

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5:領地までの道のり

(どうしてこんなことになってしまったんでしょう……)

 

 ノーマは頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

 今、彼女のすぐ目の前にはハンス辺境伯令息が所在なさげに座り、窓の外をぼぅっと見つめている。そんな横顔はとても美しく、自分の夫になる人だなんてとても思えない。

 

 そう、こんな人がノーマにふさわしいわけがないのだ。なのに彼とノーマは同じ馬車に乗り、これから二人で暮らすべくガイダー辺境伯の領地へ向かっている。

 

 父はあっさりこの婚約話を了承してしまったが、ノーマとしてはまだ現実を受け入れ切れていない。

 本当なら今すぐお断りしたかった。だって、彼はギャデッテ王女に捨てられたからこそノーマを選んだだけであり、そこになんらかの情があるはずがない。

 結婚できただけで幸せだと周りは言うだろうが、どうせ愛のない生活を送るくらいなら侍女として生きていく方が 良かったのではないかなんて思えてしまう。

 

(ですが、そんなことを考えるのは失礼ですね。せっかく選んでくださったのですからご厚意に感謝しなければいけないところなのに)

 

 ノーマはハンスに気づかれぬよう、静かにため息を漏らした。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 辺境伯領への道のりはかなり遠かった。

 子爵領は王都に近いが、辺境伯領は王国の最果て、山奥の農村地帯と聞く。馬車で五日はかかる場所だ。

 

 着くまでの間はハンスと二人で過ごす。ノーマは最初、もしかすると何か事件が起こるかも知れないとドキドキしていたがそんな気配はまるでなく、静かに時が過ぎていくばかり。

 しかもハンスはノーマに必要最低限しか喋ってはくれない。宿も別々の部屋だ。婚姻前の男女なのだから仕方ないと思ったが、いくら当然に婚約者になったとはいえ素っ気なさすぎやしないだろうか。

 

 しかしノーマに文句を言う権利はない。プレンディス子爵家はノーマが嫁ぐにあたってガイダー家から多額の資金をもらったのだ。売られたも同然である自分は黙っているのが一番であることくらい、彼女にだってわかっている。

 

「俺との婚約を、どう思っている」

 

 そんなある日、珍しく喋りかけられたと思ったらそんな質問をされた。

 ちなみにハンスはプレンディス子爵の前だけでは敬語だったが、馬車に乗り込むとすぐに「これからは婚約者同士なのだから」と言って砕けた口調になった。と言ってもほとんど会話をしなかったのでノーマにはあまり関係のないことだったが。

 

「幸運なことだと思っています。父の言う通り、私は行き遅れ。ハンス様のような素晴らしい方とこうしていられて、非常に嬉しいです」

 

 本当はそんなことは少しも思っていない。だが、適当な嘘をついておくのが立場上一番なのだ。

 ハンスはおそらくノーマのそんな意図もお見通しなのだろう。目を細めてしばらくノーマを睨み付けるようにした後、黙り込んでしまった。

 

(彼は今でもギャデッテ殿下のことを愛しているのでしょうか。婚約破棄されたとはいえ、殿下とハンス様の婚約は数年以上続いていましたから……)

 

 そんなことを考えながら彼を見つめ返すが、その心の内まではどうにも見通すことができなかった。

 でもどう考えても彼がここ数日の馬車の旅を共にしただけの自分などを愛してくれているようには、ノーマには思えないのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ――ガイダー辺境伯領に到着したのは、まだ日が明けて間もない早朝のことだった。

 山道を越え、開けた場所にある緑豊かな農地。そこがノーマがこれから暮らす場所だという。

 

「……」

 

 きっとここにはパーティーも劇場も綺麗なアクセサリー店も、何もない。

 そのことを悟った時、ノーマはひどく落胆した。せっかく金持ちの上級貴族に嫁ぐことができたというのに、貧乏な子爵令嬢の憧れだったそういう品々はとても手に入りそうにないとわかってしまったからである。

 

「こんなところで悪いな。当然貴族令嬢が喜ぶような場所じゃないだろうが、どうか我慢してほしい」

 

「は、はい」

 

 ハンスにそう言われてしまっては、ノーマは内心の不満を押し殺して頷くしかない。

 そうしている間にも馬車は田舎道を進み、ガイダー家の屋敷へと静かに向かっていた。

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