月下の恋心〜月の魔力と魔法薬〜   作:露草ツグミ

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魔法学校編3

 

「ナナリー起きて!」

 

 目を覚ましたとき私はベッドの中にいた。昨夜はいつの間にか寝てしまったようだ。ちゃんとベッドに入っていてよかった。ときどき机に突っ伏したまま寝てしまい、ニケに怒られている。

 

「ナナリー、ベンジャミンを手伝ったの?」

 

 ニケは封が開いた小瓶を手に持っていた。ベンジャミンは寝過ごして、先に起きたニケに薬を見つかってしまったそうだ。

 

「う……えーと、手伝った……」

 

 私とベンジャミンは二人並んでニケのお説教を受ける。ニケは立派な騎士になれるだろう。

 

「これは先生に渡すわ」

「その薬、マリスとロックマンが探してたよ。ゼノン王子に関わることだから」

「そうなの? じゃあナナリーに任せてもいい? ゼノン王子かロックマンに渡してよ」

 

 朝食の後、薬の小瓶と注意書きの紙を鞄に入れて私は教室に向かった。

 

 教室の前の廊下でマリスを見つけて声をかけると、ちょうどゼノン王子とロックマンがやって来た。

 廊下の隅に寄って四人で話をする。ロックマンがこちらに背を向けて王子の盾になるように立ち、隙のない笑顔で王子の親衛隊の女子たちを遠ざけている。

 

「アルウェスから話は聞いている。例の薬について何かわかったのか?」

「フェルティーナが実物を手に入れましたわ!」

「ゼノン王子、これです」

 

 私は鞄からピンク色の輝く液体が入った小瓶と注意書きを取り出した。

 

「綺麗な色だな。アルウェス、お前が持っていてくれ」

「わかりました。僕から魔法薬の先生に相談します。魔法型の授業のときにでも。授業は休んでも大丈夫ですから」

「そのときは俺も一緒に行こう。学校内の問題では済まない可能性があるからな」

 

 今日の授業は午前の前半が教室で座学、後半は魔法型別の実技である。午後は選択科目だ。

 ベンジャミンが貴族女子からもらった薬は私の手を離れた。薬の成分や効能を調べられなかったのは残念だが、貴族の間で広まっている薬だから、王子たちに任せたほうがいいだろう。

 

 教室に入ろうと足を踏み出したとき、ロックマンが私を呼び止めた。

 

「ヘル」

「何よ」

 

 ロックマンが片手を広げて、私の胸の前でふわりと円を描くように動かし、その手を握った。握った手を開くとそこにはほんのり輝くひとしずくの光。

 

「月の雫? なぜヘルの体から……?」

「月の雫ですって?」

 

 マリスが驚いている。私だって訳がわからない。

 

「君……月の雫を取ったね?」

 

 半眼になったロックマンにじろりと睨まれる。

 

 しまった! 昨日こいつに釘を刺されていたんだった!! 

 

 形勢が悪いと思ったが、ベンジャミンは薬を飲んでいないのだから問題はないはずだ。しかし、どうしようもない後ろめたさを感じる。何も言い返せずにロックマンを睨み返すしかなかった。

 

 睨み合いを続けることしばし、ロックマンが溜息を()いた。

 

「ヘル、フェルティーナも一緒に後で話を聞かせてもらうよ。その前にこれを君の氷に封じ込めてくれないか? 今はクリスタルを持っていないから」

 

 私は仕方なくロックマンに言われた通りに小さな氷の塊を作って月の雫を封じ込めた。マリスが(から)の瓶を調達してくれたので、その瓶に月の雫を封じた氷を入れて、氷が解けないよう魔法をかけた。

 

 

 *

 

 

 教室での授業が終わりに近づいたころ、私は体に違和感を感じた。

 胸が変な感じがする。痛くはないが、心臓のあたりにごく小さな、妙な振動を感じる。とん、とんとノックされているような。

 なんだろう、これ。

 首を傾げている間にも振動は強くなっていき、脂汗がこめかみを伝った。俯いて服の胸元を左手で握りしめる。

 

「ヘル? 君、魔物みたいな顔してるよ」

 

 ロックマンが近づいてきて小声で訊いた。その声に、どくんと大きく鼓動が鳴った。

 

「……うっ」

 

 鼓動とともに胸に衝撃があり、(うめ)いて机に倒れこむ。

 

「ナナリー? どうした、気分が悪いのか?」

 

 王子が私の異変に気づいて、ボードン先生に伝えてくれる。

 

「アルウェス、ナナリーを治癒室まで連れて行ってくれ」

 

 できればマリスや他の子がよかったが、王子の指示にボードン先生が頷いている。渋々ロックマンに先導されて教室を出た。

 

 私とロックマンは黙って治癒室に向かう。教室を出てしばらくすると先程よりも体の調子が悪くなった。

 無意識に、少し離れて隣を歩いているロックマンの袖に手を伸ばしていた。指がロックマンのシャツを掴みそこねて、がくんと膝から力が抜けた。

 

「ぐっ……」

「ヘル?」

 

 胸を押さえたまま膝を折り、廊下に片手をついて体を支える。ロックマンが片膝をついて私の顔を覗きこんでくる。

 

「胸が苦しい? 歩けない?」

「ぐっ……く…………苦しい……」

 

 ハァ、ハァと呼吸が荒くなる。私はもともと体が丈夫だ。こんな不調は初めてだ。ハァーッと大きく息を吐いて乱れた呼吸を整える。尻もちをついて廊下に座り込んだ。

 

「ちょっとごめん」

「へ……!?」

 

 ロックマンが指を振り、私の体が突然宙に浮いた。膝裏にロックマンの腕が差し込まれ、もう片方の腕で背中を支える。お姫様抱っこというやつである。

 

「ひぁ……!」

「変な声出さないで。仕方ないでしょ」

 

 器用にも、ロックマンは少しずつ浮遊魔法を解いていく。浮遊魔法を完全に解いたときには、腕だか胸だか色々密着して、しっかりと抱きかかえられていた。

 

 どくどくと鼓動が早くなってさらに胸が苦しくなった。ぐいーっと顔を背けると、バランスが崩れてロックマンがよろけた。

 

「ちょっと、危ないよ。じっとしてて」

「お、降ろして! 歩けるから!」

「膝をついていたのに何言ってるの? あれで歩けるとは思えないね」

「じゃあ浮遊魔法を使うから!」

「自分でやるつもり? 途中で落ちるよ」

 

 ガシッと上半身をロックマンの胸に押し付けられる。

 ロックマンからはふわっと良い香りがした。貴族の男子の中には男物の香水をつけている子がいるけれど、それとは全然違う。天気のいい日に干したふかふかのお布団のような、お日さまの匂いだ。ぽかぽかと暖かな陽だまりにいるようで頭がぼんやりする。

 この匂い……好きだな……。うん…………好き……。

 

 好き? 

 何を? 

 …………誰を? 

 

 この感情は何だろう? 

 

「ロッ……ク……マン……」

「何?」

 

 はっとして両手で口を押さえた。

 私は何を言おうとしたのか。

 

「吐きそう?」

「違う……」

 

 口から変な言葉が勝手に出てくるような予感がする。おかしい。自分が変だ。

 

「うぅ……気持ち悪い」

「やっぱり吐き気があるんじゃない?」

 

 違う。気持ち悪いのは自分だ。

 

「君、また徹夜したんじゃないだろうね?」

「……してない」

「本当に? 昨日は僕が返した本を二冊とも借りていったよね?」

「そうだけど……ちゃんと寝た」

「でも月の雫を取ったんだろう? フェルティーナに頼まれて断れなかった?」

「…………」

 

 無言がそのまま肯定になる。

 

「君は関わるなと言ったのに」

「なんで……」

 

 なんでロックマンにそんなことを指図されなきゃならないのか。

 

「馬鹿氷」

 

 呼ばれた途端、心臓が変な音を立てた。聞き慣れた呼び名のはずなのに、ロックマンの声音には呆れや馬鹿にした(ふう)ではない、どこか優しさと甘さが含まれている感じがして。

 ……甘さって何だ? 

 

「ぐ……」

 

 また胸を押さえて(ちぢ)こまる。顔を見られたくなくて、私からロックマンの胸に額を押し付けた。

 

「……ヘル?」

 

 足を止めたロックマンが私を見ているのがわかった。私を気遣う声が頭の上から降ってきて、目をぎゅっと(つぶ)った。

 

「吐かない……から。そうじゃない……から……」

 

 顔が熱い。

 

「顔……みないで……」

 

 ロックマンの顔を見せないで。

 

 二人の間に妙な沈黙が流れた。

 

「君……熱でもあるの?」

「…………たぶん……ない……」

「本当に? ……耳まで赤いけど」

 

 手の平で頬を触ってみたら自分の手がものすごく冷たく感じた。

 

「あつい……」

 

 火照(ほて)った顔を冷ましたくて、ぼうっとしたままロックマンの胸元から顔を上げると、私を見下ろしていたロックマンと目が合った。

 ロックマンが大きく目を見開いて私を見ている。ぼんやり見つめ返していると息を呑む音が聞こえた。

 硬直したようなロックマンと私の視線が絡み合う。

 

「……?」

 

 なぜそんな顔をしているのだろう……? 

 熱を持った頬を手の平で冷ましながら、私が目を伏せてふぅ……と息を()くと、ロックマンはバッと顔を上げて走り出した。

 

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