メタルギア・リコリス:ワイルドスネーク 作:あんみつ炙りカルビ
「ワイ、お前、DAをやめろ」
「………はい?」
長年勤め上げた本部を突然クビにされたら、貴方は一体どうしますか?
*
「おっはよ〜って、うわ。何? いつからリコリコってこんな悪趣味なオブジェを置くようになったの」
喫茶リコリス。表向きは知る人ぞ知る隠れた喫茶店。
しかし、その内実は日本の平和神話を維持する組織の支部。
歴代最強のファーストリコリス『錦木千里』を抱える組織なのだ。
そんな彼女が帰るや否や目に入ったのは、カウンターに突っ伏している女。ワークマンで買えそうな薄汚れたつなぎ服を素肌の上から直に着用し、チャックが閉まらないからか、前が全開で黒の下着が恥ずかしげもなく晒されている。
「千束、察してやれ」
「そっか〜いよいよ、クビになったんだね〜まあ、仕方ないか」
「し、仕方なくないでしょう〜千束ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「寄るな! 鼻水を拭けってば!」
「うう………千束に殴られたぁ………」
そんな痴女が立ち上がり、鼻水と涙だらけの顔で千束に抱きつこうとするが、千束のジャブが炸裂し、そのまま地面に崩れ落ちて、また泣き出してしまう。
流石に気心しれた仲とはいえ、180近い背丈の女が泣いているのは非常に邪魔だ。ただでさえ、もう暫くしたら開店だと言うのに。
「で、先生? なんでワイが帰って来てんの? 降格した時も戻って来なかったのに」
「はあ………ワイ、自分から説明しなさい」
喫茶店の店長、かつてはDAの司令官だったミカの言葉に冬眠明けのクマのように動きながら、椅子に座り直したワイ。
差し出されたコーヒーを飲みながら、彼女は語り出す。
「あ、アレは………2日前のこと………ほわんほわんワイワイ〜」
「そういうのいいから」
*
「お前、作戦行動の時もずっと黙ってるだろう。お前のせいでチームの協調性が乱れているようだが?」
「そ、そんな事は..」
「フキやサクラからも苦情が来ている。お前が人のワイシャツをよく嗅いでいるとな」
「イヤ、ソレハソノ...」
「大体、今のお前はサードリコリスの癖に何ができるんだ? 喋らないからわからないぞ」
「.....」
「で、でもぉ………千束だって独断行動ばかりじゃないですか!それにたきなさんやフキだって....!」
「千束は強いぞ?たきなは射撃の腕がいい。フキは...指揮官として有能だ」
「ハハ..有能って」
「作戦中に匂いを嗅いで犯人を追い詰めることしかできないお前よりマシだ」
「...」
「貴様から追跡関係の業務権利を剥奪する。荷物をまとめて、喫茶リコリコに行け」
「はい....」
*
「残当」
「ひ、酷いっ! 千束お姉ちゃんならわかってくれるって信じてたのに!」
「当たり前でしょうが! あんだけ人の服を嗅ぐ癖、やめなさいって言ったのに!」
「だ、だってぇ………」
「だっても、何もないっ!」
「2人ともいい加減にしなさい。そろそろミズキも起きてくる。開店準備をしよう」
「「はーい」」
騒がしくも穏やかな日々。
かつての古巣に帰って来た私のそんなリコリコの一日が始まろうとしていた。
「い、いらっしゃいまへ」
「ワイ、何してる?」
「あ、挨拶の練習です、先生」
開店早々、何も無い壁に向かってはワイ挨拶をしていた。
訝しんだ店長の視線が痛々しいがこれは彼女に降された命令である。
「あんた、コミュ力に問題あるもんね〜」
「か、開店中にお酒を飲んでるミズキさんよりマシかと………」
「あによ!」
「あっ、すいません」
開店早々、千束から言われた詳細な練習法も記載された内容をワイは忠実にこなしている。とはいえ幾らミカでも彼女のコミュ力が壊滅的なのは知っているので、厨房に回していたはずなのだが。
「だめだよ、先生! ワイを厨房に置いたらよく分からないゲテモノ料理を作らされるに決まってるじゃん!」
「ざ、材料がないから無理だよぉ………」
「ほら! 聞いた? 材料があったら作るつもりだよ!」
「ワイにはレシピを守らせればいいだろう? 千束も早く配達に行ってこい」
納得が行ってなさそうな千束を見送り、ワイはそそくさと厨房に引っ込み、大きく深く息を吐く。人と話すだけで緊張するのだ。自分はしっかり、相手の気持ちを考慮できているのかと考えてしまうばかりに。
(本当にここは居心地がいい………)
もう2度と帰ってくるつもりはなかった。
野菜の皮を剥きながら悩んでいた。もちろん、冷蔵庫にあった豚肉と牛肉のどちらをカレーに使うかとかそんな悩みではなく、現在すすめている作戦をどう進めるかを悩んでいるのだ。
何故にカレーを作りながら? それは家事をしながらだと考えが纏まりやすいからだ。もちろん、古巣に帰って来た以上は責任を持ってリコリコ経営に貢献をしなければという義務感もあったが。
(まずは………情報の吸い出し。一応、権限剥奪前のバックアップは持ってるけど再確認は必要)
黒の和服の下、自分の太腿外側にホルスターでつけているUSBに触れる。ここには目的を果たすために必要な機関の情報、その全てが詰まっている。
(でも本部に取り上げられたデータもある………潜入しようにも、私が来ることも踏まえて、厳重に管理されてるはず)
戦闘の勝敗は能力値だけでは決まらない。その事を彼女はよく知っている。足りないならば何処からか補えばいい。
ローリエの葉は何処だろうか? ああ、あった。
(必要なのは………私がステルスをする際にサポート出来るハッカー………しかもとびきり優秀じゃないと話にならない。ラジアータをバックできるくらいには)
そんなハッカーが都合良くいるはずもない。そんな自分でも理不尽だと感じる非難を誰かにしつつ、ワイが作ったカレーは良い味だった。子供向けに甘口だが、甘いだけではなく風味とコクがほど良く出ている。
「…………」
考えたい事はまだ幾つもある。しかし、店の掃除はあらかた済ませてしまったし、米も炊けている。仕込みは完了してしまった。
「…れ…冷蔵庫には、まだ豚肉がありましたね」
予定を変更して、今日の賄いはカツサンドにしよう。
パン粉や卵を用意する。
(例え、ハッカーが見つかったとしても今度は機関に乗り込まなくてはならない。しかし、あの機関は私が何をやってもボロを出す気配がない。もう時間はないのに………タイムリミットの2年で見つかるのか?)
油で揚げたローストンカツを網に載せ、余計な油を切る。さっくりとした衣に中はあくまでジューシーなトンカツの出来上がりだ。
それをふんわりとした食パンに自家製のフルーツソースをたっぷり塗って挟む。
(我ながら甘い考えです………最悪は執刀医に話をつけておかないと………)
「ワイ、プリンアラモードをお願い!」
「あっ、はい。わ、わかりました〜」
プリンアラモードを作りながら、甘くない現実に肩を落とす。そのストレスをぶつけるかのように目についたカボチャを拳で砕いて賄いのポタージュを作るのだった。
*
Q.貴方は今日は何処で寝ますか?
A.近くの公園で野宿します
無言で千束お姉ちゃんに頭を叩かれた私は千束のセーフハウス1号に入居が決まった。千束お姉ちゃんとまた暮らせるのは嬉しいけど………唯一の私の所持品と言っていいバイクをペタペタ触らないでほしい。
「相変わらず、ごっついバイク乗ってるね〜車種は?」
「ボンネビルT120です!ラジエターを備え、水冷エンジンとすることで、ボンネビルらしい「モダンクラシック」としての佇まいが継続できるのか、という心配もありましたけど、実際に登場した新型(エンジン)は、空冷用のフィンを残しながら、縦型のラジエターはフレームの間に置き、ボンネビルらしさはまったく損なわれていなかったんだよ! しかも新しい水冷ツインエンジンには、900cc版と1200cc版が用意され、1200ccには高トルク型とハイパワー型が設定されていたが、ボンネビルT120が選んだのは、1200ccの高トルク型エンジンで………」
「あ、ああ、うん。分かったから。早く出発してって」
引き気味の千束お姉ちゃんに喋りすぎたと、口を抑えるが時すでに遅し。仕方ないのでヘルメットを着用して、千束お姉ちゃんの荷物を縛り付けて、エンジンをスタートさせる。
お尻から伝わる心地よい振動と鼓動が私を何度でもバイクに跨らせるのだ。私の体格に合うバイクも中々になく、結局のところ初めてプレゼントされたこのバイクを乗り続けてしまっている。
「ワイもさ〜もう16なんだから、たまにはバイク整備よりお洒落にお金使ったら? かなり溜め込んでるでしょ?」
「い、いやぁ………わ、私がバイクから降りる時は死ぬ時か、恋をした時ですよお」
「あーじゃあ無理か〜私が死ぬ前には見れないかなぁ」
ブォンとバイクの排気音が1段階上がり、千束お姉ちゃんからきゃっ!と可愛い悲鳴が上がる。今の言葉に知らず知らずのうちに指先に力が入っていたようだ。
千束お姉ちゃんの心臓は世界で唯一の人工心臓。先天性の心疾患により、お姉ちゃんが死ぬことを嘆いた人物によって生かされてるに過ぎない。
期待しているのだ──お姉ちゃんの『才能』を。
だから、あの機関………『アラン機関』はお姉ちゃんを『殺し屋』として生かした。彼女の人生をこうするべきだと形に決めた。
お姉ちゃんはそれに感謝している。だけど、何の為に生かされたかなんて知らない。いや、知らせたくないのだ。
機関を調べれば調べるほどに、何も出てこない。組織としての無機質さ、私はそれが恐ろしい。
どんなに良い企業でも下らない汚点はあるものなのに、何一つ出てこないのはどうしてなのか。私がそれに違和感を感じて本腰を入れた時には私は既に権利を失っていた。
「ワイ、どうかした?」
「い、いやぁ、さっきの言葉が、さ。そ、そんな嫌なこと言わないでよお………千束お姉ちゃんが死んだら、私、泣いちゃうよ?」
「こんな図体だけデカい妹が泣いたら迷惑かけるでしょうが。だから、ワイにはちゃんと自立してもらわなきゃ。次期喫茶店の看板娘はワイなんだから!」
不信がられたお姉ちゃんにうわずった声で返す。
先生から今日、聞いた。お姉ちゃんの寿命は2年。
私のタイムリミットが明確に定められた。
「あ、後2年以内になれるようにが、頑張るね」
「おっ、いいね? その意気その意気! よーし、帰ったら今日はパジャマパーティーだ! ボーンシリーズ一気見だぁ!」
「じゃあ、私はポップコーンでも作るね?」
2年以内にお姉ちゃんを助ける手段を見つけるしか、未来はない。
何の為にDAにいたのか、それ全てがこの2年にかかっているのだ。
私はそれを千束お姉ちゃんに悟らせない。
彼女が知るのは、新たな人生を迎えられたその後でいい。
私が貴方に返せるのはそれくらいしかないんだから。
*
ふと、目が覚めた。ソファの上では千束お姉ちゃんが穏やかな寝息を立てている。ずれている毛布をかけ直し、窓を見ればまだ夜の帳が下りていて。水でも飲もうと冷蔵庫を開けて、
──火薬と血の入り混じった匂いがした。
「………………」
セーフハウス1号は忍者屋敷のように、2階はダミーとして本格的な殺し屋が住む部屋のようにしているらしい。壊されても問題ないからだとか。
その2階から血と汗、硝煙の匂いが充満している。数からして、恐らくは5人程度。狙いは千束お姉ちゃんか………情報を持っている私か。
寝巻きのまま、バックからスタンロッドを取り出して、上に上がる梯子を登る。
壁を少し、押して覗けばそこには見慣れた制服の男達。
リコリスと同系統でありながら、制圧に重きを置いた女子禁制組織──リリベルだ。
「いないぞ? 情報だとここのはずだろう」
「目標はここに入って行った筈だが、フェイクか?」
「だがここには錦木千束がいるだ。彼女がいる限り、サードリコリスにとって最も安全だろう………無論、俺たちが多勢でかかれば殺すのも容易いと思うが」
同じ組織とはいえ別働隊。求められている役割も違うし、意見が合わないのも仕方がない。彼らも仕事だ、文句を言う筋合いもないのだ。
だから──これは私のワガママだ。
壁を押して、中に入り込む。今日は新月で、星の明かりもない。
アラームは切ってある。お姉ちゃんが起きることもない。
息を短く、強く吸う。頭の中のスイッチを切り替える。
暗闇で見えない世界が何だというのだ。
「──さあ、蛇が行くぞ」
小さな声に瞬時に反応したリリベルが向く方向とは真逆に体を滑らせて、銃口から逃れつつ、1人目の男をバレリーナのように高く美しく蹴り上げられた靴底で下顎を強かに打ち上げた。
脳天まで揺さぶる蹴撃に宙を舞う男に襲撃に気づいた2人目が銃口をこちらに向けるが、気を失った1人目を壁にして、突き飛ばし、壁に叩きつけられた2人目ごとスタンロッドで気絶させる。
「目標対象だ! 狙え!」
指揮官らしき男の声に、火薬の匂いが私に向いたのを認識。サイレンサーつけているのか直後に飛んできた弾丸から逃れるように床下を這うように移動。
銃口が私を追った瞬間、私の右足で脛を蹴り飛ばし、体勢が崩れたところを掌底で股間に追い討ち。内股になったリリベルのブルーの軍服の袖と裾を掴んでその場で回転し、生み出した力を背中から伝えて壁に吹き飛ばす。
また匂いが変わった。匂いが生む斜線から逃れて、スタンロッドの電源を入れてリリベルに投げつければヒット。痺れて銃口がずれた隙に肉薄。
だが、リリベルも負けていない。抜いたナイフを暗闇の中、正確に私に合わせてカウンター。間一髪で頭を下げて、回避した後に床に手をついた変速の回し蹴りがリリベルの側頭部に突き刺さる。
これで4人目、最後の赤服のリリベルがこちらに銃を向けているのを4人目を壁にして接近。弾切れになったのを確認して、赤服の臓器を撃ち抜く前蹴り。
「つ、捕まえたぞ! 『ワイルド・スネーク』!!」
「私の名前を気安く呼ぶな」
だが、耐えられた。捕まった右足は自由にならないので、飛び上がった勢いで左足によるボレーキックが炸裂。しかし、頑丈なのか、彼はそのまま私を掴んで壁に叩きつけ、頸に手を当て、締め始める。
「いいセンスですね。私には程遠いが」
正確に頸動脈を抑えにきた彼に敬意を称して、爪先を踏み潰し、拘束から逃れたが、リリベルは袖口に仕込んでいたサイドアームの拳銃をこちらに向けた。
「知ってますよ、匂いで分かります」
だが、袖口から火薬の匂いがしていたから油断もなし。右掌で銃口を逸らし、発砲音を尻目に顔面に掌底、銃口を持つ肘先に一撃入れて、曲げた後に、膝を砕いて足をつかせる。
後は、簡単だ。曲げさせた肘と米神の斜線を一直線にし、必死になって自らが握る銃口を逸らそうと抗おうとする男の焦燥の鼻っ柱をへしおり、指先に力を込めさて、引き金を──
パァン
乾いた音と一緒に血煙が舞う。赤服のリリベルの額を撃ち抜いて、ゆっくりと床に沈むが………血溜まりは生まれない。
「起こしましたか、千里さん」
「あれだけ暴れて、発砲音もしたらね。ワイ、最後、殺そうとしたでしょう」
「千束さんを殺そうとしたので」
きっぱり言い切った私に千束さんは銃口を下ろして、頭を掻いた後に部屋でうめいている男たちを見渡して、電話番号を呼び出す。
きっとクリーナーでも呼ぶのだろう。
「久しぶりに派手にやったね〜『元』ファーストの座は伊達じゃないってか?」
「暗闇でしたし、発砲もなるべくしないように言われたんでしょう。なら後は私の得意な近接格闘です。私の中の蛇が囁くので」
「『ナイフを持て、接近戦はCQC』だっけ? 射撃は下手くそなのにね〜」
クリーナーを呼び終わり、拘束も完了した静寂な部屋の中で──誰かの腹の虫がなる。というか目の前にいる千束さんの顔が赤くなっていく。
お腹を抑えて、じとーっとした目を向ける彼女に頭の中のスイッチを切って、私は千束お姉ちゃんに笑いかける。
「よ、夜明けには早いですが、パンケーキでも焼きますか?」
「焼く! フルーツとかアイスたっぷりのやつ!」
「そ、それじゃあ、戻りましょうか。私達の家に」
コロコロと笑う彼女、私はその笑顔を守る為だけに今まで生きてきた。きっとこれからも、そうでありたいが故に。
主人公紹介
名前:ワイルド・スネーク(偽名) ??(本名)
武器:スタンロッド、振動ナイフ
能力:人並外れた嗅覚、特に血の匂いに敏感
概要
元ファーストリコリス、現在サードリコリス。金髪碧眼で身長178cm、スリーサイズは88-62-86の一見大人じみた美女であるのだが、コミュ力が致命的すぎるためにリコリス達の間から浮いた存在であった。千束、ミカとは擬似家族みたいな関係であり、普段から千束お姉ちゃんと懐いており、千束は雑に扱っているが、大事な妹分という認識である。人の体調や心理を知るために人の服や体から匂いを嗅ぐ悪癖があり、それが原因の3割を占めて晴れて左遷させられた。