秋葉原のメイド喫茶でココアが高らかにティッピーコンテストへの参加を宣言し、同席の四人を唖然とさせていたのとほぼ同時刻。ツインテールに前髪ぱっつんの特徴的な髪型をしたホット・ベーカリーのバイトの少女――天々座理世(リゼ)は、神保町にある甘兎庵本店ののれんをくぐっていた。
「いらっしゃいませー! 一名様ですか? ただいま満席なので、今からだと一時間以上……」
甘兎庵のバイトの少女は、フレンドリーな笑顔でそう言いかけたが、店に入ってきたのがリゼだと気付くと急によそよそしい態度に変わりこう言った。
「これは大変失礼をいたしました、天々座様。千夜様でしたら、三階の個室席でお待ちでございます」
「い、いや、そんなにかしこまらなくてもいいぞ。知らない仲でもないんだし……」
「いえ。千夜様のお友達様に対して失礼な態度を取る訳にはいきませんので」
このバイトの店員とは実は同じ学校の生徒同士であり、リゼも何回か言葉を交わしたことのある仲だ。お嬢様学校の生徒なだけあってお小遣いはちゃんと貰っているのでバイトする必要はないのだが社会勉強のためにバイトしている、と以前聞いたことがある。それにしても、もう少しリゼに対して砕けてくれても良いような気もするのだが、社長の娘の友達に失礼な態度は取れないということなのだろうか。しかしこの態度はかしこまっているというよりも単に不機嫌な態度のようにも感じる。私、何かこいつの恨みを買うようなことしたっけ――? そんなことを考えながらリゼは三階へ上り個室へ入る。そこには、リゼの学校の後輩であり、甘兎ホールディングス社長の娘でもある、宇治松千夜が既に腰掛けていた。
「すまないな、千夜。待たせちゃったか?」
「いいえ、全然そんなことないわ。だって今日は憧れの甘兎庵に来れたんだもの。何しろ、目に入るもの手に触れるものの全てが新鮮、壁の木目の模様一つ一つにいたるまでとーーーっても面白くて、全く退屈する暇がないわ。こんな素敵なお店を見つけて招待してくれるだなんて、流石はリゼちゃんとしか言いようがないわ」
分かりきっていたことだが、今日の千夜の言葉には非常にトゲがある。黙っていると、ゴゴゴゴゴ、という怒りオーラが千夜から放たれているのが目に見えるかのようだ。
「す、すまん! メイド喫茶の約束を直前で反故にしたのは本当に悪かったと思ってるよ……。この埋め合わせは必ず今度するから」
「原宿のパフェ専門店をすっぽかしたときも同じことを言ってなかった?」
「今回は、いや今回も本当にやむを得ない事情だったんだ……、そのあたりの事情の説明もさせてもらうから」
そう、今日の会合は、元々は秋葉原のメイド喫茶で行われていることになっていたのだった。千夜は甘味処チェーンの社長の娘なだけあって、飲食店には並々ならぬ興味を持っており、初めてのメイド喫茶訪問をとても楽しみにしていた。しかしある事情により、直前になってリゼは会場を秋葉原から変更せざるを得なかった。元々予約していたメイド喫茶は個室を備えているところで盗聴対策も万全だったが、突然の会場変更だったので危険の無い店を探し直すことが叶わず、結局いつも通りの場所――甘兎庵を会場に選ばざるを得なかったのだった。甘兎庵は密談をするには絶対安全でありぴったりの場所である。しかし、好奇心旺盛な千夜にとっては、人生初のメイド喫茶をフイにして自分の家というのは不満だったのだろう。とにかく千夜の怒りを解かなければ。そう思いリゼが口を開きかけた瞬間、千夜はいたずらっぽい微笑を浮かべながらリゼの唇に人差し指を当て、「しっ」とするような動作をした。
「待って。リゼちゃんが会場を変えざるを得なかった事情、何だか当てて見せるわ。ズバリ、ココアちゃんに聞かれたくない話だからじゃない?」