はぅ、とリゼはため息をついた。全く、千夜には敵わない。大企業の社長令嬢という地位、自分自身もベンチャーを立ち上げて社長になってしまうカリスマと行動力に加え、何でもお見通しの洞察力まで兼ね備えているのだから。
「当たりだよ、千夜。将来はビジネスはやめて警察に就職する気はないか? その卓越した推理力、どの部署でも引っ張りだこだと思うぞ」
「ありがとう。現職の警官さんにそう言われると自信がつくわ。でも私、将来の夢は甘兎を世界規模チェーンにすることだから。警察に就職する気はないの」
警視庁浮遊型量子通信機器類犯罪対策室特別嘱託職員。この長ったらしい名前が、リゼの持つ裏の肩書きである。「浮遊型量子通信機器類犯罪対策室」は、誰もこの正式名称では呼ばず、単に「ティッピー犯罪対策室」「ティッピー室」と呼ばれている。リゼは女子高生でありながら、その組織の「特別嘱託職員」という肩書きを得ているのだった。
二十一世紀も半ばに入ってからというものの、日本国民のティッピー普及率と比例するようにティッピー犯罪は増加の一途を辿っていた。中でも深刻化していたのは若者のティッピー犯罪の増加である。こういった事象に警察だけでは対処できる能力が無いのは明らかだった。何しろ警察職員は老人が多く、ティッピーはおろか旧来のPCですら満足に扱えない者もいるくらいである。日進月歩するティッピー技術に対応できる人材を確保するのが急務なのは誰の目にも明らかだった。そこで、警視庁をはじめ大規模都市圏の警察組織で試行的に導入されたのが、特別嘱託職員制度であった。これは、十五~二十二歳までのティッピーに関してスキルのある有望な若者を任期付きで採用し、ティッピー犯罪の捜査に当たらせようという試みである。大人よりも子供の方が最新のテクノロジーへの適応性は高い。ティッピー犯罪においては捜査対象者となるのもまた子供、というケースも多く、接触して情報を引き出すには、警戒されやすいオジサンの刑事よりは若者の方が良い、という理由もあったようだ(特に女子高生は歓迎された。捜査対象者も、まさか女子高生が警官であるとは微塵も思わず、重要な情報をポロリと漏らすことが期待できたからである)。もちろん、組織外から人材を登用することは機密保持はじめ様々な問題が伴うことから、採用にあたっては、大々的に公募を行うのではなく、現職の警察官の親戚などの人脈の中から見込みのありそうな少数の者にリクルーターが秘密裡に接触するという手法が採られた。リゼもある日リクルーターの接触を受けた者の一人だ。実はリゼの父もエリート警官であり、まさに特別嘱託職員を束ねるティッピー室のトップ、室長の職責を拝命しているのだった。おそらくその縁でリクルーターが接触してきたと思われたが、決してただの縁故採用という訳ではなく、採用されるには厳しい試験をパスしなければならなかった。今日のリゼはいつも通り私服姿だが、服の目立ちづらいところには警官バッジがきらめいている。
一方の千夜は警察関係者ではないが、女子高生の身でありながらティッピーに関する学生ベンチャー事業を立ち上げるなど、ティッピーに関して類まれなスキルと人脈を持っていることから、たびたびリゼからアドバイスを求められ、リゼの協力者という立場を得ている。リゼ一人の手では解決困難な任務が与えられると、こうやって都内のどこかで密会し、千夜にお伺いを立てるのがいつしか通例になっていた。
なお、特別嘱託職員という制度自体が一般国民には極秘で運用されていることから、むやみに身分を明かすのは禁止されており、ラビットハウスの仲間たちを含むリゼの周囲の友達で、リゼの「裏の顔」を知っているのは千夜だけであった。そのせいで、リゼは学校では「いい年して警察ごっこに興じているちょっとアレな人」という評価を得てしまっているのは悩みの種だったが。
「で、何で会場を変えた理由がココア絡みだって分かったんだ?」
「簡単なことよ。リゼちゃんが会場変更を申し入れてきたタイミングが、ココアちゃんが秋葉原に行くーって言いだしたタイミングの直後だったんだもの。ココアちゃんは根っからの研究者・科学者・エンジニアだから、違法ティッピーの話をもし聞きでもしたら知的好奇心を抑えられないに違いない。それでココアちゃんを危険なことに巻き込みたくないと思った。違うかしら? それにしても秋葉原といっても広いのに、万一接触する可能性を考慮して会場を変えるとは随分な念の入れようだけれど」
「うーん、半分正解で半分不正解。事態はもっと深刻で、ココアは既に『危険なこと』に巻き込まれているんだ。今日はそれを話したくて来た」
ココアは既に危険に巻き込まれている――さしもの千夜も、リゼのこの発言には目を丸くした。