全く、千夜には敵わない。甘兎庵からの帰路、本日二度目のため息とともに、そうつぶやくリゼだった。
「私は世界の全てを敵にしてでも、ココアちゃんのために戦うわ」
千夜はこう言った。一応警官であるリゼを前にして、善悪よりも友情の方を優先すると宣言するのは、蛮勇とも言える行為だったが、リゼにはその勇気が羨ましかった。
リゼ自身、ココアがもし犯人だったらという可能性はなるべく考えたくない。親友が犯罪者であって欲しくないのは誰でも同じである。しかしリゼは警官であり、組織の立場としてはココアを追わなくてはいけない。もしも親友であるココアを逮捕せよ、という命令が上層部から下されたら、どうすれば良いのだろうか。
ひとまず千夜に対しては、今日話した情報はくれぐれもココアに話さないように、と伝えた。捜査対象者に対して、「あなたのこと疑ってますよ」という情報を漏らさないのは基本中の基本である。これを漏らしてしまっては、リゼを信頼して本来は一嘱託職員には下ろさないような情報を下ろしてくれた父親にも申し訳が立たない。わざわざ今日の会場を秋葉原から変えて万一にもココアに聞かれないようにした理由もなくなってしまう。
ココアに疑いがかかっているとは言ったものの、現時点では物的証拠は一切無く、今日明日にもココアの逮捕令状が下りるというような切迫した状況ではない。千夜との間では、「ココアに関してはひとまず様子を見て、変な兆候が見られたらお互いすぐ報告しよう」ということで決まった(もちろん、ココアはいつだって変人なので、普段より一層変だったら、という意味だ)。
だがリゼの鼓膜には、千夜の言い放った台詞がいつまでも残り続けていた。
「私は世界の全てを敵にしてでも、ココアちゃんのために戦うわ」
警察と言う組織の下す任務と、ココアとの友情と。もし近い未来、その二つに挟まれて答えを迫られることがあったら――自分は答えを出すことが出来るのだろうか。
甘兎庵から最寄りの神保町駅までの間をリゼは速足で歩く。電子書籍の普及により紙の本がすっかり廃れてしまったこの時代においてもなお、この街は古本屋の街だった。東京の他の場所では見られないレトロな光景が広がっている。リゼの頬を、ぴちょん、と冷たい雨の一しずくが撫でた。折しも、時期は梅雨だった。この季節に雨が降るのは珍しいことでも何でもないはずなのだが、リゼにはまるで大きな嵐の前触れのように感じられた。
(ココア……いったいお前は何をしようとしているんだ?)