チノのティッピーはまたしてもオーナーであるチノを無視してふわふわと移動し始めようとしたのでチノは面食らったが、他にどうするという当てもないので、ティッピーと一緒に吉祥寺に移動することにした。ココアと千夜には「吉祥寺に移動します」と一報を入れ、三人は中央線に乗る。
「なるほど……ここが吉祥寺ですか。お洒落なカフェなども多いと聞きますし、喫茶店の娘としては、勉強のしがいのありそうな街です」
「チノちゃんは真面目ね。私はどちらかというと新しい服とか見ていきたいけど、でも今は落とし物を探しに来てるからちょっと我慢ね」
そんな会話をしながら駅前を眺めまわす。にぎわってはいるが、一見してそこまで他の都内の駅前と変わりの無い光景だ。しかしかつて東京の住みたい街ランキングの不動の一位であったこの街は、何十年の時を経て流石に人気は他の街に分散したものの、トレンドの発信地としての魅力と古き良きものが共存する街であることは変わりがなかった。
「一週間前に青山の歩いた道のりをそのままたどり直して行きながら探すのが良いじゃろう。青山はよく思い出して当時の動きを再現するんじゃ。青山、駅についたらまず昼飯をどこかの店で食べたんか? それともその前にどこかに寄ったんか?」
ティッピーの問いかけに対し、青山は顔を赤らめながら少し恥ずかしそうにこう返した。
「実は、どこかの店で腰を落ち着けてランチにしたのではなく、食べ歩きをしてまして……」
吉祥寺駅前は観光客が多く、特に昔ながらの街並みを残す駅の北側の商店街は観光客相手のグルメスポットも多いらしい。チノ達は連休最終日でごった返す人に混じりながら青山が食べ歩きをしたルートをたどっていくことになった。
「揚げ物にホットドッグ、クレープにドーナツ、どれもすごく美味しそうです」
「本当ね。でもそれにしても青山さんが商店街で食べ歩きをしてたとは、ちょっと意外……勝手かもしれませんけど、もっと優雅なランチをしてそうなイメージを持ってたので」
「わ、私もいつもいつも食べ歩きをしているという訳ではないんですよ。ただこの街には漫画の素材に出来そうなものが多そうだなと思ったので、あくまでも取材を兼ねて、です」
そうは言っていたが、青山が食べ歩きを大いに満喫していたらしいことは明らかだった。一度などは行列の出来ている店の前で「あ、あの、前に来たときここのメンチカツがとても絶品だったんですが、今食べていっても……?」とティッピーにお伺いを立てていたが、「まだ昼飯にも早い。お前さんまさかここに来た目的を忘れていなかろうな?」と一蹴されていた(機械のティッピーがこの一行の主導権を握っているのも変な話だったが)。一方で、食べ歩きだけではなく漫画の素材探しと言うのも嘘ではなかったらしく、青山の再現する道のりからはクリエイターらしい旺盛な好奇心が感じられる。カジュアルな服を安く揃えられる古着屋に入ってみたり、お洒落なギャラリーや雑貨屋に立ち寄ってみたりしたと思ったら、オタク感あふれるティッピーショップで買い物を楽しんだり。いきなり大通りから小さい脇道に入って、前世紀感のある横丁の立飲み屋を覗いてみた次には、同じくらい古くから営業していそうな渋めの単館シアターを覗いてみたり。あげく、地味なショッピングモールにしか見えない建物の二階に、どちらかというと吉祥寺よりは秋葉原に似合いそうな中古アニメショップを探し当てて入っていったのにはチノも驚いた。
「青山さん、こういうお店にはよく来るんですか?」
美少女キャラクターが描かれたグッズが所狭しと並べられた店内を物珍しげに眺めながらチノは尋ねる。
「ええ、私もアニメや漫画好きが高じて漫画家になったようなところがありますし、市場調査も兼ねて来ることはよくありますね」
「なるほど……ではあそこに見えるグッズは一体何の用途だか分かりますか? 等身大の女の子が描かれた布が吊るされていますが、タペストリーにしては大きすぎますしカーテンにするには幅が細すぎるような……変わったインテリアですがどういう意図があるのでしょう。素材は何だかもふもふして柔らかそうに見えます。ちょっとこう、触ってもふもふしてみたいです」
「チ、チノちゃん……そっちのコーナーには興味を持たなくていいから……。さ、さ、青山さん、ここにタブレットを忘れていることはたぶんないでしょう、次行きましょう次!」
「十八歳未満と高校生の立入りご遠慮ください」の文字に気付かずアダルトコーナーの方に近寄ろうとし、裏面がいかがわしいことになっている系の布物グッズに興味を示し始めたチノを慌てて押しとどめ、シャロはチノ達を退店させた。アニメショップを去った後も商店街巡りは続き、チノとシャロは立ち寄った場所で店員に聞き込みをしたり物陰を探してみたりしたが、落し物は見つからないままだった。そもそもこんなに人の多い街中でタブレットのように大きさもあって高価なものを落としたら、交番に届けられているのではないかという気もする。そうしているうちに一行はいつの間にか駅の南側、井の頭公園のある方へと回り込んできていた。