現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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1章:君の白衣丈に首ったけ#1

「んん、んぅ……」

 

 リニア中央新幹線の流線型の車両が長いトンネルを抜けた。気圧の上昇と連動するかのように、新幹線のシートに体をうずめている少女の意識も水面下から上昇し始める。昨夜あまり眠れなかったせいか、移動中の列車の中で眠り込んでしまったらしい。何か嫌な夢を見ていたような気もするが、頭を振って今は忘れようと努める。気分晴らしに窓の外を眺めようとした少女の目には、少女の出身である田舎町では見られないような光景が飛び込んできた。

 

「わぁ、コンクリートジャングル……! これが東京……。ここなら楽しく暮らせそう、たぶん」

 

 リニアは今やすっかりこの国の新しい大動脈だ。家からは在来線を乗り継いで大阪駅まで行き、大阪駅から品川駅まではリニアでわずか六十七分。距離的にはリニアに乗るまでのほうが短いのだが、時間的には乗ってからのほうが圧倒的に短い。車内で眠ってしまったこともあり、リニアに乗っている時間は本当にわずかに感じられた。「まもなく終点品川駅です、本日はリニア中央新幹線をご利用いただきありがとうございました」というアナウンスが流れ、少女はいそいそと荷物をまとめ下車の準備を始めた。

 

 今日は四月一日。学生は春休み中ということもあって行楽目的の人でごった返している品川駅に少女は降り立った。少女の名前は、香風智乃。友達からはチノと呼ばれている。ショートヘアよりはわずかに長めの水色の髪に、大きいバッテンの髪飾り。いかにも「都会に行くので頑張ってお洒落してきました」という風な私服に、大きなスーツケースを転がしていて、典型的な「おのぼりさん」スタイルだ。そう、春から東京の高校に進学するチノは、一人で上京するのは初めてなのだった。チノの通うことになっている高校では、地方や外国から来た生徒は下宿先にホームステイし、その家の仕事を手伝うことになっている。仕事を通じて社会常識や金銭感覚を生徒に身につけさせようという高校の方針だ。入学式まではまだ数日あるが、早めに下宿先での生活を始め、仕事と新生活に一刻も早く慣れておきたいので、チノは一足先に東京にやってきたのだった。高校受験で東京に来たときには、父のタカヒロが付き添ってくれていたが、今日はそれもない。駅を歩くチノの足取りは軽いが、表情には硬さが残る。新生活への期待と不安が半々なのだろう。

 

「うーん、ここがこうで、あっちが京急で……」

 

 地方から出てきたばかりのチノは土地勘が薄く、駅構内でさっそく道に迷っていた。チノは、ポケットから紙の地図を取り出し眺め回すが、それでも分からず、一瞬考え込むそぶりを見せた後に、「うーん……まあいっか!」――となることは無かった。

 

「ティッピー! 山手線への乗り換えは?」

 

 呼びかけに応じて、チノのすぐ横をふわふわ浮遊している、獣のような耳の生えたボール状のメタリックな外観の装置が喋り始める。

 

「チノ、後ろを振り返ってごらん。二十メートルほど先に緑の案内板が見えるじゃろ。そこの階段を下りて、二番線ホームが山手線じゃよ」

「ありがとう」

 

 Two-way talkable Intelligent Portable Phone Equipped quantum channEl(量子通信路搭載型双方向会話可能高知能携帯電話)、略してTIPPEE(ティッピー)。この時代を生きる人間にとっては必須のツールであるそれが、詳しく道案内をしてくれた。

 

 二十一世紀初頭には、スマホと呼ばれる携帯電話デバイスを人々は持ち歩いていた。時代は変わり現在では、ティッピーと呼ばれる浮遊自律型コンピューターがふわふわと人々の後ろをついて回っている。ティッピーは高度なAIを搭載しており、先ほどチノがしてみせたように、人間の音声によるコミュニケーション、すなわち会話によって操作可能なのが特徴だった。ただ、その話し方は一般的にはAIらしく機械的で、チノの持つティッピーのように、人間臭い(というより爺臭い?)喋り方をする個体は特殊ではあったが。

 

「山手線、渋谷方面はこっちですね」

 

 車両に乗り込んだチノが景色を眺めていると、ほどなくしてアナウンスが渋谷駅への到着を告げる。チノは電車を降り、駅の改札をくぐって外へ出た。渋谷は時代が変わった今でも若者の街だ。ハチ公前はパフォーマーで賑わい、クレープ屋は女子高生で賑わい、道玄坂のライブハウスはアニメのDJイベントで賑わっている。しかし下宿先のあるのは繁華街の喧騒から離れた住宅街なので、チノはそちらに向かって歩き始める。今度は最初からティッピーのナビに頼るので、迷うことは無い――かと思いきや、

 

「あれ? ホット・ベーカリー……、確かにこの辺のはずなのに見つかりません。どこなんでしょう」

 

 見事に、また迷っていた。

 

 チノがお世話になることになっている保登(ほと)家の家業は、「ホット・ベーカリー」というパン屋だという。なのでネットで調べた「ホット・ベーカリー」の場所を行き先登録しておけば大丈夫だろうと思ってここまで歩いてきたのだが、登録された目的地に着いても、どう見てもパン屋らしきものはこの周りにない。

 

「どうなってるんでしょう」

「ふーむ、確かにこのあたりのはずなんじゃがのう」

 

 ティッピーがとてもAIとは思えないような曖昧な回答をよこす。このティッピー、白か黒かデジタルに答える一般的なAIとは、だいぶ異なる思考回路をしているようだ。さて、どうするか? ネットに出ていた営業情報は間違っていたのだろうか。父に連絡して正確な保登家の住所を送ってもらうべきだろうか? 考え込んでいるチノの鼻に、食欲をそそる良い香りが漂いこんできた。

 

「パンの匂い?」

 

 近くの民家から、小麦の焼ける良い匂いが漂っている。家のドアは少し開いているようだった。看板も何も出ていないし、どう見ても普通の家なので、まさかここがホット・ベーカリーとは思えない。でも、パンを焼いているということは誰か人がいるので、道を聞くくらいのことは出来るはず。そう思ってチノはドアを開けてみた。

 

「ご、ごめんくださーい」

 

 声をかけたが中から反応はない。仕方が無いので、おそるおそる、家の中に入っていく。

 

「誰かいませんか?」

 

 昼間なのにほの暗い家の中を、ゆっくりと眺め回してみる。家の作りからして何かの店であることは間違いなさそうだ。ドアを入ったところは玄関ではなく開けたスペースになっていて、壁には陳列棚があり所狭しと「何か」が並べられている。

 

「うさぎ……」

 

「何か」は良く見ると、うさぎのような何か――というか、うさぎ型のロボットだった。愛玩用のペットうさぎロボット、お掃除ロボットのうさぎ型タイプ、うさ耳をつけた人型ロボットのようなものまで並んでいる。そして棚の半分以上を占めているのが、ティッピーだった。まるまる一体のものから、メモリーボードやマザーボードなど、ティッピーのパーツの一部と思われるものまで、幅広いティッピー関連の品が並んでいる。ティッピーはケモ耳を生やしたボールのような外見で、見方によっては猫っぽくも見えなくはないが、実際にはアンゴラウサギという動物をモデルにデザインされているので、これもうさぎ型ロボットと言って良いだろう。

 

「うさぎがいっぱいいます!」

 

 たくさんのうさぎ型ロボットの可愛い外見に、思わずチノは目を輝かせた。棚に駆け寄り、一つ一つをじっくりとながめ回す。その時、夢中になっているチノの後ろから、元気な少女の声が掛けられた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 振り返ると、ツーサイドアップの薄茶色の髪に桜の飾りをつけた白衣の少女がいた。年はチノよりも少し上くらいに見えるがどうやらこの店の店員であるらしい少女が、満面の笑みでチノを出迎えていた。

 

 ――香風智乃、十五歳の春。それは、あったかもしれない日常、もうひとつの可能性。

 

 チノの東京での新生活で、初めての友人であり、後に家族のように大切な人となる人との出会いの瞬間だった。

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