現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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5章:うさぎになりたかったバリスタ#5

ココアのニヤニヤ顔の謎は解けたが、チノにとってはもう一つ解かなければならない謎があった。結局青山に聞けずじまいだった、「うさぎになりたかったバリスタ」のモデルについてだ。「うさぎになりたかったバリスタ」の漫画なら、ココアが全巻所有している。チノはホット・ベーカリーに帰ってくると、さっそくココアから借りて読んでみることにした。

 

「むむむ……なるほど……、えっ? これはいったい……、次はどうなるんでしょう……」

 

夢中になってページを繰っているうちに夜は更けて、気付くともう寝なければならない時間になっていた。舞台となっているお店の作画だけパラパラと確認して終えるつもりだったが、予想を超えてストーリーが面白く、巻数も一晩で読み切れる程度のものだったので、結局一気読みしてしまった。「うさぎになりたかったバリスタ」は、今にも潰れそうな喫茶店を経営する家族が、時にバラバラになりそうになりつつも最後は一丸となってお店を立て直す話だ。バリスタのおじいちゃん、バータイムのマスターを務める息子、一人前のバリスタを目指す孫娘の三人を軸にストーリーは展開する。個性的な登場人物たちが様々な障害に立ち向かい喫茶店の立て直しに奔走する姿が、時にコミカルに時にスリリングに描かれていた。何となく登場人物もチノとチノの家族っぽさがあるが、描写されるお店の内装――床の焦茶色の木の質感を最大限に生かしたインテリアや、特徴的なデザインのゆっくり回る天井の大きなシーリングファン――がラビットハウスそっくりだったので、チノはやはり青山が訪れたのは自分の家だったと確信した。おじいちゃんは遠くから来てくれた青山さんをどのように迎えたのでしょうか、青山さんはおじいちゃんとどんなことを語り合い、どんなアドバイスを貰ったのでしょうか――チノは亡き祖父に思いを馳せる。

 

生きている人間は多かれ少なかれ亡くなった人のことは忘れていくが、その中でも「声」の記憶は最も忘れやすいものだと言われている。これは聴覚情報は大脳新皮質を一度経由して処理されるという脳の構造と関係しているとも言われているが、亡くなった人の姿は遺影という形で記録に残し日々目に焼きつけているのに対し、声は記録していないことが多いという理由もあるのだろう。だがチノは祖父の声を忘れることは決してなかった。なぜなら、チノが毎日連れ歩いているティッピーのその声は、他ならぬチノの祖父の声をサンプリングしたものだからである。普通の人はティッピーの音声は機体デフォルトの穏やかな女性の声を使っている。チノのティッピーが祖父の声で喋るようになったのは、祖父自身の手による改造の結果だった。

 

チノの祖父は電機メーカー勤めではあったが、実はキャリアの後半生はほとんどティッピー公社に出向していて、ティッピー技術者としてエンジニア人生を終えた人である。当時のティッピー公社では日本の国運を賭けた革命的新技術と言う触れ込みでティッピー開発事業が行われており、頑固で職人気質だが確かな技術力を持っていた祖父は半ば徴用されるような形で公社にスカウトされたのだという。本人はあまり語りたがらなかったが、国家機密であるティッピーの中核技術についてもかなり踏み込んで知ることの出来る立場にあったらしい。そんな祖父だからこそ、ティッピーを自分の声で喋るように改造するなんてことを容易く成し遂げることが出来たのだろう。チノがまだ幼いある日のこと、祖父がティッピーを改造した日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。

 

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