現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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5章:うさぎになりたかったバリスタ#7

祖父の話が何やら難しい専門用語を含むものに変わり始めたので、チノは盗み聴きするのをやめて、自分の部屋に戻ることにした。そして翌朝目覚めてみると、ティッピーは無事にチノの手元に戻ってきたが、声はおじいちゃんの声で喋るようになっていた、という訳だ。

 

「改造の副産物でティッピーの取れる行動の幅が広がったが、対応する音声がのうなってしまったものがあってな。一部だけ音声を追加してそこだけ違う音声になるのも変じゃから、全部わしの声に差し替えさせてもらったわい。ちょいと聴き心地は良くないじゃろうが、普通に使う分には問題ないじゃろ」

 

可愛らしいデザインのティッピーが渋い老紳士の声で喋るのは一般的には違和感しかないだろうが、チノにとっては大好きなおじいちゃんの声だったので、そこはさほど気にせずに受け入れることが出来た。そして今に至るまでそのティッピーをチノは使い続けている。

 

だが、なぜ祖父はティッピーを自分の声で喋らせるようにしたのだろう。いや、単純に声優の収録した市販の拡張ボイス集などを使うのをケチっただけかもしれないが、チノには一つ推測があった。後になって分かったことだが、この時の祖父の体は既に病魔に侵され始めていたのだという。祖父は賢い人だったから、自分の余命についてもおそらくかなり正確に把握していたに違いないと思われた。祖父は自分の生きた証をティッピーという形でこの世に残したかったのかもしれない。

 

そういえば晩年の祖父は、「チノの成長した姿が楽しみじゃ」というようなことを口癖のように言っていた。チノは読み終わったばかりの「うさぎになりたかったバリスタ」最終巻の表紙に目を落とす。「うさぎになりたかったバリスタ」のラストは、本編から数年後、バリスタを目指していた孫娘の結婚式のシーンで終わる。孫娘は本編ではライバル関係だった若き男性バリスタと結ばれることになり、ウェディングドレス姿の娘を見て祖父達が目を細めて大団円――という内容である。チノにはまだ恋愛とか、結婚とか、大人になるとか、そういうことはよく分からない。だが祖父は、「うさぎになりたかったバリスタ」に登場する老バリスタのように、孫娘の大人になった姿を見届けたいと思っていた、それはおそらく間違いないだろう。そして出来ることならば、病に侵された自分の体を捨てて、たとえば機械の体になる、そうティッピーになるとかしてでもチノの大人になった姿を見届けたいと思っていたのかも。今日のティッピーの行動は、青山さんに勝手に話しかけたりしていつにも増してAIっぽくなかったし、物探しの手際の良さや、通信機器に頼らない人間の力の重要性を語るあたりなども生前の祖父っぽさが感じられた。まさかとは思うが、祖父の魂がティッピーに乗り移ったなんてことは――

 

「おじいちゃんは、うさぎになりたかったんですか……?」

 

気付くとチノはティッピーに向かってそう話しかけていた。だがティッピーは何も答えてはくれない。沈黙に支配された部屋でチノははっと我に返った。いくらティッピーがおじいちゃんの声をしているからって、それを亡くなったおじいちゃんに見立てて話しかけるだなんて、恥ずかしいことをしてしまった。青山さんのするおじいちゃんの話を聞いて、らしくもなくセンチメンタルな気分になってしまったのかもしれない。こんなことしてる場合じゃないです、明日も早いんだからもう寝ないと――、ちょっと赤面しながらも明かりを消して、チノは眠りにつくことにした。

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