ココアが「チームラビットハウス」でのティッピーコンテスト参加を宣言してから一週間後。シャロは宣言の場となったメイド喫茶を再び訪れていた。別にメイドさんと遊びたかった訳ではなく、千夜とリゼに大事な話があると言って呼び出されたからである。大事な話なのにメイド喫茶?と混乱気味のシャロだったが、約束の時間にメイド喫茶に行き、店員に案内された、店の奥から二番目の個室に入った瞬間には、混乱を通り越して呆れてしまった。
「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!」
部屋の中には既にリゼ・千夜の二人と、一人のメイドがいた。そして千夜はメイドさんとの「あっち向いてホイ」勝負に熱中している。リゼはそんな二人の様子を苦笑いで見守っていた。
「あっち向いてホイ! やった! また勝ちましたです!」
「よよよ、また負けてしまったわ……、これで十連敗目……」
「ちょっと千夜、あんた一体何やってるのよ……、大事な話があるって言うからわざわざ来てあげたのに、普通にメイド喫茶を全力でエンジョイしてない? というか普通そもそも大事な話をするのにメイド喫茶を選ぶかしら?」
「うーん、私は普通だと思ったんだけど」
「あんたの普通は参考にならないのよ!」
はぁ、とシャロはため息をつく。またしても幼馴染のペースに振り回されている気がする。ふとテーブルの上に視線を向けると、お皿に綺麗に盛り付けられたパンケーキが手付かずのままあるのに気付く。色は妙に白いが、チョコレートソースが浸るくらいたっぷりとかかっていて美味しそうなパンケーキだ。シャロの視線の先にあるものに気付いた千夜がこう言った。
「私達、この新メニューの命名権を賭けて勝負していたのよ。一回でも私が勝ったら命名できる、って条件だったんだけど、その一回が中々勝てなくって」
「このパンケーキ、タピオカ粉を使っているから色が白いんですよー。小麦粉よりももちもちの食感になるんです。それにチョコをたっぷりかけたから、白と黒のコントラストがSNS映えしそうですよねー」
「私だったら絶対、良い名前を考えられるのに……あっそうだわ、リゼちゃん、私の代わりにメイドさんと勝負してくれないかしら?」
「えっ私がか!?」
「リゼお嬢様とですかー? 良いですけど、リゼお嬢様お強そうですし、『一回でも勝てたら』じゃなくて、二本先取勝ちの条件にさせてくださいねー」
メイドとリゼの間で勝負をすることがあっと言う間に決まった。リゼは勝負することに一瞬躊躇したようだったが、すぐに勝負モードに入りやる気を出したようだ。リゼ先輩のかっこいいところが見られると思うと嬉しい気持ちなのは否定しないけれど、私ここに何しに来たんだったかしらね――そんなことを思うシャロだった。
「あっち向いてホイ」というのは一見単純なようで、相手の指す向きを一瞬で見切った上で、指の動きに釣られないようにするという高度な運動神経が要求されるゲームだ。高校生にしてベンチャー企業の女社長になるなど基本スペックは高いが、運動神経に関してはあまり良くない千夜が勝てないのも無理も無い話だ(それにしても十連敗は負けすぎよ、とシャロは思った)。一方でリゼの運動神経は抜群だ。対戦相手であるメイドは、おっとりと間のびした話し方で、背は小さく華奢な体つきをしているが、胸にははっきりと自己主張する二つの重そうな荷物を抱えていて、Sサイズのメイド服の胸ボタンがはち切れそうになっている。お世辞にも運動神経が良さそうにはあまり見えないタイプだ。これだったらすぐに勝負はつきそうね、と思うシャロだったが――
「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!」
「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!」
「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!」
「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!」
(なっ! こ、こいつ、出来る……!!)
意外にも、リゼとメイドの勝負は大白熱の熱戦となっていた。メイドがじゃんけんに勝った時は、メイドの指す方向をリゼは確実に見切って首を振る。一方でリゼがじゃんけんに勝ったときのメイドの動きもかなり敏捷、かつ的確なものだった。勝負が長引くにつれてじゃんけん→ あっち向いてホイのペースもどんどんと速くなる。双方ともに激しい動きの繰り返しで汗だくになっていた。
「うおお!! 負けてたまるかー!!」
リゼの雄叫びが部屋に響きわたる。対するメイドの側も真剣そのものの顔でリゼを迎え撃つ。パンケーキ命名権を賭けた運命の戦いはまだ、始まったばかりだ。