現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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6章:振り向けば月、いいえパンケーキ。#5

メイド喫茶での話し合いはその後は他愛も無い話だけで終わり、リゼは千夜シャロと解散して駅から家までの道のりを一人歩いていた。この日は六月下旬にしては冷たい雨が関東平野一帯に降り注いでいたが、無事シャロの協力を取り付けることが出来たので、リゼの気分はむしろ晴れやかだった。

 

だが、とリゼは思う。これで問題の本質が解決した訳ではない。結局、ココアが連続不正アクセス未遂事件の犯人なのかは分からないままだ。もちろん、ティッピーコンテストの開催まではまだ一ヶ月以上時間があるので、警察が先に事件の真犯人を逮捕して、何も心配事無く普通の参加者としてティッピーコンテストに参加出来る、という可能性もなくはない。だがリゼの直感は、真犯人は見つからず、リゼはティッピーコンテストでのココア監視の任務を命じられることになるだろうと告げていた。万一ティッピーコンテストの場でココアが尻尾を出すようなことがあった場合、警官であるリゼはココアを逮捕しなければならない。最初の不正アクセス未遂事件が起こりホット・ベーカリーに潜入した四月一日以来、何度もぐるぐると考えていた問題がまたリゼの中で頭をもたげてきた。警察と言う組織の下す任務とココアとの友情と、どちらを選ぶべきなのか。そもそも選べるような問題なのか。

 

だがこれは、やはり私の問題なのだ、とリゼは思う。リゼの父親は警視庁でティッピー犯罪対策室の室長の役職に就いている。いわばエリート警官であり、リゼ自身も父から護身術や体術、サバイバル術など様々な技術を教わってきた。その中でリゼは「自分の身は自分で守る、自分を守れるのは自分だけ」という思想を自然と体得していった。また、警視庁に採用されてからは、「組織がお前の才能の煌きを見出したのだから、お前も警官として組織に忠実であれ」と直属の上司でもある父から口を酸っぱくして言われた。「自分」と「組織」と。その二つを信じるべきもの、優先すべきものとして生きてきたリゼは、他人――特に同年代の子供とのコミュニケーションをどう取って良いのか、悩むことがしばしばあった。バイト先で出会ったココアとも、ココアの持つ馴れ馴れしいほどの他人との距離感の近さ、時に無遠慮なくらいにぐいぐい踏み込んでくる性格がなければ、友達になれていなかっただろう。そのココアを、友達を、自分よりも組織よりも信じることが出来るのか――。リゼに突きつけられているのはそのような問いだった。

 

いつの間にかあたりに降りしきる冷たい雨は止んでいた。予報では、東京の街に冷たい雨が降るのは今週までで、来週には例年よりもだいぶ早い梅雨明けとなる見込みだという。リゼは雲の切れ目から差し込んでくる陽光のまぶしさに目を細めながらこう思った。今年の夏は、長くて暑い夏になりそうだ――

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