ティッピーコンテストまでの一ヶ月はあっと言う間に過ぎていった。この一ヶ月、チノは高校に入って初めての期末試験や、ティッピーコンテストに向けて大はりきりのココアから課される様々な無理難題をクリアしていくことに忙殺されていた。そうこうしているうちに、ティッピーコンテスト予選当日の朝をチノ達は迎えていた。
「ココアさーん! 荷造りいつまで時間かかってるんですか! 早く下りてきてくださーい!」
「うん、今行くー!」
という会話をしてからもココアは中々下りてこない。遅刻する訳にはいかないので、最終的にはチノは部屋に上がって行ってココアの荷造りを強制終了させなければならなかった。
「お泊りセットや着替えは分かりますが、水着に、ぬいぐるみ……これはいったい何に使うんですか? 遊びに行くんじゃないんですから。特にこのぬいぐるみが凄くかさばってるんですが」
「決勝終わるまでこの荷物で過ごすことになるし、何が起こるか分からないのがティッピーコンテストだからね。ここで持っていかなかったものが勝敗を分ける決め手になるかもしれないし、必要そうなものは全部持っていかないと。備えあれば嬉しいな、って言うしね!」
「既に決勝まで勝ち進む前提でいるのが凄いです。決勝に進めるのはたった上位四チームなんですよ。というかそのことわざ間違ってますからね……」
そう言うチノは荷造りこそ早めに済ませていたが、お泊りグッズで荷物が結構な量になっているのはココアと同じだった。ティッピーコンテストは決勝に進出できれば予選とあわせて二日間の勝負となる。しかも今回大会では参加者への注意書きに「参加者は十分な交通費と宿泊の用意をしてください。決勝進出者は決勝大会開始までの間、運営の手配した会場に宿泊いただきます」と書かれている。そして決勝会場がどこなのかは記載されていない。ティッピーコンテストに詳しい青山いわく、「今回の大会のモチーフは『シストの地図』……いわば謎解きと宝探しです。決勝会場がどこなのかも秘密にされていて、予選の謎を最後まで解いた者だけが『宝』である決勝会場にたどり着くことが出来る。そんな仕掛けになっているのではないでしょうか。過去の大会でも、機密保持のために決勝会場は秘密にされているというケースはありました。『十分な交通費を用意してください』ということは、決勝会場は遠方なのかもしれませんね」とのことだった。チノも口ではああ言ったが、決して記念受験ではなく決勝への進出を本気で狙うつもりだ。ということでどんな環境で泊まることになっても良いように泊まりの荷物はばっちり準備していた。
出発時間になると、渋谷駅までわざわざココアのお母さんが二人を見送りにきてくれた(ココアのお姉さん、モカまで見送りに来てしまうと店が空っぽになってしまうので、流石に店を外すことが出来なかった)。ココアのお母さんはとても優しい人だ。チノのことをまるで実の娘のココアと同じであるかのように接してくれる。駅でも二人をそれぞれ同じ時間だけぎゅーっとハグして、二人に激励の言葉をかけてくれた。
「チノちゃん、ココアのことをよろしくね。参加する以上は上を目指したい気持ちも分かるけど、無茶だけはしないで、安全を心がけて無事で帰ってきてね」
「ええっ! そこは私に向かって『チノちゃんをよろしくね』じゃないの!? 私の方がお姉ちゃんなのに~」
「だってココアっていかにも無茶をしそうなんだもの……。チノちゃんにはもう話したかしら? ココアったら小さい頃、実験と称して一輪車で山越えをしようとしたことがあってね……」
「い、今はその話はいいでしょ! ほら行こうチノちゃん! 電車の時間が来ちゃうよ! じゃあお母さんもまたね~!」
「行ってらっしゃーい」
予選の集合場所として指定されている秋葉原駅前の広場に向かうため、二人は山手線に乗り込んだ。「シストの地図」をモチーフにした街中を使ったフィールド探索型謎解きを謳っている今回大会では、集合場所はあくまでスタート地点と言う位置づけだ。果たしてチノ達は秋葉原を起点にしていったいどこへと導かれるのだろうか。
「ふ、ふわぁ、これが全員ティッピーコンテストの参加者ですか……。いえ、同伴者さんとか観戦者さんもいるんでしょうけれど、それにしても凄い人です」
秋葉原駅は田舎出身のチノからすると信じられないくらいの人でごった返していた。チノはココアの手をぎゅっと握りココアを見失わないようにしながら、人の波をかき分けて参加者受付ブースに向かった。その途中でリゼと連絡を取り合って何とか合流することが出来た。見るとリゼの隣には青山・千夜・シャロの三人もいる。こちらは既に受付を終えたのだろう、準備万端と言う表情をしていた。さらにその隣にはメグ・マヤの二人もいて、チノ達に気付くと二人は駆け寄ってきた。
「凄い参加者の多さだね。でもチノちゃんたちならきっと勝ち残れるよ。頑張ってね」
「チノだけ参加できていいよな~。来年は私達もチケット申し込んで、チマメ隊で参加しようよ!」
「ふえっ! そうすると私はどうなっちゃうの!?」
「ココアは千夜とシャロと組んだらいいんじゃね? あっ、でもそうすると今度はリゼと青ブルマがあぶれるか……。うーん、じゃあ来年はココアのお姉ちゃんも誘って九人三組にしようよ。そうしたら、むしろ私とメグとリゼでチーム組んでみても面白いかもなー」
「別にいいけど、私の訓練は厳しいぞ?」
「チノちゃんが抜けてリゼさんが入ったら、チーム名はリマメ隊かな? うーん、もっとかっこ良い名前があればいいんだけど……」
人の多さに圧倒されてやや心細くなっていたチノだが、マヤとメグ達のいつも通りのノリの会話を聞いていると少しは緊張が解けていくような気になった。マヤとメグはライブ・ビューイング会場で観戦する予定だと言う。友達二人が見守ってくれていると思うとチノは心強い気分になった。
あまり時間もないのでココア・チノ・リゼの三人も手早く参加者受付を済ませる。ほどなくして、アナウンス放送が参加者に向かって広場に集合するよう呼びかけた。