自信があると言うだけあってクロスワードはあっという間に解くことが出来たチノだが、A~Eの文字を繋げて出てきた単語には思わず首を傾げてしまった。
「『ただのうみ』……ただの海……? どういうヒントなのでしょうか、何も特徴の無い海だったら場所の特定のしようがないですが……」
「『ただ』は無料って意味じゃないかな? ねえティッピー、この近くに無料の海水浴場はある?」
ココアの問いかけに反応して桜色のティッピーが穏やかな声でいくつか地名を挙げる。土地勘の薄いチノは地名だけ聞いても詳しくは分からなかったが、品川近辺で泳げるような場所だと神奈川県東南部の海水浴場が多いようだった。だが、本当に神奈川県が最後の目的地なのだろうか。「『十分な交通費を用意してください』ということは、決勝会場は遠方なのかもしれませんね」――青山の言葉がチノの脳裏に蘇る。そしてチノ達の現在地は西方に向かうリニアの発着駅でもある品川駅だ。ティッピーコンテストの運営は、もっと遠くを決戦の地として思い描いているのでは――チノが違和感をどう言葉にしたものか迷っているうちに、ここまで黙っていてティッピーのホログラム画面で何かを調べていたリゼが口を開いた。
「『ただのうみ』……それって地名だっていう可能性はないか? 広島県の竹原市というところに忠海(ただのうみ)という地名があるらしい……」
画面をポチポチと指で押してさらに情報を得たらしいリゼはこう続けた。
「忠海は広島県の南部、文字通り瀬戸内海沿いに位置していて、そこには忠海港という港があるらしい。そしてそこから出ている船の行き先は大久野島という、全長四キロメートルほどの瀬戸内海に浮かぶ小さな島だ。で、この大久野島だが……、なんと一千羽を超えるうさぎが生息していて、別名『うさぎの島』とも呼ばれているんだよ!!」
「な、なんですってー! うさぎの島!? 行ってみたい!!」
「は、はぁ、うさぎの島……?」
語気を強めて熱く語るリゼと、「うさぎの島」の単語に釣られて目をキラキラさせるココアと、困惑するチノと。チノの「うさぎの島とティッピーコンテストとどう関係が……」と言いたげな視線に気付いたのか、リゼは我に返った様子でこう付け足した。
「ゴ、ゴホン。えーとつまりだな、ティッピーコンテストの決勝会場はティッピーとゆかりのある場所に設定されることがある。過去の大会だと、ティッピー公社の旧本社の跡地にあるティッピー記念公園、ティッピー研究で名高い研究室のある大学のキャンパスなどが会場になったことがあるな。で、ティッピーだが、その外観はアンゴラウサギといううさぎをモデルにデザインされているんだ。『うさぎの島』に住んでいるうさぎはアナウサギだから品種は違うけれど、全く無関係とも言い切れない。『うさぎの島』が決勝会場だったとしてもおかしくはないと思わないか?」
それから短い間、三人の間で議論が交わされた。ゴールは忠海で本当に合っているのか。忠海に向かうとなると、ここから出ているリニアに飛び乗り、大阪駅からは新幹線と在来線を乗り継いでの長旅となる。いくらリニアは速いとはいえ、もし間違っていたら往復で半日以上のタイムロスとなり、決勝進出どころか規定時間内のゴールすら難しくなるだろう。交通費の支出も馬鹿にならない金額だ。ここで忠海に向かうのは大きな賭けとなる。
だが、クロスワードの解はどう考えても「タダノウミ」しかあり得なかったし、それが指し示す場所として他に説得力のある答えをココアもチノも持ち合わせていなかった。こうやって議論している間にも他のチームに追い抜かされているかもしれないと思うと、迷っている時間は無い。チノ達は、大阪行きのリニアへと飛び乗ることに決めた。