寝るまでの間は、チノは室内で明日の作戦の最終確認などをして過ごすつもりだった。だがココアが屋外でティッピーの最終チューニングをしたい、と言い始めたので、仕方なくチノも付き合うことにした。同室のリゼはどこかに行ってしまっていたので、千夜たちを誘おうともう一つの部屋に突撃するココア。だが部屋には青山しかおらず、その青山も原稿をやっているのかタブレットと熱心に向かい合っているので誘うのはためらわれた。ということで二人だけで外に出ようかと思ったその時、ちょうどシャロが通りがかったので、シャロも巻き込まれて三人でホテル前の広場に出ることになった。広場に出た時、三人の上空にはどこまでも広がる星空があった。まるで星が降ってきそう、とはこういう様子を指して言うのだろうか。東京と違って周りに民家も繁華街もない大久野島の空にはたくさんの星が浮かんでいて、黒いビロードの上に銀砂を散りばめたような、息をのむような美しさだった。
「わー! 星がこんなにいっぱい! すごい! お家じゃこんなの見られないよ!」
「確かに渋谷でこんな夜空が見られることはないですね。私の実家ではよく見られますが……。むしろ星空の下にたくさんのうさぎがいる光景、こちらの方が貴重です」
「星は夢のように綺麗だけど、うさぎがたくさんいるのは悪夢ね……」
うさぎはどちらかと言うと夜行性に近い生き物だ。特にこの暑い季節は、昼間は木陰でじっとして体力を温存していた個体が夜になって動き回る姿を観察することが出来る。普段の夜だったら泊まりの観光客が活発になったうさぎと触れ合おうと外に繰り出しているところなのだろうが、今夜は観光客は島から締め出されている。なので今やこの島の夜の支配者は人類ではなくうさぎ達なのだった。チノがうさぎ達に近づくと、餌をもらえると思ったのか、うさぎ達は寄ってくる。チノは思わず本来の目的を忘れてうさぎをもふもふするのに熱中してしまう。一方のココアも、ティッピーのチューニングを始める様子はない。うさぎを怖がってちょっと遠巻きの場所にいるシャロと隣同士で、広場を見下ろせる小高くなっているところの柵にもたれかかって雑談している。本当は最終チューニングというのは口実で、旅先という非日常と決戦の前夜という二重の興奮、その気持ちを紛らわすために話す相手が欲しかっただけなのかもしれない。現に今夜のココアはいつにもまして饒舌だった。ココアの好きな小説や漫画の話、最先端の物理学理論に関する論文の話、青山から借りた量子論の本の話など、話したいことが尽きない様子で、シャロは専ら相槌を打つ役に回っている。街明かりから隔絶された島の満天の星の下、無数のうさぎと戯れるチノと、どこか別世界の空想めいた話題を紡ぐココア。次第にシャロの口数は少なくなり、ココアの独演会のようになっていった。