現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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9章:不思議の兎島のチノ#2

「……インターネット上に作成されるサイト数が多すぎて飽和状態になり、情報の信頼性が低下している問題は二〇一〇年代には既に指摘されていたんだ。SNS上で拡散されるフェイクニュースや、既存の情報の切り貼りに過ぎない無価値なまとめ記事の蔓延。その一方で、世界的に有名な検索エンジンから『村八分』にされたサイトは、たとえそれが有用な情報であっても広大なネットの海の底に沈んで行ってしまう。当時の時点で、インターネットに存在する情報のうち人間が『真実』として有効活用できる情報はごく限られた一部にしか過ぎないと言われていた」

「……ティッピーの普及によって量子通信回路がインターネットに接続され、通信容量が爆発的に伸びるとともに高性能のAIがインターネットに干渉できるようになると、さらにその状況は加速して行ったんだ。何億もの自律判断プログラム達が僅かばかりの広告収入目的でダミーページを天文学的単位で作成する。ある種の政治的な目的と思われるプロパガンダのページなんかも莫大に生成される。たくさんの数の修正BOTや追記BOTが、お互いにお互いの情報を嘘だと判断して情報の修正を行い続ける。SNSではAIが自動生成するつぶやきが人間のそれに取って代わる。もはやどれが人間の書き込みでどれが機械の書き込みなのか分からず、誰も人間の読み手はいない。AIは宇宙が膨張するかのごとくインターネット上に存在する情報量を急速に拡大させ、全人類が一生かけて読み込むことの出来る情報量すら遥かに凌駕することになったんだ。そう、人間の観測できる範囲を超えて情報だけが急速に膨張していく様は、まるで光速を超えた速度で膨張していく、私たちの住む宇宙の姿そのもののようとも喩えられるんだよ。前世紀には『人類は地球上の土地はもはや探索し尽くした。宇宙こそが人類に与えられた最後のフロンティアだ』なんて言われてたみたいだけれど、今やインターネットの地平線こそが、人類にとって未踏の土地になったと言ってもいいのかもしれないね。カリフォルニア大学とスタンフォード研究所の間で『L』の一文字をやりとりするところから始まったネットワーク技術は、一世紀近くを経てついに人類の手の届かない領域を作り出すに至ったんだ。しかもこれは一種の壮大な円環のようなビジョンを描いているんだよ。宇宙は元素を創造し、元素は化学物質を作り、有機物が生物を成した。その生物が進化した人類は、ついには広大な情報の『宇宙』を創造する。生命は宇宙の塵の中から生まれたんだ。そして私達が住むこの宇宙そのものもある意味、情報の集合体と捉えることが出来る。人間は自分を生み出した故郷と同じだけの広がりを持つ世界を、自らの手で創造したということになる」

「……今現在のインターネットはと言うと、生身の人間が恒常的にアクセスし利用しているサイトは、全体の0.01%にも満たないと言われている。では、残りの99.99%にはいったい何があるんだろう? ある一人のエンジニアが、インターネットの全体像、いわば海図を描き出してみようと思い立った。AIが創造して、人間の観測範囲を超えてしまった情報の海に光を照らそうと思った訳だ。具体的には、自動生成するジャンクページ群をしらみ潰しに巡回し観測し、どのページがどのページを参照し、どのようなリンクが貼られているのか、情報同士の相互関係を立体的にプロットしていく、そんな機能を持つ自動プログラムを作り配布したんだ。エンジニアの呼びかけに反応したインターネット上の有志がプログラムを各々のティッピーにダウンロードし、自分のティッピーの余剰の計算資源を使って解析に協力した。つまるところ古典的な分散コンピューティングだね。そして長い時間をかけて解析していった結果、信じられないようなことが明らかになったんだって。インターネットの99.99%を占めるジャンクサイト群は、決して無秩序なゴミ情報なんかではない、むしろ明らかに秩序と一貫性に支配されたリンク構造を有している。まるでこの現実ではない『違う現実』を参照して記述されたかのような、ね。海図のたとえで言うならば、インターネット上の人類可住領域は大海の上にポツンと浮かぶフロートのようなものだと思っていたら、実は氷山の一角のようなもので、海の下には情報同士が意味を持って複雑に絡み合った大きな山が広がっていた、といったところかな。つまり何が言いたいかと言うと、今までインターネット上に無限に広がるAIが作り出したゴミ情報だと思っていたものは、実は私達の生きる『この現実』ではなく、並行世界で起こった出来事を記述したページだったんだ。本当にいつの間にか、そんなことになっていたんだよ。それらはただの人為的なイタズラやプログラムの誤作動の結果では説明できないほどに手が込んでいる。用語の登場頻度の分布やリンクの貼り方などからして、明らかに何らかの意味を持った世界観を共有している。現にそれらのページに記載されている情報には、この世界に実在しない人物や出来事、歴史などについて、とてもリアルに詳述したものが含まれていた」

「……そのエンジニアに話を戻すと、彼女は全体のページ群の中から極小の一部ページ群を切り取ってさらに微細な分析にかけてみることにしたんだ。彼女がサンプルとして選んだページ群は、フランスとドイツの国境沿いのとある美しい街、彼女の生まれ故郷でもある街についてのものだった。ページ群の大半は、その街で起こっている特異な現象……うさぎの大繁殖について言及していた。だけど実際に私たちの生きる『この現実』では、その街でうさぎが繁殖しているなんていう事実はない。でもそのページ群では、うさぎの生態系について解説した地元の大学の生物学科のサイト、うさぎが住み着いた歴史的経緯について触れている郷土史家のサイト、うさぎをもふもふ出来ることを観光資源としてアピールする観光局のサイト、街全般について解説する百科事典サイト、うさぎグッズを販売する通販サイト、うさぎと触れ合える宿をアピールする旅行サイト、うさぎの餌やりの様子のアップされた動画サイト、うさぎの集まりやすい地点をプロッティングした地図サイト、うさぎの写真をアップして『いいね』を貰えることを狙う個人のSNSやブログ、その他諸々が全く矛盾なく緊密に連携しあって体系的に存在していた。確かにインターネット上ではいわゆる『釣り』目的で架空の事物を創造する文化は昔からあったけど、ここまで精巧かつ手のこんだものを作りこむことは考え辛い。しかもこれは一部の極小ページ群なのであって、これと同じレベルの『私たちの現実に対応する物の無い事物について記述したサイト群』が幾億も存在するんだからね。やはりこれは量子回路を通じて『別の現実』がインターネットを侵食した結果と考えるしかないのではないか……そう彼女は結論付けたんだ」

 

 ここまで話してココアは、はぅ、と一息ついた。

 

「……と、まあこれが青山さんから借りた本に書かれている『ティッピーの量子回路は、既に他の並行世界との通信回路を開いている』仮説の根拠として挙げられている事実なんだけどね。ただ肝心のそのエンジニアが行ったオリジナルの解析結果そのものはインターネット上から削除されていて検証することが出来ないんだって。うさぎがいっぱいいる街についてのページ群へも、今となってはどう検索してどういうリンクを踏んでいけばたどり着けるのか、再現不可能になっている。ネットで遊んでて『あれ、面白かったあのページ、もう一度読みたいけどどうやって行くんだっけ?』てなることはよくあると思うけど、その現象が全世界レベルで発生して誰一人たどり着けなくなった、と言えば良いのかな。しかもそのエンジニアのメールアドレスにアクセスしようとしてもメールが届くこともない。今となっては彼女がこの世界に実在する人物なのかも疑わしい。むしろそのエンジニアこそが並行世界人なのであり、解析結果自体が別の並行世界から書き込まれた可能性すらある……と著者は締めくくっているんだ」

 

「う、うーん、それって検証不可能なのを良いことに好き勝手書いてるだけじゃないかと思うけど……」

 

 目をこすりながら眠そうな声でシャロが応える。

 

「でもでも、最近ティッピー犯罪が多い~とか騒がれていて、企業や自治体のサイトがハッキングされて書き換えられたりするでしょ。でもその書き換えられた内容って、単なるイタズラとも思えないような変なリアリティのある内容だったりするでしょ。それで犯人もあまり捕まらなかったりするでしょ。だいたい、この国は少子化一直線なのに『若者のティッピー犯罪が激増!』みたく言われる方が違和感あるよね。並行世界からの干渉、そう思ったほうがロマンあると思わない?」

「まあ、それには同意するわね。他にもたとえばエイプリルフールのジョークサイトなんかも、実は別の並行世界を観測した結果、そう考える余地はあるかもしれないわね」

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