現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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2023.03.22 ※文字数の都合から9章#2に少し追記しました


9章:不思議の兎島のチノ#3

「……?」

 

 ココアとシャロの会話を聞き流しながらしゃがみこんでうさぎをもふもふしていたチノは、首元に視線を感じて振り返る。見ると一羽の白うさぎがチノをじっと見ていた。昼間チノになついていた毛玉うさぎとはまた違う白うさぎで、品種はこの島によくいるアナウサギのように見える。うさぎは元来大人しい生き物のはずなのだが、その白うさぎはぴょん!と素早く跳ねるとチノに飛び掛ってきて、チノのかぶっている麦わら帽子を奪うと文字通り脱兎のように駆けて行ってしまった。

 

「あっ! 待ってください!」

 

 チノは白うさぎを追って駆け出す。まるで不思議の国のアリスのように。後から思えばここでうさぎに帽子を奪われたのは何か命運のようなものだったのかもしれない。夜だから本当は要らないはずの帽子をうっかりかぶってきてしまっていたことすら、この後に起こる出来事にチノを導くための布石だったのではと思える。穴に飛び込むことにこそなりはしなかったが、チノがうさぎを追っていった先で出会ったのは、かの童話の少女もかくやというような驚くべき出来事だった。

 

 チノはずいぶん長い距離を走らされた。夜とはいえ気温の高い中なので、汗が腋の下からにじみ出てチノの白いTシャツを濡らし、ぺったりとチノの薄い胸に貼り付く。逃げるうさぎの足が速かったのもあるが、灯りの少ない夜道をティッピーのライトを頼りに走るのは思いのほか大変でチノは中々追いつけなかった。最後には何とか帽子を取り戻すことが出来たが、その時には島を半周近く走らされていた。

 

「何でしょう……ここは……」

 

 うさぎから帽子を取り返してはっと辺りを見ると、チノは大きな建物、いや正確に言うとかつて建物だったものの近くに迷いこんでいた。さっきまでいたはずの白うさぎはあっという間にどこかに消えてしまい、チノの周りには人っ子ひとり、うさぎ一羽もいない。その建物は役目を終えてからかなり時間が経っているようで、肉や内臓とでもいうべき外装や内装が剥がれ落ちている。朽ち果てたコンクリートの骨組みに窓枠だけが残されている様はどことなく髑髏の眼窩を思わせる。チノは知らないが、ここは発電所跡と呼ばれている廃墟だ。大久野島は瀬戸内海航路でも要所となる位置にあり、明治時代には芸予要塞という陸軍の要塞が置かれていたこともある。そういった軍とのつながりが元々あったからなのか、この島は第二次世界大戦が終わるまでの間、軍の管理下で毒ガス製造工場が置かれていたという暗い歴史がある。今でも当時の遺構は島に残されている。毒ガス工場で使うための電源を確保していた発電所の遺構がチノのいる場所なのだった。今日この島のことを知ったばかりであるチノはそういった歴史については詳しく知らない。だが、争いや憎しみといった人間の負の側面を無言で背負い込んだかのような夜の廃墟の不気味さを、チノは無意識に感じ取っていた。

 

 ガサッ! その時、遠くから物音がした。慌てたチノは反射的に近くの茂みに隠れてしまった。遠くからの物音は、徐々にこちらに近づいてくる人間の足音に変わる。よく考えると隠れる必要はなかったかもしれないが、でももしかしたらここは立入禁止区域だったかもしれない、とチノは思った。遺構の中は崩落などの危険があるので平時から立入禁止なのだが、ティッピーコンテスト前夜である今は、参加者が会場に何か細工したり、運営が会場に仕掛けたギミックを前もって知ってしまったりすることを防ぐために、普段よりも広い立入禁止区域が設定されているのだ。チノはティッピーのライトを絞り、とりあえず隠れたまま様子を見ることにした。

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