現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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9章:不思議の兎島のチノ#4

「………………いうことなの? 説明を………………」

「………………にも分からん。私が知っているのも親父から………………」

 

 だんだんと近づいてくる足音は千夜とリゼのものだったようだ。仄暗い廃墟に迷い込んでしまったチノの心は一瞬前まで不安に揺れていたが、友達の声を聞くことが出来て一気に安心した。チノは思わず茂みから飛び出しそうになったが、すんでのところでそうしなかったのは、聞こえてくる千夜の声が今まで聞いたことのないような険を含んだものだったからだ。何やらリゼと言い争っているようにすら聞こえる。わざわざ宿を抜け出して夜中にこんなところまで来ているということは、二人だけの秘密の話なのかもしれない。聞いてはいけないものを聞いてしまったような罪悪感と、いったい何の話をしているんだろうという僅かな好奇心とがチノの判断を一瞬遅らせ、結果、隠れたまま二人の話を盗み聴きするような形になってしまった。

 

「リゼちゃん、納得いく説明をして頂戴。ここまで付き合わせておいて、今更任務から解かれるだなんて……」

「それは私だって同じ気持ちだ。予選まではココアを監視しろ、と言われておいて、今になってもうココアには関わらなくていい、普通の一般参加者に戻れ、と言われてもな。だが警官としては上の言うことには従うしかない。この警官バッジに賭けて、だ。……シャロが姿を見せないな。まあいい、シャロには私から説明しておく」

「そう言われる理由が、渋谷の事件の真犯人が捕まったから、ならば納得行くのだけれど」

「たぶん、違うんだろうな」

 

 いったい何の話をしているんだろう? 千夜とリゼの会話は、聞きなれない単語ばかりで、犯人がどうとか警察がどうとか違法ティッピーがどうだとか逮捕だとか、女子高生同士の会話とはとても思えないようなものだった。漫画かミステリ小説か刑事ドラマの話でもしているのかと思ったが、それにしては二人ともあまりにも深刻すぎる表情をしている。何よりこんなところにわざわざ来る意味がない。二人の会話をしばらく聞いていて断片的に理解できたのは、リゼが実はお父さんのツテか何かで警視庁の任務を請け負っている、本物の警官であるらしいということ、ココアは違法ティッピー事件――渋谷を起点として発生している連続不正アクセス未遂事件、これについてはチノもニュースで聞いて知っていた――の容疑者として追われているらしいということ。まさか、というような内容だが、二人の会話はどう聞いてもそう解釈するほか無いのだった。そして後に続く二人の会話はさらに衝撃的な内容だった。

 

「これは私も噂でしか聞いたことのない話だが、政府の中にはティッピー犯罪者の中でも特に危険な連中、ティッピーテロリストと言われるような輩を専門に相手にしている、極秘の特殊部隊があると聞いたことがある。ひょっとすると今回の事件はそういう奴らに管轄を奪われてしまったということなのかもしれん」

「もしかしてリゼちゃん、あの予選二位のコスプレの人たち、あの人たちが本物の特殊部隊だと思ってる?」

「あくまで可能性として、だ。でもあからさまに怪しすぎるだろ、アイツら」

 

 その後に続く二人の会話は、特殊部隊がココアを強襲する可能性について検討するものだった。いわく、流石に渋谷の高級住宅街の中にあるココアの家を突然強制捜査するのは世間の目もあって難しいが、ティッピーコンテストの中での事故や遭難に見せかけてココアを拘束するのは可能なのではないか、とのこと。本気で特殊部隊がココアを拘束するつもりなら残念ながら対抗するすべはない、自分の身の安全の方を優先しろと説得するリゼと、ココアに逮捕される理由が無い以上は戦わなければならない、不当逮捕だったらそれに抵抗しても正当防衛だ、と主張する千夜との会話は噛み合わないままだった。平行線の話し合いはしばらく続き、最終的に結論が出ないままに二人は、とにかくシャロにも知らせないと、というようなことを言いながら立ち去っていった。

 

 二人が去った後も、チノはしばらく呆然としてその場を動けなかった。リゼの「裏の顔」やそれを今までチノには隠されていたという事実は確かにショックだったし、特殊部隊がどうこうというのに至ってはあまりにも突拍子も無い話過ぎて逆に現実感が薄い。だが一番チノを動揺させたのは、ココアが違法ティッピー事件の犯人として疑われているという事実だった。チノはココアと暮らし始めて三ヶ月になるが、ココアという少女は何でも明け透けなようでいて、その実、行動原理や思考回路には窺い知れないところがあることをチノは感じ取っていた。それは天才少女と呼ばれるココアの頭の良さに起因する、「思考回路を何段階もすっとばして行動するので凡人からはどのようなプロセスで意思決定したのか分からない」という点も一因なのかもしれない。今回のティッピーコンテストへの参加を決めた動機も、単純にティッピーが好きだから、というだけでは無いように何となく感じる。千夜はココアが無実と信じ切っている口調だったが、果たして警察は、リゼのお父さんは、全くの無実の人間に疑いをかけたりするものだろうか。そういえばチノも、ココアが常連だと言う秋葉原のティッピーショップに行ったとき、「ここは本当に合法なお店なんでしょうか」と思ったのでは無かったか。だがチノの胸の中で生まれた黒いもやもやをココアに直接ぶつける訳にはいかない。代わってチノの口からは、傍らにいるティッピーに向かってこんな言葉が漏れた。

 

「ティッピー、私、ココアさんのこと、信じて良いんでしょうか……」

 

 ティッピーは答えない。チノの言葉は廃墟の中の、異形の怪物が口を開けているかのようにも見える無明の闇へと吸い込まれていった。

 

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