廃墟を後にしてからティッピーコンテストの決勝が始まるまでの出来事をチノはあまり良く覚えていない。あの後ホテルに帰って、ココアとはあまり目を合わせられないままにお風呂に入って眠り、朝起きてホテルの朝食を食べ、作戦の最終確認や準備をしていたはずなのだが、緊張に加えて前夜の千夜とリゼの会話のことで頭がいっぱいになっていて、上の空のままに時間が過ぎていってしまったのかもしれない。気付くと集合時間になっていて、チノ達は集合場所になっているホテル前の広場にいた。四チーム十二人の参加者が一同に会している。チノ達六人のほか、昨日夕食を共にした店員チームの三人組、そして相変わらず特殊部隊の格好をした三人組がいる。もし彼女らが本当に特殊部隊員なのだとしたら? 千夜のように真正面から抵抗するとまで言う勇気は持てなくても、せめて彼女らがココアにあからさまな危害を加えようとしたなら、一番近くにいるはずの自分がそれだけは止めさせなくては――チノは服のポケットの中で汗ばんだ小さな手を握りしめた。
集合時間ぴったりになると、十二人の前に予選の時に説明をしてくれたのと同じ眼鏡の大会運営委員の女性が立った。今回は予選の時と比べて圧倒的に参加者の数が絞られているので、マイクもモニターも使わずてきぱきと伝達事項を話し始める。本日の気温は三十度以上にまで上がります、水分塩分補給を小まめに行い熱中症対策をしましょう、医務室の場所はこちらです、本日は警察の要請により警備員および私服警官が会場一帯を警備しています、不審な物や人を見かけたら運営スタッフまでご一報ください――予選の時と全く同じ一般的な注意事項の後にさらに競技説明が続く。こちらも、他人や他人のティッピーに対して直接的な危害を加える行為は禁止と言う大原則、チーム間での協力プレイや通信を取り合うことは禁止というルールなどは一緒だった。謎を解いていってゴールまでたどり着くまでの速さで勝敗が決まると言う点も、勿論同じだ。一つの島全体を使った「シストの地図」という発想は、千夜とリゼの会話が心にのしかかっている状況でなければチノの気持ちをわくわくさせていたに違いない(実際隣にいるココアは純粋に目を輝かせているように見えた)。ただし一つだけ追加されるルールがあります、と眼鏡の女性は言った。
「ご覧のとおりですが、ここ大久野島にはたくさんのうさぎが生息しています。競技中であろうとなかろうと、うさぎを傷つけるような行為はもちろん、ティッピーをうさぎに接触させることも禁止です。故意に接触させていると見なされた場合は失格処分となります」
まあそれはそうだ、とリゼがつぶやく。ティッピーは外観こそメタリックだが触ると「もふもふ」した触感の特殊な素材で出来ている。うさぎはティッピーがぶつかっても怪我はしないだろうが、ストレスには感じるかもしれない。ましてやうさぎを傷つけないのは当たり前のことだ。
「ティッピーをうさぎに接触させるのは禁止。じゃあ、競技者がうさぎに接触するのは禁止じゃないのかな?」
「ココアあんたねぇ、試合中にうさぎをもふもふしようとするんじゃないわよ」
そんな軽口を叩くココアとシャロだったが、「ティッピーとうさぎの接触禁止」これが意外と厄介な条件と化していると分かるのは、もう少し後の話である。