ココアとチノと別れ山頂への道を進むリゼの心境は複雑だった。まず、ココアから預かったぬいぐるみを手に持ったままなのでこれが割と普通に邪魔なのだがそれは良いとして、やはり気になるのは特殊部隊チームの動きである。別れる直前に後ろからやってくる千夜達の姿が見えたので、目と唇の動きでココアのことを追いかけて守ってやってくれ、よろしく頼むと伝えたつもりだが、どこまでやれるだろうか。そもそも、看板の前で二手に分かれたこと自体、本当に特殊部隊チームがココアを強襲しようとしているのであれば不可解だ。特殊部隊とはチームで動くからこその「部隊」なのであって、ココアを襲撃するなら数的優位を作った状況で三人で仕掛けてくるとリゼは予測していた。もしかしたら敢えて自分達が二手に分かれることでリゼ達も二手に分かれるよう誘導し、どこかで自分達だけは合流してココアに矛先を変えるつもりなのかもしれない。それをリゼは最も警戒していた。だが、リゼの予想は数分後、意外な形で裏切られることになる。
「!」
ガサガサッ、と物音がしたかと思うと目の前に特殊部隊チームのうち一人が現れる。道の脇の林の中に身を隠していたらしい。同時に、リゼの真横と真後ろにも特殊部隊チームの残りのメンバーが出現する。あっという間に三人にリゼは囲まれた形になっていた。こちら側の道に来た特殊部隊は二人だけのはずだが、いつの間にもう一人と合流していたのか? ココアではなく何故リゼの方に来たのか? リゼも決して腕に覚えがない訳ではないのだが、そのリゼに一切の気配を感じさせずに取り囲むとはやはり「本職」で間違いなかったか――、瞬間的に様々な疑問や思考がリゼの脳内で交錯する。
「天々座理世さん……いえ、貴官は警視庁所属の、天々座特別嘱託職員ですね」
リゼの目の前の特殊部隊員がリゼに話しかける。問答無用という訳ではないらしい。
「この格好なので不審がられるかもしれませんが、私達は警察庁組織犯罪対策局浮遊型量子通信機器類捜査特別部隊の者です。コンテスト中に失礼しますが、貴官には渋谷の連続不正アクセス未遂事件に関連して、重大な情報漏洩の容疑がかけられています。今から任意同行をお願いできないでしょうか」
「なっ……!」
目の前に立つ三人は、リゼの所属する警視庁を監督すべき立場にある組織、警察庁の名前を出してきた。捜査する側だと思っていた自分が、いつの間に捜査される側になっていたのか? リゼの頭の中はぐるぐると回路がショートしたかのような混乱に陥る(「警察庁組織犯罪対策局浮遊型量子通信機器類捜査特別部隊」というのは、出自を明らかにすることの出来ない極秘組織である特殊部隊が名乗るダミーネームの一つだったが、この時のリゼには知る由もない)。今はティッピーコンテストの最中だ。私が今ここで任意同行に応じてしまったらチームはどうなる? いやいや、心配すべきはそこじゃない。重大な情報漏洩とは、自分がココアの友人だからココアに何か捜査情報を漏らしていることを疑われているのか、それとも千夜やシャロに言った何かがまずかったのか。だいたい、「任意同行」と言って言葉尻こそ丁寧だが、完全装備の三人で取り囲んでそれを言うのは有無を言わさず拘束するという意味ではないのか? そんなリゼの推理が正しいことを証明するかのように、三人は距離を詰めてくる。
「くそ、やめろー!」
リゼが思わずそう叫ぶと、どうしたことだろうか、リゼが腕の中に抱えているうさぎのぬいぐるみが目を光らせて反応した。プシュ、と短く起動音がした後にぬいぐるみの口が開き、黒いボールのようなものが射出される。リゼと特殊部隊員のちょうど真ん中あたりにそれはぼとり、と落ちたかと思うと、一瞬にして灰色の煙がもくもくと立ち上った。煙幕だ! ぬいぐるみにはまるで忍者が使うような煙玉が仕込まれていたらしい。
「くっ……げほげほ! 何だこれは!」
特殊部隊員がうめく。煙玉の中では激烈な化学反応が起こっているのか、あたりに立ち込める煙の勢いはますます増していた。「何だこれは」と言いたいのはリゼも同じだったが、ある程度の推測は出来た。リゼがこのぬいぐるみをココアに渡したときにはこんな仕掛けは仕込んでいないので、ココアがぬいぐるみに何かしたのだろう。ココアがこんな事態を予測していたのかは分からないが、おそらくは、不測の事態からリゼを守るために何かギミックを施していたのだ。煙幕があたりを覆い尽くす一瞬の間に、リゼの脳内ではこのぬいぐるみをココアにあげた時の出来事がフラッシュバックした。