現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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10章:普通の女子高生#5

リゼとココアが出会ったのは二年前の春のことだった。リゼは元々豊かな家庭に育ち、お小遣いにも不自由したことはなかった。けれども、高校生になったリゼには、「普通のバイト先でバイトして、普通の女子高生のように自分のお金で好きなものを買ってみたい」というささやかな夢があった。だが高校と警視庁の特別嘱託職員の二足のわらじを履くことが既に決まっていたリゼがさらに普通のバイトもしてしまうと勉強がおろそかになってしまうのでは、とリゼの父は心配した。そこで、「比較的暇で負担が軽くて、シフトの自由度も高いパン屋のバイトがあるんだ。中学三年生でリゼとは年の近い娘さんもいるからきっと気が合うだろう。ちょっと変わった娘さんみたいだが、仕事の半分くらいはその娘さんのお守りみたいなもんだ」そう言ってリゼの父が紹介してきたのがホット・ベーカリーのバイトだった。中学生の変わった娘さん、それが他ならぬ保登心愛のことである。そしてバイトの初日、リゼとココアは出会った。ココアは新しいバイトが来ることをその日まで知らされていなかったらしく、ココアにとっては突然の出会いだったようだ。だが、この日の体験はむしろリゼにとって衝撃だった。

 

「誰だお前は!?」

 

 ホット・ベーカリーの更衣室で下着姿になって着替えている時に、後ろから入って来る人の気配を感じリゼは振り返った。リゼは癖で、ティッピーから突き出された長い刺股状の装置――チノがホット・ベーカリーに来た初日にも突き付けられたそれだ――を人影に向かって突き付けてしまう。そんなことをされたら、普通は、それこそチノのように、おびえてしまうのが自然だろう。だがその後に起こった出来事はリゼの予想外のものだった。

 

「なっ!」

「ふーむ、対侵入者用の防御装置、ちゃんと想定通り作動したようだね! もっとも侵入してくるのが下着姿の女の子というのは想定外だったけど」

「な、なんだお前は!? 私のティッピーの攻撃を防ぐだと……!?」

 

 触手状のコードがリゼのティッピーの放つ武器に巻き付いて動きを押さえていた。ココアのティッピーからコードが瞬間的に伸び、リゼの棒状の武器を無力化したのだ。

 

「私はココア、このパン屋の看板娘にして天才メカニカルエンジニアだよ! ところで露出狂の不審者さん、あなたはいったい誰?」

「お前がこのパン屋の……そ、それはすまなかった。私の名前はリゼ。今日からここのバイトとして雇われたんだが……親御さんから聞いていないか? あと私は露出狂じゃない!」

 

 自分で「看板娘」「天才」と言ってしまうのもどうかと思うが、とにもかくにもこうして二人は出会った。その後のバイト生活も、天才エンジニア(の卵)・ココアの巻き起こす様々なトラブルのせいで全く退屈することがなかった。ココアは確かに変人だったが、同じシフトに入りおしゃべりし合うのを繰り返すうちに、不思議と馬が合う、とリゼは思うようになっていった。そしてある日転機が訪れた。ふとした話の流れからココアがもふもふしたうさぎが大好きだということを知り、手作りのぬいぐるみをプレゼントしてあげようとリゼは思い立ったのだ。

 

(勢いだけで作ってみたは良いけど、これ、変じゃないかな……、うう、この眼帯とか、よく考えると自分の趣味を詰め込み過ぎな気がする……)

 

 プレゼントを喜んでくれるか不安に思うリゼ。だがプレゼントを受け取ったココアの反応は、そんな不安を吹き飛ばして余りあるものだった。目をキラキラと輝かせて、「はぅわぁ~……!」と声にならない声を上げて感激を表している。

 

「本当にありがとう! この眼帯がかっこいいね! 裏の世界の情報を持ってて暗黒街を牛耳るマフィアの首領うさぎ、って感じかな? ほんっとうに可愛いなあ。大切にするよ!」

 

 眼帯はリゼの好きなゲームに出てくる伝説の傭兵のキャラクターが着けていたものをイメージしていて、決してマフィアをイメージした訳ではないのだが、とにもかくにもその反応を見たリゼはほっとして喜んだ。そしてその時、リゼは強くこう思ったのだ。パン屋でバイトして、バイト先で友達が出来て、友達と他愛無いおしゃべりをして、手作りのプレゼントを贈って、喜んでもらって。こういう生活は、何だかまるで普通の女子高生のようで、楽しい、と。幼い頃からエリート警官の父の英才教育を受け、自身も警視庁に採用されたリゼは、クラスメイトと話していてもどこか感覚が合わないと思ってしまうことも多く、女子高生としての普通の生活は縁遠いもののように思っていた。だが(ココア自身も普通の女の子とは言い難かったが)そのリゼに普通の女子高生の友達として接してくれたのが、ココアだったのだ。そのことをリゼは思い出していた。

 

 フラッシュバックした記憶の回想から覚めた時、リゼは立ち込める煙の中で特殊部隊員の声を聞いた。

 

「くそ、標的を逃がすな、やれ!」

 

 どうやら煙に乗じてリゼが逃げ出そうとしていると思っているらしい。煙の中でもどうにかリゼの居場所を特定したらしい特殊部隊員のうち一人がこちらに襲い掛かろうとしている気配も感じる。だが、どうして逃げる必要があるだろうか。「組織の下す任務と、ココアとの友情と。どちらを選ぶべきか」――四月以来の数か月間にわたりぐるぐると考え続けていた問題の答えは、リゼの中で既に出ていた。考えてみれば、今「ラビットハウス」に集まる七人のメンバーの中でも、ココアと最も付き合いが長いのはリゼなのだ。その自分がココアを信じてあげなくて、いったい誰がココアを信じるというのか。ココアを守るためには、今ここで捕まる訳にはいかない。――戦わなければならない。

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