現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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11章:まほうつかいと水着の盾(ナイト)#1

「なんで……どうしてこんなことをするんですか」

 

意味が無いと分かっていても、チノはそう問いかけずにはいられなかった。

 

「別に命まで取ろうって訳でもありませんよ。渋谷の連続違法ティッピー事件、その解決がされるまでの間、保登さんには我々の監視下にいていただくだけです。まあ、学校に通ったり普通の生活を送ることは難しいでしょうが」

 

 メイド店員は簡単にそう言うが、高校生が学校に通えなくなるというのはそれは一大事なのではないだろうか。「違法ティッピー事件の解決がされるまでの間」と言うが、解決にいつまでかかるかも分からないのではないか。犯人が見つからなかった場合は一生ココアさんを監禁するつもりなのだろうか。そもそも、騙し討ちのようなやり方でココアさんを拉致するようなやつらの言うことが信用できるのだろうか――、ぐるぐるとチノの中で色んな思いが交錯する。だが、ココアを人質に取られている状況で、ココアを傷つけずに奪還する方法はいくら考えても思いつかない。

 

 準備の良いことに岸壁には動力付きのゴムボートが浮かんでいた。正規のフェリーに乗せる訳にはいかないから、それを使ってココアを島から連れ出すつもりなのだろう。メイド店員は喉元にナイフを突きつけられて抵抗できないココアにそれに乗るように促す。一歩、二歩。ココアの体が完全にボートの上に納まったのを確認すると、メイド店員も後を追ってボートの上に飛び乗った。このままでは本当にココアさんが連れ去られてしまう。何か、何か出来ることは――

 

 雨が降っているのだろうか? チノは手の甲に冷たい水滴が当たるのを感じた。いや、違う。これは私の目から涙がこぼれ落ちているのだ。泣いてなんている場合じゃないのに。今はココアさんを助ける方法を見つけるため、知恵を振り絞らないといけない時なのに。そう思えば思うほど、無力感と悔しさが形を変えたようにチノの目から大粒の涙がぼろぼろと流れ出す。霞んでいく視界の中で、無情にもボートのエンジンがかかり、ココアが連れ去られようとするのが分かる――

 

「待ちなさい」

 

 その時、聞き慣れた声がチノ達の耳朶を打った。声質は柔らかだが芯の通った、鈴のような凛とした声が、エンジン音とさざ波の音を突き破って海岸に響きわたる。

 

「ち、千夜さん!」

 

 チノが来たのと同じ山側の道から、千夜が現れた。その後ろにはシャロもいる。シャロは青ざめた表情をしているが、対照的に千夜の頬は怒りに赤く染まっている。千夜はメイド店員の目を真正面から捉えながらこう宣告した。

 

「あなたのやっていることは明らかな誤認逮捕、不当逮捕よ。さっきからのやりとりはティッピーの望遠レンズ機能を使って録画・録音させてもらったわ。このままココアちゃんを連れて行くつもりなら、この映像をインターネットにアップロードして、ありとあらゆる手段で拡散します。女子高生とはいえ公的機関に所属する身の者が、こんな強引なやり方で一般人を拉致しようとしていることが明るみに出たらどうなると思う……? こちらだって、身に降りかかる火の粉は払わせてもらうわ」

 

 きっぱりとそう言い切る千夜。だが、メイド店員は意に介さない風にこう答えた。

 

「言いたいことはそれだけですか? 過去にも私達の組織の行いを暴き出そうと試みた人はいました。ですから私達の組織は当然、インターネット上での風評被害など封殺する手段を持っています。その気になれば動画だけでなく宇治松さん自身を『削除する』ことも出来ること、ゆめゆめお忘れなきよう……」

 

 援軍にかけつけてくれた千夜の策も、国家権力の振るう物理的な暴力の前では通用しなかった。もうこんなところに用はない、と言わんばかりにココアを乗せたゴムボートが動き出す。千夜が唇を噛むのが見えた。万事休すか。そう思われたその時。

 

「!!??」

 

 チノの視界の端を、猛然とした勢いで白い何かが駆け抜けた。山側から飛び出した「白い何か」は勢いを保ったまま海に向かって飛び出す。一瞬のことでチノには何なのか視認出来なかったが、バスケットボール大サイズに見えるそれは、もふもふとした長い毛の生えた、毛玉のような――?

 

「!? ぐうっ!?」

 

 海に向かって飛び出した毛玉はきれいな放物線を描いた。放物線の向かう先は岸から離れつつあるゴムボートだ。岸からゴムボートまで既に結構な距離があったが、毛玉の助走の勢いがよほど強かったのか、海面を軽々と飛び越えて、メイド店員のみぞおち目がけてまっすぐ飛び込んだ。ゴッ!という激突音がして、毛玉の特攻をまともに食らったメイド店員がうめく。チノの目には、メイド店員と毛玉とがもんどり打って海に落ちていく様子がスローモーションのように映った――

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