現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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11章:まほうつかいと水着の盾(ナイト)#3

バシャーン!

 

 同時刻。海岸側では、もんどりうって海に落ちる毛玉とメイド店員を唖然とした表情でチノ・千夜・シャロの三人が見つめていた。あの毛玉、あれは昨日桟橋を降りたところで出会ったティッピーそっくりのアンゴラウサギでは? うさぎってあんなに長距離ジャンプできる生き物だったのか。そもそも何でうさぎはメイドに特攻していったのだろう? 結果的に助かったけれど、まさか餌をあげた恩返しのつもりなんだろうか。それにしてもメイド店員は敵とは言え頭から真っ逆さまに海に落ちて行ったけど大丈夫なんだろうか――そんな思考が脳内を駆け巡る間、三人はフリーズしてしまう。だが、三人が我に返るよりも一瞬だけ早く、先に動いた者がいた。

 

「メイドさーん! 今助けるよ! 待ってて!」

 

 もう一度、バシャーン! 何と、先程までメイド店員に拘束されていたはずのココアが、誰よりも先に海に飛び込んだのだ。

 

「ごほっ! げふっ!」

「コ、ココアー!? あんた泳げないんでしょうが!」

「コ、ココアちゃーん!」

 

 泳げないココアが飛び込んでも、状況は悪くなっただけのような――しかもメイド店員の方も、うさぎが突っ込んできた衝撃で気でも失ってしまったのだろうか、海面に浮かび上がってくる気配が無い。シャロは青ざめ、さしもの千夜も冷静さを欠いているように見える。だがそんな中、いち早く一人冷静さを取り戻していたのはチノだった。

 

(ココアさんとメイドさんが溺れてしまった、千夜さんとシャロさんもパニックになっている……。こんな時こそ私がしっかりしなくちゃです。田舎でしょっちゅう川遊びをしていた私が、こういう時の対処には一番慣れているはず。大丈夫、昔おじいちゃんから教わった水難救助の方法で、きっとうまくいくはず……!)

 

 チノは自分に言い聞かせるようにそう決心すると、即座に自分の荷物を開け、千夜とシャロの荷物も開けさせる。二リットルのペットボトル、ベルト、長いタオル。必要なものは一応揃った。ペットボトルは、昨日からさんざん「水分補給が大事」と言われていたので大きめのものをいくつも持って来ていた。中身のスポーツドリンクを少しだけ残して後は捨てる。これは溺れた人をつかまらせる「浮き」の代わりになるものだ。少しだけ中身が入っていた方が遠心力が働いて遠くに投げやすい。ベルトやタオルは結んで即席のロープ代わりにする。本物のロープと比べると少し心もとないがそれでも数メートルの長さにはなったはずだ。この即席ロープの先をペットボトルに結び付ければ、完成だ。

 

「ココアさーん! 今からペットボトルを投げます! それにつかまってください! あと近くにメイドさんいませんか!? 自分の体勢が安定したら手を貸してあげてください!」

 

 あっぷあっぷしているココアにちゃんと聞こえているのか自信がなかったが、とにかくペットボトルを海に投げ込む。ロープのもう片方の端は陸にいるチノ達が持ち、ココア達を引っ張り上げようという算段だ。だがここで一つ、誤算があった。ロープの長さが足りず、陸からではココアのところまでペットボトルが届かないのだ。もしかするとココアがだんだんと波で沖合いの方に流されているのだろうか? いずれにせよこの状況ではココアを助けることが出来ない。ロープの長さを伸ばすか、ロープの起点をココアに近づけるかの二択になる。でもロープに使えそうなものは一通り使ってしまったので、前者は難しいだろう。後者はつまり、ロープの端を持つチノが海に入るということになる。だが水難救助では助ける側はなるべく陸上から助けるのが鉄則だ。訓練を受けたレスキュー隊ですら、自身が海に入っての救助は難しい。溺れかかっている人のもがく力というのは凄まじく、助けに入った側がコントロール出来ず逆に溺れてしまうということがしばしばあるのだ。せめて、救命胴衣か浮き輪のような浮力を発生させるものがあれば別ですが、と、ここまで考えてチノは気づく。

 

(あるじゃないですか! 浮力を発生させるものが!)

 

 慌ててチノは自分の荷物の奥を探す。小さく丸まってはいたが、確かにあった。「この水着やっぱりきついなぁ……、チノちゃんなら着れるかもしれないから、良かったらこれはチノちゃんにあげるね」ココアの声が脳裏にこだまする。そう、ココアが昨日の水着勝負で着ていた「浮力マシマシの水着」をチノは貰っていたのだ。見た目は本当にただのスクール水着にしか見えないが、これに賭けてみるしかない。今までココアの発明品は、使い方を間違って明後日の方向の結果になることはよくあったけれども、機能そのものに問題があったことはほとんどないはずだ。水着に着替えるのに人の目を隠すようなものも何もないけれど、周りには千夜さんとシャロさんしかいないし、気にしている場合ではないです――そうチノは決意すると目にも止まらぬ早着替えで服を脱ぎ水着に着替えた。

 

 ざぶーん! 海に飛び込むとココアの水着の効果はすぐに感じることが出来た。体が軽い。まるで特大の浮き輪をつけているようだ。体が浮かび上がるのを感じる。逆に海の中に潜るには相当な力をかけ続けないといけないレベルだ。これならば二人を抱えてもまだ沈まなさそうだ。いったいどんな原理になっているんでしょう? と気になるが、今はそれどころではないのでココア達の方へ向かう。真夏の海は火照った肌を冷やすのにちょうどよい適度な冷たさで、こんな非常事態でなければ海水浴を楽しむのに絶好の条件だっただろう。

 

「うぇっぷ! ごっぷ!」

 

 溺れているココアさんまであと二メートル、一メートル――届いた! 体を直につかませると自分の動きが制限されて危険なので、ロープに結んだペットボトルを投げ与える。ココアにペットボトルをつかむだけの体力と冷静さが残っているかが不安要素だったが、何とか上手くつかんで浮いてくれたようだ。後はメイド店員の方だが、こちらはどこに行ってしまったのだろうか。この広い海の中からメイド店員を探すべきか、ココアさんを先に海から引き揚げるべきか――一瞬迷っている間に、ブロロロロ、とチノの耳元をエンジン音がかすめていった。

 

「!? い、いったいいつの間に……」

 

 何とメイド店員は自力でゴムボートに戻っていたらしく、ゴムボートが再び動き始めていた。船上にある水に濡れたゴスロリ風メイド服の後ろ姿は間違いなく彼女のものだ。よく考えれば、特殊部隊の戦闘要員になるくらいの人なんだからうさぎが激突したくらいでノックアウトされないだろうし、泳げないなんてことも無いに決まっている。メイド店員が再びココアに襲い掛かろうとするのでは? と警戒態勢に入るチノだったが、そんなこともなくゴムボートは沖の方に遠ざかろうとしていた。いったいなぜ?

 

「チノちゃーん!」

 

 陸の方を見ると、岸壁に大会スタッフ達が集まり始めていて、その先頭に立つ千夜がチノに手を振っている。たぶん千夜とシャロがスタッフを呼んでくれたのだろう。旗色が悪いと思って逃げ出したということか。メイド店員と、彼女を送り込んできた謎の組織に関して考えなければいけないことは色々とあるが、それは後の話だ。

 

(ココアさん……今助けますからね……)

 

 ココア特製の水着は想定通りの働きをしてくれて、二人分の体重を受け止めてチノ達が陸まで泳ぎ切るまでの間耐えてくれた。かかった時間はわずかだったはずだが、それでもチノにはその時間は永遠のように感じられた。チノはやっとの思いで、陸上にいる千夜シャロやスタッフ達の力も借りてココアを陸に揚げた。しかしその瞬間、ココアがチノの腕の中にふらふらと倒れこんでしまったのでチノは青ざめた。

 

「コ……ココアさーん!」

「えへへ、ごめんごめん……大丈夫だから……ちょっと慣れない運動で疲れただけ……」

「ココアさんは大馬鹿です、自分が泳げないのに飛び込むだなんて」

 

 締まりのないココアの顔を見ると、チノはほっとする気持ちとともに涙がこみ上げそうになってきて、それをごまかすようにココアの行動を詰った。海に飛び込んだのも軽率だが、そもそも良く考えるとこんな目に合うことになった発端は廃砲台跡でココアがメイド店員に(おそらくは、言葉でうまく丸め込まれて)ついて行ってしまったのが原因だ。良く知らない人にホイホイついて行ったりしないようココアさんには後でよく言っておかないと、あそこでうさぎが助けに来てくれなければいったいどうなっていたことか――、とここまで考えてチノはハッと気づいた。

 

「そうだ、うさぎさんです! ココアさん、海の中でうさぎを見ませんでしたか!? 昨日桟橋のところにいた白いもふもふで真ん丸のうさぎです! すごい勢いで山から飛び出して来てメイドさんに激突していったかと思うと、そのまま一緒に海へ落ちてしまって。溺れてしまったのでは……助けに行かないと!」

 

 うさぎって泳げるのだろうか? 少なくともずんぐりむっくりした毛に覆われたアンゴラウサギがすいすいと泳げそうなイメージはない。もしかしたら本当に海の底に沈んでしまったかも。慌ててうさぎを助け上げようと再び海のほうに戻ろうとするチノ。だが意外にも、千夜・シャロ・ココアの三人はぽかん、とした表情でチノの顔を見つめていた。

 

「……チノちゃん、それはもしかしてハイレベルなツッコミ待ちなのかしら? それとも本気で気づかないでやってるの?」

「凄く器用な助け方をしたわね、なんてシャロちゃんとも話してたんだけど、もしかして天然さんだったのかしら?」

「うさぎを頭の上に乗っけてバランスを取るだなんて、いったいどうやってやってるの? 後でちょっと私にもやらせて欲しいな~」

 

 うさぎ? 頭の上? 何のことを言っているのだろう? と思って自分の頭の上を確認してみて、チノは思わず驚いて大声を上げてしまった。何と、あのもふもふしたアンゴラウサギ(海水でぐっしょりと濡れて今はもふもふとはしていなかった)がチノの頭の上に乗っかっているのだ。まるでそこが自分のずっと昔からの定位置だとでも言わんばかりに。いったいいつの間に乗っかってきていたのだろう。しかもこのうさぎ、結構な重さがある。いくらココアさんを助けるのに夢中だったとはいえ、こんなものが乗っていたのに気づかない自分に自分でびっくりです、とチノは思った。とにもかくにもココアもうさぎも無事だったことでようやく安堵した空気がその場に漂い始めた。千夜はいたずらっぽい笑顔でこう言った。

 

「それにしてもココアちゃんを助けたときのチノちゃん、何だか本当にかっこ良くてちょっとドキっとしちゃったわ。チノちゃん髪が短くてちょっとボーイッシュに見えるところがあるから、お姫様を助ける王子様って感じで。後はココアちゃんが王子様のキスで目覚めてくれれば完璧だったわね」

「ち、千夜さん、からかわないでください……。私はただ無我夢中だっただけですので……。それにココアさんが人工呼吸が要るほど重症だったら困ります」

「ちょ、ちょっと千夜、まさかそっちの趣味がある訳じゃないでしょうね?」

 

 何故か慌てた様子のシャロに敢えて千夜は反応せず、さらに独り言のようにこう続けたのだった。

 

「ココアちゃんとチノちゃんだと、お姫様と王子様、というよりは、お姫様と騎士様かしら? 自由奔放で向こう見ずでいつもお連れを困らせるおてんばなお姫様と、お姫様のピンチには必ず駆けつけて守ってくれる、水着のナイト」

「み、水着は関係ないと思いますが」

 

 大勢の大会スタッフも集まって来ている中で、チノは自分が一人水着姿だったことに気づき、ちょっと恥ずかしい思いになるのだった。

 

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