現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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11章:まほうつかいと水着の盾(ナイト)#4

その後は色々な出来事が起こった。とりあえずココアは大会スタッフ達の手で医務室に連れていかれお医者さんの診察を受けたが、特に異常なしとの結果だったので一同ほっとした。「参加者の一人が誘拐されかかり、誘拐しようとした側は逃走」という前代未聞の出来事に大会運営側は騒然としていたが、どこからともなく駆けつけたリゼのお父さんとその部下の警察官たちが色々と動いてくれて、とりあえずその場は丸く収まったようだった。警察の偉い人だというリゼのお父さんとは、チノもリゼの家に遊びに行った時に会ったことがことがあった。リゼのお父さんと、何か別の組織に属しているらしい大人たちとでどちらが事態の収拾に当たるか、といったようなことで言い争いが起きていたようだったが(その時は分からなかったけどもしかしたら「特殊部隊」を送り込んできた組織の人たちだったのかもしれません、とチノは後になって思った)、最終的にはリゼのお父さんの側が勝ったようだった。リゼのお父さんに対して、ココアをさらおうとした連中を厳しく追及・処罰すべき、と主張するリゼをなだめて、リゼのお父さんはこう言った。

 

「奴らは警察と法の捜査の及ばない存在だ……それは奴らの行動を見ていたリゼが一番良く分かっているだろう? だが、俺が必ず何らかの形で今回の件のけじめはつけさせる。ここから先は大人同士で決着をつけるべき、大人の世界の話だ。だから決して、自分の手で奴らに何かしてやろうとか思うんじゃないぞ。奴らと関わり合いになると、基本的にろくなことがないからな。友達に危害を加えられて悔しい気持ちは分かるがな」

 

 そのリゼだが、特殊部隊三人組の向こうを張って大立ち回りを演じ、三人を昏倒させていたということを聞いてチノはびっくりした。普通であればこれはこれで問題のある行為なのだろうが、「競技の範囲内での小競り合いが激しくなりすぎた結果」ということでリゼの行為は不問ということで処理されたようだ(たぶんリゼさんのお父さんが色々と手を回して揉み消した結果だ、とチノは思った)。ちなみにティッピーコンテストの結果自体は、店員チームの優勝、という結果で終わっていたらしい。むしろチノからすると大会自体が中止になっていなかったことにびっくりだったが、大会のルールはチームの中で脱落者が出ても誰か一人でもゴールに辿り着けば勝ち、というものだったので、店員チームの残り二人と青山はゴールを目指し続けていたということのようだ。店員チーム二人VS青山のデッドヒートは歴史に残る名勝負と言われるほどのものになっていたらしい。店員チームのうち一人がココアに危害を加えようとしていたというのに、その同じチームが優勝というのはチノからすれば納得いかないところもあったが、店員チーム残り二人はどうやら「特殊部隊」の関係者ではなかったらしく、忽然と姿を消してしまったメイド店員のことを本気で心配していたようだったので、ある意味では彼女たちも被害者と言えるのかもしれなかった。

 

 数時間のうちにチノの理解を超えたことがいくつも起こっていたが、チノにとって一番大事だったのはアンゴラウサギのことだった。うさぎはその後頭の上から下ろしてあげたのだが、彼(彼女?)は元々いたであろう森の中に帰ろうとしなかった。チノの後ろをちょこちょことついてきて、追い払おうとしても全く逃げ出さない。そうこうしているうちにリゼのお父さんから、「本当だったらこの後はメディアから参加者へのインタビューがあるはずだったが中止になった。今日のところはみんな家に帰るように。帰りのフェリーと電車の切符は大会運営の方で手配してある」と言われたので、荷物をまとめて桟橋から帰りのフェリーに乗ることになった。が、フェリーの中にもうさぎはついてこようとするのでチノは困ってしまった。

 

「どうしましょうこの子……、この島のうさぎをペットとして連れて帰るのは禁止されてますし」

「えー、そうなんだ。私はこの子を連れて帰っても全然良いんだけどなぁ。きっとホット・ベーカリーのマスコットキャラ兼アイドルになれるよ! もふもふで触ると気持ち良いし」

「というかこいつ、本当にこの島のうさぎなのか? この島に住み着いている品種ではないんだけどな」

 

 ココアやリゼ達とも一緒になって困っていると一人の女性がチノ達に近づいてきた。予選と本選で注意事項の説明をしてくれた、ティッピーコンテスト運営幹部と思われる眼鏡の女性だ。

 

「このうさぎ、香風さんにすっかり懐いてしまったようですね。もし良ければですが、香風さんの家に連れて帰ってペットにしてあげていただけないでしょうか? ご覧のとおり、この子は元々この島で生まれたうさぎではありません。どこかの家でペットとして飼われていたうさぎが、何かの事情で飼えなくなってこっそりとこの島に放たれてしまったのでしょう。本来はそのような行為は条例で禁止されているのですが。しかし、元々ペットとして飼われていたうさぎは野生で生きる能力はありません。この島に放たれても、アナウサギ達に仲間外れにされたり縄張り争いに負けてしまう。ということで、動物愛護団体がこの子の保護に動いていたのですが、中々警戒心が強くて捕まえられずに困っていたとのことなんですよね」

 

 大久野島を会場として使う関係で、ティッピーコンテスト運営は島を管轄する動物愛護団体ともやりとりをしていたらしい。その中でこのうさぎのことも話題に上っていたのだが、中々捕まらないうさぎが自分から人間のほうに懐いてくれたのだったらちょうど良いからそのまま里親になってくれないか、という要請が今さっきあったとのことだった。

 

「この子を連れて帰っていいの!? もちろん連れて帰るー! ちゃんとお世話もするよ!」

 

 チノの返事を待たずにココアがそう答えると、あっという間にココアのお母さん、お父さんに連絡を取って許可を取り付けてしまった。今はチノの家=ココアの家なのだし、チノとしてもうさぎは好きなので異論は無いのだが、こういう時のココアさんの行動は本当に素早い、とチノは半ば呆れつつも驚いてしまった。一方、ようやく「うさぎの島」を離れられるということで表情が明るくなりかけていたシャロは再び憂鬱な顔になっていた。

 

「うう、こいつと同じ船に乗って海の上で逃げ場が無い状況とか勘弁して欲しいんだけど……もはやこうなったら私は泳いで向こう側にわたるしか……」

「シャロさん、それはやめてくださいね……。シャロさんを助けにもう一度海に飛び込むのは嫌ですし、そうしたらまた違ううさぎを拾ってしまうかもしれませんよ」

 

 チノの冗談に場の雰囲気が和んだ。その様子を見ていた千夜はこんなことを言い始めた。

 

「ねえねえ、このうさぎさん、いつまでも『この子』とか『こいつ』じゃあかわいそうだし、名前をつけてあげないかしら? 私、名前に良い案があるのだけれども」

「ちょ、ちょっと待って、千夜に任せるとまた変なことになるでしょ……。名前をつけるのは良いけど、誰か別の人がつけてあげなさいよ」

 

 メイド喫茶で新メニューの命名をした時のことが頭にあるのだろう、シャロはそう言って一同の顔をぐるっと見回す。反応したのはリゼだった。

 

「じゃ、じゃあ……コホン。『ワイルドギース』というのはどうだろう? これは百戦錬磨の伝説の傭兵隊長の名前から来ていて……」

「うーむ、こやつ臆病な性格のようじゃし『ワイルド』というイメージではないのう。しかもメスのうさぎのようじゃし、白くて丸いボディに似合うようなもっと発声しやすい可愛らしい名前のほうが良いじゃろう。というか、何でもかんでも『ワイルドギース』と名付ければ良いというもんでも無いと思うぞい」

「! い、いや何でお前がそんなに上から目線なんだ!?」

「リ、リゼさんすみません、また私のティッピーが出しゃばったことを……」

 

 チノのティッピーが突然会話に割り込んできてリゼにダメ出しをするものだからチノはびっくりしてしまった。青山の落とし物探しをしていた時もそうだが、チノのティッピーは時々こういうAIらしからぬ行動をするので、チノはそのたびに驚かされる。

 

「名前はやっぱりチノちゃんがつけてあげるのが良いんじゃないかな? 元々チノちゃんが助けてあげたうさぎさんなんだし」

 

 ココアがそう促すと、全員の視線がチノに集まる。しかしチノはそれはそれで困ってしまうのだった。

 

(ど、どうしましょう。動物の名前をつけたことなんて今まで無かったですし、この子に似合う名前、なんて言われてもパッとは……)

 

 しばしの沈黙の後、困り果てたチノは助けを求めるように目線を上げた。すると今まで静かに微笑んで成り行きを見守っていた青山と目が合った。青山はチノの無言のヘルプサインを引き取るかのようにこう喋り始めた。

 

「では、『ティッピー』というのはどうでしょう。このうさぎさん、ティッピーの外観のモデルになったアンゴラウサギなだけあって、ティッピーにそっくりというのは皆さん感じていたと思います。『ティッピー』という名前自体は『量子通信路搭載型双方向会話可能高知能携帯電話』の英語の頭文字を取っていった略称から決まったそうですが、ペットのように呼びかけやすい名前を、ということでこの略称にしたという経緯もあるそうです。実際のペットの名前に付けてもさほど違和感ないんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか」

「ふむ、中々悪くないんじゃないかのう。流石、漫画家をやっているだけあってキャラクターのネーミングはお手の物という訳か。難点と言えばわしに呼びかけてるのかうさぎに呼びかけてるのかが分かり辛くなってしまうことくらいじゃが、まあそれもすぐ慣れるじゃろう」

「いや、だから何でお前はそんなに上から目線なんだ!?」

 

 またしても割り込んでコメントをしたチノのティッピーのボディをリゼが小突いた。リゼの鋭いツッコミにその場には笑いが起こった。とにもかくにも、こうしてアンゴラウサギの「ティッピー」をチノは東京へ連れて帰ることになったのだった。

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