現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

59 / 72
幕間

 その夜、チノはまた夢を見た。東京生活の一番最初の日、四月一日にリニアの中で見たのと同じ夢。チノの母親の亡くなった「あの夜」の出来事を無限に繰り返し続ける悪夢だ。喫茶店の階上にある小さな子供部屋。真っ暗で明かり一つついていないその部屋の中でチノは一人たたずんでいる。バタン! ドタン! 窓の外は激しい嵐らしく、横殴りの風がガラスを殴りつける音だけが静かな部屋の中に響く。

 

 いや、でも、今日の夢は何だか展開がおかしい。いつもの夢の展開ではない。ティッピーコンテストで疲れているせいで、変な夢を見ているのだろうか?

 

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!

 バタンバタンバタンバタンバタンバタンバタン!

 

 何だろうこれは。明らかに「風がガラスを叩いている」というレベルの騒音ではない。何が起こっているのかチノが考え込んでいる間にも、騒音はどんどん強くなっていく。

 

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!

 バタンバタンバタンバタンバタンバタンバタン!

 

「ちょ、ちょ、ちょっとちょっとちょっと……そんなに強く叩かないでください! お店が壊れてしまいます」

 

 どうやらこの音は人が窓ガラスを叩いているらしいと判断して、チノは窓のカーテンを開ける。いや、でもよく考えるとそれもおかしくないだろうか? ここは喫茶店の二階だ。足場になりそうな屋根なども外にはないはず。二階の窓ガラスを叩こうと思ったら、空を飛ぶくらいしかないですが――、そう思いながら窓を開けたチノを待ち構えていたのは、びっくりするような意外な答えだった。

 

「やっと窓開けてくれた! じゃじゃーん! チノちゃんを迎えに来たよ!」

「コ、ココアさん!? ここ二階ですよ!? いったいどうやって……」

 

 見ると窓の外の嵐はいつの間にか止んでいた。その代わりにそこにはココアがいて、超巨大なティッピーの上にまたがってふわふわと浮遊していた。

 

(ゆ、夢だからって何でもありすぎるのでは……)

 

 しかもティッピーにまたがるココアの格好はとても珍妙だった。まず、特徴的だったココアのツーサイドアップの長い髪はばっさりと肩のあたりで切られていて、ちょうどチノと同じくらいの長さになっていた。そして服は、秋葉原のコスプレショップで売っている服を片っ端から買ってシャッフルしたかのような統一感の無い服装だ。頭には魔法使いがかぶるような黒い三角帽子をかぶっているが、その帽子には穴が開いていて、猫耳のようなもふもふした獣耳が突き出している。まるで眼鏡のように顔にかけているのは仮面だろうか? 仮面舞踏会で使いそうな目の周りだけを覆う黒いマスクだ。むしろ怪盗がかぶっていそうな仮面、とでも表現したら良いのだろうか。上半身には元々のココアのトレードマークだった白衣を羽織っている。が、その下に着ているのは、店員さんの制服が可愛いことで有名な飲食店で採用されていそうな胸元を強調したデザインのブラウスだ。さらにスカートはスカートで、チノやココアの通う高校のものではない、どこかの高校の制服のようなものを履いている。

 

「ココアさん……その恰好、『ハロウィンのコスプレ何にするか決められなかった人のコスプレ』ですか?」

「え! れっきとした魔法少女のコスチュームだよ!」

 

 ココアが不満げな声を上げる。そしてココアは、何やら考え込みながらぶつぶつと一人言をつぶやいた。

 

「ん、この反応、もしかしてチノちゃんからは私の姿は量子的な重ね合わせ状態のままで見えている……? コペンハーゲン解釈によるのであれば観測によって波動関数の収束が起こるはずなんだけれども、そうはなっていないということはつまり……うーん……これは……いや、まあいっか!」

 

 一人で納得した風のココアは改めてチノに笑顔で語りかける。

 

「じゃあチノちゃん、ティッピーの後ろに乗ってもらっていいかな? 出発するよー!」

「ちょ、ちょっ、出発って……いったいどこにですか」

 

 チノは呆れた。この展開の唐突さは、夢の中だからというよりは、説明抜きにまず行動、というココアの性格のせいではないかと思えた。ティッピーのボディは真ん丸でつかまりどころがなく、乗ってティッピーが変な動きをしたら振り落とされそうだ。普段だったらチノはこんな危ないものに乗ることはしないが、もうどうせ夢の中ですからどうにでもなれです、という気持ちでティッピーに飛び乗った。巨大なティッピーとはいえ人間二人が乗るのはやや狭く、ココアの背中にしがみつくような形になる。

 

「それでは出発進行! ぐんぐん上がっていくよー!」

「コ、ココアさん、速いです! 速すぎます!」

「ほらチノちゃん見て! 夜景が凄く綺麗じゃない? 宝石箱みたいでしょ?」

 

 夢の中にしては妙にリアルな凄まじいGを感じながら上昇していく。ある程度上空まで来てティッピーがホバリング状態になり落ち着いたところで、ココアの言うように下を見てみると、確かにとても美しい景色が広がっていた。ラビットハウスとチノの住んでいた田舎町はもはや遠くになりどこにあるのか分からない。チノ達の真下に一際大きく輝いているのは大阪の街だろうか。そして遠くに見える光は東京の街なのだろうか。その時ココアが、今頃になって思い出した、という風にこんなことを言った。

 

「そうだチノちゃん、ティッピーコンテストで優勝したら、チノちゃんが王様ってことで私に何でも一つ命令して良いって約束だったよね。今こそその命令権を使う時だよ! チノちゃんの好きなところ、どこへでも連れて行ってあげる!」

「ええっ! な、何を言っているんですか。確かに約束はしましたが、そもそも私たち優勝なんてしてないじゃないですか」

「またまた、ご謙遜を……、さあさあ、早く行きたいところを言って?」

 

 行きたいところといきなり言われても困ります、と答えようとしたが、その時不思議なことが起こった。まるでチノの体に別の自分が乗り移ったかのように、チノの唇が勝手に動いて質問に答えたのだ。

 

「それでしたら、ヨーロッパのどこかにあるという木組みの家と石畳の街、そこに行ってみたいです。中世から残る街並みの間を縫って流れる小河、その両岸にパステルカラーの可愛い家が並んでいるんだそうです。そこは、全てが夢のように、嘘のように優しく美しい世界で……そうそう、私の好きな素敵なカフェなんかも、街にはいっぱいあるみたいです」

 

 ココアはティッピーを大きく旋回させた。

 

「じゃあ決まりだね。連れて行くよ、木組みの街へ」

 

 ティッピーが急加速する。チノは思わず目をつぶったが、今回は何故か先程のような凄まじいGがかかることはなかった。不思議に思いながら目を開けると、さっきまで背中しか見えていなかったはずのココアの顔が目の前にあった。何で? と混乱するが、よく見ると乗っていたはずのティッピーはコーヒーカップにいつの間にか変化していて、チノとココアは向かい合うように乗っているのだった。コーヒーカップと言ってもラビットハウスにあるようなやつではない。USJのアトラクションにあるようなコーヒーカップだ。

 

「チノちゃんをどこへでも連れて行っちゃうよ」

 

 チノとココアを乗せたコーヒーカップが夜空を駆けて行く。世界のどこかにある木組みの街に向かって。その姿は、地上から見れば流星と競走でもしているように見えるかもしれなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。