現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

60 / 72
12章:パスワード#1

チノ達が大久野島から帰って来てあっという間に二か月以上が過ぎた。渋谷のホット・ベーカリーに無事に帰って来れた時はチノは思わず泣きだしそうになってしまった。帰って来た直後は、またココアが特殊部隊に襲われるのでは? とか、ある朝警察が家のチャイムを押して、取り調べに連行されていくのでは? 等々、不安を抱えた日々が続いた。しかし、逆にあんなことがあったのにこんなにすんなりと日常に戻ってしまって良いのだろうか? と不安になるほどに、何も起こらないいつも通りの日々をチノ達は取り戻したのだった。そうこうしているうちに夏休みは終わってしまい学校が再開すると、チノ達の忙しい日々がまた始まった。ティッピーコンテストで起こった色々については、きっとリゼさんのお父さんや大人たちが上手いこと動いてくれたのだろう。違法ティッピー事件についても、最近はニュースでも何も聞かなくなったし、リゼさんのお父さん達が真犯人を捕まえてくれたということなんだろう――、決して忙しさにかまけていたからという訳ではないが、チノは都合よくそう思い始めていたのだった。これがミステリ小説や刑事ドラマだったら、大きな事件が起こった後は探偵役が登場人物を一か所に集めて真相を明らかにするようなシーンが来るのがセオリーだ。しかし現実はそうではないのだから、子供達には知らされないところで解決していって、最後はどうなったか分からない、そんな出来事だってあってもおかしくないです――チノはそう考えるようになっていた。

 

 だから、二学期の中間試験も終わった十月の半ば頃にもなって、ココアのお母さんを通じて警察からの呼び出しの手紙を受け取ったのには、チノはびっくりしてしまったのだった。しかし一方でさらに不可解だったのは呼び出し場所だった。てっきり、警察署か、リゼのお父さんが働いているという警視庁の本部ビルに呼び出されるのかと思ったが――

 

「手紙の差出人の、警視庁浮遊型量子通信機器類犯罪対策室……これってリゼさんのお父さんが室長だという、ティッピー室のことですよね。呼び出される理由には、正直、心当たりはあるのですが……なんで呼び出し場所がココアさんのお父さんの研究室なのでしょうか」

 

 わざわざチノの部屋までやって来てチノに手紙を渡したココアのお母さんに、チノはそう尋ねた。家に警察からの手紙が届いたら普通は大慌てになると思うが、特にそういう様子でもないので、ココアのお母さんも何か事情を知っているように見えた。ちなみに、ココアのお父さんはティッピーの研究をしている大学教授で、その道では世界的な権威だと言われている。と言っても、チノの知識レベルでは具体的にどういう研究をしているのかまでは詳しく理解してはいなかった。ココアのお父さんは、ちょうどチノが東京に来た四月から仕事がとても忙しくなってしまったらしく、あまり家にいないことが多かった。それでもたまにチノ達と一緒に夕食を取ったりすると、いつも面白い冗談ばかり言って場を和ませるような気さくな人だ。なので、チノの中では「ココアさんのお父さん」と「ティッピー学の世界的権威である保登教授」の二つのイメージが上手く結びついていないのだった。確かに事件が起こったのはティッピーコンテストの会場ではあったが、呼び出し場所がココアのお父さんの研究室であることとはどう関係しているというのだろうか。チノの疑問にココアのお母さんは頬に手を当てながらこう答えた。

 

「ごめんね、私も詳しいことは言ってはダメって言われているから……と言っても、私もほとんど何も知らされていないようなものなんだけれど。当日、パパとリゼちゃんのお父さんから詳しい説明があると思うわ。あ、それと、当日は私も一緒にお話を聞くのだけれど、お家を出るときだけは別々に出るようにしましょう。一緒に行けなくてごめんね。でも、チノちゃんしっかりしてるから、一人でも大学までちゃんとたどり着けるわよね。たぶん一緒に家を出るところをココアに見つかると、『私も着いて行きたいー!』とか絶対うるさいと思うから……」

「え? ココアさんは呼ばれていないんですか?」 

 

 ティッピー関連のことだったら、私よりむしろココアさんに用がありそうなものだけれど、そのココアさんは蚊帳の外と言うのはどういう訳なのだろう。ココアさんのお母さんとお父さんがいてくれるのだから、別にココアさんがいなくたって心細く思うことはないのですけれど――、と思いながらも、心の奥底では急に自分一人に課された試練に緊張するチノだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。