現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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12章:パスワード#5

「と、とにかく、その当時市場に流通していたティッピーにはこうして公社の手で回収され、並行世界との通信を遮断する仕組みが導入された最新機種のティッピーが代わりに配られた。ただ、物事には常に例外があってね。そう、そのうちの一つがチノちゃんのティッピー、おじいちゃんが独自に改造を施して公社に回収されなかったというティッピーだ。おじいちゃんは公社の中でもこの『安全装置』の仕組みについて知ることの出来る立場にあった。おそらく自力で『安全装置』をティッピーに組み入れる作業をしたんだろうと思っている」

 

 流石に勝手にチノちゃんのティッピーを調べる訳にいかなかったから推測になるんだけれどね、とココアのお父さんは言う。

 

「そして話は今回のティッピー事件に戻って来る。今回のティッピー事件が引き起こされたきっかけは、おじいちゃんの組み込んだ『安全装置』が不完全だったことに起因している、というのが現時点での僕の推論だ。いや、不完全と言うよりは、敢えて抜け穴を残していたのかもしれない」

「そ、そうなんですか? ティッピー?」

 

 それを聞いてチノは自分の横をふわふわと浮かぶティッピーに思わず話しかけた。だが、ティッピーはすまし顔で答える気配がない。チノはこのようにティッピーに話しかけても答えてくれないということを何度か経験したことがある。東京に来てからで言うと、「うさぎになりたかったバリスタ」を一気読みした夜、「おじいちゃんは、うさぎになりたかったんですか?」と問いかけた時や、 大久野島の夜、「ココアさんのこと、信じて良いんでしょうか」と問いかけた時などだ。しかしよくよく考えるとこれは変な挙動だと思う。AIには、「答えが見つからない場合にはこう答えを返す」という挙動が組み込まれているはずなのだ(寿司屋でシャロが酔っぱらって自分のティッピーに絡んで行った時は、「すみません、よく分かりません」というのが、答えがない場合のデフォルトの答えだった)。こちらの声が聞こえないような距離なら別だが、声が聞こえているのに敢えて何も反応しない、というのは、AIらしからぬ行動だ。「ここから先は人間が答えを出す領域じゃよ」とでも言いたいのだろうか――、チノがそんな思考を巡らせていると、同じことをココアのお父さんも考えたのか、チノのティッピーをじっと見つめながらこう言う。

 

「チノちゃんのティッピーは僕たちが思っているよりもずっと賢いのかもしれないね。実は『安全装置』の導入に伴う副作用で、現在市場に流通しているティッピーのAIの応答パターンは本来の性能よりも遥かに制限されたものになっているんだ。全ては推測でしかないけれども、おじいちゃん製の『安全装置』は並行世界との通信を完全に遮断していない分、豊富なAIの応答パターンのデータベースへのアクセス機会を奪わないような仕様になっているのかもしれない。あるいは参照しているデータベースそのものに並行世界のそれが混ざっているのか……」

 

 そう言うとココアのお父さんはチノの方に視線を戻し、話の筋も戻す。

 

「この事件の『犯人』の名前を明らかにする時が来たようだ。いや、犯人という言い方はもはや適切ではないね。この事件を引き起こした人物は、悪意など持っていない。僕たちが『未知のティッピーからの不正アクセス未遂』だと思っていたのは、全て『並行世界からのアクセス』なんだ。並行世界なんだから、この世界での機体固有登録番号が無いのは当たり前だ。そしてアクセスしようとした先はチノちゃんのティッピーだ。その過程でこの世界の中のアクセスポイントを踏み台にしようとしていたことが、僕たちの目には不正アクセスのように見えた。アクセスしようとした人物は『二〇五二年四月一日のチノちゃんのティッピー』を観測してメッセージを送ろうとしていた。事件の最初の発生が四月一日だったこと、事件の発生場所が渋谷区を中心としており、ココアの行動圏内と被っていたこともこれで説明出来る。君たちはいつも一緒にいたからね。もし『安全装置』が完全に働いていれば、チノちゃんのティッピーは並行世界からの観測すらも拒んでいたはずだが、結果的には『安全装置』の不完全さによりそうはならなかった。最終的には『安全装置』が一部働き、メッセージそのものは届かなかった訳だけれど」

 

 ココアのお父さんは核心に踏み込んだ。

 

「チノちゃんに何度もメッセージを送り続けていた人物。それは並行世界の『香風 サキ』、つまりチノちゃんのお母さんだ。ここに証拠もある。チノちゃんのお母さんには悪いと思ったけれど、捜査上必要と判断してチノちゃんに届く手前で傍受をさせてもらったんだ。そうやって確保されたこれは、チノちゃんのお母さんからチノちゃんに贈られたメッセージそのものだ」

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