現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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13章:冬の贈り物#1

チノが保登研究室でティッピー事件の真相を知らされた日からさらに一か月後のこと。西日本のとある片田舎の街にある喫茶店を一人の男が訪れていた。と言っても今は夜なので、カフェではなくバーの時間だったが。

 

「おーっす、タカヒロいるか……って、何だか今日は空いてるな。本当にここがあの人気店『ラビットハウス』なのか?」

「流石に平日のこの時間だったら空いていることもあるさ。相変わらず来るのが遅いな。関西の警察幹部との懇親会、三次会くらいまでさんざん飲んでからのご参上って訳か」

「俺くらいのポジションになると飲むのも仕事のうちなんだよ」

 

 バーを訪れた側の男は、いつものようにばっちり決まったワインレッドのスーツに眼帯を付けた警視庁幹部、天々座だった。対して出迎えるのはチノのお父さん、タカヒロだ。こちらもバーのマスター姿がばっちりいつものように決まっている。実はこの二人は警察学校時代の同期で、古い友達同士なのだった。タカヒロが警察をやめ実家の喫茶店の経営に参画することになったのはずいぶん前のことだが、その後も二人の交友は続いていた。天々座が関西への出張がある時は、こうやってラビットハウスに顔を出すのが習慣になっていた。タカヒロは店内に他の客がいないことを確認した上で「closed」の看板を店の外に立てかける。

 

「何だ、今日はもう営業しなくて良いのか」

「どうせ他の客には聞かせられないような話ばかりになるだろう。あらかじめ人払いしておいたほうがやり易いと思ってな」

「それもそうだな」

 

 天々座は苦笑する。今回のティッピー事件に関しては、タカヒロも真相を知る者の一人だった。チノに重大な話をする以上、保護者であるタカヒロに話を通さない訳に行かない、ということで天々座から真相を伝えられていたのだった。もちろん機密であるティッピー事件関連の話を他の客の前でする訳にはいかないから配慮したのだろう。タカヒロは天々座に出すいつもの酒の準備をしながらさらに話しかけた。

 

「それで、チノの様子はどうだ。元気そうか」

「ああ。そこは安心してくれ。自分の目でもホット・ベーカリーに様子を見に行ったし、娘からも報告を受けているが、『あの話』を聞いた後でも、彼女は元気だ。数日前は確か秋のパン祭り?とかいう店の企画に参加していて、独創的なパンをいくつも考えて売っていて、店は大繫盛だったそうだ。学業の方も熱心に取り組んでいて、次の期末試験に向けて、お泊り勉強会っていうのか? そういうのをやろうって友達と相談しているらしい。最近はティッピーの学問的な話にも興味を持っていて、保登やその娘から色々と教わっているんだとよ。そういえば冬のティッピーコンテストにも、うちの娘らと一緒に申し込むとか聞いたな」

「そうか。それは良かった。並行世界の自分や家族と連絡を取り合った者の末路について『あんな話』を聞いてしまったら心配にもなるからな」

「……そうだな」

 

 天々座は今までもタカヒロにした話を復習するかのようにこう語り始めた。

 

「並行世界との通信技術、というよりティッピーの中核技術そのものが秘匿されている理由。それはもちろん、現在の世界情勢では海の向こうで起こっている『戦争』に利用されかねないというのが一番大きい。ただでさえ情報通信技術は戦争の勝敗を分けかねない軍事の要だ。さらに、並行世界から得られる知識もあれば技術革新を加速させるのは必至だからな。並行世界通信技術を巡って『戦争』がさらに激化し、日本がそれに巻き込まれるくらいであれば、今はまだ秘密にしておいた方が良い、というのが政府の判断だ。だが秘匿された理由はそれだけはない。政府はこんな情報を把握している。リコール事件が起こる前、ティッピーを通じて偶然に繋がってしまった並行世界との通信を行ってしまった者たち……その一部は、ある精神的症状を罹患することになったと」

「一言で言うと、並行世界を覗き込むっていうのはある種の耽溺を引き起こすんだろうな。『嵌る』んだよ。並行世界では何が起こっているんだろう、並行世界の自分や家族は何をしているんだろうって言うのを調べ始めるのは、ある種の人にとっては出口の無い迷宮に迷い込むような行為なんだ」

「たとえば、並行世界にいる自分は、今の自分よりも幸せな、充実した人生を送っていたとする。そうするとまあ、普通は考えてしまうよな、『どうして並行世界の自分は、今の自分に無いものを手に入れているのか? 自分はどこで選択肢を間違えたのか?』ってな。並行世界を覗き見るって言うのは、人生をゲームに例えるとして、自分の人生がバッドエンドのルートだと突きつけられてしまう残酷さを持ちかねない。強い心を持たない者は、グッドエンドのルートを辿った自分の姿を電子の海に探し続けてしまうんだ。延々とネットばかり見続けて、そして現実世界の自分の人生の方が疎かになってしまう。『並行世界の自分がどういう人生を送っていようと、自分は自分』、そう思えるだけの核が自分の中に無い奴にとっては、並行世界は危険な麻薬になり得る。しまいには並行世界の出来事と現実世界の出来事の区別がつかなくなる奴まで現れた」

「俺は思うんだが、人生っていうのは一回しかないからこそ尊いものなんじゃねぇか。それをまるでゲームか何かのように別のプレイヤーがプレイしているという事実。そんな事実を突きつけられたら、まるで自分の今立っている現実が現実ではないかような、足元が揺らぐような感覚に襲われるっていうのは別におかしくもない話だ。それでも俺たち日本人は宗教ってものの意識が低いからまだマシだが、この世界の人口の大半は、世界は神サマが作ったもんだと本気で信じている連中で成り立ってるんだ。そんな連中が並行世界なんてものを覗き見たら、根本から心が揺らぐかもしれない。その時いったい世界に何が起こると思う? 並行世界の存在と言う事実そのものが、人類社会を危うくしかねない。並行世界の存在を秘匿しているのは、そういう判断あってのことだ」

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