タカヒロは天々座にいつものカクテルを出す。既に飲んできた後だというのに、さらにハイペースで飲み続ける天々座の口はどんどん饒舌になっていった。
「正直、並行世界のサキさんからのメッセージは、お前の娘にとって劇薬になるんじゃねぇか、って心配してた。……サキさんのことは、本当に残念だったよな。それと親父さんのことも。お前もショックだったろうが、それはお前の娘にとっても同じことだ。並行世界で母親が生きているという事実、知ることでかえって自分の境遇が辛くなるだけかもしれないと思った。だがお前の娘は俺が思っていたよりもずっとずっと強かった。あの娘の顔は、悲しい出来事があってもなお、それすらも前向きに受け止めて自分の糧として、前に進もうとする時の顔をしていた」
「……そうか」
タカヒロは腕で自分の目を拭うようなしぐさをしたが、天々座はそれに気づかなかったようだった。代わりに、バーカウンターの後ろに所狭しと積まれている何かに気づいた。
「ところでさっきから気になってたんだが、後ろのそれは何だ? ずいぶんカラフルだが」
「ああ、これか。チノに贈ってやろうと思って作っていてな」
タカヒロの後ろに置かれているのはたくさんの毛糸玉と編みかけのマフラーだった。水色・ピンク色・紫色・緑色・黄色・青色・赤色の七色の、ティッピーより少し小さいくらいの大きさの毛玉。
「『この冬は寒くなりそうだからマフラーを贈ろう、お友達の分も作ってあげるから』とチノに伝えたんだがな。まさか『七人分ください!』と言われるとは思わなかった。せいぜい三、四人分だと思っていたんだが。おかげで、最近は仕事の休憩時間はずっとこればかり編んでいるよ」
「友達が多くて良いことじゃねえか」
天々座は目を細めて何かを思い出そうとするような表情を浮かべる。ホット・ベーカリーにチノの様子を見に行った時は、店員以外にもチノの友達と思しき子達がずらりと集まっている光景を見て心底びっくりしたものだ。ちょっと前までは保登一家とリゼとでこじんまりとやっている店というイメージだった店の変化は、まるで長い冬を越した木々に色とりどりの花が咲き始める光景を想起させた。天々座は流石に酔いが回って来ているのか、さらにこんなことを言い始めた。
「俺は最近思うんだが、お前の娘と、ホット・ベーカリーに集まるその仲間たち……保登の娘や俺の娘も含めてだが……、案外あいつらみたいなのが、この暗い世の中を変えていける『希望』となる存在なんじゃないかと思うんだよな。量子通信と並行世界の秘密は隠し通せるものじゃない、いつか必ず明るみに出る日が来る。その時は必ず社会の大混乱と深い断絶が起こる。だが彼女達は、並行世界の存在を知っても決して耽溺も絶望もしない。むしろ、並行世界でも同じように集まって、同じような何でもない日常を過ごしている……そんな様子を観測して絆を深め合い、前向きに未来へと進んで行ける、そんなタイプじゃないかと思うんだよな。そういう資質こそが、ポスト並行世界の時代の世界を救うヒーローの条件なんじゃないかって、俺は大真面目に考えてる」
「……話が壮大過ぎてついて行けんな。というか流石に、娘が世界を救うヒーローって、娘バカが過ぎるんじゃないかと思うが」
「バカ」という言葉に過剰反応したのか、それとも酒がいよいよ回って来ているのか、あるいはその両方か、天々座は口を尖らせてこう言った。
「お前今バカって言ったか!? それを言ったらお前だってマフラー七つも作って大概な娘バカじゃねーか! バカって言った方がバカなんだぞ! バーカバーカ!」
「警視庁幹部までやってる良い大人がいい年して『バーカバーカ』はどうなんだ……。これでも飲んで酔いを醒ませ」
タカヒロは天々座をなだめながら、よく冷えた氷水を差し出した。