現実と並行セカイの境目ですか?   作:岸雨 三月

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13章:冬の贈り物#4

今日も今日とてニュースの話題は「戦争」一色のようだった。幸いこの日本は平和を保ち続けているが、海の向こうのヨーロッパで三年前に火蓋を切られた「戦争」は、拡大の一途を辿っている。片田舎の喫茶店のオーナーでしかないタカヒロには、「戦争」がどのような原因で発生したものなのか、詳しく説明することは出来ない。分かったようでよく分からない評論家の言葉を借りれば、「二〇一〇年代から欧米先進諸国内で発生していた、思想・人種・宗教の対立や、伝統的な国家か国家共同体かといった対立軸が、二十一世紀半ばになってついに回復不可能なほどの分断になった結果発生した、従来の国家同士で戦われる戦争とは全く違うタイプの戦争」とのことだった。画面の中では「戦争」の当事者である二つの勢力のリーダーの演説するさまが流れている。一人は、成金じみた派手なデザインのスーツを身にまとっている野卑な表情の白人の男。もう一人は、国際的に有名なブランド物のかっちりしたダークスーツと眼鏡を身に着けた神経質そうな表情の黒人の女。二人は演説の中で互いを互いに「嘘つき」だと罵り合っていた。実際のところ、二つの勢力の戦いはインターネットすらも戦場としており、互いに互いが不利になるプロパガンダを流しまくっているので、もはやリーダーである彼ら自身が何が嘘で何が真実か分からない領域になっているのではないかと思われた。たとえば片方の勢力が住宅街を爆撃して民間人が大量に犠牲になったとする。すると「彼らは住宅の中で銃器を製造していた。自己防衛のため、やむを得なかったのだ」といった嘘を流す。またたとえば片方の勢力が年端のいかない子供達を大量に処刑する映像がネットに出回ったとする。すると「彼らは対立勢力によって少年兵に仕立て上げられていた。悪いのは子供達を戦場に送り込んだ相手の側だ」といった嘘を流す、という具合だ。もっともこれらもネットの定説では嘘だったとされているというだけで、「嘘を流した」という情報そのものが嘘の可能性もあったが。

 

 相手を喜ばせるための嘘や、楽しませるための嘘は人生を豊かなものにしてくれるが、自己保身や相手を貶めるための嘘の先には、荒涼とした風景しか広がっていないのかもしれない。ニュースの映像を見ながら、タカヒロは漠然とそんなことを思った。

 

 何とはなしに映像を眺め続けていたタカヒロだが、次に流れて来た映像が目に入った瞬間、後頭部を殴られたような衝撃を受けた。「戦争」の戦火が拡大しており、ヨーロッパのとある小さな街にて双方の勢力が激突。執拗な空爆と通り一つ一つを奪い合うレベルの激しい市街戦が行われ、住民の大半が死亡、住宅や建造物のほとんどが全壊・半壊したというニュースだ。それ自体は今この時代ではありふれたニュースだ。だが、映像の中で崩壊しつつあるのは、タカヒロにとっては特別な意味のある場所だった。

 

「木組みの家と石畳の街……」

 

 フランスとドイツの国境沿いの美しい街。中世から残る街並みの間を縫って流れる小河、その両岸にパステルカラーの可愛い家が並ぶ街。第二次世界大戦の戦火すらも奇跡的に免れたというその街並みが、血と炎の真っ赤な色に染まっていた。この街は、チノがまだ生まれる前、タカヒロがサキを連れて新婚旅行に来た場所だった。サキがどうしてもやりたいというので参加することになった小舟での川下り。パステルカラーの家々の間を降り注ぐ陽光が水面にきらきらと反射し、舟の上のサキの横顔を照らすさまの美しさに息を呑んだことを、昨日のことのように覚えている。いつかお母さんの思い出の場所としてチノを連れて行って同じ光景を見せてあげたいとタカヒロは思っていた。だがその願いは、今この瞬間に永遠に叶わぬものとなった。

 

「……」

 

 タカヒロは呆然としながらも、一人娘のチノのことに思いを馳せる。チノを東京に送り出した四月一日以来、タカヒロは夢を見ることが多いのだった。夢の内容はいつも決まって同じものだ。その夢は大阪駅で始まる。現実でしたのと同じように、タカヒロはリニアに乗り込むチノを見守っている。だがそこで、チノが忘れ物をしてしまったことに気づく。慌てて駆け出すが、夢の中特有の走っても走っても足が地を蹴らない感覚になり、前に進めないまま気ばかり焦り時間だけが過ぎていく。そうこうしているうちに発車ベルが鳴り、チノはリニアに乗って行ってしまい――、そしてそのまま二度とチノは戻らないのだ。馬鹿げた夢、と一蹴することは出来なかった。なぜなら現実のタカヒロ自身、チノを東京に送り出したことには半分後悔するような気持ちを抱いているからだった。チノはまだ十五歳だ。高校だったら大阪にも沢山あるし、地元の街にだって無い訳じゃない。本人の意思を尊重して、表向きには嫌な顔一つせず東京に送り出したが、果たしてそれは正しいことだったのかどうか。地元の高校・大学に通い、大学を出た後はそのままラビットハウスに勤めてもらい、ゆくゆくはこの店を継いでもらう。お店はこの平和な片田舎で、自分たち家族が食べていけるのに十分なくらいの規模でひっそりと営業し続けていく――そんな平穏な選択肢だって、チノにはあったはずなのだ。

 

 この世界は優しくもないし、色々な危険に満ち溢れている。ティッピー犯罪に限らず犯罪発生率だって東京の方がずっと多い。たとえ親のエゴと言われようが、引き留めるべきだったのでは。リニアに乗り込むチノの、周りの大人たちと比べてひときわ小さな背中のことを思い出す度、タカヒロはそんな気持ちにさせられるのだった。

 

 ただ、過ぎたことを悔いていてもしょうがない。

 

 子供は天からの贈り物だと言うが、タカヒロにとってチノは亡きサキからのまさに贈り物のように思えていた。十五年前の十二月、空気が透き通るほど冷えた寒い夜にこの世に生まれて来た、冬の贈り物。だがその贈り物を親が自分の手元に留めておける期間は、思ったよりもずっと短いのかもしれない。酔った天々座はチノ達を指して「世界を救うヒーローかもしれない」なんて言っていたが、タカヒロに言わせれば、世界なんか救わなくったっていい。ただ幸せに生きてくれればいい。それだけが願いだった。行く手に何が待ち構えているか分からないが、チノの人生に幸いあれ――、深夜のニュースが伝える残酷な世界の有様を聞きながら、タカヒロはそう祈りを捧げずにいられないのだった。

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