グリシャ・ポッターは取り囲まれている。
「この私に簡単に下僕を放つことを許すとは…どういうことです?貴方の
作戦に私は乗ってしまったと考えるべきなのでしょうか」
ケイは相手の腹を探りたがっていた。人質に取られていた生徒は
ドロテア・トレントが今頃、避難させているだろう。心配していない。そして
ケイが言うことも何も心配していなかった。
「考え過ぎだよ。一人の変わった転入生が周りに様々な影響を与えている。
良い事だよ。刺激を受けている証拠だ」
「サラ、と言いましたか。こちらでも教主が執着なさっていますよ」
それは良い情報を聞いた。彼女が狙われている事は確定することに成功した。
仮面の奥で彼がどんな表情を浮かべているのか分からない。
「ですが、出来ますかね?彼女に、あのハリー・ポッターのような英雄的活躍が」
「それは僕に対する当てつけかな。この時代に、生まれついての英雄はいないよ。
自分だけの信念に従い、動き続けた者だけが強いて言うなら英雄。彼女は必ず
英雄になる。ハリー・ポッターのように闇の帝王と因縁があるわけでもない。
ただの一般人が、英雄になるんだよ」
グリシャはかつて己を恥じていた。ハリー・ポッターの曾孫、それが彼の
コンプレックスになっていた。祖父程ではないが、しかし彼にとっては辛い事。
きっと出来るに違いないという期待がグリシャを強く抑圧していたのだ。
英雄だって無敵では無い。完全無欠の存在は何処にも存在しない。欠けた部分が
あるから友と協力して事を為す。今、この時代は再び揺れ動いていた。生徒たちは
疑心暗鬼になり、根も葉もない嘘に翻弄されている。そこにやって来た
イレギュラーは、時を動かそうとしているのだ。
「…さてと、最低限の足止めはさせて貰うよ」
「倒す、と宣言しないとは。随分弱気ですね?」
「僕の悪い癖だよ。大きな事は癒えなくてね。倒せるように努力する、そう
思ってくれれば良い」
グリシャの目が鋭くなる。穏やかな彼からは想像できない覇気を感じる。謙遜する
彼だが、その血に相応しい力を持っているのだ。こちらについて心配は無用だ。
一人の生徒がいた。蛇寮セルジュ・アウレリウス。サラと共に行動している
ナディアの兄であり、彼はある人物に従う灰である。それも妹を守るためとして
動いている。
「お、まだ残ってるな」
周りに注意して動いていたはずなのに、人が来たのだ。しかも厄介なことに
闇祓いの人間だった。
「貴方は」
「アトス。今は手が空いたから、迷子の生徒とか一般人を探しててな。
丁度いいや。手を貸してくれるか?」
「あ、いや、俺は…」
「色んな生徒が服従の呪文を掛けられているらしいな。昔なら、見分けることは
出来なかったが今はそれを見分ける薬を製作している最中らしい。これで悪党が
言い訳をして逃走することが出来なくなったわけだ」
「そうなんですね。でも、どうしてそれを俺に」
普通の生徒にわざわざ教える内容なのだろうか。もしかして気付いているのか?
自分がワルプルギスに手を貸していることを彼は勘づいているのか。だとしたら
不味い。忘却魔法を使わなければ…情報が漏れてしまう。杖に手を掛けるが
止める。闇祓いのアトス。彼は最近本格的に闇祓いとして働き出したばかりだが
実力は高い。すぐに気付かれるかもしれない。
アトスは足を止め、杖を抜いた。上に向けて魔法を使う。落下してきたのは
焼き鳥になった烏の群れ。
「これは…!?」
「ワルプルギスの誰かが放ったしもべ。使い魔だろう。邪魔になるだろうし、
数を減らしておいた方が、今、動いている者たちの助けになる」
セルジュは動けなかった。アトスの前で怪しい動きを見せることは出来ない。
歯噛みする。何をされるか、分からない。
「お前に似た女の子、さっき見かけたよ。妹だろ。ナディアって、言ってたかな」
「ッ、ナディアは!?」
「無事だ。サラにくっ付いているみたいだった。そう心配しなくても
大丈夫って訳にも行かねえかもしれないけど」
アトスはどうも楽観的に状況を見ているように感じる。セルジュは彼のその部分に
少し憤りを覚えている。感情をぶつけるようにセルジュが声を出す。
「どうして、そんなに楽観的でいられるんだ。闇祓いだろ?今の状況が
分かってないわけじゃないはずだ」
「良く言われるよ、特に弟からは楽観的過ぎだってね」
「ッ、だったら―」
「生徒の中に灰がいる。今回の事件はそれが立証されたと確定するには
充分だ。恐怖で支配されているなら、恐怖を上回る感情を全員に抱かせるだけで
簡単に人は変わる」
アトスの顔に先までの楽観的な表情は消えていた。前線で戦う戦士の顔だ。
「子どもは守るべき対象だ。だけど、守ってばかりではそいつらは何も
学ばない。時に危険を経験し、そして恐ろしさを覚えなければならない」
表情が緩んだ。
「誰かの為に闇に堕ちざるを得なくなった人間を俺は知ってるから。全員を
揃って牢獄に入れるつもりは無いよ。そいつらも償わないといけないのは
変わらないが」
狙って放った言葉か知らないが、その言葉はセルジュの心を大きく揺さぶった。
誰かの為に、その理由で仕方なく闇になった魔法使いをアトスは知っている様だ。
自分も同じ。妹を守らなければならない。守る為に確実だと思ったのがこの
選択だ。
「なら、聞いて良いですか。貴方の家族が闇に人質に囚われたら、貴方は
どうするんですか」
「戦って取り戻すだけだ」
「勝てなかったら…」
「負けを考える暇があるなら、勝つための作戦を練る。この世に無敵も、
完全無欠も存在しない。勝つしかねえだろ、守るためには。守る為に自分の
心を偽って悪事に加担するぐらいなら俺は何もしねえよ」
ネビルの曾孫とハリーの曾孫、かなり年齢が離れてますね。
ハッハッハッ、気にしない気にしない。