1 最期の行方
西暦2126年。ひとつのゲームが日本のメーカーからリリースされた。
北欧神話における中心の木であり、その名の由来は主神オーディンの馬と解釈される。
日本語では世界樹と呼ばれるが、その名を冠したこのゲームはDMMO−RPGというジャンルで、ニューロンナノインタフェイスと専用コンソールとをリンクさせたシステムが採用されていた。一部の規制を除き、現と仮想の垣根を取り払った異世界の中に文字通り“入り込める”体感型ゲームのひとつである。
プレイヤーの自由度は驚くほど高く、ビルド、スキル構成はいうに及ばず、本体とほぼ同時期に別売りされたクリエイトツールを用いて外装をプレイヤー好みに変えられる。つまりキャラクターや武器防具、拠点等の外見、はては内包するデータさえも一定のルール下において変更できた。自由度の高さに反して1アカウント1キャラクターのみという縛りゆえ、最初のキャラクリでトライアンドエラーを繰り返し本格的なプレイに至るまで数十時間かける猛者も珍しくなかった。プレイ動画の前にキャラクリだけの動画が流行ったほどだ。
そして九つのエリアに分かれた広大なオープンワールドと膨大な数のダンジョンに数多の敵、プレイヤー同士の協力や敵味方に分かれての攻防。あえてソロでプレイするもの。外装をいじり拠点作りに没頭するもの。遊び方はあなた次第という謳い文句に違わぬ思いのままのプレイを提供した。
RPGやクラフト系のゲーム好きには堪らない魅力をこれでもかと詰め合わせ、アクションが苦手な者、ライトユーザや普段ゲームをやらない層をも取り込み社会現象を巻き起こした人気ゲーム。
それがユグドラシルだ。
しかし時の流れは残酷だった。
ちょうど干支が一巡りした西暦2138年。今日がゲームのサービス終了日だった。
ギルド−アインズ・ウール・ゴウン−の本拠地。ナザリック地下大墳墓の円卓の間。中央に巨大な円卓を配しその周囲を42脚の豪華な椅子が取り囲む。
空席の目立つそこで2人のプレイヤーが席を埋めていた。
ギルド長である
「これでまた二人きりになっちゃったね」
骸骨姿のモモンガに黒髪の少女が声をかけた。たった今まで
「そうですね」
仕事の愚痴を盛大に吐き出して、サ終を待たずログアウトしていったヘロヘロの席を見ながら応じる。
「まあ三人も来てくれたのは予想外というか、なんというか」
モモンガは頭上に苦笑の感情アイコンを浮かべた。ユグドラシルでは表情は動かないので感情表現はアイコンを使用する。電脳法の縛りのひとつだ。
「ま、ここ数年はほぼ私たちだけだったからね。こんなもんでしょ。寂しいけどね」
アラネアはさほど残念そうではなかった。確かにアラネアの言う通りこれが今のアインズ・ウール・ゴウンだ。モモンガも充分すぎるほどわかっていた。
「アラネアさん。今までありがとうございました」
事実上モモンガとアラネアだけのギルドになってからログイン時間はアラネアの方が圧倒的に多い。ギルド維持の金策はほぼアラネアがやってくれていた。
「なあに改まって」
「いえ。アラネアさんには金策やら何やらお世話になったので言っとかないとと思って」
モモンガは頭を下げた。
「やめてよ。わたしもギルドの一員だし、レベリングや素材集めをモモくんやみんな手伝ってくれたじゃない。お互い様よ。それに立場が逆だったらモモくんだって同じことしてるでしょ、絶対」
アラネアはモモンガが仕事をしている平日の昼間もちょくちょくログインしていた。詳しくは知らないが比較的時間に融通が効くらしい。
「それよりもさ、サービス終了した後、打ち上げしない?」
「え? オフ会ですか」
モモンガはアラネアの発言に驚いた。
「二人きりで会ってお喋りしましょうよっていうデートの誘い」
アラネアの頭上には笑顔のアイコン。
「ええー!」
モモンガは素で再度驚いてしまった。アラネアからそんな誘いを受けるとは思ってもいなかったからだ。
「そんなに驚かなくても。デートっていうか、茶でもしばきにいかない」
「いや驚きますよ。でもうれしいです」
「次のゲーム何にするかとか話すことは山ほどあるから、今夜は寝かせないぜってやつ」
「それだいぶ使い方間違ってますよ」
「細かいことはいいの。約束ね。ハイ、けってーい」
勢いよく両手をあげるアラネア。
「わかりました」
モモンガは笑顔のアイコンと共に人差し指と親指を使ってOKサインを出した。
「そろそろ、行きましょうか」
モモンガとアラネアはユグドラシルの強制ログアウトまで残るつもりだ。そして何処で最期を迎えるかは決めてある。
「最期だしコレ持ってこうよ」
アラネアは壁に飾られる一本の杖を指差した。
ギルド武器。各ギルドにつきひとつしか所有を許されず破壊されればギルドが崩壊する、ある意味ギルドそのものと言っても過言ではないアイテム。
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
本来ギルド長のモモンガが持つべきその杖は、作り上げられた時を除き、一度も装備されずそこに飾られていた。もっともギルドにとって最重要アイテムであるギルド武器は安全に保管されるべきものであり、外に持ち出すことなど他のギルドでもほとんどない。
七匹の蛇が絡み合いそれぞれ色の違った宝石を咥えこむ豪奢な外見は、正しくギルド武器に相応しい威容と凄まじい能力を秘めている。全ギルドメンバーの様々な思いの詰まったアインズ・ウール・ゴウンの存在を象徴する杖。輝かしい栄光の残滓。
「そうですね。最期ですし」
幾許かの寂しさを抱き、モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴み取る。
瞬間、立ち上った赤黒いオーラが亡者の顔を象り苦悶の表情を浮かべては消え、現れ、まるで生者を呪うかのようだ。拘りまくったギルメンの悪ふざけから産まれた演出で雰囲気以上の効果はない。
「こっわ。なにそのムンクの叫びみたいなの。モモくんそれ大丈夫なの?」
アラネアは若干引いていた。
「大丈夫です。ただのジョークなんで。いやー懐かしいな」
笑顔のアイコンと共に亡者の立ち昇る杖を持ち、豪奢な漆黒のローブを纏う骸骨。
「こうしてみると魔王そのものね。騙されないぞって剣を片手に勇者が叫ぶわ、きっと。とりあえず笑顔のアイコンは消してもろて」
「これこそアインズ・ウール・ゴウンのギルド長フォームです」
「確かにうちは悪名高いギルドだし魔王がいても不思議じゃないか」
モモンガはアラネアと共に歩きつつ、
「まあとうとう勇者は現れませんでしたが」
「いや1500人大虐殺の影響じゃない」
「あれは熱かったですね。ひやひやしっぱなしでもうダメかと思いましたよ」
「何故だか私は玉座に座らされて観戦モードだったんですけどね。私が真の魔王ってこと?」
ある時、複数のギルドが連合を組んでアインズ・ウール・ゴウンの本拠地ナザリック地下大墳墓に攻め込んできたことがあった。あれがギルド最大の危機だったのは間違いない。なにしろ撃退はしたものの地下全十階層のうち八階層まで進入を許したのだ。しかしギルメン女性陣の猛反対に遭い、アラネアは直接戦闘には参加していない。ギルメン全員の妹のような扱いであったし、その時の彼女はレベルが低かった。
「ぶっちゃけあの時のアラネアさん、カンスト勢相手にはゴミ火力の紙装甲でしたからね。しょうがないでしょ」
「失礼な。タゲ取りくらい出来たって」
「瞬殺されたと思いますけど」
戦場では高威力のスキルや広範囲魔法がラグを引き起こすほど飛び交っていたのだ。当時のアラネアなど一瞬で蒸発する。
「いつかモモくんを玉座に座らせて私の勇姿を見せようと思ってたのに」
アラネアが悔しそうに怒りのアイコンを浮かべた。
「あれから侵攻らしい侵攻はありませんでしたから。うちもトラップ増やしたりPOPの位置変えたりいろいろ対策を練りましたけど」
ナザリックの仲間NPCであるメイドが通路の脇に寄り深くお辞儀をする。それを横目に、二人は奥へ進んでいく。
目指すは十階層、玉座の間だ。
最後の階段を下り十階層に到達する。
降りた先は広間になっていて複数の人影が見えた。執事風の男と明らかに他の一般メイドとは異なるゴツい装備をしたメイド服姿の彼女たち。
モモンガは基本転移を使用してナザリック内を移動していたので、来る必要のないこの場で待機する彼らに馴染みがなかった。
他のゲームならメインストーリーに絡んでくる重要なNPCにも見えるが名前は何と付けられていたか。
正直、全く思い出せる気がしない。コンソールを用い名前を表示させようとするモモンガに唐突なアラネアの声が届く。
「ダ、ダン! 突然ですがここで問題です。ここにいる彼らの名前はなんと言うでしょうか。勿論不正はなしだからね」
コンソールを操作しようとしたモモンガの手がぴたりと止まる。
「え、参ったな。うーん…。すいません、さっぱりです。アラネアチャンスを要求します」
アラネアはモモンガのお願いしますのポーズに胸を反らした。
「仕方ない。特別にここでアラネアちゃんヒント。彼女らは今はプレアデスという本来七人姉妹の戦闘メイドチーム。そしてそれを指揮するのはこの髭ダンディな執事セバスです」
「え? 女の子六人しかいませんけど」
きょろきょろ探すモモンガに、
「末妹であるオーレオール・オメガはここには居ませーん。さあモモンガ選手、残り時間は30秒だ」
チッチッチと声に出してアラネアは面白がる。
「ぶー。はい時間切れー。優勝賞品アラネアちゃんのキッスはゲット出来ませんでした。残念!」
「Oh! マイガッ!」
モモンガは頭を抱え悲しみのアイコンで乗っかる。モモンガとアラネアの普段の光景だ。
「じゃあアラネア先生が答えを教えてあげましょう」
アラネアは順々に名前を上げいく。ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、シズ。
「そして美少女、美人ぞろいの中で特に私のお気にいり。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ!」
最後に紹介したのはお団子髪を頭の両サイドにつくり、二房の髪の毛を二本の触覚のようにたてる紫髪の小柄な少女だ。
「ちなみにその心は」
「彼女が
実に簡潔な答えが返ってきた。アラネアは
「にしても本当に全員の名前知ってたんですか?」
モモンガは若干訝しむ。自分がコンソールでやろうとしてたように名前をカンニングしたのではないか。
「勿論。ここはナザリックお散歩コースだから」
ソロの時そんなことしていたとは知らなかった。モモンガは一人の時は専らアイテム補充や金策で外に出ていた。
「部下との親睦も主としての務めよ。モモくん。ま、NPCが喋れないのを時たま忘れて話しかけちゃうこともあるけどね」
NPCともエアべしゃれるアラネアは格が違った。
「おっと時間も押してるし先に進もっか」
「ちょっと待って下さい。…全員付き従え」
七名のNPCが一度頭を下げモモンガの命令受諾を明らかにした。
「最期ですけど俺も親睦をはかろうかと」
「モモくんに、花丸いいねをあげちゃう」
楽しそうにアラネアが笑う。
モモンガとアラネアと愉快な仲間たちは壁際に彫像の置かれているドーム型の広間の入り口とは反対側、玉座の間の扉まで辿り着いた。
巨大な両開きの扉には悪魔と女神の彫刻が彫られ、今にも動き出しそうな精巧さだ。
「いやーいつ見ても凄いね。クライマックス感が半端ないよ」
「1、彫像が動き出して襲いかかる。2、扉を吹っ飛ばして竜王登場。3、こちらからは引扉である」
「お、ここでモモンガクイズね。しかーし残念ながら博識な私は答えを知っているのである」
アラネアは扉に近づく。
「4、実は自動扉。ビビデバビデブー」
扉に指先で軽く触れる。扉が開いていく。
静謐。荘厳。神秘。
巨大な空間は玉座の間に相応しい広さと高さを持ち合わせていた。
モモンガは感嘆の様子で玉座の間の入り口付近で足を止める。煌めく豪華なシャンデリア。天井から吊り下げられた各ギルメンを表す旗。最奥には巨大な水晶を削り出した装飾の中央に鎮座する玉座。作った巨大な彫刻の前、低めの階段を登り切ると玉座がある。
「さ、モモくん奥へ行こう」
アラネアの足取りは軽い。
「いや、久しぶりに見ると圧倒されますね」
モモンガはアラネアの後を追いながらあたりを見回す。
玉座に続く階段の前までくると、
「そこまででいいよ」
モモンガは後ろのNPCに命じた。しかし追従している彼らは足を止めない。やばい。コマンドワード忘れた。
「全員待機してて」
アラネアの命令に各々が頷き歩みを止めた。
「助かりました」
「しょっちゅう一緒に散歩するから」
玉座は低い階段の上に鎮座していた。玉座の隣に立つNPCが目に入る。
白いドレスを纏う美女。特徴的な二本の捩れたツノを頭部に持ち、腰から一対の黒い翼を生やしている。
「…アルベドか」
「おー、アルベドのことは覚えてるの?」
「まあNPCの纏め役ですから。流石にね。…というかあの両手に抱えている杖は!」
「あーあれね、私も知らないんだよ。いつの間にか持っててさ」
どうやらアラネアはあの杖について詳しく知らないようだが、あれはゲーム内に200個しか存在しない世界級アイテムだ。
それぞれ凄まじい性能を発揮する最上位アイテム群。ゲーム運営にシステムの一部変更すら要求できるメタアイテムも含まれ、最高保有数を誇るアインズ・ウール・ゴウンですら11個しか持っていない超貴重品である。
「あれは
多少の苛つきを含むモモンガ。アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじる。貴重な世界級アイテムを個人で持ち出していい訳がない。
「うっそ。全然知らなかった」
アラネアは興味深げに紐のないけん玉のような杖を眺める。浮いている球をつついたりしていた。
アラネアが振り返る。
「もしかして怒ってるの。モモくん」
「それはそうでしょう。勝手に持ち出すなんて」
アラネアはなにやら考え込む。
「ならこうしよ。ウチはなんでも多数決で決めてきたでしょ。なら今回もルールに則る」
「多数決ですか?」
モモンガは困惑した。多数決というが今いるギルメンは自分と目の前にいるアラネアの二人のみ。
「モモくんは所持に反対。間違いなし?」
「はい」
「で私はどっちでもいい寄りの賛成」
アラネアはやれやれとジェスチャーする。
「1:1票で現状維持」
「裁判長、異議あり! 被告人の罪は明白です。現在失踪中ですがアイテムを本来の保管場所に戻すべきです」
「異議を却下します。理由は、もう最期だし今から宝物殿にいく時間が勿体ない、よ」
アラネアは肩をすくめた。
「まあ確かに。勿体無いですね」
「そう。ゴースト出るかも」
「ああ、大昔の」
アラネアの言う通りだ。最期だし貴重な時間を大事にしないと。
はい、とアラネアが挙手した。
「私、アルベドの設定に興味が湧きました」
「実を言うと自分もです」
なにしろ盗人兼製作者は凝り性なのだ。
アラネアとふたりコンソールを操作してそれぞれ設定を閲覧する。
「うわぁ」
すぐにアラネアが驚きとも呆れともつかない声をあげる。
モモンガも膨大な文字の海に溺れかけ、羅列に目眩がしてきた。なにこれ。伝記小説か何かかこれは。凝り性にも程がある。
読むのを途中で諦め機械的にスクロールしていく。
「ちょっとモモくん。最後の文章見てよ」
「最後ですか」
ようやく最終行に辿り着いたモモンガが目にしたのは『ちなみにビッチである。』で締め括られた文章であった。
「はあ?」
なにこれ。モモンガは念の為、更にスクロール出来ないか試したが本当にこれで終わりだった。
「ビッチってそういう意味ですよね?」
「女になんて非道い設定なの! これはもはや性犯罪よ! これからは先輩なんて呼ばない。ただのタブラ。いや名前を呼ぶのも穢らわしい」
アラネアは激怒していた。同性ゆえにNPCの事とはいえ許せないのだろう。
「モモくん。ようやくギルド武器の出番がきたわよ」
「ギルド武器ですか」
意味がよくわからない。
「ギルドマスター権限で設定を変えてしまおうじゃない」
冷気を伴うアラネアには有無を言わせない凄みがあった。確かにギルドマスターがギルド武器を行使すれば、クリエイトツールなしでも他人のNPCの設定を変えることは可能だ。
「え、でも、本人に無断で…」
製作者が自身の拘りを持って作った設定を勝手に変えていいものだろうか。
「じゃあここでも多数決発動。私は改変に大賛成。勿論モモくんもだよね?」
アラネアから黒い炎がめらめらと立ち昇っている。これはまずい。
「イエス、マム。喜んでやらせて頂きます!」
ですから怒りのアイコンを連打するのは勘弁して下さい。
「でもどういう風に変更しますか。最後の文を消します?」
アラネアは少し冷静になったのか、
「そうね。あの野郎は自分の性癖をギャップ萌え、とかほざいていたわよね」
「そ、そうですね。あの野郎は確かにそう言ってました」
まるで姉御に従う三下だがアラネアにこれ以上薪を焚べてはいけない。いつ再噴火するかわからないのだ。
「…じゃあ、こういうのはどう?」
その後続いたアラネアの発言に、モモンガも案外悪くないな、ということでしっかり修正させて頂きました。ごめんね、タブラさん。怒れるアラネアさんには逆らえなかったよ。
いや。よく考えたらあの野郎は世界級アイテムを盗んだ極悪人だ。謝る必要なんてこれっぽっちもないな。
そろそろだ。サーバーダウンは深夜零時。あと一分足らず。
「モモくんは玉座に座って座って」
アラネアは玉座の隣に立つアルベドとは逆側に立つ。
「アラネアさん。楽しかったですか?」
何がとは聞かない。
「勿論。モモくんとプレイ出来て最高に楽しかった」
「俺もです。アラネアさんと最期まで一緒に遊べて…本当に楽しかったです」
残り時間は僅か。
「モモくん。約束忘れてないよね」
「アラネアさんからのデートの誘いを忘れるなんて出来ませんよ」
これは終わりではない。
23時59分58秒。
アラネアとの新たな
零時。
new life!
staaaaaaaaart!!!