骸骨と蜘蛛と   作:野高これ

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 王国戦士長、登場。



10 戦士の本懐

 

 

 

 

 残った村人と、エンリに呼びだされた小鬼(ゴブリン)十九体を使役し、村人と騎士の遺体は、整理し終わった。死んだ騎士の武具を剥ぎ取り、亡くなった村人と分けて火葬すると決め、急ぎ葬儀を執り行う。

 

 本来なら土葬にするのが、村を含むこの地域の習わしらしかった。

 ただ、今回は数の問題があった。残念ながら百人を優にこえる大量の(しかばね)を受け入れる物理的な余裕は、村の小さな墓地にはない。それにひとところに埋葬すると、多くの死体を呼び水に、アンデットが自然発生するというおまけつき。異世界不思議発見だ。

 かといって離れた場所に応急措置的に安置しても腐敗を防げないし、あとあと面倒になる。

 生き残りの村人が、この地に騎士の亡骸を葬るのを激しく拒んだのも火葬の理由のひとつだ。騎士らの残りカスである灰と骨は、少しでも村から遠ざけて撒くことで、村人の意見が一致していた。

 

 

 モモンガにとって死とは、親しく等しく空しい。死という状態変化がおきただけのこと。生と死の境界は曖昧模糊としていた。無意識も意識も持ち合わせている骸骨(モモンガ)は、死んでいるが生きている。こうして益体のない思索をめぐらすのがいい証拠だ。

 

 

「モモンガ様。周囲を警戒するシモベより報告がありました。この村を目指す人間種の騎馬隊が確認され、目下監視しています。一団は数にして二十余りとのことです」

 

 アルベドが指示を求め、カラフルなパラソルの日陰で寛ぐモモンガに片膝をつく。

 

「そうか。捕らえた騎士は情報を吐いたか」

 

「はい。呆れるほど簡単に(さえず)ったそうです。王国の南に位置するスレイン法国に所属する騎士と判明いたしました。バハルス帝国兵と偽っていたようです。特別情報収集官が尋問に当たりましたので確かでしょう」

 

「バハルス帝国にスレイン法国…。やはり記憶にない国だ。して目的はなんだ」

 

「それなのですが、この地域の村を焼き討ちする任を命じられたそうです。理由は本人にも知らされていないようで」

 

「それは…」

 

 暫らく黙考し、アラネアを視界に捕らえる。ナザリックから運ばせた遠隔視の鏡をエモット姉妹に披露していた。賑やかな歓声がアラネアを飾る。

 

 アラネアは近寄るモモンガを認めると、

「モモンガ、今ネムが確認したら、鏡越しにタレントを使えたのよ」

 

 左にエンリ、右にネムを侍らせ、嬉しそうに伝えてきた。モモンガは、銀色の耳飾りをつける小さいほうの少女をみた。

 

「それは吉報だ。能力の幅が広がるな。ただ…厄介ごとだ。どうやらクエストは完了していなかったらしい。新たな騎影が村に迫っている」

 

 その言葉に姉妹が息を飲む。今日の天気は、晴れ時々血の雨らしい。

 

「…そうなの。流れ的にもう一波乱ありそうね。では、こういう趣向はどうかしら」

 

 

 

 

 王国戦士団は、戦士長であるガゼフを先頭に軍馬を走らせ、最大限の速度でカルネ村を目差していた。

 これまで巡った村々は遅きに失し、無残な焼け跡を晒し、少数の生き残りのみ。生き残った村人が、燃え落ちた家屋を前に呆然と座り込む中、やって来たガゼフらを見詰める視線は、冷たく厳しい。

 

 何故、領主は助けてくれなかったのか。何故、王国は民を見捨てたのか。何故、自分は生き残ってしまったのか。

 

 ガゼフは固い表情を崩さず、生き残りの村人には少数の騎士をつけて、城塞都市エ・ランテルへ護送する決断をした。副長が寡兵を分ける愚を説いたが、ガゼフは頑として受け入れなかった。

 王都を出発する際、五十余名いた騎兵は、カルネ村へ向かう時には二十騎にまで減っていた。

 

 ガゼフには忸怩たる思いがある。

 村人に罪はなかった。

 

 王国貴族たちの下らぬ権力闘争が、兵を被害のあった村々から遠ざけ、王はそれを認めざるを得なかった。

 国内を二分する王派閥と貴族派閥の争いは足元の民を疎かにし、虐げられるのはいつも弱い者たちだ。民こそ国の土台だと、自分らが贅沢をできるのは誰のおかげか、まるで理解しようとしないのだ。

 

 国境付近に不穏な帝国騎士の姿あり。

 王の直轄領からの報告があってから数刻。ガゼフにその対処の任務が下される間で貴族の横やりが入り、出立を遅らせざるをえなかったのもガゼフに怒りを齎した。

 

 平民出身ということで高位の貴族に疎まれているガゼフ。

 その元平民を王が重用する様は、彼らにとって許しがたい光景なのだろう。国王ランポッサ三世の近習を務めるガゼフが、本来の装備を許されなかったのもそこに原因がある。

 

 大恩ある陛下から、頼む、と言われればガゼフに否やはない。五宝物と呼ばれるガゼフの装備を取り上げられても、恩義に報いる為ならば、全てを飲み込み喜んで死地へ走る。しかし、そんなガゼフの忠義は、辺境で暮らす民には一切関係のないこと。

 

 

「付き合わせて済まぬな。おまえたち」

 

 ガゼフが後ろを駆ける部下に詫びる。多分、聞こえてはいないだろう。

 ガゼフの部下である戦士団は王国随一の精強さを誇る。人数では帝国騎士に圧倒的に負けるが、ガゼフ自ら見込んだその実力は、帝国騎士を凌駕するつわものたち。

 

 

 今回の任務、明らかに(おび)き寄せられている。

 罠。

 誰の考えた謀りごとかしらないが、隠す気もないらしい。相手が帝国騎士というのも怪しいものだ。

 

 それでも()く。無辜の民の血をこれ以上ながさせない為に。

 

 

 カルネ村が見えてきた。黒煙が上がっている。

 遅かったか。ガゼフは(ほぞ)を噛む。

 村の入り口に複数の人影が見えた。

 

 まるでガゼフたちを迎えるように四人は立っていた。

 ガゼフ一行が到着しても、その四人は誰何(すいか)の声をあげず、黙って此方の動きを見ていた。不気味なほど、落ち着いている。

 

 

 一人は仮面を被った者。一番背が高い。その者はガゼフたち王国戦士団を含め、この場に居る誰よりも背が高く、仮面を被っていることから一際異彩な存在感を放っていた。

 

 もう一人は全身を漆黒の甲冑で覆う者。見事な三日月斧と立派な盾で武装している。一人目と同じく、纏う気配が常人のものではない。

 

 そして、顔立ちの似ている二人の少女。ひとりは白を基調としたローブに手を通し、ひとりは幼く、いかにも村娘らしい格好だが、珍しい耳飾りをつけている。

 

 

 ちぐはぐな佇まいがガゼフたちを戸惑わせた。しかし、微かに漂う血の匂いと黒煙の理由を尋ねなくてはならない。いつでも抜剣できるよう、姿勢を取る。ガゼフの背中から滲む気配を感じ取るまでもなく、すべての戦士が緊張感をもって臨んだ。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフという。この周辺を性質(たち)の悪い輩がうろついていると聞いて、討伐のため参ったもの。差し支えなければ、あなたたちの名前と黒煙の理由を聞かせて欲しい」

 

 ガゼフが台詞を言い終えるかというあたりで。

 ひとりの人物が彼らの背後から、あたふたと現れた。

 

「あ、あの!」

 

 甲高い声。その女性は、足元を掃くように俯いており、こちらが馬上にいるのもあって顔が良くみえない。艶やかな黒髪は陽光を浴び、頭部に光の輪をいただいている。ここらでは見かけない黒の装束を着ていた。

 

 ………。

 女性は、そこから先が続かない。気まずい沈黙。

 

 女性の後ろから、お嬢様頑張って、という声援が聞こえた。

 

「う、うんっ! わ、わたしは旅の者でカグヤといいます!」

 

 女性が俯いた顔を上げた瞬間、部下たちがざわついた。

 王国に名高い『黄金』。女神の落とし子。著名な画家をして姿絵を描けないと言わしめた第三王女ラナーに勝るとも劣らない、それほどの美貌の持ち主だった。

 堅物のガゼフでさえ、見惚れる美しさ。

 

「お嬢! 仮面! つけてないから!」

 

「ほえ?」

 

「だから素顔をさらしてんだよ。たく、もう」

 

 仮面の男は、慌てて、自分の躰で女性をガゼフたちの不躾な視線から遮る。

 

「抜けてんなあ。それで何回トラブルに巻き込まれたか」

 

 然もありなん。確かに、堂々とあの容姿で旅をしては、要らぬ苦労が容易に想像できた。

 

 

「お騒がせしてしまったでござる」

 

 ござる?

 男とお揃いの仮面をつけ、顔を隠した女性が仕切りなおす。

 

「なんだよ。ござるって。おまえは武士か」

 

「ち、違うよ! ちょこっと間違えただけ」

 

「まあ、抜けてんのはよくあるよなぁ」

 

「また言った!? 抜けてるって、それがご主人様に対するものいいか!」

 

「ご主人様ねえ。圧倒的威厳不足」

 

「う、煩い。あんまり舐めてると冥土に送り返してやるから」

 

「出来ないくせに、粋がっちゃってまあ。はいはい。オジョウハ、イダイナ、アルジサマデス。コレホントダヨ」

 

「後半、馬鹿にしてたでしょ、絶対!」

 

 毒気を抜かれた。

 これを狙ってやっていたら、たいしたものだ。

 

「お二人とも。その辺でよろしいか。事情を聞きたい。この村は無事なのか」

 

 ガゼフの言葉を切っ掛けにして、二人の雰囲気は劇的に変わった。嫌な感じだ。悪いことを告げられる前の、妙に固い空気。

 

「私たちが訪れたときには、もう…やつらが居て…」

 

 後ろの少女たちは固く手を繋ぎ、俯いている。幼い少女が嗚咽を堪えているのか、震えている。

 

「それで、やつらは今どこに?」

 

 硬質な声音のガゼフに対し、

「殺しました。例外なく完全に一人残らず」

 

 仮面の女性が、先ほどのおどけた様子を忘れ、きっぱりと言い放つ。

 

「なんと…。それは、本当か。いや、疑うわけではないが、ここまでの道中を考えると…」

 

 村々を襲ったのは、五人や十人ではない。聞いた話では、少なくとも完全武装の騎士が三十人は居たらしい。

 村人が戦力になるとは到底考えられず、カグヤの斜め後ろに計二名。そして、少女たちはこの村の者のように思えた。

 俄かには信じがたい。

 

「旅をしていると言っていたが、被害は?」

 

 とても犠牲なくして勝ちえないだろう。

 

「村人が数多く死にました」

 

 問いかけとは、微妙にずれた回答だが。

 そうか。改めて言われると、不甲斐なさが身に染みる。自分の至らなさが、被害を大きくしている。ガゼフは政治に疎い。王宮での振る舞いなど、最低限しか知らない。

 貴族たちの批判はあながち的外れではないのだ。平民だったのだから仕方ない、と諦めず、もっと頑張ればよかった。貴族たちが小賢しいやつと歯ぎしりするくらい弁を磨けば、今の状況は防げたかもしれない。

 剣の才はなくともひたすら努力を重ねる、あの少年のように。

 

 ガゼフは矢も楯も堪らず、下馬した。

 

「本当に感謝する。その、共に旅するあなたの仲間にも被害が出たのではないか」

 

 ガゼフは目線を真っ直ぐ、仮面の奥の瞳に届けと当てる。

 

「え? 私の仲間でいま同行しているのは、此処に居る二人だけで。…かすり傷ひとつないよ」

 

 ほらと、女性はその場で飛び跳ねる。

 

「お嬢様、はしたない。これでは遠くに旅立たれた奥様に何とお詫びすればよいか」

 

 黒騎士が、ヘルムの上から涙を拭う仕草をした。鎧のフォルムから想像はしていたが、やはり中身は女性だったのか。というか、ヘルムを脱がないと、意味がないのでは。

 

「ちょっと! 人の母を死んだように言わないで。いくら父を好いているとはいえ、限度があるからね」

 

「勿論、奥様の前では言いません」

 

 けろりと返す。

 

「当たり前でしょ! どうして、わたしの旅の供に推挙されたか、わかってないの!?」

 

「純粋な実力では?」

 

「ち、が、う。母に厄介払いされたのよ。あんまりにも、父に色目を使うから」

 

「素敵な殿方にフォーリンラブするのは、陽が東から昇るように、至極当然の理。まあ、生娘のお嬢様には、あの円熟した人間味がわからなくて当然ですけど」

 

 黒騎士は鼻でせせら笑った。

 

「父は既婚者なの。不倫よ、不倫。あなた、わたしの母の座を狙ってるの!? ていうか、今わたしの事を初心な小娘扱いしたわよね、わたしは関係ないでしょ! …何故、わたしの従者は奇人変人ばかり…」

 

「お嬢よう。あちらさんがお待ちだけど」

 

 男がガゼフに気を配ってくれた。ぶっきらぼうな物言いだが、意外と根は真面目なのかもしれない。

 

「すまいな。お嬢は、抜けてるから許してやってくれ」

 

「また!? 仏の顔も三度、って言って…ごめんなさい。話の途中でしたね。ええと…」

 

「いや、村を助けてくれた貴殿らに怪我がなくて、本当に良かった」

 

 ガゼフは安堵した。犠牲が少ないに越したことはない。

 

「では、あの黒い煙は一体?」

 

「ああ、あれ。火葬しているんです」

 

「かそう?」

 

 聞き馴染みのない言葉だ。異国のものだろうか。

 

「わたしたちの設置した火葬場で亡骸を燃やしているんです。このあたりだと、墓地にアンデットが湧くとか。だから、火で焼いて葬ります。灰と骨にして、埋葬するのは、その後。わたしたちの故郷ではこのやり方が主流ですし、それでアンデットが生まれたという話は聞いたことがありません」

 

 淡々と説明されたが、初めて聞く方法だ。

 

「あいにく寡聞にして耳にしたことはないが、火神の御許へ送るということか」

 

「うーん。そうじゃなくて」

 

 

「お嬢、話は後だ! 嫌な気配がするぜ!」

 

 男が返答に悩む女性に待ったをかけた。

 

 切羽詰まった様子に、ガゼフが男の視線を追う。

 

 遠くにぽつぽつと、等間隔に人影がみえる。

 

「ちっ。聖なる気に満ちてやがる。おい、あんた。スレイン法国に喧嘩を売ったか?」

 

「何故だ?」

 

「村を襲撃してきた奴らが、そこの一味なんだとさ。俺っちらは今朝、ここに来たばかりだし、村をただ潰して回っても、なんの得にもならねえ。となりゃあ、やつらの獲物は他にいる」

 

「私だな」

 

 ガゼフの心に理解の色が滲むように広がる。やはり帝国兵というのは欺瞞。そこから偽りだった。

 

「驚かないんだな、あんた」

 

「思い当たる節があり過ぎて、困っていたところだ。法国や帝国。王国も含めてな」

 

 ガゼフは苦笑する。

 ただ民を、故郷の家族を楽にさせたい一心だった。ここまで登りつめたのは、たまたまガゼフに剣を振るう才能があり、王の目に留まっただけ。それなのに、足枷だけが増えていって、この有様だ。

 笑うしかない。

 

「王国って。あなた、王国戦士長でしょ」

 

 カグヤの目を見張る表情が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 

「だから余計にかもしれん。王国も一枚岩ではないのだ。あいにく私は二枚しか知らないが、もっと複雑怪奇なのだろうな」

 

「なんていうか、難儀だな。で、どうするよ」

 

 仮面で表情は判らないのに、男はガゼフに共感している。ガゼフには、そう思えて仕方なかった。

 

「退くわけにはいくまいよ。私には、殺された村人の無念を晴らす義務がある。私は王国戦士長なのだ。私が退けば、誰が民を守るのか」

 

「死ぬぜ」

 

 男の率直な言葉に、ガゼフの部下が動揺し、怒りの矛先を仮面にぶつける。

 

「やめよ。その怒りは他にとっておけ。後で、嫌というほど使うことになる。…部下の非礼を詫びよう」

 

「別に。そういうのは、慣れっこなんでね」

 

 ガゼフは、頷く。

 

「気が合うな。私もだ。…カグヤ殿。無理を承知でお願いする。生き残った村人を、今一度、助けてはもらえまいか」

 

 後ろから聞こえる部下たちの焦りのような吃驚した声が、ガゼフを叩いた。

 

「ちょ! 顔を上げて、戦士長!」

 

 カグヤが必死に訴えかける。

 

「いや。村人と比べれば安い頭だ。何度でも下げよう」

 

 更に深く頭を下げるガゼフ。

 

「わかったから、顔をあげて! もう、相当な頑固ものね。頭突きで岩も砕けるんじゃないの」

 

 ガゼフが下げた頭を戻すと、カグヤはそっぽを向いた。

 

「試したことはないな」

 

 額をさすり、ガゼフが返す。

 

「皮肉に決まってるでしょ。ああ、もう、なんでわたしの周りには」

 

 こんなのばかりと、愚痴をこぼした。

 

「面白味がないとよく言われる。そういえば聞きそびれていた。カグヤ殿以外の名前をよければ教えて欲しい」

 

「俺っちは、シロウサ」

 

 男は親指で自分を差しながら。

 

「わたくしは、イナバ」

 

 黒騎士が名乗る。

 

「ネムだよー」

 

「私はこの子の姉のエンリです」

 

 姉妹は計ったように、同じタイミングで会釈した。

 

「…りょ、いや、何でもない」

 

 幼い妹が涙を堪えていたのを思い出し、聞くのをやめた。親が健在かどうかを。この一件で命を落としていたとして、慰める資格が自分にあるとは到底思えない。

 

「シロウサ殿。この件が片付いたら、一緒に酒でもどうだ。奢るぞ」

 

 振り払うように、努めて明るく誘う。

 

「お、いいねぇ。しかし、男に二言はねえよな。俺っちはザルだぜ」

 

「その挑戦受けてたつ。私の財布がカラになるのが先か。シロウサ殿が潰れるのが先か」

 

「あんたも、分の悪い賭けが好きだねぇ。正直、嫌いじゃないぜ」

 

 ガゼフはシロウサと拳を合わせる。

 

「…では、そろそろ、行くとしよう。名残惜しくなっては、困る」

 

 愛馬に跨る。多分、生きては帰れない。村の襲撃は捨て駒。本番はここからだ。

 

「戦士長殿。それに皆さま。御武運を」

 

 カグヤは素顔を晒し、手向けの笑顔を送っていた。大輪の花がさいたような笑顔とは、正にこのことか。

 

「はは。これはおちおち死んではいられないな、お前たち。カグヤ殿の笑顔を曇らせる訳にはいかないだろう」

 

 部下は歓声をあげ、口々に感謝の言葉を贈る。中には愛の告白めいたものを口にするお調子者もいる始末。

 

「カグヤ殿。シロウサ殿。イナバ殿。それにエンリ、ネム。心より感謝する。この出会いに。生きていてくれたことに、感謝申し上げる」

 

 軍馬を返し、来た道を戻る。村から出来るだけ離れ、村の安全を少しでも確保する。

 敵の狙いはガゼフだ。今度はあちらが釣られ、私を追いかければいい。どこまでも。それこそ死者の国まで。

 

 

 

 

 確りと、法国の本隊がガゼフたちに食いついたのを確認した面々は、演技をやめた。

 

「さて結構、楽しめたな。村の中に戻って観戦だ」

 

 シロウサ、いやモモンガの平らな声。

 

「面白かったね。お姉さま。あのオジサンたち」

 

「ネム。あなた笑いを堪えてたでしょ」

 

 生真面目に、エンリはネムを咎める。

 

「だってお姉ちゃん、御方々とアルベド様のごっこ遊びが凄く面白かったんだもん」

 

「そうね。あいつら、本気で信じていたみたいだったけど」

 

「わたくしは初めて参加したわ。そう、初めてを捧げたの」

 

 アルベドは、どうやっているのか、甲冑を波打つようにくねらせ、くふぅと色のついた吐息をまき散らす。

 

「わっ、桃色渦巻はっせいだよ」

 

「確かに。御方々は何をされても尊い御姿でした」

 

「あなた、わかってるじゃない。御方々は保護すべき大事な存在。まさしく、神」

 

 彼岸から帰ってきたアルベドが、銅貨一枚ほどだったエンリの評価を三枚に引き上げた。

 

「しかし、あのような下賤の輩にアラネア様の輝かしい笑顔をたまわる必要は、なかったのでは」

 

「あら。不服かしら」

 

「滅相もございません、アラネア様。ただ、価値のわからないきゃつらには勿体なかったのではないか、と。わたくしでしたら、泣いて喜んで顔中を舐めさせていただきます。それはもうテカテカに」

 

「それは犬のやることよ」

 

 それを聞いていたモモンガは、有能なはずの守護者統括に軽く引き、

「アルベド。弁えよ」

 

 叱った。もう嫉妬を隠す時代は終わった。モモンガはジョン・ドゥと対峙し開き直ったのだ。

 

「それは勿論、御方々が存分に睦合ったあと、気まぐれに少しの情けを頂ければ、という架空のお話でございます」

 

「アルベド。茶番にも全力で挑むのが私の流儀なの。手抜かりは、綻びが生じるでしょう?」

 

 エンリとネムを前に、アラネアは言ってのける。アルベドが姉妹の姿を視界から遠ざけ、首肯した。

 

「おっしゃる通りですわ。油断は躓きのもと。改めて肝に銘じます」

 

「モモンガ。次はあなたに付き合うわ」

 

「なに?」

 

「あの戦士長。モモンガは気に入ったんじゃない? 私は暑苦しいのは苦手だけど、あなたが好ましく思うものを無下にすることはしないわ」

 

 アラネアの言葉に深く考えさせられる。改めてそう言われると、あの男を助けてもいいか、と思っている自分に驚いた。

 

 アラネアが笑顔を振りまいた相手とあって、どこで野垂れ死にしようと惜しくはない。その考えは、アラネアのモモンガを気遣う思いに浸されると、別のものに変わっていた。アラネアと無理矢理切り離して冷静になってみれば、モモンガは戦士長との遣り取りを楽しんでいたかもしれない。

 

 あの男の真っ直ぐな心を愚かであると同時に好ましく思っているのは事実だった。

 

「アラネアは、なんでもお見通しだな」

 

 モモンガはアラネアの手を握る。ガントレットごしなのが、もどかしい。もっと熱を感じたい。触れ合いたい。

 

「私はモモンガ研究の第一人者だもの。あなたのことを考えていない日は無いわ」

 

 腰掛けるように重たい感情をすっと乗せてくる。モモンガにとっては嬉しい悲鳴というやつだ。

 

「ふむ。直ぐにすけては拍子抜けするだろう。暫し、彼の覚悟を見守ろうじゃないか」

 

「ご随意に。私のご主人様(モモンガ)

 

 アラネアは台詞の最後に、くすくす、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





カグヤお嬢様御一行の設定として、彼女の一族では、ある年齢に達すると武者修行の旅に出なければならない的な、かなりふわっとした掟がありました。





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