骸骨と蜘蛛と   作:野高これ

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第一章:御方々と愉快な仲間たち_完






11 夫婦神

 

 

 

 

 

 なんなのだ。目のまえに存在する埒外は。

 

 スレイン法国特殊部隊。陽光聖典隊長ニグン・グリット・ルーインは頭がどうにかなりそうだった。

 法国が奉ずる六大神の一柱。闇の神スルシャーナ。かの慈悲深き神が再び御光臨あそばしたのか。

 

 ありえない。ありえない。

 

 敬虔なる信徒、ニグンたち陽光聖典。ひいてはスレイン法国の民をお見捨てになるなど。

 

 信じられるはずがないではないか!

 

 何故、王国の民草などに慈悲をかける。我ら信徒を煉獄の世から掬い上げてはくださらないのか。スレイン法国千五百万の民の悲痛な叫びが届いていないのか。祈りが足りないとおっしゃるなら、一言、御命じ下さればよい。

 

「足りぬ」と。

 

 膝をつくニグンの声なき嘆きが、河原に散らばる。意地の悪い鬼が無慈悲に蹴り崩す、幼子の積み上げた石の山のように。

 

 

 

 

「やつらはどうだったネム」

 

 前もってモモンガはネムにタレントを使わせ、王国戦士団の本音を探らせていた。

 

「えっとね。最初は少し怖かったけど、お姉さまが出てきたら、好き好き大洪水で、あらたいへーん。目がチカチカしちゃった。さすが、お姉さまだよね。でもでも、ほかのオッサンと違うのは、あの話をしたえらそうなオジサン。ピンクがすこーしだけ初めに絡んだけど、すっごい、ありがとうに溢れてた。たぶん、わたしにもだけど、みんなに雨みたいに降らしてたんだ」

 

 モモンガは、改めて遠隔視の鏡の世界、小人の戦士を演じるガゼフ率いる戦士団を観察した。

 認識阻害の魔法を周囲に掛け、仮面を外しリラックスする今のモモンガは、存在そのものが有象無象から認識されず、感づかれる心配はない。

 無音映画のように場面を都度切り替えながら、ポップコーンとコーラ片手に観賞と洒落こんでいた。大前提としてオーバーロードであるモモンガは、望んでも飲食が不可能。ではあるが。

 

 モモンガの抱えるポップコーンの縦縞の容器から、アラネアがひとつまみ小さく口を開き頬張る。

 塩のついた指を舐めるアラネアの桃色の唇と赤い舌、細い指の艶めかしい仕草に、その場にいた全員が釘付けとなる。誰かの、ゴクリと、喉を鳴らす音がはっきりと聞こえた。

 

「ちょっと行儀が悪かったかしら」

 

 アラネアはみんなの反応に目を丸くした。

 

 アルベドが、こそっと耳打ちしてくる。

 モモンガ様。アラネア様に、あーんをする絶好の好機かと。

 

「…そうだな。であれば、私がアラネアに食べさせるのはどうだろう」

 

「ええ?」

 

 驚きを露わにするアラネア。

 有無を言わさず、ポップコーンをアラネアの口もとに運ぶモモンガ。

 期待で目を輝かせる周囲に観念したのか、ぱくり。

 

 アラネアの頬に朱が差し、両手で顔を挟む。

 そこまで含めて眼福である。

 モモンガは、ハッスルからのジョン・ドゥ巴投げを決めた。

 

「余は、大変満足である」

 

「恥ずかし過ぎる」

 

 誤魔化そうと無意識なのか、アラネアはモモンガの持つコーラのストローに口をつけた。カラメル色の液体が吸い上げられ、アラネアの口内に納まる。

 ストローの端を口にくわえ、自分の仕出かした失敗に気付いたアラネアは、冷めきっていなかった顔を熟れたリンゴのように赤くさせた。

 

 

「これは、きましたわー!!」

 

 アルベドはアラネアの羞恥を煽るように叫び、猛烈な勢いでメモを取り始める。

 

「ナント仲睦まじい御姿。後光が差しております」

 

「やっぱり、お兄さまとお姉さまは、ふーふ。今夜はおたのしみ?」

 

 拝むエンリに、どこで仕入れたのか、おしゃまな口を利くネム。

 

「ちょっと、真面目になさい。今は彼らの戦いに集中して」

 

 赤い顔で言われても説得力がない。

 

 モモンガは意地悪したくなり、

「わかった。続きはまた今度に取っておこう」

 

 笑いを堪えながらポップコーンとコーラをテーブルに置き、その手でアラネアを抱き寄せる。

 

「こんなに意地の悪い人だと思わなかったわ」

 

 むくれたアラネアに、余裕の態度で応じた。

 

「ふっ。日々成長しているからな」

 

 主に抑制との戦いで得られた経験の積み重ねによって。

 

「もう」

 

 アラネアがモモンガの腕を抓ろうとして、出来ないことに腹を立てた。

 替わりに爪先立ち、

「お返し。これで恥ずかしがればいいわ」

 

 モモンガの頬に軽いリップ音を残す。

 

「あー! お姉さまがお兄さまのほっぺにチューしてるー!」

 

 ネムが大騒ぎする。エンリは拝み倒し、アルベドの筆がうなりをあげた。

 

「では、お返しのお返しだ」

 

 モモンガは、アラネアの未だ赤い顔を彩る桃色の唇に軽く口づけた。

 

「な!? 子供の見ている前で!」

 

 ぽかぽかと、モモンガの胸元を叩いてくる。

 

「いや、アラネアが先にしてきたんだろう」

 

 モモンガは抑えきれず、くつくつ笑う。

 

 

 いちゃつくモモンガらが大騒ぎをしている一角と鏡の世界とでは温度差が激しく、上昇気流でも発生しそうな様相を呈していた。

 

 

 

 

 軍馬に跨り、鋒矢陣形の先頭をきって法国の魔法詠唱者へ果敢に突撃するガゼフ。突然、馬が嘶く。前脚が(くう)を蹴り上げ、ガゼフを振り落とした。なんとか受け身をとる。

 何らかの魔法的な干渉。馬に魔法を使われては、如何ともしがたい。

 

「くそ。後手に回りすぎだ」

 

 法国の魔法詠唱者に召喚された天使の群れが、目と鼻の先に迫っている。

 ガゼフはすぐさま起き上がり、剣を抜き放つとそのまま勢いを殺さず、渾身の一撃を叩きこんだ。

 

 浅い!

 

 見た目を裏切り、粘りつくように固い。天使は傷を負ったものの、ガゼフの剛剣に耐えて見せた。

 

 この感触、覚えがある。魔力の鎧を使いこなす傭兵くずれの盗賊と戦った時の記憶が、脳裏をよぎる。

 天使には通常の武器が通じにくいということ。

 

 ならば武技〈戦気梱封〉(せんきこんぷう)

 剣に戦気を宿し、魔剣と成す。

 

 ガゼフの剣が仄かな軌跡を描き、天使を袈裟切る。

 今度こそ両断された天使は、燐光を撒きながら霧消した。

 

 身体能力向上の武技を重ね、寄れば斬るとばかり天使を剣風に巻き込み、前進しようと試みる。

 だが、ガゼフは、天使の波状攻撃に手を焼いた。

 三歩進んで二歩下がる。

 

 十歩先の距離が遠い。

 

 武技〈六光連斬〉をお見舞いし、天使六体を倒した空白に身体を捻じ込めば、視えない魔法の拳がガゼフの体を乱打する。

 苦痛に体がのけぞり、思いがけず後ろを見遣ると、部下は全滅。天使を向こうにして、ガゼフのような武技を持たない部下たちでは、歯が立たなかったのだ。

 

「負けるか!」

 

 自らを鼓舞し、敵方の長らしき金髪を刈り込んだ男を視界の中央に捕らえる。

 終焉は刻一刻と近づいていた。蓄積された疲労と怪我は確実にガゼフの体力を削ぎ、動きのキレを奪う。

 

 

 

 孤軍奮闘するガゼフを詰まらなそうに見つめ、陽光聖典隊長のニグンは、倒される都度召喚によって補充した天使を向かわせ、ガゼフを取り囲ませた。

 

 ガゼフは体力が底を尽き欠けている。剣を杖代わりに立つのがやっとだ。

 

「暴れる獣には檻が相応しい。放し飼いなど以ての外だ。お前の事だぞ。ストロノーフ」

 

 ニグンが(あざけ)る。追従(ついしょう)するニグンの部下たち。嗤い声がガゼフの怒りを刺激した。

 

「黙れ、法国の犬が。無辜の村民を散々殺しておいて、獣は貴様たちだろうが!」

 

「笑わせるなよ。その無辜の村民とやらを一番虐げているのは、王国の貴族どもだろうが。なにが王国戦士長だ。愚昧な貴族をひとりでも掣肘できたのか。その自慢の剣技で討ち取ったか。もう一度言う。笑わせるな」

 

 ニグンからしてみれば、綺麗事を並べ、何も行動に移せない者など不要。害悪ですらある。

 

「大方、ランポッサ三世の立場を慮り、貴族の顔色を窺ってなにも出来ないでいるのだろうが、愚の骨頂。あの国王は只の阿呆よ」

 

「貴様!」

 

 敬愛する王を名指しで馬鹿にされ、ガゼフの怒りが火事場の馬鹿力を捻りだす。

 

 ニグンとのあいだに立ちはだかる天使を切り捨て、

「う、おおおおおお! 陛下を侮辱するのは許さんぞ!!」

 

 魔法に吹き飛ばされ、不様に転がった。

 

 

 尚も戦意を保ち立ち上がろうとするガゼフをニグンは心の片隅で称賛する。しかしここまで。

 詰みだ。

 

「吠えるな、ガゼフ・ストロノーフ。お前が胸に懐く忠義を振りかざすように、我らとてそれは同じ。血と怨念の沼に足引かれ沈むことになろうとも、法国繁栄の礎とならん。我らは(すべか)らく信仰に殉ずる」

 

 ニグンはいっそ優しい声色を発し、上半身を起こそうと藻掻くガゼフに最後の言葉を送る。

 

「おまえは檻の中で己の未熟さを後悔しながら、死ねばいい。なあに、寂しくはないさ。すぐに飼い主も死ぬことになる。死んで仲良く主従の遊びを再開すれば満足だろ」

 

 

 

 

「そろそろ限界よ」

 

 アラネアの急かす声。

 

 そのようだ。モモンガは立ち上がり、救援に向かおうとして、ふと思いだす。

 ネムのタレントで知りえた、ガゼフのアラネアに対する感情を。

 

 

 さすがお姉さま。

 

 ピンクはすこーしだけ初めに絡んだけど、すっごい、ありがとうに溢れてた。

 ピンクはすこーしだけ初めに絡んだけど…。

 ピンクはすこーしだけ初め…。

 ピンクはすこーし…。

 ピンクは…。

 ピンク…。

 ピンク。

 ピンク。

 

 ピ、ン…ク。

 

 モモンガの頭蓋を脳内ガゼフたちが熱狂乱舞する。口々にアラネア扮するカグヤの名を叫び、己の欲望を満たさんと彼女を要求する不快な桃色ガゼフをしばき倒していると。

 

 

「あ。死んだ」

 

 ぽつりと、エンリの呟き。

 

 最後のガゼフピンクを倒し終えたのは、本物のガゼフが天使の剣で四方八方から串刺しにされた直後だった。あの状態で生きていたら、モモンガたちのように人間を辞めている。

 

「なにかしら、この結末」

 

 白けたようにアラネアが手と手を合わせ、合掌する。他三人が決まり事のように真似た。

 

「なーむー。いや予定通りだから」

 

 大嘘だ。モモンガの予定では、絶体絶命の窮地に颯爽と参上し、圧倒的オーバーキルをかまして法国連中を始末。ガゼフの更なる恩義と尊敬、畏怖を得る腹積もりだった。

 台無しだ、脳内ガゼフ菌め。

 

 しかし、ここから挽回するのが今のモモンガ。所謂、さすモモ。

 

 

 

 

 ニグンはガゼフの息の根を完全に止めたか念入りに確認させ、目撃者の可能性があるカルネ村を滅ぼすべく準備を急いだ。

 打ち捨てられたガゼフの亡骸がちらりと視界に入る。

 もしガゼフが信仰を同じくしていたら。今頃肩を並べて任務に就いていたのだろうか。ガゼフに魔法の才があったとは報告にないから、所属するとしたら火葬聖典か、もしかしたら漆黒聖典あたりか。

 全く王国貴族の愚劣さには呆れ返る。あれほどの人材を無駄にしていたのだから。

 国王ランポッサ三世。帝国の若き皇帝が発揮した苛烈さを少しでも見習っていれば、ガゼフはこんな辺境で不様に死ぬこともなかったろう。

 

 

「隊長! 村から誰かが此方へ歩いてきます!」

 

「なに?」

 

 ニグンは部下の指し示す方へ目を細めた。

 確かに複数の姿が認められる。彼我の距離が縮まるほど、顕著に存在を露わにする。

 

 その三人は王国の戦士たちの死体を気にした様子もなく、避けつつも悠悠と陽光聖典の前に姿を現した。

 

 

 ニグンが何者か問いかける手間を省き、

「法国の諸君。俺っち、我が名はシロウサ。カグヤのシモベにして、その夫」

 

 仮面を被るシロウサという男の名乗りに、後ろの黒髪の麗人は狼狽えたように酷く顔色を変え、元に戻した。

 

「…私はカグヤ。シロウサの主人にして、伴侶」

 

 女が口元に弧を描く。

 漆黒の騎士は黙したまま、女の側に控えている。

 

 

「で、そのカグヤとシロウサが何をしに来た? 死体が転がる理由を先ず尋ねないのだから、事情を知っていると此方は判断するぞ」

 

 天使たちをその場に留めて、ニグンだけ自らの召喚した天使を追従させ、陽光聖典の隊員が散開しながら、少しずつ距離を取る。前衛をはる魔法詠唱者が皆無なのは、万国共通だ。帝国の逸脱者――三重魔法詠唱者(トライアッド)――フールーダ老でさえ、近距離戦は不得手だろう。

 

 不気味なやつらだ。場合によっては貸し出された切り札の使用を躊躇してはいけない。ニグンの勘がそう告げていた。

 

 

「ふむ。敵討ちと言ったところか。見ていたが、なかなか優秀なようだな。一方的な嬲り殺しでは退屈だったろう?」

 

 シロウサが目的を口にする。

 王国の新手か。事前の情報ではそのような存在を知らされていない。

 ニグンが眉を顰める。法国の諜報部隊は何をやっている。目を開けて昼寝でもしていたのではあるまいな。

 

「ああ。勘違いさせたか。我らは王国に与する者ではない。つい先刻からカルネ村を庇護下におくもの。どうせ、この後、あの村を襲う手筈だろうと思い出向いたまで」

 

「私の記憶が確かならば、あの村は王国の村だったはずだが」

 

「だから言ったろ。我らが接収した。もはや王国とは関係のない村だ。しかしお前らの仲間は、あの村で多くの村人を殺した。殺しの下手人には死んでもらったが、生憎と死者の数が釣り合わぬ。落とし前はつけないとな」

 

 ぞわりと、ニグンの肌が粟立つ。男の殺気を痛いほど感じる。

 

 

「私が場を整えましょう」

 

 カグヤが両手を絡ませ、なにやら複雑な形を作っては壊し。それを幾度も繰り返す。

 あれは!?

 

「奇奇界界! 渡し賃は六文銭!!」

 

 カグヤの詠唱が、世界を強引に塗りかえる。

 ニグンの部隊を異様な世界に引きずり込み、見える景色が一変した。

 

 ニグンの視界で急激に空は赤く染まり、草原は砂利に覆われた。隊員たちも戸惑い、周囲を見渡す。得体の知れない恐怖が目に見える形でニグンを圧倒する。背後には雄大な川が流れていた。向こうの岸辺が微かに見える。

 ここは河川敷。

 

 なんなのだ! これは!

 幻…。

 幻術なのか!

 

 地平線の彼方まで、薄気味悪い世界が広がっている。

 これ程の規模の幻術は見たことはおろか、聞いたこともない。

 

「隊長!」

 

 部下の悲鳴じみた呼びかけに振り返る。隊員のひとりが拾いあげた石ころを渡してきた。恐怖に引きつった表情で。

 掌に乗る石の感触が想像以上に重い。この石は本物だ。落とすと足元でぶつかる音をたて他の石に紛れる。踏みしめれば、砂利の感触をしっかり返してきた。

 卵の腐ったような腐敗臭が戦士団の流した血の匂いと混じりあい、つんと鼻を刺激する。そう、やつらと王国戦士の死体もそのまま。風景だけが異様な変貌を遂げていた。

 

 

「この場所は(さい)の河原。死せる魂が三途の川を渡り、川の向こう、死者の世界へ旅立つための現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の狭間だ」

 

 向こう岸を指さし、シロウサが嚙んで含めるような説明をした。

 

「けっして生きて辿りつけぬ場所、それを可能にするのが私の秘術」

 

 カグヤが美しい顔を輝かせ、歌うように言い放つ。

 

「これで周囲に気をつかう必要はないぞ。ド派手にいこうじゃないか」

 

 シロウサは仮面を投げ捨てた。下にあったのは白い髑髏。填め込まれた赤い揺らめきが眼窩に踊る。

 

「スケルトン!? いや、エルダーリッチか!」

 

 ニグンの叫びを聞き、アンデッドは大きく腕を広げた。

 

「我をそのような、か弱き存在と見誤るとは。愚弄しているのか」

 

 アンデッドの殺気が死を充満し膨れる。

 

「弱点を攻めろ!」

 

 ニグンが率先して火球をアンデッドの胴体に着弾させた。隊員の放つ火球が次々にアンデッドに殺到し、大量の火球に飲み込まれる。アンデッドの姿を覆い隠してしまうほどの飽和攻撃で炎の大蛇がとぐろを巻き、一帯を焼き尽くす。ニグンたちにも高熱は伝播し、威力を物語っていた。

 

「効かないなあ」

 

 炎の大蛇を屠り、アンデッドが何事も無かったように、歩を進める。

 確かにアレはエルダーリッチなどという可愛い代物ではない。もっと別の悍ましいナニカだ。

 

「天使をけしかけろ! 抑えて時間を稼げ!」

 

 ニグンに躊躇いはない。懐のクリスタルに手を伸ばす。使うなら今しかない。

 

 アンデッドを中心として闇が爆発した。

 

 天使に莫大なダメージが叩き込まれる。

 現実世界に繋ぎとめていた魔力は解かれ、溶けていく。差し向けた天使がすべて儚く消えた。ニグンの召喚した一段と強い天使を含め、一瞬の出来事だった。

 

「やはり、こんなものか。ユグドラシルの天使と変わらない。…さて、やっておきたいことがあれば、今のうちだぞ。お前らの行く末は決まっているのでな。児戯に付き合ってやろう」

 

 寛大だろう、と言わんばかりの態度。それを後悔させてやる。

 

 

「来たれ、最高位天使よ! 法国の敵に聖なる鉄槌を与え給え!!」

 

 ニグンの手の中でクリスタルが砕け、封じられていた聖なる天使を目覚めさせる。

 

 威光の主天使が河原に降臨した。

 清浄なる気があたりに溢れかえる。

 

 威光の主天使は、二百年前、悪しき魔神を打ち破ったという逸話の残された法国の切り札。そのひとつ。

 その存在を目の当たりにすれば、逸話が正しかったと確信できる。人間では推し測れない圧倒的なオーラを発散し、無数の翼で構成された天使は、アンデッドを前にして翼を広げ、威嚇した。

 

 

「第七位階魔法を行使できる天使だったはずだな。また微妙な天使を呼び出したものだ。これで終わりか。出し惜しみは後悔するぞ」

 

 シロウサと名乗るアンデッドは、溜息をつくような人間臭さを滲ませ、ニグンに焦燥ともつかない感情を沸き立たせた。

 はったりだ。虚勢に決まっている。

 邪悪な存在が威光の主天使に敵うはずはない。

 

 ニグンは嫌な想像を掻き消し、魔法的繋がりで結ばれた主天使へ思念を飛ばす。出し惜しみなど、していない。

 

 最高の攻撃を求めるニグンに、主天使は応える。

 

 標的視認。

 魔法威力増大。

 

〈善なる極撃〉(ホーリースマイト)、発射。

 

 赤い空にぽっかりと大穴が開く。青白い巨大な柱がアンデッドに光の鉄槌を下す。悪しき存在に深刻なダメージを与える第七位階魔法。

 

 

 ドゴン!!

 

 

 命中確認。

 

 

 砂利が吹き飛び、砂埃が舞う。ニグンの腕にも飛んできた砂利が当たり、砂埃に目元を擦る。

 

 光の柱が治まり、やがて消えた。

 

 歓声に沸いていた隊員たち。

 それが絶望の呻きに変わり、アンデッドの健在を如実に語っていた。

 

 …次弾装填開始。

 

 

 ゲラゲラと。

 

 アンデッドが口を開けずに笑っていた。その狂った姿は、まるで…。

 ニグンに深い喪失感と自らの予想の正しさを突き付けてくる。

 

 

「楽しいなぁ! ちくっとしたぞ。素晴らしい。ダメージを負ったということは倒せるという証明に他ならない。あと数千発当てればいいだけだ。頑張れ!」

 

 敵に声援を送るアンデッドは、実に生き生きとしていた。意気消沈するニグンたちとは対照的だ。

 

 ニグンが膝をつく。

 

 〈善なる極撃〉、発射。発射。発射。発射。発射…。

 

 

 威光の主天使のMPが尽きた。ニグンは主天使を粛々と送還する。名残りを残さず、さっぱりと天使が消え去った。

 

 

「おいおい、どうした。諦めるにはまだ早い。我はピンピンしているぞ。もっとだ。もっと生を実感したいのだ」

 

 闇の神の貪欲な欲求に応える(すべ)をニグンは持ち合わせていなかった。

 

「お許しください。スルシャーナ様。再臨されていたとは知らず、とんだ無礼を働きました。我らの命を捧げますれば、どうか再びスレイン法国に渡りくださいますよう、伏してお願い申し上げます」

 

 ニグンたち陽光聖典は、厚い信仰により答えを導きだした。最高位天使が敵わないアンデッドなど一柱しかいない。わかっていて攻撃を繰り返したのは、神がそう望まれたからだ。たとえそれが決して許されないことでも。

 

 

 

 

 モモンガは長い溜息を吐いた。

 

「あー、そういうの、間に合っているのだが。スルシャーナ? 誰だそいつは。言ったろ。我が名はシロウサだと。名を間違えるのは失礼だぞ、普通に」

 

 気合十分な新卒社会人一年目の教育係を任された草臥れたオッサンのように、雑に返した。

 

「申し訳ございません。名を変えられていたとは知らず…」

 

「そうではなくてだな。スルシャーナから一端離れろ。多分、そいつは我と同じ種族の別人。いや、この場合、別神か? とにかく神違いだ」

 

 モモンガは見ず知らずのスルシャーナに文句をぶちかましたい気分だった。どんなロールプレイをしてやがった。現地民に慕われすぎだろうが。

 

「どうするの。シロウサ。なんか変な空気になってきたのだけど」

 

 アラネアが並び立つ。今まで静観していたのは、モモンガが楽しそうに遊んでいたからだ。察して、助けに来てくれた。

 

「興がそがれた。カグヤが決めてくれ。おまえたち。最初の我らの言葉、忘れてはいないな。彼女の言葉は我より重いと弁えよ」

 

「一言一句、胸に刻み込んでおります」

 

「ちょっと。それでは私が、あなたを尻に敷く鬼嫁みたいでしょうが」

 

 抗議の声も愛らしいものだ。モモンガは嫁という単語に内心にやついていた。素敵な響き。ナザリックに居る時は妻と呼ぼうかな。うちの妻…。

 

 

「えー、それでは沙汰を言い渡します。今後、スレイン法国はカルネ村を指揮するエンリ、とついでにその妹のネム。彼女らに危害を加えることは許しません。もし破ったら、牢にぶち込んで十年間ご飯抜きの刑に処しますから、よくよく気を付けるように」

 

 アラネアは一息置き、

「それと、彼女たちへの過度な干渉も禁止します。あれらはまだまだ未熟。自らの手でもがき苦しみ成長しなければなりません。成長出来なければ、処分することになりますから、彼女たちの為でもありますね」

 

 そして最後にと続け、

「あなたたちの事ですが、ガゼフの首を持って帰国するのを許しましょう。ミッションコンプリートです。ご苦労さま」

 

「は。寛大なる奥方の御言葉。しかと受け(たまわ)りました」

 

 女神の労いに涙を流し喜ぶニグンたち陽光聖典。かれらは国に帰り、神の言の葉を伝える重要な役割を託された。

 

 

 

 

 新たな神々が降臨せり。その御言葉は、六大神の教えの隣に書き連ねるべし。

 

 

 

 

「さて。これで一段落ね。あとは戦士団から装備を剥ぎ取って、死体を燃やせば終わりね」

 

 アラネアが肩を揉む。

 陽光聖典は帰国の途に着いた。アラネアが幻術を解いても、ぐずぐずとこの場に留まろうとする陽光聖典を、モモンガは素気無く追い払ったのだ。単にむさ苦しい男たちに纏わりつかれ、邪魔だったのである。アラネアに対し、肉欲の色がないことは確認したが、彼女との逢瀬の時間が減ってしまう。

 

「それなんだが、ガゼフたちで実験したいことがある」

 

 モモンガはある疑問を持ち、それを確かめたかった。

 

「構わないわ。あなたのしたい様にして頂戴」

 

「…前から聞こうと思っていたが、その口調はどうゆう設定だ?」

 

 アラネアのあなたと言う言葉の意味が、単なる二人称なのか、夫婦的な意味なのか、悩みつつモモンガは尋ねた。

 

「だってあなたが魔王キャラするみたいだから、私も威厳を出さなくてはと考えて…」

 

 上目遣いするうちの妻が可愛すぎるのだが。

 

「なるほど、なるほど。我の為というわけだな」

 

「自分のためよ。自意識過剰だわ。シロウサのくせに生意気」

 

 アラネアは、つんと反発する。これが伝説のつん。ここ数日の彼女は伝説を沢山見せてくれる。異世界万歳。

 

「夫でもある」

 

「それは、あなたが勝手に言い出したこと…」

 

 後半がごにょごにょと、小さくなっていく。

 

「嫌だったか。それならそう言ってくれ。改めよう」

 

「別に嫌とかじゃ、ないけど。急に言われても。その、心の準備が」

 

 しおらしい態度にモモンガは辛抱堪らん状態に突入した。

 

 強引に抱き寄せ、接吻する。アラネアが拒まなかったので、胸を(まさぐ)ってみた。やっぱ、柔らけー。

 

「あ、気持ち…い」

 

 アラネアの顔がみるみる上気していき、これは直揉みしちゃえるのではと、モモンガは確信した。のだが。

 

 満を持して、ジョン・ドゥ。

 

 を、間髪入れず殴り倒す。マウントポジションからの圧倒的暴力。ジョンのガードをこじ開け、振るって、振るって、拳を振り抜いた。サングラスは割れ、白目をむき動かなくなるジョン。

 

 モモンガはついにやった。不屈の闘志でやり遂げた。

 感情抑制化を屈服させたのだ。

 

 ようし。最早、阻むものなし。

 

 アラネアのセーラー服の裾に手を伸ばし、上着を上にずらし始める。綺麗な形のお臍とか、秘められていた肌が眩しい。

 

「だ、駄目!」

 

 耳まで真っ赤にしたアラネアが、モモンガの手を抑えた。赤い目が潤み、まるで誘っているようにモモンガを見詰めた。だが、アラネアの手はモモンガの手を押さえて離さない。

 

 早まった。しくじったか。

 我慢が足りなった。

 

 モモンガが練習を重ねた究極の土下座を決めようとしたのを遮って。

 

「そのぅ。ここは…外だし…。続きは帰ってから、したい」

 

 アラネアの熱の籠った囁き。

 

「なん…だと」

 

 モモンガ、まさかの逆転勝利。アラネアの言質はとった。これは夢ではない。現実だ。

 

「わ、わかりました。確かに外でやって、風邪をひいたら大変ですし」

 

 魔王キャラを捨て、素に戻るモモンガ。それほど、衝撃的な発言だった。

 

 そうだ、今日を『いいふ―ふの日』と定めてはどうだろう。

 すぐにでも、アラネアとじっくりねっとり話し合わなければ。

 

 そうと決まれば、こんな野っ原に用はない。

 後は他の誰かに任せて、レッツ・ゴー・ホームだ。

 

「すぐにお帰りですか、御方々。後処理は、わたくしにお任せくださればよろしいかと」

 

 アルベド。おまえは、なんて出来る子なんだ。常に主の欲することを先読みする優秀な守護者統括だ。

 

「アルベド、頼んだぞ。私はアラネアと大切な。大至急しなければいけない重要な仕事がある。ナザリックの今後を左右する超重要な仕事だ」

 

 モモンガの鼻息は荒い。がっしりとアラネアの腕を掴み、逃がさないと言外に告げていた。勢いに苦笑するアラネア。

 

「承知しております。明日の朝、結果を伺っても?」

 

「いいとも。おまえに一番に報告しようではないか」

 

「ありがたき幸せ」

 

 おバカな会話をする二人にアラネアが慌てた。

 

「いやいやいや。そんなの駄目に決まってるでしょ。なんでそうなるの!?」

 

「え。当然じゃないですか。主の努めですよ。隠し事はよくありません。不和の元だ」

 

「そうです。アラネア様。我々ナザリックのものは御方々の情報に飢えております。ストライキが起こってもよろしいのですか」

 

「まさかの脅し!? これは立派な犯罪、すぐにセバスを呼んで」

 

「はて。可能性の話です。あくまで可能性の…」

 

「アルベド、あなた、裏切ったわね。信じていたのに」

 

「わたくしは御方々の幸せを心より願っております。秘め事の微に入り細に穿った内容を伺い、記事にしようなどという不純な動機があるわけではありませんので、お気になさらず」

 

「はぁ!? 今、聞き捨てならないパワーワードを連発したんですけど!?」

 

「まあまあ、アラネア。落ち着きなさい。騒いでもヤルことはヤルんで、些細なことじゃないですか」

 

「些細じゃないでしょ。ナザリック中に暴露されるのよ。それに、ほら、なんだっけ。そう。実験するって言ったわよね」

 

 二対一では旗色が悪いと感じたのか、露骨に話題を逸らす。

 

「…実験ですか。まあ、緊急を要する案件でもないので、今はよくね、と思う所存」

 

 モモンガは全く気乗りしない。アラネアと情を交わすより重要なことが有るだろうか。いや、無い。

 

「そんなこと言わずにやってみたら。案外楽しいかも知れないわ」

 

「えー、面倒くさいな。まあ、うちの妻。が言うなら」

 

「強調しなくても、逃げやしないっての。ただ、男女のアレコレなんて猥談のネタにしかならないから。報告なんて恥ずかし過ぎて死んじゃうって言ってるのよ!」

 

「大丈夫です。死んでも絶対生き返らせますから。じゃ、ちょちょっと、試してみます」

 

 全く話の噛み合わない会話を続けながら、モモンガは戦士団の亡骸のひとつに〈中位アンデッド創造 死の騎士(デス・ナイト)〉を行使した。

 

 どこからともなく、黒い霞が切り殺された戦士の亡骸に取りつくと、膨大な量のコールタールのような黒い液体を口や耳、鼻から垂れ流し始めた。意思を持つかの如く粘液は死体を這いずり、覆っていき、やがて体をすっかり飲みこんだ。

 

 ぐしゃごちぎゃぼきごき。

 

 聴く者を不快にさせる騒音をタールの中から響かせ、騎士が新生する。

 

 死の騎士(デス・ナイト)。身体は一回り以上大きくなり、巨大な盾と、刀身が波打つ剣で武装したアンデッドの完成だ。

 

 それを都合四体。その中には首のない死体が含まれていたが、死の騎士に生まれ変わったら、他の騎士同様、頭部を含め欠損部位は再生されていた。

 

 

「成功です。さて、死体を材料に使ったわけだが、どうなるかな」

 

「あれよね。ユグドラシルでは時間経過で消滅するやつ」

 

「ですね。ゲームでは死体が残りませんから。気になって」

 

「なんか一体だけ、やけにガタイのいいのが居るんだけど、個体差ってやつ?」

 

 モモンガもそれに気付いていた。明らかに他の三体と違い、風格すら漂っている。

 ネームド? 

 もしかして、ガゼフ、お前なのか?

 

 モモンガは上の空で適当に作成したから、誰の死体を使用したか記憶していないし、生前の個体差がでるのか正直わからない。

 

「うーん。レベルのバラつきかな。そこら辺は要検証で」

 

 モモンガはアラネアという果実を目の前にぶら下げられ、それ処ではないのだ。

 

「ではアルベド。取り合えず、こいつらはエンリに管理させろ。もし召喚時間が伸びていたら、名前はデカブツがレッド。他のがブルー、イエロー、グリーンだ。お前たち、エンリの言うことをちゃんと聞けよ。というわけで、私たちは帰る」

 

「ちょっと! 結果は確認しないの!?」

 

「しないです。私たちには、めくるめく官能のお仕事が山ほど待ってるんです。急ぎますよ」

 

 アラネアの背をぐいぐい押しながら、発動したナザリック行きのゲートへ向かわせる。

 

「コラ、押すな! コケるから!」

 

「仕方ない。お姫様抱っこ発動! ひゃっほー、今夜は祭りだ、わっしょーい!」

 

「あーれー、攫われるー」

 

 

 モモンガとアラネアが騒がしくゲートを潜ると、アルベドはネムにメッセージを繋ぐ。

 

「見えているわね。大至急、エンリを此処によこしなさい。今すぐ! 秒で来い!」

 

 

 

 こうして、ガゼフ以下四名の王国戦士は、カルネ村の指導者エンリの指揮下に入り、村の警護を任されるデス・ナイト四人衆として、アインズ・ウール・ゴウンに永久就職した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はアンデット戦隊は五人の設定で副長をピンクにする予定でした。
副長は女でガゼフと恋仲的な。
二人は抱き合いながら最期を迎える感じでしたが、気が付いたら忘れてました。
そのうち、書き足すかもしれません。


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