骸骨と蜘蛛と   作:野高これ

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すいません。エモット将軍(予定)登場まで行けませんでした。


5 階層守護者は見た

 

 

 

 

 第六階層で行われた階層守護者たちとの顔合わせの後、モモンガとアラネアは、円卓の間に身を置いていた。

 

 アラネアは、モモンガの隣で円卓にくたりと上半身を預けていた。黒い光沢のある円卓がアラネアの横顔を微かに映している。

 

「…ちかれた」

 

「激動の半日でしたね」

 

 アラネアの草臥れた様子に苦笑する。欠伸をしながらアラネアは身体を起こし、上半身を大きく伸ばす。

 

「少し真面目な話をいいですか」

 

「私はいつでも。よろしくどーぞ」

 

「実は俺自身の感情についてです」

 

「…感情? 怒ったり悲しんだりとか、そういうこと?」

 

「ええ。理屈や原因はよくわかりませんが、感情が一定以上に高まるとリセットされてしまうんです」

 

 モモンガの言葉にアラネアは唇に指を添える。多分無意識だろう、アラネアが考えごとをする時の仕草。

 

「それは…アンデッドが精神作用無効なのと関係があるのかな」

 

「無関係ではないと思いますが、今日のシャルティアを()てどう思います? シャルティアは吸血種族のアンデッド」

 

「感情が抑え込まれている様子は無かったと思う。むしろ感情表現豊かよね、あの子」

 

 モモンガから見たシャルティアとアラネアのやり取り、それに続いたアウラとの一悶着に不自然さは見受けられなかった。

 

「個体差なのか、取っている種族の違いなのか」

 

「ちなみにモモくんって種族レベルいくつ?」

 

「合計40レベです…あ」

 

 そういうことか。アラネアの言わんとしている事を察した。アンデッド系の種族レベルの合計や種族数に関係している可能性は大いにある。

 

「シャルティア本人に聞けば種族レベルを知っているかも。少なくとも種族の種類はわかるはず」

 

 ただ、と続けて、

 

「問題は設定よね。これが絡んでいる可能性は正直あると思う。そうなるとお手上げ」

 

 確かに今は設定を確認する手立てがない。

 

「あ、でも朗報もあるんです。感情の抑制現象ですけど、わかってきたこともあって」

 

「どういうこと?」

 

「例えば初めは驚くことも、二度三度繰り返えされると慣れてくるじゃないですか。それと同じで、少しだけ感情をコントロールできるというか」

 

「うーん。それも一長一短よね。感情を失うのを助長することになるかも」

 

「ですよね。やっぱり感動や驚き、怒りや悲しみを失うのは」

 

 怖い。それは人間『鈴木悟』の死を意味する。ただのアンデッドになり果て…。記憶を失わずに済んだとしても、最早別人だ。

 

「だから抑え込むんじゃなくて、ギリギリを見極められるのが最良かもね」

 

「そうですね。もともと全く感情が無くなったわけではないし。今のところほんの少し特定の感情のコントロールが出来るんです」

 

「特定の感情って?」

 

 今更気付いたけど流れ的に話さなきゃ駄目だよね。

 

「そのう、女性慣れしてきたといいますか…」

 

 モモンガは髑髏の頬を指で掻いた。本人に言うのは流石に照れる。

 

「へぇ…」

 

 女性慣れねと、アラネアは呟いた。アラネアの紅い目が黒いインクをたらしたように濁っていった。表情が瞬く間に消えさる。

 ヤヴァイ。ヤツが来る。

 突如、けたたましいサイレン音が脳内に鳴り響く。ホラーかな。

 

「詳しく教えて、モモくん。どこの女なの…?」

 

「も、勿論、アラネアさんだけであります」

 

 モモンガは、パンドラズ・アクターばりの敬礼を披露した。

 

「ふうん? 本当かしら」

 

 いや今日はずっと一緒だったやん。

 どうやってアラネアの目を盗んで他の女といちゃつくんだ。

 もうこれしかない。プランHを実行します。

 モモンガはアラネアを抱きしめた。アラネアが息を飲むのがわかる。もう抱擁程度で沈静化しないのは実証済み。

 赤黒い瞳が腕の中でモモンガを見上げてくる。

 目の曇りが完全に晴れていない。くっ。こうなれば危険を承知でプランKに移行だ。

 今度はモモンガからキスを落とす。

 顔を離し、目を瞠るアラネアの浄化を認めたモモンガは、本日何度目かわからない沈静化、『突撃、お宅強制訪問』を受けた。能動的キスはやっぱりまだ無理でした。彼女いない歴=年齢は、伊達じゃない。

 

 

「ごめんなさい…。またやっちゃった」

 

 しょんぼりするアラネア。

 

「また?」

 

「私も話さなきゃ、だよね。私、こっちに来てから、モモくんとは逆で、感情を抑えきれない時があるの」

 

 モモンガもアラネアの異変に気付いていた。自惚れでなければ、モモンガが絡む事柄のみアラネアは感情を暴走させることがある。

 

「はじめてはアルベドと三人になった時…」

 

 玉座の間でのやり取りはモモンガも驚いた。二人きりになった時のことも。ユグドラシルでは、アラネアとの関係は仲のいい友人だと思っていたからだ。

 

「確かにあの時は、いつものおふざけにしては真に迫っていましたね」

 

 流石にキスをしてくるとは予想の埒外だった。

 

「うん。どうしてこうなったか、理由は解ってるんだけど」

 

「え!? そうなんですか?」

 

 もしかしたらモモンガ自身の感情を取り戻す手掛かりになるのではないか。

 

「ユグドラシルにプロフィール欄があるじゃない?」

 

「ええ。自分の連絡先を載せたり、紹介文を書いたりできるやつですね」

 

 オンラインゲームの醍醐味のひとつは、ゲームを通じて見知らぬ他人と交流をすることにある。一緒にプレイする人募集中とか、そんなやつだ。公開、非公開部分を自由に設定できるし、ロールプレイ好きの人間などは、演じる人物像を細かく設定する者も居た。かくいうモモンガも、それっぽいプロフィールを書き込んでいた時期があった。過去形だ。黒歴史は闇に葬り去るのみ。

 プロフィールに何を書き込んでも、ゲームキャラには全く反映されない。無敵だのHPMPが無限だの設定しても意味をなさない。まあ、残念だが当然のことだ。

 

「私、そこにちょっと…人には…絶対、見られたくないことを書き込んでたり、しちゃってさ…」

 

 歯切れの悪いアラネア。

 

「ポエムとか中二病的なやつですか?」

 

「まあ、似たような奴かな。当然、非公開設定なんだけどね」

 

「なら問題ないのでは?」

 

 モモンガの問いかけに、沈んだ表情を浮かべた。

 

「…最後、アルベドの設定を書き換えたじゃん」

 

 アラネアはその事を後悔しているようだった。俯いて眉根を寄せている。

 

「多分だけど、アルベドはサ終前のモモくんと私の遣り取りを憶えてる」

 

「まさか。あの時はただのNPCですよ。今の彼らに設定が活かされているのは、あるかもしれませんが」

 

 そんなことが有り得るだろか。不思議な現象に陥っている今、否定の言葉を口にしたが確証はない。階層守護者たちは、自分らの存在に違和感を持っている様子が無かった。ゲーム時代、単なるAIキャラクターにすぎなかった自分を、彼らはどう捉えているのか。

 

「アルベドの私を見る目。モモくんを見る時となんか違うんだよ。モモくんにはキララン。私にはキラッキラ! で居た堪れないくらいだよ」

 

「違いあるんですか、それ」

 

「大ありです」

 

 大ありらしい。キラランとキラッキラ。同じ主という立場の二人。しいて言えばモモンガはギルドマスターだということだ。

 

「で、それを踏まえて今の私。設定が、がっつりメガ盛りニンニク増し増しくらい、過剰なほど反映されてる。こんな事になるなら、全魔法、全スキル習得済みとか、HP100万とか書いときゃよかった」

 

 アラネアは特大の溜息を零す。

 

「俺が内容を聞いたら教えてくれます?」

 

「バッカじゃないの。…ごめん。言い過ぎた。モモくんキモすぎ半径5m以内に近づかないで。くらいかな」

 

 罵声の威力が上がっている件について。

 

「まあモモくんと同じでコントロール可能かも。さっきの自分は頑張った。褒めてくれていいよ」

 

「…少なくとも刃傷沙汰には成りませんでしたね」

 

 モモンガはアラネアの頭を撫でた。いわゆる、いい子いい子だ。

 スキンシップは大事。モモンガは日々成長している。

 

「くっ。モモくんの癖にさらっとやりおって。でも嬉しいのが悔しい」

 

 アラネアはもっと撫でろ、と言わんばかりに頭をモモンガの手に押し付けてくる。

 

「あ、それと変わったと言えば声ね」

 

「声?」

 

 ゲームで会話していた時と比べ違和感はない。少なくともモモンガには違いがわからかった。

 

「実はユグドラシルでは地声より、落ち着いた声を出してたの」

 

 ということはモモンガが思っていたより、もっと若いということ?

 モモンガはリアルのアラネアを二十歳前後くらいに捉えていた。

 まさか十代半ばとかないよな。この半日足らずで結構不味いこと仕出かしてない?

 胸をほにゃららに、熱い抱擁。キスまで…。

 いやいや無いって。そんなこと無いですよね、アラネアさん。

 怖くて聞けない。

 

「それが今はこの声がデフォなの」

 

「リアルでは声に関する仕事をしていたんですか?」

 

 ギルメンのぶくぶく茶釜を思いだしながら聞いた。彼女のリアル職業は声優である。

 

「違うわ。すこーしだけ声色を使い分けることが出来るのさ」

 

ちなみにこんな感じと、アラネアは喉の調子を整え、

 

「ロリ声も出せるよ」

 

「うお!?」

 

 まさかのロリ。こんな特技を隠し持っていたとは。アラネア、恐ろしい子。

 

「お手手で目を隠して、モモンガお兄ちゃん」

 

 ロリっ子ボイスに言われるがまま、モモンガは従う。自分の手に遮られ、目の前が真っ暗になった。

 

「モモンガお兄ちゃん、大スキ! お兄ちゃんは、あたしのことスキ?」

 

 目の前からアラネアの姿を隠すことで、ロリっ子アラネアを容易に想像できる完璧な演技だ。

 

「あ、ああ大好きだよ」

 

 思わず素で答えてしまった。

 俺は断じてロリコンではない。しかし、甘すぎず、適度な舌足らずさでバランスがとれた絶妙なハーモニー。

 新たな性癖を発症しそうなほどの完成度と超絶可愛さだ。扉の奥でペロロンチーノが手招きしている。

 

「あたしね、大きくなったら、モモンガお兄ちゃんと結婚する!」

 

 ロリロリ、違った、ノリノリでモモンガの背中を押す幼いアラネア。このままでは間違いなく、ペロロンチーノの待つ新たなステージに並び立ってしまう自信がある。

 

「もう決めたもん。だから誓いのチューしようよ」

 

「やめんかー!」

 

 首肯してしまう寸前、モモンガは卓袱台(ちゃぶだい)をひっくり返したように息をぜえぜえと荒らげた。抑制されなかったら危うかった。手を引っ張るペロロンチーノを振りほどき、急いで扉を閉めた。もう少しで一名様ご案内されるところだった。錠前と鎖で厳重に封印せねば。

 

「どう。なかなかいい線いってると思うの」

 

 何事も無かったように普段の声に戻るアラネア。

 

「ええ。想像以上の破壊力でしたよ。ア」

 

 アラネアさんの幼い声だから、猶更。後半のセリフを何とか飲み込む。こんな事をいったら揶揄われるネタを増やすだけだ。

 

「とまあ話は脱線したけど、ようするに今の私は設定に振り回されてるの」

 

 なるほど。モモンガ的にはアラネアの設定の中身が気になるところだが、

 

「それは直ぐにどうこう出来ないので、明日の自分に任せてもいいんじゃないでしょうか」

 

「おっと名言的なやつ、キタコレ。モモくんの言う通りかも。…というか眠気がパねえっス…」

 

 アラネアは欠伸をすると、糸が切れた人形のように額から円卓に突っ伏した。結構いい打撃音だったけど、大丈夫か?

 

 穏やかなアラネアの寝息が届く。

 

「早!?」

 

 これが『三秒で寝れる』という、のび流。

 

 確かにもう夜が明けてもいい頃合いだ。寝食無用エナドリ要らずのモモンガとは違い、アラネアが限界なのも頷ける。

 しかし、どうしたものか。起こすのも忍びない。さりとて、ここで寝かせるのも可哀そうだ。

 

 

 というわけで俺は今、アラネアの部屋の前へ来ております。アラネアをお姫様抱っこ状態で。ここに来るまでに突き刺さった沢山の視線が、モモンガの羞恥心をおおいに刺激した。

 デミウルゴスかアルベドの指示なのか、部屋の扉の横にメイドが二人控えていた。

 

「あーなんだ。話をしている最中に眠ってしまったのだ。断じて酒を無理やり飲ませたとか薬を盛ったとか、鬼畜なアレではないからな。誤解はするな。彼女をベッドに寝かせるだけだ。他意はない。…納得したら、扉をあけてくれ」

 

 なんでメイド相手に言い訳しているんだ。これではまるで本当はそういうことをやりました、と言っているようじゃないか。そういう気持ちが無かったと言えば噓になるけどさ。

 

「承知いたしました。モモンガ様」

 

 一人のメイドが扉を開ける。

 薄暗い部屋は廊下に比べ暖かい。確かこの部屋にはアラネアのNPCもいるはずなのだが、生憎モモンガは彼と意思疎通が出来ないので、真っ直ぐベッドへ向かい、アラネアをそっと降ろした。

 暗がりから視線を感じる。モモンガは気付かない風を装い速攻で部屋の外に出た。

 これにてミッションコンプリートだ。メイドに扉を閉めさせ、労いの言葉をかけ自室へ向かう。

 ちなみにモモンガの自室の前にも、アラネアの部屋同様、メイド二名が控えていた。

 

 

 その日の夕方。

 

 モモンガは、紹介したい者がいる、との〈伝言〉(メッセージ)をアラネアから受け取り、円卓の間に転移していた。

 

「今朝はアリガトね。モモくんが寝ちゃった私を部屋まで送ってくれたみたいで」

 

 メイドが教えたのか、アラネアは若干照れた様子でお礼の言葉を発した。

 

「急に寝落ちするから何事かと思いましたよ。いつもああなんですか?」

 

「寝つきはいいよ」

 

 あれは寝つきがいいというレベルだろうか。むしろ気絶の間違いでは。モモンガの前だから良かったものの、他の者の前で、頭突きからの寝落ちコンボをかましたら大騒ぎだったろう。

 

 アラネアは口角を吊り上げ、

 

「ちょっとくらいスケベェなことした?」

 

「は!? するわけないでしょう。そんな、寝込みを襲うとか」

 

「なーんだ。据え膳だったのに、このヘタレは」

 

 アラネアは、やれやれと首を振った。

何故にアラネア本人から罵倒されるのか。ここは強大な煩悩の攻撃を、金魚すくいのポイ同然に薄っぺらな理性で守り抜いたモモンガに感謝すべきところだ。おかしくない?

 

「ま、良いわ。今回はPちゃんをモモくんにお披露目する為に呼んだんだし」

 

 アラネアの言葉に、ぴょんと、円卓に何かが着地した。

 大きさはユグドラシル硬貨に乗れるくらい。それは八本の脚と八つの目を持つ、ようするに蜘蛛だった。

 

「この子がPちゃん。私が生み出した子よ。生息地は主に私の部屋。どう、どう、悶絶するほど可愛いよね」

 

 うっとりと蜘蛛を見詰めるアラネアの横で、モモンガは紹介された小さな虫を観察した。

 全体的な色は黒。翠玉色の水玉模様で翡翠や紅玉、紫水晶や金、色鮮やかな毛をもつ綺麗な蜘蛛だった。

 そのPちゃんが、じっとモモンガを正面から見ていた。間違いなくこちらの様子を伺っている。試しにモモンガが身体をずらすと、素早く正面にくるよう位置を変える。

 Pちゃんは一本の脚を上げ、腹側に折りたたんだ。Pちゃんなりの跪拝なのだろう。

 

「彼? 彼女? は俺のことを何と言ってますか」

 

「Pちゃんは雄よ。至高の御方に拝謁できて大変嬉しく、うんぬんかんぬん。て感じ」

 

 ホントかよ。まあアラネアの種族からして昆虫と意思疎通できてもおかしくないし、嘘をつく必要もない。

 

「こう見えて脚先が器用なのよ。生産職の鍛冶師をとってるし」

 

「嘘でしょ!? このサイズ感で?」

 

「うん。指輪とかアクセサリー系全般造ってもらったし。武具は作らせたことないかな。こっちきてから実際見てないから、どうゆう感じで作業するのか見当もつかないけど」

 

「鍛冶系の生産職と言えば、【あまのまひとつ】さんですけど」

 

「ひとつ先輩と比べたら先輩に失礼かな。Pちゃんはレベルもそんなに高くないし。ま、そんな感じで今後ともヨロシク」

 

 モモンガが頷くと、その小ささからは想像できない跳躍力でアラネアの肩に飛び乗った。そこでぴょんぴょん跳ねている。

 

「ちなみに喜びの舞ね」

 

「な、なるほど」

 

 なんか既視感がある。

ああ、トランポリンだ。いつ見たのか忘れたが、ひたすらトランポリンで飛び跳ねる子供の動画を思い出した。あれにそっくりだ。あれは喜びを表現していたんだな。

 

「なんで話せる設定にしなかったんですか?」

 

「蜘蛛は喋らないじゃない」

 

 モモンガの言葉の意味が解らず、アラネアは小首を傾げた。至極もっともな意見だ。

 

「女子会で披露したから、モモくんにも紹介した気になっちゃっててさ。さっき起きたらPちゃんにごねられて。ボクも至高の御方にちゃんとお目通りしたいって」

 

 モモンガもNPC(Pちゃん)の存在をアラネアから直接聞いていたわけではない。

女性は蜘蛛を苦手にする者も多い。ギルメンの女性陣にもそれは当て嵌っていた。Pちゃんを披露された後だったのだろう、あの子にあんな趣味があったなんて、というような愚痴を小耳に挟んだ。苦手にしているものを如何に可愛いか力説されても、同調はしにくいし有難迷惑である。

 

 

「そうだ。このあとアラネアさん、時間ありますか」

 

「おっと、ここにきてモモンガ選手、デートのお誘いか」

 

 茶化すアラネアに、

 

「当たらずと(いえど)も遠からず、ですかね。外に出て天然の星空観賞と洒落こみませんか」

 

「大賛成!」

 

「では一時間後に墳墓の入り口で落ち合いましょう」

 

 

 

 三十分後、ナザリック地下大墳墓の中央霊廟に転移したモモンガ。この大広間を抜ければ外に出られる。

 

 早く来すぎたかな。

 モモンガはアラネアを待たせるのが嫌で、時間よりも早めに来たのだ。しかし、アラネアより早く来たことを確認しようと周囲を見渡せば、複数の影があった。

 合計十二体の異形の悪魔たち。憤怒の魔将、嫉妬の魔将、強欲の魔将。全員八十レベルを超えるモンスターは、そもそもデミウルゴスの親衛隊と呼べる存在だ。本来第七階層に配置されているはずの彼らがここにいるということは。

 奥にはデミウルゴスが居た。

 まあ、今は彼らに用はない。墳墓の入り口付近でアラネアを待つとしよう。軽く手を挙げ、魔将たちをよける形で孤を描いて歩き出すと、近い順に魔将が片膝をつき頭を下げた。

 そういうの本当に苦手なんだよなあ。仕事を中断してまでやってもらう必要はない。モモンガは、敬われるのに慣れていないのだ。

 当然のようにデミウルゴスも恭しく、かつエレガントに頭を垂れる。

 

「モモンガ様。この場にいらっしゃるとは、いかなるご用向きでしょうか。見れば、おひとりのご様子」

 

 それはこっちの台詞なんだよ。なんでここにいるの。

 

「アラネアさんとこの場で待ち合わせをしている。デミウルゴスは私たちを気にせずともよい」

 

「アラネア様と…。そういうことですか」

 

「そういうことだ」

 

 どうやらわかってくれたらしい。察しがよくて助かる。

 

「しかし、お二人だけというのは看過できかねます。供につくのを許して頂けますでしょうか」

 

 おい。そこは気をきかせる所なんよ。察したんだよね。デートなんだよ、こっちは。

 

「あっれー。モモくん。早いねえ。絶対、私のほうが早いと思ったのに」

 

 軽快な足取りでアラネアがやってくる。

 

「デミウルゴスもご苦労様。じゃあ、行こっか」

 

 モモンガにするりと腕を絡めた。距離が近い。なんとも香しいかほり。

 

「アラネア様。モモンガ様にも具申致しましたが、是非にも供を許して頂きたくお願い申し上げます」

 

 アラネアは、モモンガとデミウルゴスの顔を交互に見て、事情を理解したようだ。

 

「モモくん。デミウルゴスなら、いいんじゃない」

 

「…アラネアさんがいいなら。良かろう。お前だけ供を許す」

 

「感謝いたします」

 

 デミウルゴスは深く頭を下げた。

 

「では星空めがけてレッツゴー!」

 

 積極的なアラネアに引っ張られ、ナザリック地下大墳墓の外へ出る。

 

「わあ! 凄い…!」

 

 星空を見上げる二人。壮大な天空のパノラマが広がっている。リアルでは奇跡のような体験は、ここでは何の変哲もない、ごく当たり前の日常風景だろう。

 

「もっと上で見たくないですか。掴まって」

 

 ちらりとデミウルゴスを睨み、

 

「わかっているな」

 

「承知しております」

 

 アラネアはいつものセーラー服姿だ。真下からではいろいろまずい。

 

 アラネアの腰に腕をまわし、魔法で飛翔する。ある程度まで上空にあがりモモンガは夜空を改めて見上げた。リアルでは様々なガスに遮られ映像でしか見ることの出来ない澄んだ星彩。少し下には絶妙な位置取りのデミウルゴスが翼をはためかせている。

 

「もしかしてこのどこかに地球があったりするんでしょうか…」

 

 モモンガの何気ない呟きにアラネアは、

 

「かもしれないね」

 

 満天の星々の瞬き。アラネアは、その美しい光景に感動したのか、黙って何かを堪える様に煌めく夜空を見続けた。

 

「アラネアさん?」

 

「本当に凄い。これが本物の夜空。星が降ってきそうって表現、多分こういう時に使うんだね。ブルー先輩が憧れていた大自然の光景」

 

 鼻にかかった声。モモンガに抱き着く力が強まる。

 

「モモくんが居てくれてよかった。こんな素晴らしい景色、私だけじゃ怖くて泣いてるよ」

 

 アラネアが今どんな心境なのか、モモンガにはわからない。地球では失われた雄大な自然に何を求めていたのか。

 モモンガの感じたこと。それは。

 

「まるで宝石のように綺麗だ」

 

 モモンガは、煌めく星々を眺めるアラネアの美しい横顔に呟いた。月明りを浴び、星々に負けない輝きを放っていた。

 

「そうだね。ふたり占めしたい気分」

 

 モモンガの言葉を勘違いしたアラネアは、自らの額をモモンガの額にくっつけてきた。モモンガの顔にアラネアの少し湿った吐息がかかる。

 

「世界征服でもする気ですか。…まあ、それもいいかもしれないな」

 

 モモンガは、いまだアラネアに見惚れながら、その意味をよく考えずに言葉を零した。

 モモンガとアラネアはどちらともなくキスを交わす。

 刹那の時間。顔を離すと、アラネアの月華に照らされる純白の頬に朱が差していた。

 

 そしてモモンガは驚愕する。なんと沈静化がライン際で踏みとどまったのだ。感覚としてはギリだが、遂にレベルアップか。これで更にあんなことや、そんなことを。これは要検証だ。そうすればアラネアの感情暴走にも役立つしね。そう、これはアラネアの為でもある。モモンガの理論武装は、ばっちりだ。

 

 

 デミウルゴスは出来る限り気配を消し、二人の時間を楽しむ至高の御方々の不興を買わぬよう努めた。

 そして至高の御方々の胸の内を聞けたことはまさに僥倖。未知を既知に変え、大地すべてにナザリックの旗を掲げる。例外はない。全ての生きとし生けるものに至高の御方々の御威光を示し跪かせるのだ。

 必ずや成し遂げ、至高の御方々を飾るに相応しい宝石を余すことなく献上し奉る。

 これにて、ナザリック全軍の活動方針が決まった。

 

 

 デミウルゴスが世界征服を如何にして成し遂げるか、頭の中で計画を練っているとは露知らず、モモンガとアラネアは星空のランデブーを終え、緩やかに地上に降りてきていた。

 

「あら、あれは」

 

 アラネアが見つけたのは、大地が隆起する場面だ。丘のような大地の小山は、ナザリック地下大墳墓を中心に幾つか散見された。

 

「マーレでしょうね。人目のつきにくい夜間に魔法で小山を作ってナザリックを隠しているんでしょう」

 

「モモくん。ここは上役として労いにいかなくては」

 

 確かに、仕事を部下に投げっぱなしで顔のひとつも見せないのでは、上司としての沽券に関わる。

 マーレは降りてくるモモンガとアラネアに気付き、急ぎ足でやってきた。

 

「モモンガ様、アラネア様。よ、ようこそ、おいで下さい。き、今日は大変お日柄もよろしく、絶好のピクニック日和で、ございます、です」

 

 マーレの緊張しいが悪化していた。なんで?

 

 ひそひそと、

 

「モモくんがオーラで脅すから、こんなことに…」

 

「いや元をただせばアラネアさんが言いだした…」

 

 二人の遣り取りを、マーレは上目遣いで黙ってみている。

 

「コホン。ここに来たのは他でもない。仕事熱心なマーレを労いに来たのだ」

 

 モモンガは鷹揚に取り繕った。

 緊張しているマーレをアラネアが優しく労う。

 

「そうよ。マーレは頑張り屋さんね。こんな遅くまで働くなんて」

 

 二人の言葉に、脅えた態度から、ぱあっと笑顔になるマーレ。

 

「いえ。下僕として当然です。二徹くらい問題ありません」

 

 作業が終わるまで不眠不休で働きますと、マーレの曇りのない目が語っている。

 マーレの言葉に社畜魂を感じ、これはマズイとモモンガは慌てた。断じてナザリックはブラックではない。

 

「いやいや。休養は大事だ。作業をするなら必ず休息を取るように」

 

「そうよ。休むのも仕事のうちよ。マーレ」

 

 アラネアの頬も若干引きつっていた。

 

「駄目、でしょうか?」

 

 マーレは、捨てられた子犬のように、しゅんとする。

 マーレの行動が忠誠心の発露なのは間違いない。正面からの否定は避けた方がいいかもしれない。

 

「ではこうしましょう。マーレにご褒美をあげる。仕事を頑張っている対価として」

 

 アラネアの目配せに、モモンガは頷く。

 

「そして休息を取ることの重要性を皆に示す意味も込めて、これをマーレに授けよう」

 

 モモンガはひとつの指輪を取り出す。

 

「そ、それは!?」

 

 指輪を見て、マーレと傍で見ていたデミウルゴスが驚愕する。

 

「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン! 至高の方々のみが所持する至宝! う、受け取れません!」

 

 怯えるマーレに、モモンガは内心ほくそ笑む。

 しめしめだ。マーレが受け取り拒否をするのは計算のうち。

 

「マーレよ。おまえはそれに見合うだけの働きをしているということだ」

 

 札束で殴って従わせる方式。しかもこの指輪は残り五十個以上もあるのだから、惜しくはない。

 

「それにマーレは階層守護者。自分の守護する階層から離れている時、まさに今のような状態だな。不測の事態を迎え、直ぐに第六階層まで戻れるか? 戻れないだろう。だからこの指輪を渡そう。本来、ギルドメンバーしか所持を許されない、この指輪を」

 

 価値を強調するモモンガ。

 マーレもそこまでモモンガに言われて固辞はできない。モモンガの手の平に乗る指輪をおずおずと摘み、自らの指に嵌めた。

 うっとりと指輪を眺めるマーレ。

 

「さて、マーレ。約束だ。休息は確り取るようにしろ」

 

「は、はい! 失礼します」

 

 マーレは作業を止め、ナザリック地下大墳墓の入り口へ駆けていった。

 その背中を見送り、

 

「そちも悪よのう。モモンガ屋」

 

 アラネアが大昔に流行った劇のワンシーンを、身振り手振りを交え演じ始めた。

 

「いえいえ。お代官様には及びませぬ」

 

「いうではないか」

 

 二人揃って、がははと笑う。

 

 流石に元ネタを知らないデミウルゴスは、大笑いする主たちに困惑を隠しきれないでいた。

 いたのだが、そこはデミウルゴス(さすデミ)

 

「なるほど。そういうことでしたか。至高の御方々の深謀の一端に触れ、このデミウルゴス感服致しました」

 

 深謀というほどの事だったろうか。皮肉なのか。物で釣るのは露骨すぎたかな。

 

 アラネアは偉そうに、目を閉じ、腕を組む。

 

「煽てても、まだデミウルゴスにはあげられないゾ」

 

「心得ております。アラネア様」

 

 あのような形でマーレに渡したからなのか?

 モモンガは、階層守護者には渡しておく心算だったが、結果的にハードルをあげてしまったようだ。

 

 

「さて。マーレも行ったし、私たちも我が家に戻りましょう」

 

「そうですね。帰りましょう。…その前にデミウルゴス、ちょっと此方へ来ようか。アラネアさんは少し待っていてください」

 

「なによう。私の前じゃ話せないの」

 

 口を尖らせるアラネアの抗議の声を無視し、デミウルゴスを離れたところまで連れてくる。

 

「デミウルゴス。先ほどの空での私とアラネアさんの、なんだ、その肉体的接触というか、あれのことだが…」

 

 そう、モモンガはあの時、すこんとデミウルゴスの存在を忘れていた。

 ようするに口止めである。人前でキス、というのは恥ずかしすぎる。思いだす度に叫びだしたくなるアレだ。万が一、ナザリックで広まるなどあってはならない。勿論、アラネアは最高の相手だ。モモンガに不満などない。単に自分が恥ずかしいのだ。モモンガとアラネアにも、プライバシーはあって然るべきである。

 

「万時すべて心得ております。すべて御方々の御心のままに」

 

 胸に手を添え、深くお辞儀するデミウルゴス。

 

「おお、わかってくれたか。良かった。本当に良かった」

 

 モモンガは一安心した。さすがはデミウルゴス。言葉を濁したのに、よく主の思いを汲んでくれた、と。

 

 デミウルゴスにとって、至高の御方々の仲睦まじい様子は慶事、むしろ率先して情報共有すべき事柄だ。ついでの世界征服の件もしかり。

 モモンガの言葉は、素早く皆に周知せよ、と真逆に解釈され、デミウルゴスによって遅滞なくナザリック新聞『至高の御方々のパーフェクト・ライフ』の一面を飾ることになる。

 そもそも。

 すでにアルベドがモモンガとアラネアのモミモミ事件を触れ回り、メイドを含むナザリックの住人たちに、とっくにバレているのをモモンガは知らない。

 

「これは誰にも言っちゃ駄目よ。貴方にだから話すけど、実はね…」

 

 と、古典的な手法で広めたアルベドに悪意はない。本来の設定なら、お盛んですね程度の軽い感想で済んでいたモミモミも、今のアルベドには禁断の果実だった。刺激が強すぎて誰かと共有しなければオーバーフローしてしまうほどに。

 そして情報共有の為に立ち上げた『至高の御方々のパーフェクト・ライフ』の総編集長は守護者統括アルベドが担っている。デミウルゴスがこれから持ち込むネタは特ダネだ。燎原の火のように広まってしまうのを、モモンガは知らない。

 

 デミウルゴスにちゃんと確認すればよかったのだが、後の祭りである。

 

 

 

 

 

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