骸骨と蜘蛛と   作:野高これ

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 遅くなりました。
 海外ドラマにどっぷり浸かっていました。主にサスペンスやSF物が好物です。
 ペリフェラルがいい感じ。特に2035年の主人公の兄貴(小隊)が大好きです。


6 第一村人発見

 

 

 

 モモンガはアラネアとセバスの前で、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)と格闘していた。

 

 お空で天体観測を楽しんだ至高の御方々である二人は、ナザリック地下大墳墓の入り口で青筋を立てたセバスに捕まると、懇請という名の説教を受ける羽目になった。

 要するに、供をつけず、今回はデミウルゴスがいたが、勝手に出歩かれては困る、というもの。

 隣にいたアラネアは、涼しい顔で受け流し、苦言の殆どは、なぜかモモンガに向かう。

 

 結果、二人は暫く、ナザリック内においてもセバスかプレアデスが随行することとなった。

 

 

 そうして何となく、遠隔視の鏡を使ってみよう、という早朝。

 

「お、上手くいったな」

 

 モモンガは鏡の使い方を説明書なしで会得し、早速、ナザリック地下大墳墓を俯瞰視する。

 

「映像もクリアだ」

 

「そーね。朽ちてる感じが絶妙にいい味だしてるよね」

 

 コンコン。

 扉を叩く音が室内に届き、セバスが硬質な足音を響かせ扉へ向かう。開けると、小柄なメイドが立っていた。

 

「なにか用ですか。エントマ」

 

「セバス様。アラネア様に直接ご報告したい件があります」

 

「入って、どーぞ」

 

 アラネアがエントマに手を振る。

 

 触覚を揺らしながら、片膝をつけ、深くお辞儀をする。エントマは、髪の毛や顔、発声器官などを専用の蟲で擬態した蜘蛛人(アラクノイド)だ。

 

「吉報です。人間種とおぼしき者たちの村を発見しました」

 

 エントマは一枚の紙を恭しく差し出す。

 

「早速、成果が実ったわね。お手柄よ」

 

 エントマを立たせ、抱き寄せるアラネア。小柄なエントマの顔がアラネアの胸に埋まる。

 

「はふうぅぅぅ!」

 

 触覚を震わせ、歓喜する甘々なエントマの声を聞き、またかと、モモンガは若干苛立つ。アラネアが気に入ったものに対し、過剰にスキンシップを取るのは、これまでの彼女の行動で分かってはいるのだが、何となく気に入らない。

 

 アラネアは、胸に抱いたエントマの髪を撫でる所から始まり、彼方此方ボディタッチに勤しみ、セバスが窘めるまで可愛い(エントマ)成分をたっぷり摂取。朝からアラネアはフルスロットルである。

 

 幸せフェロモンをぽあぽあ分泌するエントマを傍らに、アラネアがモモンガに紙を渡した。

 

「ここ。遠隔視の鏡で映せる?」

 

 紙に書かれた内容は、子供が描いた宝の地図のように簡素だった。A4サイズの真ん中にナザリック地下大墳墓を示す二重丸があり、紙の辺に方角が記されていた。

 バツ印が目的の場所ということらしい。

 

「…わかりました。南西方向に動かして…映りましたよ!」

 

 森の程近くに村がある。周囲には畑らしきものも見えた。

 アラネアは、座るモモンガの肩に手を乗せ、食い入るように鏡を見詰める。

 

「やった! もう少しズームできる?」

 

 アラネアの興奮する顔が触れんばかりに近づき、モモンガのささくれだった心は他愛もなく落ち着いた。

 

「どうやら文明レベルは低いみたいですね」

 

 鏡の中で複数の住民が歩いている。バケツを手に持ち井戸へ向かう少女や肩に農具を担いでいる男。路面は全く舗装されておらず、家の造りも簡素だ。

 

「しかしどうやって見つけたんですか?」

 

 不思議でならないモモンガは、アラネアに尋ねる。

 

「あれ? モモくんに書類回ってなかったっけ」

 

 やべ。ろくすっぽ内容を読まず、機械的に判を押しているのがバレてしまう。

 

「いやあ、まだ未処理の書類じゃないかな?」

 

 下手な誤魔化しを、アラネアは特に気にしなかった。

 

「ならば教えて進ぜよう。これこそがマッピングの成果。その名も」

 

 阿鼻叫喚・地獄のローラー作戦、よ。アラネアは得意満面である。

 

「プリチーな恐怖公の眷属を使い、周囲を探らせているの。恐怖公が指揮官。エントマがその補佐役。今回の作戦の肝は機動力かつ隠密性。だったら黒棺で遊ばせているあの子たちにやらせるのが一番。あの子たち、数が増えると共食いしかねないし」

 

 饒舌に語るアラネア。ナザリック製Gを野に解き放ったというのか。ナザリックの通路の路面や壁面、天井をかさかさ這いまわり飛び交う絵面を想像し、階層守護者のシャルティアを少し不憫に思った。

 

 こうして成果をだしている以上、口出しは難しい。アラネアが関わっているとなれば尚更だ。大きな括りでいうと、Gはアラネアと近しい種族で、無下にも出来ないだろう。

 そこは我慢してもらうとして、アラネアと視線で会話する。

 

 頷くアラネア。

「やることは」

 

「ひとつです」

 

「四十秒…はきついから、五分で準備しな!」

 

「りょ!」

 

 セバスが口を挟む間もなく、二人は阿吽の呼吸で転移した。

 部屋に残されたセバスとエントマ。

 

「じゃあぁ、お仕事に戻りますぅ」

 

 エントマはルンタッタ、ルンタッタと足取りも軽やかに退出する。

 深い溜息をつきながら、セバスは長閑な村の風景を眺めた。そこには、争いとは無縁そうな牧歌的な村が映るだけだった。

 

 

 モモンガが急いで支度して戻ると、すでにアラネアは待っていた。

 

「はい、モモくんが戻るまで五分と五十秒かかりました。そうよねセバス」

 

「はっ。その通りかと」

 

 アラネアの斜め後ろに控えるセバスが、古めかしい懐中時計を手に間髪入れず即答した。

 

「弛んでいるぞ、モモンガ二等兵! ここが戦場だったら、貴様の大切なピーはピーピーされて、ピピがピピピイになりピーピピになっているところだ!」

 

 アラネアはピー用語を駆使し、口汚くモモンガを罵った。

 

「軍曹たる私が三十秒しか遅れていないのに、何たるざまだ」

 

「軍曹も遅れてるのかよ」

 

「上官に口答えするな! 腕立て千回、腹筋五百回の罰を与えられたいか?」

 

「……」

 

「まあいい。今回は勘弁してやる。…それよりモモくん。そのかっこでいいの?」

 

 兵隊さんごっこを唐突に止め、アラネアはモモンガを上から下まで見やった。

 

 恰好?

 そうだ、遊んでいる場合ではなかった!

 

「セバァース! アラネアさんを見るんじゃないぞ! これ以上見たら目潰しだからな、おまけで金的をくれてやる!」

 

 モモンガは、セバスの視界から必死にアラネアを隠す。

 モモンガのことより、アラネアの恰好のほうが大問題である。

 

 薄紅色の全身鎧は透明度が高く、一言でいえば、透け透けエロアーマーなのだ。ぴったりと肌に張り付き、アラネアの艶めかしい身体のラインを強調していた。大事な部分は赤いビキニのように隠れているものの、各部装甲板の繋目の隙間が目立ち、肌色をちらつかせてチラリズム全開だ。

 人によっては裸よりエロいと絶賛するだろう。

 

「な、なんてけしからん姿! その姿を見ていいのは俺だけですからね! ……早く着替えて」

 

 思わず本音がでてしまい、途中で強制沈静化されるほど、アラネアは煽情的な恰好をしていた。

 

「えー」

 

「えー、じゃありません。当然でしょ。そんな姿でさっきの村人の前に出るとかTPOをわきまえて下さい」

 

「確かにちょっと恥ずかしいかもだけど、コスプレみたいなものでしょ。これが一番性能高いの」

 

 アラネアはケチをつけられ、ご立腹である。

 

「そうかもしれませんけど、駄目です」

 

「せっかくペロ先輩がくれたのに、モモくんは、おーぼーだ」

 

 プレゼント、だと。

 

「…ちょっとお尋ねしますけどペロロンチーノさんの前で装備した姿を披露しましたか?」

 

 モモンガは、わかってはいたものの、答え合わせを行う。

 内心、撒かれたガソリンに着火寸前だ。もちろん、中心の杭には、ペロロンチーノを模したガソリン塗れの呪い人形が縛り付けられている。

 

「そりゃまあ、着て見せるでしょ。言ってもゲームの世界じゃん。可愛いいでしょ、これ。先輩もそりゃ大喜びさ」

 

 あいつ、マジ許せねえ!

 こんなエロっぺえアラネアを目に焼き付けたのか。

 躊躇なく着火。火がガソリンの上を舐めるように広がり、ペロロンチーノ人形は蒼炎に抱かれ、火柱となって燃え盛る。

 

 けっ。もしこっちに来ていたら超位魔法で焼き鳥にしてやるからな、覚悟しろ!

 ……。怒りのメーターが一気に振り切れ、当たり前の様に沈静化した。

 

「ともかく装備を替えてください」

 

 モモンガ怒りの報復、は一端お預けだ。今は目の前の現実に対処しなくては。

 

「仕方ない。じゃ、これ」

 

 光沢のある金属をアクセントに取り入れた、黒のボディスーツを引っ張り出す。基本、網目になっている。着るまでも無く、8:2で網目の勝ちだよね?

 

「チェンジで」

 

 モモンガは断固たる口調で告げた。アラネアが着たところを想像しただけで沈静化しかける、危険な代物だ。丼大盛りの白米三杯はいける。

 

「うーん。ちゃがま姉の誕生日プレゼントなのに…」

 

 あの姉弟、アラネアをエロフィギアと勘違いしてないか?

 今のスーツは二人きりの時に着てもらおう。めちゃくちゃ楽しみだ。

 

 

 待つこと暫し。

 

「お待たせ」

 

 アラネアは、いつもの黒いセーラー服を着てきた。プラス、刀を背負っている。

 

「それが一番似合ってますよ。アラネアさん、と言えばそれでしょう」

 

「自分でもそう思う。ただ、性能が、ね」

 

「伝説級でしたっけ」

 

「そう。でも、これが一番しっくりくるね」

 

 やはりアラネアには黒セーラーだな。

 ピジョンブラッドのような輝きの瞳。新雪のような白い肌に濡れ羽色の髪。そこに女子高校生のセーラー服というアイコン。

 尊い。絶対、守護らねば。

 

「そして、コレ」

 

 アラネアが刀の柄頭に触れると、かたかたと、ひとりでに震えていた刃が収まる。

 

「今宵のザンテツは血に飢えておるわ」

 

 暗い笑みをつくり、辻斬りのような台詞を吐くアラネア。

 

「めっちゃ朝ですけどね」

 

「そこは雰囲気的なやつよ。…では改めてモモくんですが、ちょっとまずくね」

 

「どこが美味しくないと? 汎用性かつ魔王感溢るる理想的な装備です」

 

 世の魔王の良い所取り。自画自賛しちゃう、完璧な大魔の王だと思うけど。

 

「見た目がね…」

 

「見た目、ですか?」

 

 豪奢ないつものローブ姿。かっこいい魔王様のお通りだ。残念ながら、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはお留守番している。

 いま手に持つのはレプリカ(レジェンド)の偽物。流石にそこまでのリスクは冒せない。宝物庫の奥の奥の奥に安置されていた。

 

「ばっちりです」

 

「きゃー、魔王さま素敵! じゃなくて問題は骨ルックなビジュアルよ」

 

 …確かに。よく考えたら人間種の村に行くんだよな。

 なら。

 

 

「これでどうですか」

 

 丈の長いフード付きレインコートのような見た目のローブに着替えなおし、手足は飾り気のないガントレットとブーツを装備。顔は仮面を装着した。

 

 赤と緑と白と青色の奇妙奇天烈な仮面。クリスマスイブの夜に一定時間ログインすると、受け取り拒否もできずに送りつけられる、運営からのサプライズアイテム、嫉妬する者たちのマスク。特定のパートナーがいないプレイヤーの神経を逆撫でする、特級呪物だ。

 

 ついに嫉妬マスクの出番がきてしまったか。できれば被りたくなかった。いや。今の俺には恋人、未満かもしれないがアラネアがいる。ちっとも悲しくないぞ。

 

 アラネアはモモンガの嫉妬マスクをみて、

「HoHoHo! なら私も瞬着」

 

 全く同じマスクを装備する。

 

「ペアルックだね」

 

「ペ、ペアルック…! 伝説の…」

 

 それはそれで気恥ずかしい。というかなんというか。

 悪くない。嫉妬マスクなのが残念ポイントだが、アラネアとお揃い。悪くないぞ。

 

 

「モモンガ様、アラネア様」

 

 セバスの声で我に返る。

 セバスが凝視する遠隔視の鏡を二人が覗くと、

「慌ただしいですね」

 

 家に出たり入ったり、朝食時にしては様子が変だ。遠隔視の鏡は、動画のみで音までは伝わってこない。

 

「モモくん、少し別の場所を見てみたら」

 

 モモンガが視点を移動させる。

 そこでは、全身鎧で身を固めた者たちが剣を振りかざし、逃げる村人を襲っていた。

 

「襲撃、か」

 

「こちら側の茶飯事なのかしら」

 

 アラネアの声音が若干低くなる。マスクに遮られ表情は伺い知れないが、不穏な空気を纏っていた。

 

「モモくん」

 

 アラネアは、問うようにモモンガの名を呼ぶ。セバスは主たちの意思を尊重し、固く唇を引き結んでいた。

 

 石橋を三度叩いて渡るのが賢い選択だ。目の前の襲撃にどんな意図があるのか定かではない。ここはあえて見捨て、情報収集に徹するのが上策。映像に映る騎士たちの緩慢な振る舞いから判断するに、実力はそれほど高くない。少なくとも、プレアデス以上とは考えにくい。

 

 しかし、揃いの武装を纏う騎士たちは、何処かの組織に属している可能性が高い。今の映像だけでは、モモンガたちナザリック勢を超えた強者たる存在を否定できず、軽挙は慎むべきだろう。

 背後に控えた虎の尾を踏むことになりかねない。

 

 つまり。

 

「行きましょう」

 

 その上でアラネアの意を汲むべきである。モモンガはそう判断した。仮にそれで苦境に陥ったとしても、ドンとこいや、だ。

 村人を救った暁には、アインズ・ウール・ゴウンの教えを布教するのも悪くない。

 

「ホントにいーの?」

 

「アラネアさんは助けたいのですよね。たっち家ぇ家訓、誰かが困っていたら助けるのは当たり前。ですから」

 

「うん」

 

 アラネアの少し弾んだ声。何かを懐かしむような、そんな感傷を乗せて。

 

「困ったら明日の自分に丸投げすればいい」

 

「ありがとう、モモくん」

 

 鏡の映像を動かしていくと、騎士に追いかけられ、懸命に走る二人の少女たちが映る。

 モモンガはセバスに諸々の命令を下し、〈転移門〉(ゲート)を唱えた。ゲートは、一定の時間、任意の場所へ距離を無視して移動(ワープ)できる魔法だ。

 

 モモンガとアラネアは、本当の意味で、異なる世界へ新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

「こんにちは。通りすがりの怪しい者だ」

 

 突如現れた奇妙な仮面を被る二人に、騎士は剣を振りかぶったまま呆然とした。転んで蹲る二人の少女たち(えもの)から十歩ほど歩いた先に、忽然と姿を現した者たち。

 我に返った騎士が、

 

「なんだ! きさ」

 

 言い切る前に騎士の命は永遠に失われた。糸が切れた人形のように崩れ落ちる騎士。

 少女たちは驚き、混乱する。今まさに自分らの命を奪おうとしていた恐ろしい存在が、呆気なく地面に転がり、動かなくなったのだから。

 

 モモンガは握りこんだ手を開く。無論、その手の平には、魔法の発動によって握り潰した心臓はない。

 

「即死対策はなし、と」

 第九位階魔法、〈心臓掌握〉(グラプス・ハート)。標的を即死させるか、即死を堪えた場合、朦朧状態のバッドステータスを追加する優秀な魔法だ。

 

「それと、どうやら言葉は通じるみたいね」

 

 アラネアが座り込んだ少女たちに目線を合わせた。

 

「危うかったけど、私たちは味方よ。これを飲みなさい。ポーション、治癒薬よ。わかる?」

 

 剣で斬られたのだろう年上の少女に、下級治癒薬を見せる。自失する少女は、治癒薬をぼうっと見たまま動かない。アラネアは少女の鼻先で指を数回鳴らした。

 

 突然の鋭い音に体が小さく跳ね、少女は漸く自分を取り戻したのか、

「あっ! あ、あの…」

 

 おろおろする少女にポーションを半ば強引に渡す。

 

「飲みなさい。傷が癒えるわ」

 

 アラネアの優しい声に促され、真っ赤なポーションを一気に呷る少女。えっ、と驚きの声をあげた。

 

「痛くない…」

 

 モモンガは、少女の傷口におきた変化を、興味深く観察した。逆再生のように創傷が塞がったのだ。

 ゲームではダメージを負ってもHPが減るだけ。アバターのグラフィックに変化はない。こちら側にも存在するだろうトロール等の再生能力と比較する必要性あり、と脳内のメモ帳に書き込む。

 

「痛みは消えたようね」

 

「は、はい! あ、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

 少女に倣って、年下の少女も元気よく頭を下げる。

 

「姉妹、なのかしら」

 

「そうです。私は姉のエンリ・エモット。こっちが妹の」

 

「ネム・エモットです!」

 

 ネムは姉に抱き着いた。

 

 マスクで隠されたアラネアの瞳から零れ落ちる視線は、怪しげな色をおびて、姉妹に絡みつく。

 

「仲のいいこと。羨ましいわ」

 

 呪をはらむ甘い囁きが、エンリとネムの耳孔にするりと潜り込み、判断力を麻痺させていく。今まさに襲われている、身を案じるべき両親や他の村人たちのことを忘却の彼方へ置き去り、アラネアの姿しか映らなくなる。

 

 蜘蛛の巣に絡めとられた姉妹に、自力で逃れる術はない。人ならざるものが成す妖しい力。

 アラネアが繊手を伸ばし、エンリの頬に触れようとした時。

 

 ふと別の強烈な気配が異物となって、場の空気に亀裂をいれた。

 

「モモくん?」

 

「新手です。アラネア」

 モモンガの声は、押し潰したように平坦なものだった。

 

「ここにいなさい」

 

 姉妹を縛り上げていた術をほどき、アラネアは別の場所に焦点を合わせる。

 

 村の方向からやって来る騎士がいた。状況がわからず戸惑っていたのだろう騎士は、大地に倒れる仲間に反応し、猛然と駆けてくる。

 

 アラネアが行動を起こす前に、

 

龍雷(ドラゴン・ライトニング)

 

 モモンガの腕を伝って放たれた雷が、のたうちながら宙を裂く。躱すことも叶わず、青白い龍が騎士に直撃した。雷撃を浴びた瞬間、白く発光して体を強張らせる。騎士は鉄の鎧を着ていたせいもあってか激しく焼け焦げ、どすんと、地面に横たわった。死体から嫌な臭気が漂う。

 

「弱すぎるな」

 

 鼻をならし、モモンガが吐き捨てる。

 第五位階魔法で一撃死というのは、想定外の脆さだ。それでも、苛立ちを少し解消できた。

 

「モモくん。何に怒っているの?」

 

 アラネアが戸惑い、モモンガの背中に手を添えた。

 

「…すいません。取るに足らないことです」

 

 嘘だ。アラネアの興味が姉妹へ移ったとき、非のない姉妹にたいする嫌悪の情動を止められなかった。アラネアへ向ける感情が二段飛ばしに変わりはじめ、彼女を独占したい欲求が鎌首をもたげて、モモンガを翻弄しはじめていた。

 

 これは、嫉妬。

 

 リアルでは人間関係の希薄さ故、上辺を取り繕うのに慣れすぎた。モモンガがアラネアを意識するにつれ、薄い膜に覆われた恋情の傍にいつの間にか潜み、機会をうかがっている。

 このまま育っていけば。

 アラネアの暴走と混じり合い、どんな化学反応を起こすのか、わからなかった。もしかしたら、ナザリックに厄災を呼びこむかもしれない。

 

 

 モモンガの開いたゲートを通り、武装した者が姿を現す。

 陽の光を嫌うように全身黒ずくめの鎧を纏い、三日月斧と縦1mあまりのカイトシールドを装備。背には鮮血が滴りそうな色合いのマントをはためかせていた。

 

「モモンガ様、アラネア様。なんなりとご命令を」

 

「アルベド。おまえには私たちの護衛を任せる。ただし、極力手を出すな。これは私とアラネアの実地訓練を兼ねている」

 

「はっ。そこに居る下等生……娘たちはいかが致しましょう?」

 

 アルベドはちらりとアラネアを窺い、何かを察したようだ。

 

「保護対象よ。勿論、他の村人を殺すのも駄目だから」

 

「…殺していいのは、そこで死んでいるような騎士共だけだ」

 

「畏まりました」

 

 歩き出すモモンガの腕をアラネアが掴む。

 

「モモくん。彼女たちに防御魔法をかけてあげて」

 

 アラネアはモモンガの発する悪感情に気付いたのか、

「お願い。あなたにやって欲しいの」

 

 モモンガは、ひとつ溜息を吐き、

「わかりましたよ」

 

 ぞんざいに、〈生命拒否の繭〉(生き物を通さない守りの魔法)と〈矢守りの障壁〉(射撃攻撃を弱める魔法)を掛けたが、詠唱者の心情など慮らないようで確りと魔法が発動する。

 

「ついでにこれはオマケだ」

 

 モモンガは古ぼけた二本の角笛を、薄緑のドームに守られた姉妹へ放り投げた。

 

「それは小鬼将軍の角笛と言って…まあ、吹けばわかる。身に危険を感じたら使え」

 

 心底、どうでもいい。さっさとアラネアと残りの騎士を狩りに行こう。モモンガが姉妹に背を向ける。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 モモンガはうんざりして、

「礼なら、彼女に言うんだな。そうでなければ…」

 

 振り返り、アラネアを示す。

 

「御二方には感謝しています。命を救って貰って傷を治して頂いたうえ、魔法まで。本当に有難うございます」

 

 エンリは地につくほど頭を下げた。ネムも倣う。

 

「そこから出なければ安全よ。運が良ければ、あなた達の大事な人や隣人も助けてあげる」

 

 アラネアは声をかけるにとどめ、先をいくモモンガの後を追う。

 アルベドが姉妹を一瞥し、主たちに続いた。

 

 エンリは、拝むように命の恩人たちを見送った。

 

 煩わしい視線を背に感じ、モモンガは急ぎ足を早めた。

 姉妹に前向きな感情は湧かない。他の村人が全滅していようが何ら痛痒を感じないだろう。アラネアの望みだからモモンガはこの地にいる。

 

 しかし、アラネアの関心を買う輩に善意を売りつけるのは、正直、気が進まない。

 仮に手元が狂って村人を傷つけても、アラネアはモモンガを責めたりしないだろう。人の機微に疎いモモンガだが、その程度はわかる。モモンガがアラネアを大事に思うのは、彼女も承知しているはずだ。ここにきて熱量という意味では、アラネアの発作的な昂ぶりに急激に近づいていた。アラネアの抱える制御不能な事柄が伝播しているのか。

 

 感情とは理屈が通用しないと改めて思い知った。

 

 

「えい」

 

 突然、アラネアがモモンガの右腕にぎゅっと抱き着いた。両腕で胸に抱き込む。

 

「うわっ。急になんです?」

 

「ありがとう。モモくん」

 

 マスクを外し、アラネアが目を細める。

 

 身体的接触にも、大分耐性がついてきたはずだが、相変わらずドキドキするのは変わらない。

 残念なことに、あからさまに、いちゃついている場合ではない。非常に残念だが。いや、最低限、二人救ったのだから、急がなくともいいような気がしてきた。

 

「良かったわ。機嫌が直ったみたいで」

 

 本当だ。アラネアの軽いスキンシップで、嘘のように、仄暗い感情が奥底に沈んで遠ざかる。我ながら現金なものだ。

 

「すまない。少し大人気なかったな」

 

「…あなたは魔王なのよ。だから、これからは私もそれらしい態度を心掛けるわ。モモンガ」

 

 アラネアの言う、それらしい態度とは具体的に何なのか。モモンガが首をひねっていると、アラネアはマスクを被り直し、モモンガを先導するように歩を早めたので、聞きそびれてしまった。

 

 目と鼻の先で繰り広げられる至高の御方々の目くるめく世界に、アルベドは内心、小躍りしていた。

 

 やはり、生のモモンガ×アラネアは神々しい。

 初っ端のもみもみ目撃でミラクルに性癖を拗らせ、御方々限定でカプ厨と化したアルベド。名前を呼び捨てる気安さが、彼女に燃料を投下して妄想を加速させる。

 アルベドは御方々の良好な関係を後押しすべく、優秀な頭脳をフル回転させ、逆算した分岐と道筋を用意し、変化に応じて組み替え足し引きしながら、唯一の結果へ収束させるべく日々勤しんでいた。

 

 新しい要素として先ほどの姉妹を組み込むのも手だ。

 アルベドにとって取るに足らない存在だが、アラネアは大層慈悲深く、憐れみを持って接していた。

 例えば仲の良い姉妹の悲劇的な最期など、どうだろう。陳腐な展開ほど、それゆえ王道ともいえる。御方々の仲を深める為の栄誉ある犠牲なら、姉妹は喜んで身を捧げるだろう。なにしろ彼女ら下等生物は、基本的にそれくらいしか役に立てないのだから。

 

 悪魔であるアルベドは、ごく自然な悪魔的思索を巡らせつつ、御方々カップルをじっくり満喫する。ナザリックへ帰還する頃には号外を出せるくらい、素晴らしい光景を見せて貰えるはず。

 

「くふうぅ」

 

 妄想が口から零れ、ヘルムに籠る湿り気を増やす。

 アルベドはスキップせんばかりに機嫌よく、モモンガとアラネアの背後を守り、影に徹した。

 

 願わくば、至高の御方々に活躍の場を与えられ、お褒めの言葉を賜れば最高だが、鏡で見た敵の練度からして望みは薄そうだ。

 なので、特等席で堂々と、お二人の活躍とお二人だけの世界を堪能することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作と違い、この時点でモモンガ作のデスナイトが誕生していません。
 カルネ村関連は原作の流れからそれる予定です。
 そして、次回、個人的に大好きなあの人が登場します。


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